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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅳ章.金星人サナト=クラマと本州進出
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Ⅶ.神々の分岐

「―――クラマは計画通り、素戔嗚(スサノヲ)と一緒に中ツ国へ向かった様ね」



―――月の出ぬ、新月の夜。天照(アマテラス)は夜の星空を見上げて呟いた。月の光に邪魔されて視えなかった-10級よりも暗い等級の恒星達が、この日に限っては空の隅から隅を夫夫(それぞれ)に陣取り、生命の星・地球に次の移民先を宣伝している。

吟味する様な視線で星空を隅隅まで見渡す天照は、クラマと素戔嗚を送り出す前とは雰囲気が少し違っていた。



「―――素戔嗚は、義姉さんから草薙剣を貰う事が出来るかしらね?」



天照はにっこりと微笑んで云った。



「素戔嗚は貴方と比べると、やっぱり働いていないから(たま)にはこういう事もして貰わなくちゃね。


そうでしょう?月夜見(ツクヨミ)



―――月夜見は、天照に呼ばれる迄ひっそりと息を潜め、一言も喋らなかった。其処に居るのかさえも怪しい程の気配であった。

月の光の届かぬ新月の日は、月夜見とツクの繋がりも弱くなる。


「あ・・・・・姉上・・・・・・・」


―――(ようや)く発した月夜見の声は、ひどく弱弱しく、途中で喘ぐ様な息遣いが混じって聴こえる。


「姉弟仲が良かったとは謂えないわよね、私達。けれども、貴方は素戔嗚と違って、何だかんだ云いながらも離れないでいて呉れて、私の云った通りに動いて呉れた。よく貢献して呉れたわね。御礼を云っておくわ」

・・・当然だ。月夜見は素戔嗚と違って、姉の陰謀や我侭から逃げる選択肢など最初から無かった。素戔嗚が産れぬまだ幼き頃、気紛れにすぐ自分を()いて往く姉であろうが、居なければ独りでは生きていける環境ではなかった。彼が子供の頃は内乱が多く、現在の様に安全な場処は無かった。

―――(しか)し、時代は叉争乱へと進んでゆく。


「―――でも、折角の掛替えの無い姉弟なのに、私、貴方の事を全然知らなかったの」


この時、月夜見は、自分が永年に(わた)り隠し通してきた秘密を知られた事を確信した。姉上と共にこの(やまと)という地に落されて以来、月夜見は天照の影に立つ事・天照と対になる事・そして、天照の鏡映として動く事を使命としてきた。太陽が如何に熱を暴走させようとも、もう一つの世界が均衡を保つ役割を果す為に。

そして、その様な不変を司る神だからこそ、彼は他の神では決して受け取れぬ恩賜を受けていた。

「貴方がお茶の趣味を持っていたなんてね」

云いながら、姉上は月夜見の部屋に在る茶葉や花弁を収めた壺のずらりと並んだ棚を物色する。薬の入った神酒(さけ)を飲まされた月夜見は立っているのもやっとの状態で、目の前で次次と壺が落ち、割られてゆくのを止める事は出来なかった。

「・・・無い」

月夜見さえも之迄聞いた事の無い低く狂気を含んだ声で、姉上は呟いた。

その後すぐに姉上はくるりと踵を返し、月夜見の傍へ歩み寄る。月夜見は助けを求める様に、口をパクパクさせて荒い息を吐き出した。併し、姉上にはその声無き声は最後まで届かない。



「―――ならば、ここね」



天照は月夜見の胸に掌を当てると、指先を差し向けてズブズブと手を奥まで突っ込んだ。月夜見が眼を見開く。



「ゃ・・・!止めてください、姉・・・・・上・・・・・・っ・・・・・・!」



月夜見が両手で姉上を引き剥そうと努める。だが力無く、声にならぬ声はすぐ吐息の霧に消えた。姉上を見つめようとする虚ろな黒眼は更に微睡み、流れる頬の汗は泣く泣く意識を手放している様に視えた。


どさり。


天照が漸く手を抜いた時、その手には盃が握られていた。中には何の変哲も無い、併し銀色に反射する水が3分の1ほど残る。

「・・・こんなに使って仕舞って。屹度、お茶に混ぜて皆に振舞ったのね」

私がこうする事を考えて。天照は冷ややかな顔をして月夜見を見下ろした。



変若水(をちみづ)―――永遠に若く、死なずにいられる、火星に居た時からの私の夢」



天照は盃の水を飲み干し、恍惚とした眼で盃を見つめる。


「―――・・・クラマや素戔嗚や思兼(オモヒカネ)が飲んでいたとしても、之で私に敵うハズが無いわ」


・・・さて。天照は何者かの気配を感じて盃を置いた。再び哀しい表情を残した侭眠る月夜見を見下ろすと、どうします?と声が聞えた。


「もう、この子の役目は終ったわ」


天照は最後まで、月夜見を顧る事は無かった。月夜見は私の影。寧ろ、不老不死不変の水を隠し続けていた事に裏切さえ感じていた。


「―――故郷に帰る(つい)でに、姨捨山(うばすてやま)にでも棄てて来て。そう遠くないでしょう?」




『―――素戔嗚(スサノヲ)が中ツ国に旅立ってから、どうにも寝つきが良くなくて。何か、良い薬草を譲って貰えないかしら?』



漢方・麻酔・果ては毒殺まで、薬草に関しては現代に於いても群を抜く中国東洋医学。恩賜や輸入に拠って一通り揃う思兼(オモヒカネ)家に天照が来たのは、新月となる3日前、三日月の夜であった。

