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キミの心は何色?  作者: Oto猫
第二章 けじめの祭典
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第八話 前へ

 その日の朝は、いつもと少し違っていた。休日というのもあるだろう。しかし、それだけではなかった。辺り一面に広がるモノクロームの世界。今日は、体育祭当日だった。


 それでも一条家はいつも通りだった。いつも通り、音のない家。早起きしたせいか、頭が上手く回らない。ぼんやりした意識のうちに、一階へ下りる。そのままリビングのドアを開けると、そこには2階で寝ているはずの妹がいた。


「かな……。寝てたんじゃ……。どうした?今日はやけに早いな」


「ねぇお兄ちゃん」


「……はい」


「今日は桜音学園の体育祭だよね?」


「そうですね」


「そっか」


 沈黙。


 ……えぇー終わり?終わりなの!?何で急に会話終わらせちゃうのー!我が妹ながらこの先が心配だわ。大丈夫かしらかなちゃん、学校でお友達作れてるのかしらん?……ま、それ俺なんだけどね。


 これ以上何もなさそうなので、俺は普段通り簡単な朝食を作る。


「ほれ、出来たぞ。パンとスクランブルエッグ。パンに何かつけるか?それと、昨日の味噌汁飲みたかったら鍋にあるけど、どうする?」


 妹は朝の情報番組に集中しているらしかった。


「ん。あとは自分でやるからいい」


「そか。じゃ俺、早いから先食ってるわ」


「あ、ちょっと待って。私も一緒に食べる」


「ん?別にテレビ見てたいなら無理しなくてもいいぞ?今日は土曜日なんだし」


「ううん、いいの。食べる」


「そか。それじゃ」


「「いただきます」」


 いつ以来だろうか、誰かと一緒に食事をしたのは。ふと、そんな事を思った。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん?なんだ?味、濃かったか?」


「そうじゃなくて。その……」


「うん?」


「いつも、ありがと」


「……何だよ、それ。急にどうした?」


「いやなんか、……何となく?」


「何故そこ疑問形?」


「分かんない。けど今言わなきゃ後悔するって。そう、思ったから」


「そっか。んじゃま、そのー、アレだ。ど、どういたしまして?」


「何故疑問形?」


「や、だって言い慣れてねーし。……って笑うな!」


「ムリっ。アハハッ、だってなんかおかしいんだもん。耳真っ赤だし。そんなに照れちゃって、かーわいい♡」


「このっ……!」


 こうして、いつもとは()()違う朝が過ぎていった。そういえば、かなの笑顔を見るのは久しぶりな気がした。


「んじゃ俺、そろそろ行くわ。あとよろしく」


「あ、うん。分かった!」


 玄関からかけた声はリビングから返ってくる。互いの姿は見えない。


「……それと、今日の体育祭だけどな。見に来なくていい……」


「お兄ちゃん、私。今日の体育祭、絶対、絶対見に行くから!!」


 その言葉を聞きたくはなかった。遮ろうと思えばそれも出来た。けれど、そうはしなかった。


「そうか。なら、気をつけてな」


「うん。……お兄ちゃん、いってらっしゃい」


「あぁ、行ってきます」


 リビングに置き忘れた、自身の出場種目を記したプログラム表。それが俺の本心だったのだと、後になって気づいた。


 **


 空は雲一つなく、青く澄み渡っていた。あの日、会議室にて顔を合わせてから。自分に

 言い訳して逃げる日々。結局俺はまた、旧校舎三階、最奥のあの部屋に踏み入ることが出来なかった。


 それから二週間ちょっと。アイツらにどんな顔して会えばいいか。自問した答えは今日になっても出ず、気づけばそこはもう、桜音学園校門だった。正直、次の一歩を踏み出す事が怖かった。逃げたかった。でも、そこに浮かんでくるのはいつだってあの時の彼女の姿で……。


 覚悟を決め、俺は前へ進む。自身が変わる事を恐れずに。




 早めに着いたはずの学校には既に役員の生徒が何人も登校していて、体育祭の準備に勤しんでいた。俺は荷物を自身のロッカーにしまい、早々と外へ出る。校庭をうろちょろしていると、体育倉庫前で彼女らを見つけた。大丈夫だ。いつも通り、自然に。


「うっす。すまん、少し遅くなった」


「イロ!!」


「イロハくん!よかった……」


 三上、二井見はすぐに俺に気づき、駆け寄ってくる。俺はその優しさに甘えてしまいそうになった。しかし、視界の端に彼女の姿を捉え、冷静さを取り戻す。


「七崎……。俺は」


「何を惚けているの一条くん?あなたがいない間、決まった事があるわ。今は時間が惜しい。感傷に浸っている暇はないわ」


「別にそんなつもりは……」


「一条くん」


「はい!?」


 覇気の宿ったその声に、思わず気圧される。


「ここに来たって事は、信じていいのよね?」


「覚悟は出来た……つもりだ。俺にやれる事は精一杯やるさ」


「そう。それならいいの。……では改めて。おかえりなさい、一条くん。『アクティ部』へようこそ」


 その時初めて七崎の柔和な微笑みを見た。けれど俺には、彼女が泣いているようにも見えた。




 -あぁそれはきっと、彼女の心が涙色に染まっていたから-




 いつか、彼女の涙を拭いたいと思う。それが俺に出来る、唯一の罪滅ぼしだと信じて。



 **


「「宣誓!!……」」


 いよいよだ。体育祭が始まった。


「……正々堂々、競い合う事を誓います!平成三十一年、六月三〇日。生徒代表、五味黒亜(ごみくろあ)!……」

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