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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅵ章.神と人間、そして大蛇(おろち)
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ⅩⅨ.失われし眼

「―――ーーー・・・・・・」

クラマは第三の眼を晒した侭両の眼を閉すと、膝に乗せた両の手を握り締め、歯噛みした。



背後から素戔嗚(スサノヲ)の声がする。

「クラマ」

「之を。あの者は両眼を(えぐ)られた上、強力な呪いを()けられている」

奇稲田(クシナダ)の制する声が聞える。

「まだ生きているんだ!」

素戔嗚が叫ぶ。奇稲田は瓢箪(ひょうたん)の実に入れていた水を素戔嗚の身に思い切り掛けた。続いて己の身も水を浴びる。禊である。

「私達に伝染(うつ)ったら一溜りも無い類の呪い(もの)だ!」

呪いに対する知識と霊感の無さ故に勇み足になる素戔嗚を、奇稲田が叱咤する。(しか)し先程人を救えた功績に喜びを見出していた素戔嗚は、天の岩屋戸の件で影乍ら尽力して呉れたと聞く相手の危機を前に耳を貸す訳にはいかなかった。

「でもクラマ、俺さっき死んだ奴を生き返らせたよな?その時に使ったこの剣を使えば、天津麻羅(アマツマラ)だって救えるかも・・・・・・!」

素戔嗚がクラマの意見を訊こうと制止を振り切る。するとクラマが



「来るでない!!」



と叫び



「素戔嗚。・・・・・・汝には無理也」



恐い程に落ち着いた、冷酷な声できっぱりと()い放った。素戔嗚のみならず奇稲田までもがビクリと首を竦める。


調子に乗るなと云われている様で、素戔嗚は少し心が痛んだ。


「其が剣は、高天原(神神の国)にのみ在る清浄たるもので構成されり。清き液体(みず)はすぐに濁る。・・・汝がすらば、反対に負が気に()てられようぞ」


死というものは不可逆的な現象である。其でも、死者でも功罪の判決をきちんと行ない、死ぬには早い者に再びの生を与えさせたのはつい先程の事。・・・・・・其を、()の護法魔王尊が呪い如きで諦観の姿勢を見せるとは。


(・・・・・・クラマらしくねぇ)


と思った。以前の素戔嗚なら口に出してそう云っていたかも知れない。「見過(みすご)せという事かよ!」と食って(かか)っていただろう。否、抑抑(そもそも)が『面倒事』と見做して最初から近寄ろうだなんて思わなかったかも知れない。

だが、今の素戔嗚の口から自然と出てきた最初の科白(せりふ)


「どうするか・・・・・・」


であった。護法魔王尊以外に誰も天津麻羅に近づく事さえ出来ない中であっても、護法魔王尊に(たの)もうとはしない姿勢。己の感情や価値観をぶつけ、強要するのではなく、己に出来る事は何かを探す態度が、素戔嗚に身につきつつあった。


「・・・・・・変りしな、素戔嗚」


? 素戔嗚がクラマの方を向く。クラマは振り返っていなかった為、笑っていたのか如何かは判らなかったが、白い後ろ髪が嬉しそうに揺れていた。



「―――・・・一か八か、也」



クラマがすっくと立ち上がる。矢張(やは)り顔を此方へ向けない侭、手だけを伸ばしてもっと遠くへ退がるよう示した。クラマの後ろ髪が逆立つのと(ほぼ)同時に肩に()し懸る(おぞ)ましい空気を感じ、素戔嗚は地面に膝を着いた。



―――霊力的な危機感を抱いたのか、奇稲田が己と素戔嗚を囲む結界を張る。




「素戔嗚、奇稲田。之より我、護法魔王尊が導きし光景、決してその両が眼に映してはならぬ。破れば汝等、残る生の終の済む迄、視力の(すべ)てを失うであらん」




言葉の最後を聞き終える迄も無く、眩しさの余り眼を開く事は出来なかった。瞼を閉じていてさえ容赦無く入って来る光は焼けそうで眼球が発火した様に痛い。


併し素戔嗚は強烈な(しろ)の中に(くろ)を視た。無論、瞼を閉じている状態でである。拒否しても差すその光と影は、影の部分がどんどん占める割合が大きく、侵蝕してゆく。



「・・・・・・っ!!」



素戔嗚は呑み込まれそうな程の深い闇にも耐え切れず、遂に腕で己の顔を覆った。




「サナト=クラマ・・・・・・第三の眼と共に歴代の護法魔王尊を継ぐ者の中でも、

そして、現存する惑星の守護神の中でも非情な負の魔力を行使し(なが)ら、他を切り捨てる事の出来ない優しすぎる正義感を持つ男。


金星が温暖化に()って、空中でしか生存できない危機的状況であっても、私が泣きつけばすぐに飛んで来た」




「―――天津麻羅」



―――クラマが、横たえて必死に生きようと浅い呼吸を繰り返す天津麻羅に、優しく声を掛ける。

懐かしい声が聞えた気がして、天津麻羅は眼を開けようと努めた。併し最早(ひら)ける事の無い其に手を翳し、再び瞼を閉じさせる。


彼の激動の半生は、走馬燈の様に判定人・護法魔王尊の眼にも視え、運命に翻弄されしあわれなますらおであった事を伝えて呉れる。



「汝に我が第三の眼を授けよう」



かけられた呪いは最早(もはや)解けない。印の結びが特殊でありすぎて、誰が彼に斯様(かよう)な呪いをかけたのか特定できそうだった。だが、呪術に然して明るくないクラマが探し求めたとて、その間にも呪いは彼を死に至らしめる。