基本的に断る権利の無い思兼は大麻を渡し、使い方が分らないと云うので指南までして遣り、適切な用量まで指導して遣った。併し、その過去も彼の中で後悔の兆しを見せ始めていた。


「何故か腑に落ちぬのだ。特に理論的な根拠がある訳では無いのだが」


予感に関しては一度しか口にしない思兼が、事ある毎に蒸し返しては想い悩んでいる。宇受賣(ウズメ)は、机に肘を着き見事な迄に動かない彼をそっと見下ろしていたが、(やが)


「―――そこまで予感が走るのなら、貴方、信じてみるべきよ」


と、姉の様な態度でぴしゃりと云った。


「其とも、貴方、其程自分を信じる事が出来ない?」

・・・思兼が顔を上げ、宇受賣を見つめると謂うより睨んでいた。併し、その表情は苦悶と困惑に満ちている。宇受賣も余り見ぬ表情だ。

「・・・腰が重いのが貴方の悪いくせ。なら、確認すればいいじゃない。其とも、その勇気も無いのかしら?」

「・・・・・・誰に確認しようかと思ってな。よもや君、天照大御神に直接訊ねるとか云うのではあるまいな?」

思兼が負け惜しみを云う。そんな事など考えていなかったに違い無い。この男の思考は、予感から先に進めないでいるのだから。

「・・・・・・何はともあれ、気分転換をしてきたら。(たま)の息抜きで妙案が浮ぶ事だって、あるのよ」

・・・宇受賣が安らかな声で云った。思兼は宇受賣から目を逸らす様にそっぽを向くと、本棚に判り易いよう横にして置いたフレーバーの本が眼に入った。本国とは一風違った調合が気に入って、月夜見から借りた物だ。

「・・・其もそうだな」

思兼が立ち上がって本を引き出し、宇受賣の方を振り返った時には、もういつもの淡白な表情に戻っていた。

「新手の花茶の本を借りていたのを忘れていた。気分転換に返しに行って来る」

「俺は撤去した岩屋戸を、戸隠辺りに遷しに往く」

紅い絨毯に胡坐を組んでいた手力男(タヂカラヲ)も立ち上がり、共に高木の邸を出た。宇受賣は部屋の前までで手を振って見送った。




「―――そういう訳で、私は生れ故郷に還るよ。留守番していてくれるかい?」



―――祭祀の神が別行動を起す時が来た。布刀玉(フトダマ)は子供の様に頬を脹らませ、天児屋(アメノコヤネ)を強く抱しめる。

「アメノコヤネと離れないといけないなんて」

「すぐにまた高天原に戻って来るよ」

天児屋は布刀玉を抱しめ返し、両肩を持ってゆっくりと己から優しく引き離した。布刀玉は機嫌を直して呉れない。

「・・・・・・アマテラスはやっぱり嫌いだ」

しっ。天児屋が口の前で人差し指を立てて(たしな)める。その顔には、少し焦りが浮んでいた。だが、布刀玉は臆ともしない。



「・・・でも、わかった。其は、アメノコヤネにとって必要な事だから。僕は産れそこない。元元何も持ってはいない。アメノコヤネ以外は何もいらない。アメノコヤネの為ならアマテラスの云う事も利くし、アメノコヤネが倖せになれないならアマテラスにだって逆らうよ。其で僕が消える事になっても、(すべ)ては元に戻るだけ」



フトダマ・・・ 天児屋はこういった科白を、大抵は受け流してきたが、ここまで忠誠の言ノ葉を紡がれては


「君は君の道に進んでいいんだよ。その肉体は君にあげた。気に入って貰えたらの話にはなってしまうけれど」


と、真剣に応えざるを得なかった。布刀玉は首を横に振る。



「この身体は大好き。だって、アメノコヤネの身体だもの。其にね、遣りたい事はさせて貰ってる。アメノコヤネの為でも、アマテラスの命令でもなく。アメノコヤネが大和に居る間僕が高天原(ここ)でする仕事は、僕の一番の望みでもあるんだ」



「君は―――・・・弟をまだ赦せずにいるんだね」



天児屋は乾いた声と表情で訊いた。今この齢となった天児屋には朧げにしか憶えていない、最早理解の追い着かぬ感情。諦観する事を知らぬ、末代に亘って他者を怨み呪う心。この惑星(ほし)に産み落された忌わしき過去を。

「―――私は君の望みには協力できない。私は彼等を、とても大切な仲間だと思っている。でも、大御神には逆らえない。私が行動を起す事で間接的に君の利益になるのなら、私も少しは救われるよ」

「アメノコヤネが悲しくなる協力なんて、僕は絶対に望まない」

布刀玉は天照の命令と自分の望みは違うと(ばかり)に否定した。天照の命令が無くとも、布刀玉は天児屋に協力を乞う事はしないだろう。

・・・行ってらっしゃい、と布刀玉は自分から天児屋を離れた。



「“新しい国”で、逢えるのを待ってる」



天児屋は表情を曇らせた。

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