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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅵ章.神と人間、そして大蛇(おろち)
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ⅩⅤ.おろちの正体

ザシュッ!!



太刀筋が一本入ったと同時に、裂目から一気に水が飛び出し、大粒の水滴が鳥上の森に散ばった。大蛇の巨体がざっくりと割れ、腹の方は砂塵へ、背の方は水蒸気に分れて霧となって消える。


スゥ・・・・・・


奇稲田(クシナダ)が元の姿に戻る。

「・・・・・・あ」

奇稲田は己の掌や、びらびらの衣服を生れて初めてと()ってよい程念入りに見つめた。次いで周囲の景色を確認する。草が繁茂していた地面は削り取られて岩肌が露出していたが、氾濫した川は穏かなものへと戻っており、さらさらと静かな音を立てて流れていた。


大蛇の姿は消えて仕舞ったものの、素戔嗚(スサノヲ)が手にした剣のみは消えず、持主より先に地面へと着地する。


ザクッ

・・・・・・素戔嗚も、剣の重さに引っ張られる形で後から着地した。

「餓鬼!」

奇稲田が素戔嗚の(もと)へ奔って来る。素戔嗚は息を切らし(なが)

「ガキじゃ、ねぇ・・・っ「()ったな!」

!! (えら)(はしゃ)いだ様子で素戔嗚の手を握り、子供を褒める様にわしゃわしゃと頭を掻き混ぜる。

「な・・・!!」

素戔嗚は真赤になって、何とかして奇稲田を己から引き剥そうとした。(しか)し、奇稲田は其を知ってか、益益(ますます)力を入れて素戔嗚を羽交締めにする。

にやにやにやにや・・・・・・

「テメェ・・・・・・!腹立つ・・・・・・!!」

素戔嗚はどんどん膝を屈ませられ乍らも、ギンッと奇稲田を上目遣いで睨む。けれども、顔の紅みは引くどころか、意識すればする程に熱くなってゆく。

如何(どう)した?顔が紅いが」

「うるせぇ・・・・・・!」

して遣ったのはこっちなのに、何だそのしたり顔は。・・・・・・併し、素戔嗚は、そのからかう顔と()うか、冷静でふざけた遊びなんてしませんよという様な狐目茉莉花野郎みたいな奇稲田の澄まし顔が、無邪気な子供の如き笑顔になるのが意外にも可愛くて、本気で恋しそうであった。


ザ・・・


・・・現状へ引き戻す様なクラマの足音が、ふたりの前に現れる。


大蛇の頭が先程まで存在していた処に、簡易な浴衣に髪を下ろした、水に身体を濡らした女が佇んでいた。

「・・・・・・!!」

この倖薄そうな容貌をした女が、大蛇の正体だというのか。

「・・・・・・!姉貴に似てる・・・・・・」

素戔嗚は、若干齢が上で野性味を感じるものの姉・天照(アマテラス)に面影が似たその女性に、大蛇の気に感じた神聖な懐かしさの所以を見出す。

「?・・・・・・御前(おまえ)に姉鬼が在たとはな・・・・・・?」

奇稲田はいまいち話の繋がりが解らず、相槌の心算(つもり)で取り()えず()った。

「汝・・・」

クラマが口を開く。併し、凡てを云い切る前に、女が言ノ葉を引き継いで

「汝が金星より訪れし守護者・護法魔王尊か」

と、活気の無い一本調子の声で訊いた。

「如何にも」

クラマはよく響く声で返した。

女はじとりとした眼でクラマを見つめ返すと、本の少しだが頭を下げた様に見えた。だが顔を上げ、素戔嗚と奇稲田の方に視線が移ると表情は一変する。水気を含んだ瞳は怒りに燃え上がり、ぼんやりとした焦点は一気に覚醒する。まさに油を火に注いだが如く、女は怨嗟に声を焦した。



「・・・・・・今度は(うぬ)が妾の神聖な場を冒しに来たか、天照の弟が―――・・・!!」



「―――!?」


併し名指しで怒りを叫ばれた当の素戔嗚には全く身に憶えが無い。只、この女が姉・天照を知っている事と容貌が天照に似ている事、放つ妖気が高天原の神神が持つ霊力に共通した清らかさを感じる事から、自分は天照から聞かされた事は無いが―――

伊弉冉(はは)が黄泉の幻覚にて、一度だけ呟いた名前の神なのではないかと心当りを想い出す。


『―――妾が伊弉諾(とうさん)との間に最初に産んだ子は蛭子(ヒルコ)、二番目の子は淡島(アハシマ)。二神共かわゆき女の子で、水の御加護を享ける神でした。御前にとっては、姉となるわね』



「蛭子―――姉さん―――・・・?」



―――その後伊弉冉(イザナミ)が続けた言ノ葉は、妾は三貴子(あなた)の親であるけど、三貴子を産んだ訳ではない、故に目の中へ入れて痛い時もあるという哀しい現実と、伊弉諾(イザナギ)は唆されて蛭子と淡島を勘当して仕舞ったという嘆き。素戔嗚が産れる少し前、二神は島から流されて仕舞い、以来行方が分らないと云う。片方が足の不自由な不具の子で、もう片方は女性としての身体の部分を失っているとの事だ。どちらがそうであるか素戔嗚は知らなかったが、腹違いの自分の姉である事に(ほぼ)100%の確信が芽生える。


「淡島よ。・・・・・・汝は妾が流された後に産れし神子か。汝が月夜見(ツクヨミ)だったなれば、間違い無く殺していたところよ」


・・・・・・クラマの眼が忙しなく素戔嗚と淡島の間を往ったり来たりする。奇稲田も、余りに過激な云われ様に表情を強張らせて見ていた。彼等が素戔嗚を庇える様な領域の話ではとてもない。

