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今のところただの幼馴染【フロレンツィア視点】

 仕事を終え、城門を潜り抜けると下町へと続く道を進む。

 お気に入りのビストロで今日は何を食べようか考えながら歩いていると、数人の女性に囲まれている幼馴染と目が合った。


「あっ、フロウ!もうすぐ暗くなるのに、また一人で出掛けるの?」

「うん。ちょっと」

「もしかして、いつもの所?送るよ」


 パヴェルが綺麗な女性に囲まれている輪の中から、近くを通りかかった私を見つけて小走りで走り寄ってきてくれた。そして、心配して私のことを送ってくれると言う。


 黒髪に碧眼の容姿端麗なパヴェルは、城下警備の騎士をしていて、若い女性から人気がある。

 仕事中でも常に女性から熱い視線を投げかけられていて、誰かが話しかけようものなら私も私もと先ほどのように囲まれてしまう。

 騎士にしては物腰が柔らかいので、少し勇気を出せば話しかけやすいのだと、私の学生時代の友人が言っていた。


「そういえば、ダンって分かる?」

「城下警備の?よくパヴェルと組んでる人だよね?」

「そう。どう思う?」

「どうって?どうもこうも。よく知らないし、何も思ったことがないよ。パヴェルをよろしくってくらい?」

「んー、そっか」

「ダンがどうかしたの?」

「いや、まぁちょっと聞いただけ。帰りは?」

「迎えはお願いしてあるから大丈夫だよ」

「なら良いけど。本当に女の子ひとりで大丈夫な店なの?」

「大丈夫だよ。今まで誰一人として声を掛けてくる人もいないし、絡まれるような危ないこともないから」

「本当に?それでも気をつけるんだよ。フロウは女の子なんだから。本当に帰りは迎えが来るんだね?」

「うん、ラルフに頼んであるから」

「そうか。ラルフなら大丈夫か。本当は明るい時間でも街中を歩く時はラルフを伴につけて欲しいところだけど」


 ラルフとは私の護衛兼侍従だ。子供の頃から私についているから気心は知れているけど、一人で行動できるほうが気ままで良い。


「それは嫌。ラルフがいたら楽しめないもん。それに、パヴェルたちが街の安全を守ってくれてるから、ひとりでも安心して出掛けられるんじゃない」

「まったく、調子のいいこと言って。それじゃあ僕は戻るから」

「うん。送ってくれてありがとう。仕事頑張って!」


 まだ仕事中だったパヴェルは私の頭をポンポンとしてから戻って行った。


 私とパヴェルは恋人という訳ではない。今のところただの幼馴染。

 それでもさっきみたいに私を見つけると駆け寄ってくれるし、頭をポンポンするのも私以外にやっているのを見たことがない。パヴェルなりに大切にしてくれているのは間違いないし、特別扱いもしてくれていると思う。

