ⅩⅦ.赦し
「―――死んだ人間を、生き返らせるだと・・・!?」
・・・暫し全員が沈黙した後、奇稲田が最初に口を開いた。
「無理だ・・・そんなの、何でもありではないか!ドラゴンボールの神龍だって、死者を生き返らせるには制約が付き纏うのだぞ!?」
「途中から何でもありになったじゃねーか」
「というか読んでおったのかお主!!」
ドラゴンボールの神龍>>>>>護法魔王尊。淡島は年の功か急な落差についていけず、黙っている。因みに、彼女の世代はのらくろである。
彼女に況して文化も違い、更に空気の読み方まで違うクラマは笑いのツボまで違っており、神龍より完全に格下に扱われている事に落ち込みも受けもせず、寧ろ気づかず、徹底した真面目一本槍の為せる業で空気を元に引き戻した。
「何でもありではあらん。一度決りし判決は何人も覆す事は出来ぬ」
ドヤ顔でひとり違う次元から答えるクラマはこちら的には笑いの対象である。併し、その固定した表情に不敵な笑みが乗っかると、一同は彼に少し引いた。
「―――其に、蘇らせしは我ではあらん」
クラマは、素戔嗚が地面に刺し置いた侭の大剣を投げ渡す。其は、淡島の創ったおろちの尾に秘められていた物だ。
「おわっ!?」
ずしりと重い大剣を素戔嗚は何とか受け止める。
「何すんだ、クラ――「素戔嗚」
抗議しようとすぐに顔を上げた先には、柔かなクラマの笑みがあった。・・・眼がかち合うと、強く、肯く。
「―――汝、此の者を蘇らせてみよ」
「は―――!?」
クラマの予想もし得ぬ提案に、素戔嗚は剣を手にしどろもどろする。余りに心許無い提案に、奇稲田は絶句して成行きを任せている。
「・・・・・・」
・・・先程の取り乱しようから一変し、淡島は腕を組み、冷ややかな視線で素戔嗚を睨んでいる。
「でっ、出来る訳無ぇだろっ!!」
素戔嗚が刀をクラマに突き返す。自分に他者を助ける事など出来る筈が無い。他者を之迄散散傷つけてきた自分に―――
「救えるか救えぬか。・・・即ち、汝が赦されるか赦されぬかを決めしは此が刀也。・・・振るうがよい。其が刀を手にせしば、判決(答え)は自ずと其処に現る」
クラマが刀を素戔嗚に握らせる。少女が刀の移動と共に、藁をも縋る視線で素戔嗚を見た。この稚児には、還りを俟っている者が在る。
「・・・どけ、女」
素戔嗚が大剣を両手で握り、一気に天へと振り仰ぐ。自分の罪は関係無い。少なくとも少女や稚児には。只、助けを必要とする者がいて、其処に自分しか居合わせていないのなら。
「うおおおおおーッ!!」
―――遣ってみるしか、無いじゃないか。
刀を振るった瞬間、稚児の胸元の位置に“核”の様なものが視えた様な気がした。だが刀を振り下ろすと、その塊は卵の白身が剥ける様に外壁が剥れ、小さくなった内側だけが風圧に飛ばされず稚児の胸元に留まった。そして、すぅ・・・と引き寄せられる様に稚児の肉体に近づいてゆき―――・・・
素戔嗚が瞬きをした次の時には、其は消えていた。
―――・・・風が已む。
空間が元に戻り、辺りは静寂に包まれる。暫くは何事の変化も訪れず、刀を振るった本人さえも周囲を見回していたが、軈て
「ん・・・・・・」
・・・・・・寝起きの様な子供の声が、稚児の口許から漏れる。
「オオナムチッ!?」
少女が駆け寄り、稚児の顔を覗き込む。稚児は眉をしかめ、渋る様に一度堅く目に力を入れると、ゆっくりと瞼を開いた。
「しら・・・ひと、どの・・・・・・?」