負の感情の塊である呪いに、汚れ無く殊勝な正の力は真っ当にその邪悪な力を受けて仕舞(しま)う。併し、負に対し更なる負で返せば、単純な力勝負となり内面が汚される事は無い。


何が善で何が悪か。正しく選別する為に()まれた窮極の負の集合体・護法魔王尊の眼であれば、如何なる強力な呪いにも太刀打できる。




「―――・・・なれど、負が魔力(ちから)にある事には変り無き故、身体が、或いは精神(こころ)が流れ廻る負が情動に堪え切れねば、汝が心身は呪いと之が第三の眼に喰い尽され、無差別に相手を襲い人をば喰らう化物へと成り果てるであろう。


清き心を、過去どれ程に虐げられしも失わずにいた優しき心を強く持て。

汝が心は、我が魔王尊に決して負けぬと信じている」




クラマは、己が額に手を当て、其の侭指を三つ目の眼球に挿し込む。ズブッ,と柔かいものを突き刺す音がし、ブチブチと線を引き千切る。




「・・・・・・ねぇ、クラマ。貴方は、目の前に困っている者がいたら、決して見捨てる事はしないでしょうね。


其が、自分の身を削る行為だと解っていても。そうなる様に誰かが仕組んでいると解っていても、貴方は手を差し伸べずにいられない」




―――ギャアアアアアアアアアア!!!!




断末魔の叫びが幾重にも重なり、耳を塞いでも構わず聴覚に入ってくる。素戔嗚は自分が狂って仕舞うのではないかという感覚に襲われた。


其はクラマの叫びではなく、第三の眼に囚われた之から何百・何千と年を過す地獄を待つ者達の魂の鮮度ある恐怖の連鎖。

取り出された目玉からはどろりとした黒い液体が漏れ、腐臭を嗅覚に突きつけ乍ら素戔嗚の視た白い世界を染め上げてゆく。―――白きものは黒に。清きものは染まり。


天津麻羅の眼球の無い目許(めもと)から涙が流れ、耳を塞ぐ事も涙を拭う事も出来ない腕は微かに震える。クラマは彼の腕に己が手を添え



「―――かわいそうに」



―――・・・彼の手を握り、せめて恐怖が薄らぐ様にと憐みの言葉を掛ける。



「・・・・・・今生にて三度も、眼を奪われる音を聞こうとは。・・・なれど、此度で其も終る。其が音の内一つは汝に贈られるもの也」



―――クラマのもう片方の掌に、禍禍しい気の渦巻く目の玉が乗る。



「―――ゆくぞ」




「―――だからその、貴方の“甘さ”を利用させて貰うわ」




クラマの掌から天津麻羅の額へ、第三の眼が落される。黒い焔を上げて天津麻羅の額を無理矢理割り開く魔眼に、天津麻羅の身はびくりと跳ね、窪んだ瞼は眼球が無いにも拘らず大きく開いた。


「あ――――――・・・・・・っ!!あ、あっ、あ、ああああ――――――!!!」


・・・・・・・・・。呪いに拮抗して天津麻羅の体内で激しく暴れ廻る護法魔王尊の力の行方を、クラマは(しっか)と見届けていた。

空洞となった額から止め処無く溢れる、どす黒い血が視界を蔽うのも其の侭にして。




月夜見(ツクヨミ)変若水(をちみづ)、素戔嗚の草薙剣(クサナギノツルギ)、天津麻羅の青い瞳。之だけを手に入れても、金星の守護神に邪魔をされては私の地球の植民計画(テラフォーミング)は到底叶わない。けれど額の“第三の眼”を奪ってしまえば、貴方は星を護れるどころか金星へ還る事さえ侭ならなくなる。


地球の“双子星”と呼ばれる明星をもこの手に収めるチャンスなんて滅多に無いわ」



天照は天安河原へ出、夕闇の迫る空を仰いだ。

嵐が過ぎ去った後の空は快晴で、七夕も近い季節という事もあり星達が賑やかに瞬いていた。その中でも、一際明るく耀く星が、二つ。

―――天照が既に気に入りとしている月と『宵の明星』―――・・・



「―――・・・美しいわ」



天照は宵の明星を見つめ、ほぅと溜息を吐く。



「・・・・・・さぁ、如何するの、クラマ」



天照は金星に向かって話し掛ける様に、天を仰いだ侭独り、呟く。




「“第三の眼”を失った状態で、金星と地球の両方を貴方はどう()って救う?」




・・・・・・天照は嘲笑を隠す様に、口許に袖を当てて片頬のみを引き上げた。

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