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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅳ章.金星人サナト=クラマと本州進出
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Ⅴ.天津麻羅とイシコリドメの面会

「――――ぅ・・・」

天津麻羅(アマツマラ)はきつく抱き締めた枕から頬を離し、小さく呻き声を上げた。仰向けに寝返りを打ち、硬直した指がずるずると枕を引き摺る。


「―――ぁ・・・・・っ、・・・・・・!」


枕が半分、畳から床にずり落ちる。天津麻羅は首を左右に激しく振った。悪夢を見ているらしい。

首が何かから逃れようと必死に動き回っているのに対し、首から下は弓形に背を反らした侭ぴんとして動かない。金縛りか。

長い前髪が沙鉄の如くさらさらと畳に流れてゆく。顔の粗半分を覆う黒い眼帯が(あら)われ、(きぬ)一枚の薄い保護材は徐々に捲れていった。

布の下で玉となる透明の汗。他の部位と比べて一際白い皮膚。窪んだ眼窩に存在するは涼しげな・・・



金錬人(かねりと)!」



突如腕を強く掴まれ、天津麻羅はハッと目を覚ました。己の腕が眼前まで迫っている。

己の腕を握っていたのは、車椅子に乗った数少ない女子の同僚・蛭子(ヒルコ)であった。

「蛭子・・・・・・」

天津麻羅は涼しげな(ブルー)の瞳で、蛭子を捉えた。

「交替の・・・・時刻でしょうか・・・・・・?」

「ううん。酷く(うな)されていたから」

蛭子は天津麻羅の腕を離すと、剥れかけた眼帯に手を当て、(しっか)りと顔の凹凸に密着させた。

「私が・・・・・・?」

天津麻羅は己の腕を見つめ、云った。全身の汗は未だ引かない(ながら)も、魘されていた事が嘘だと思える位に彼はけろりとしていた。

―――まるで、(すべ)てを忘れて仕舞ったかの様に

「うん―――」

蛭子は(うなず)いた。

「其より、貴方に面会したい方が居らっしゃるのだって。待ってらっしゃるみたいだから早く行った方がいいかも」

「面会の方ですか?」

天津麻羅はぽかんとしつつも仕事の準備を始める。着物の袖を捲り上げ想いを馳せるも、心当りが浮ばぬ様子であった。


伊斯許理度売(イシコリドメ)さんだって。この間の任務で一緒になった方でしょ?ほら、天の岩屋戸の件の」


そう聞くと、天津麻羅は顔色をときめかせた。まさか期待はしていなかったが、その分更に嬉しさが込み上げている表情だ。

「併し・・・交替の時刻まで其程時間が―――」

天津麻羅は色みを帯びた声で蛭子に相談を求める。とは謂え、今回は“お願い”に近いニュアンスであった。日頃はもっと優柔不断さが表に出、依頼心が強いのだが。

「私が代りにしておくよ。その代り―――今度、自由時間の時に私と(ふいご)担当の人に御馳走してね」

蛭子は滅多に主張する事の無い心の先を読んで、快く了承した。天津麻羅は興奮し、蛭子の両手を握る。

(かたじけな)い―――では、鞴の方に御願いをして参ります!」

歓びの余り杖を手に持つ事も忘れ、足を引き摺って休憩部屋を出て往った。


蛭子は天照(アマテラス)に似た、叉月夜見(ツクヨミ)にも似た綺麗な笑みで最後まで見送った。




麻比(まひ)ちゃ~ん♪」


伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)が手を振って天津麻羅(アマツマラ)を迎える。

天津麻羅は照れくささを隠す様に軽く辞宜(じぎ)をしてから、彼女との距離を隔てる木柵の結界の内側に腰を下ろした。

「な~んか、此処って刑務所みたいだわぁ~。麻比ちゃんと気軽にお話しするのにも柵越しだなんて。天津麻羅って、想像以上に厳しい組織なんね~」

伊斯許理度売は(はこ)型の部屋を四角く見つめ、居心地が悪そうに云った。

「まぁ―――罪人の様なものですから」

「でもねぇ―――・・・」

伊斯許理度売は其でも好きになれなさそうな顔をしたが、其以上の言及を避け、話題の軌条を途中から変更する様に

「あ、蛭子ちゃんが元気そうで良かったわーん」

と、繋げた。

「蛭子を御存知なのですか?」

天津麻羅は驚いた様に訊いた。

「そりゃぁ勿論。あの娘もあたしが取り上げたんだもん」

「本当ですか・・・?!」

天津麻羅は流石に苦笑した。老成した二柱だけの会話となると、その内容が非常にシュールなものに感じられるのは気の所為か。

「そーよーん。只、不具の子だったから流されて、天津麻羅に還って来る迄の消息はあたしも知らないんだけどね~」

「蛭子も大変だったのですね・・・」

ん~・・・・とやはり、伊斯許理度売は腑に落ちない表情をするのだった。

併し其も()いといて


「・・・・・・すーくんにはやっぱり、ちゃんと罪を償って貰う事にしたって風の便りで聞いたの~」


と、空空しく云った。

併し、伊斯許理度売がわざわざ高天原からこんな窮屈な辺境まで面会に来た主な目的は、之の報告である。


天津麻羅は高天原の中の一部ではあるものの、かなり独立した組織であり、情報も隔絶している部分が在るからだ。

だが、天津麻羅としては其以前で引っ掛っている。


「すぅ・・・くん・・・・・?」

老・・・でなく、友達が多い者の悪いくせである。誰でも渾名(あだな)で呼んで仕舞う為、渾名を呼ばれる者と然して仲の良くない者には最早誰の事か通じない。

「あまてるちゃんの弟よ~ん。ほらん、あまてるちゃんが怒って引き籠る原因を作った」

「はぁ・・・・・・」

天津麻羅は、解っているのか解っていないのか判らない相槌を打った。(ちな)みに、伊斯許理度売の云うあまてるとは天照の事である。

「如何ような償いを為さるのですか」

天津麻羅は少し心配した顔をした。少し血の気が引いている様にも見える。


「たまちゃんとあーちゃんの裁量やから、そんなに心配は要らないと思うんやけど。金星から来たくらまさんが監督するらしいし」


サナト=クラマ,叉の名を護法魔王尊―――その名は雲の上の地に棲む天津麻羅の間でも有名である。何せ、単に金星から来ただけではない。

黄泉国(よもつくに)の番人であり、邪気をも飲み下して仕舞う第三の眼を持つ裁判官・・・・先輩星なる金星の、正統なる守護神―――


「―――あまてるちゃんやと、ちょっと心配やけどね」


―――天津麻羅は何故か気分が悪くなった。悪夢を見た時の不快な感情が、今頃になって蘇ってきた様な心持であった。




今回の素戔嗚(スサノヲ)に対する処分については、高天原の誰もが注目していた。自ら手を下した神でさえ、まるで腹を探るかの如くこそこそと確信の無い懸念を懐いていた。そして懸念の標的は、どの神も取り立てて何という事も無い段階であるにも(かかわ)らず、或る一柱の神に集中していた。

只一つ断言できるのは、思兼(オモヒカネ)の予期(ばかり)が先行する不安よりも、伊斯許理度売の不信の方が確信を以て云えるという事だ。



(あの(あまてる)には昔から、そういうところがあるんからねぇ・・・・・・)



―――其は、蛭子の正体を深く知る彼女にしか確信できない域に達す。

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