稚児の頬に血色が戻る。急激に血流が戻ってきたからか、其とも透き通る肌の少女を見たからか、常人よりも顔が紅くなる。
「白人殿・・・はだっ「良かった・・・・・・!オオナムチ・・・・・・!!」
少女が起き上がろうとする稚児を押し倒し、地面の草ごと稚児を抱しめる。少女の瞳からは再び涙が溢れ出していた。
「良かった・・・・・・!良かった・・・・・・っ!!」
「?・・・・・・??・・・・・・??」
稚児は訳も解らず少女の腕の中で固まっている。併し恐る恐るではあるが、手を少女の腰に回し、やんわりと抱き返す。
ここから、現代に続く大国主の好色伝説が幕を開ける。
「凄いな、御前!」
奇稲田が素戔嗚を背後からどつき称賛する。刀の方に力を集中させていた素戔嗚は大きくよろめき、っにゃろぅ・・・・・・!と奇稲田を睨みつけた。奇稲田は全く気にも留めない。とんとんと肩を叩き、素戔嗚の目線まで顔を落す。
「―――之で、御前の“償い”というものも果されたのではないのか―――?」
―――素戔嗚ははっとクラマを見る。クラマは穏かな笑みを浮べていた。クラマはその点については答えず
「淡島」
クラマが少し離れた処に佇む淡島に声を掛ける。素戔嗚が持つ大剣を指し、
「・・・此が剣、貰いて良いであろうか」
と訊いた。余りに不仕付けと思える問いに素戔嗚も奇稲田もは!?と愕く。
が、淡島はプイと背を向けはするものの、其を了承した。
「・・・・・・勝手にするがよい」
・・・・・・声が震えている。
「元来その剣は、海原の汐より生成されし物。おろちも同義よ。手柄として天照に献上するなり、武器にするなり好きにすればよい」
―――天叢雲剣、別名“草薙剣”。之が、海原の神と云われる素戔嗚の“核”であった。
素戔嗚は、他者を助け乍ら自分探しの旅をしていたのだ。
「淡島―――!」
オオナムチの元気な姿を見届け、消えようとする淡島。素戔嗚は慌てて淡島を追い駆けた。
淡島は視線のみ流して此方を見る。
「いいのか、本当に―――!」
素戔嗚が天叢雲剣を差し出す。淡島はふん、と鼻で哂った。
「其は元来、汝が物よ。其を還したに過ぎぬ。天照が弟という事で憂さを晴らしたかっただけよ。
―――だが其ももう知らぬ。汝は天照とは違う事が解った故」
「済まなかった―――!」
素戔嗚が心の底から素直に謝る。淡島は思わず眼を見開いて、顔ごと素戔嗚の方を向いた。
天照・月夜見・そして自分―――・・・その何れもが育む事の無かった精神的な成長であった。
ぐ・・・と淡島の唇が噤まれる。
「俟て!」
奇稲田も淡島を引き留める。
「姉さんは―――・・・生贄に出された私の姉上達は無事か?答えるまで私は御前を逃しはしまいぞ」
―――謝罪する正直な瞳と、謝罪を求めぬ冷静な瞳。そんなふたりを交互に見つめ、淡島は眩しげに眼を細めた。
「―――安心するがよい、人の子。汝が親が棄てし娘達は、妾が作業処にて息災に生きている。場処を覚られる訳にゆかぬ故、出す事は叶わぬが、汝が事は屹度伝えよう」
・・・・・・。奇稲田は不信そうに何度か瞬きをして彼女を見ていたが、妥協した様に
「・・・・・了解った」
と肯いた。
「・・・来年の今日、姉上の返答を伝えにこの森へ叉現れる事を約束せよ。必ずだぞ」
「人の子にしては気が長いものよな、汝。安心せよ、妾はもう一人の子を捜しに往くだけよ。近い内に叉屹度出遇うであろう。
・・・大己貴の事は礼を云う。もう一人の子も、見る事があれば報せて呉れれば倖いよ。
名は、金錬人と云う」