 パヴェルは二十二歳で私ももう二十歳になった。

 そろそろ幼馴染以上の関係になりたいのに、どうしたら関係を発展させられるのか。それが目下の悩み。


 店の外まで微かに良い香りを漂わせている平民向けのビストロ。カランコロンとドアベルを鳴らしながらお店の中に入る。


「いらっしゃい!今日は久しぶりに噂の騎士様に送ってもらったんだね。見えてたよ」

「あ、うん。さっき偶然会って、送ってくれたの」

「大切にされてるじゃないか」

「えへへ」

「レンツィ、注文は何にする?今日のお勧めはビーフのカツレツだよ」

「じゃあそれで!」


 いつも頼むスパークリングワインを飲みながらカツレツが来るのを待つ。

 二年ほど前から通い出した私のお気に入りのお店、ビストロ『レッカー』は何を食べても美味しいお店だ。

 平民向けの、しかも富裕層ではなく労働者階級が多い下町で、こんなに美味しい料理が食べられるのかと驚いたけど、マスターは昔、王宮で料理人をしていたと聞いて納得した。


「はい。これはサービスのポテトサラダね」

「わぁい!ありがとう!――そういえばサイラスに最近会ってないけど何やってるんだろう」

「最近は来てないねぇ。でも、いつもふらっと戻ってくるし、レンツィが帰った後に来ることもあるよ」

「へぇ。そうなんだ」


 同じ店に二年も通えば顔見知りもできる。

 それがサイラスだ。

 レッカーの常連仲間で、今はもうすっかり気安い仲。

 ただ、このお店の中にいる時以外の事はお互いに知らない。


 私も突っ込んで聞かれたくないことがあるから、自分から仕事とか立場とかその辺のことを聞かないようにしているけど、サイラスも何も聞いてこない。

 不都合なことを聞かれないというのは居心地が良い。

 会話の中で意図せずぽろぽろと情報が零れることがあるから、なんとなくお城で働いているのだろうと予想はつくけど、正確には何をやっている人なのか知らない。

 このお店の中だけの間柄。

 それでも暫く会わないと何をしているのか元気なのか気になるのが人情というものだろう。


「おやレンツィ、そろそろ時間じゃないかい?」

「あっ本当だ。そろそろ行かないと。ご馳走様でした!」


 レッカーを出て西に進むと、最初の曲がり角に馬車が停まっている。辺りを警戒するように通りを睨んでいる男――ラルフが馬車の前に立って出迎える。


「おかえりなさいませ、フロレンツィアお嬢様」

「ただいま」

「今日も美味しいものを食べられました?」

「うん。今日はビーフカツレツ。美味しかったよ」

「いいなぁ。俺も連れて行ってくださいよ」

「やだよ。ラルフが来たら楽しめないし、それに関係性を聞かれたら困るじゃない」

「同僚だとか親戚だとでも言えばいいでしょうよ」

「お酒が入ったらうっかりお嬢様とか呼びそうだもん。だめ。行きたいなら私が行かない日に一人で行くこと。私の話は絶対にしないという約束ができるのなら、だけど」

「……店の人はお嬢様が労働者階級ではなく貴族令嬢だって気づいてると思いますけどねぇ」

「どうして?私、一度も自分が貴族の娘だなんて言ったことないよ。服だって普通のワンピースだし」


 レッカーに行く日は下町を歩いても浮かないように極力シンプルなワンピースを着ている。

 私の朝の服装でレッカーに行くのかどうかが分かってしまい、ラルフに「今日も例のお店ですね?」と確認されるようになった。


「いつも迎えの時間を店の女将が教えてくれるんでしょう?労働者階級にお迎えなんてありませんからね。嫉妬深い恋人や夫がいるならあり得るけど、そもそもそういう奴は恋人や妻を一人で夜のビストロに行かせないし」

「なるほど。でも、だめ」


 確かに、いつも美味しい料理に舌鼓を打って時間を忘れかけていると、いつしか奥さんが声をかけてくれるようになった。

 でもはっきりと聞かれていないし、今まで通りでも大丈夫だよね。


「残念です。それならせめて俺の前で自慢しないでください」

「今日のカツレツはねぇ、衣がサックサクで、中のお肉も柔らかくジューシーで、噛むと口の中にじゅわぁっと旨みが広がって美味しかった〜」

「聞いてました?やめてください」

「カツはもちろん、ソースも絶品でねぇ、溶け込んだフルーツの甘みとスパイスの香りが絶妙に効いていてお酒が進むの」

「やめて」

「お酒のあてにした焼きそら豆のペペロンソース和えはニンニクの香りと唐辛子の絡みがまた手が止まらなくなっちゃう美味しさで、」

「やめろ」

「はぁ。いつかパヴェルと行きたいな」

「パヴェル様はいいのに俺は駄目なんですか」

「当たり前じゃない。パヴェルとは、その、デートで行きたいんだもん」

「イケルトイイデスネ、イツカ」

「なによ!?」

「イイエ?ただ、関係を壊すのが怖いからと想っているだけのお嬢様には遠い道のりかと」

「……仕方がないでしょ。知ってるくせに」


 パヴェルは私のお姉様のことが好きだった、多分。

 いや、絶対。

 パヴェルは昔からよくお姉様を目で追っていたから。

 それに気づけるくらい私もパヴェルを目で追っていたということだけど……。


「申し訳ございません」

「謝らないで。惨めに感じるから」

「頑張ってください」

「もう黙って」



 この時はまだ、近い将来自分を取り巻く環境が変わっていく出来事が起こるとは想像すらしていなかった――――



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