だが素戔嗚も話が全く()えてはいない。ひやりと狂気を含んだ眼に射竦められて、背筋を凍らせる(ばかり)であった。姉兄の天照と月夜見が過去に何をしたというのか。きょうだいゲンカで問題が勃発しているのは、素戔嗚と天照に限ったものではなかった様だ。

「・・・・・・っ」

素戔嗚の内で掛ける質問が見つからない。否、要するに全部なのだが、其では同じ父から産れた者として余りに無責任なのではないかと感じられ、とても「何も知らない」とは云えなかった。今迄そんな感情を(いだ)いた事があっただろうか。姉がどんな理由で泣いているのか、兄が如何(どう)して怒っているのか、解り易い、自分に直接的に向けた感情さえも之迄考えた事は無い。

7人の姉を取り戻すべく奮闘してきた奇稲田の凛凛しい貌が視界の隅に入り、素戔嗚は視線を逸らした。

恥かしい事に、素戔嗚の無言は彼が何も云えない証である事は、彼以外の全員が知っていた。

「―――何も天照や月夜見より聞いてはおらぬか。まあよい。彼奴(やつこ)が左様な魂胆然らば此方も強化する迄よ。知らぬがよい、名も知れぬ天照の弟よ。妾は汝を我が弟と認めぬ」

「ちょっ、()ってくれよっ!」

淡島は之以上関るのも嫌といった様子で素戔嗚を煩う。

併しクラマは彼の成長に眼を見開いたし、何より驚いたのは彼自身であった。


「俺は、あんたの事が知りたい。・・・いや、知るべきなんだ。妹弟(姉貴達)に裏切られたんだろ?俺も、姉貴達の事散散裏切ってきて、あんた達に会う迄傷つけていた事に気づかないでいたんだよ。だ、から、もうこんな不毛な喧嘩の繰り返しは・・・・・・っ!」


・・・・・・云い乍ら、素戔嗚の顔がボッ!と紅くなる。云っている途中でふと我に返ったのだろう。或いはクラマが成長したという風に微笑んだからかも知れない。併し、天照の直の被害者である淡島にとって面白く感じる要素など欠片も無く、素戔嗚の厚顔、そしてむちも甚だしい発言を額面通りに受け取り益益腹を立てた。


「―――己惚れるな、餓鬼が。無知たるものは真に怖ろしいものよ。なれば汝の望み通りに教えて遣るわ、天照の狗。汝の姉は己が父・伊弉諾を惑わして妾と蛭子を()にさせた、極悪非道の妖女なれ」


・・・!今迄長年見て受けてきた印象とは余りに()け離れた天照評に、素戔嗚は言葉を失う。彼の中での姉と謂えば、いつも自分から酷い仕打を受け涙している姿しか浮んでこないからだ。

(流に処す・・・・・・?)

クラマのいつの時でも真直ぐな眉根が、微かに寄せられた。其こそよく観察していなければ判らぬ程だ。だが奇稲田が目敏く訊いた。

「・・・如何した、金星人」

クラマは少少俯き加減に、だが其以外の変化無く答える。

「・・・・・・何事も、在らん」

・・・併し、凡てを悟り達観した仏の様に安らかな表情を滅多に動かさない様な男がクラマだ。短き出逢い乍らも後見人に足る力と信頼を彼に得た奇稲田は、その様子を注意深く視ている事にした。


「月夜見は妾と蛭子が不条理な嫌疑を受けた(とき)、見て見ぬ振りをし追放されるを、事欠いて―――・・・許したのよ。蛭子・・・あの者は、足が動かぬのに―――・・・!」


淡島は感極まった様に一度、言葉を詰らせるも・・・悲痛な叫びを弟・素戔嗚に訴える。自ら発信をする事の無い月夜見が非道な事をするとは想像し難かったが、何も行動しない事が悲劇を助長させる事もあると素戔嗚は身を以て知っている。自分と全く逆の立場に位置する者と対峙して、彼の気持ちは天照の分も月夜見の分も重なり、痛い程申し訳無くなった。

「蛭子姉さんは・・・・・・」

素戔嗚は顔を蒼くして訊く。淡島は暫し、怒りをぶつけ、(いぶか)る様に彼を睨んでいたが

「・・・安心するがよい。蛭子は妾が見つけ出し、今は妾と共に在る。汝の憂えを受けた所で運命(事の運び)は変らぬし、汝等をけして赦しはせぬ」

・・・落ち着いてきたのか、言い方はきついが態度を少しだけ軟化させた。だが素戔嗚は、打ちひしがれた子犬の様に(かつ)ての勢いを失くしている。

「・・・して、淡島よ」

(ようや)くクラマが口を開き、素戔嗚と淡島の調停に入った。

「此が高天原に遠く離れた地にて、おろちを操り此が地が者をば脅かし事由は何ぞ。事に依っては汝、素戔嗚を責めし立場無き厳に処する」

クラマが淡島と対峙し、厳しい眼で彼女を見据える。金星の護法魔王尊とは本来、神神の間では相当有名で脅威となり得る存在なのだろう。淡島は心外そうに眉を寄せ、

「・・・護法魔王尊。汝、何を勘違(たが)っておるのか知らぬが、先に仕掛けたは其方人間の方よ。子を棄て、その理由を妾への帰依としたから迎えに往けば、妾の目の前でその子は殺された。八十神(やそがみ)という神を名乗りし驕った人間共の手に拠ってな。人間は穢い。妾の組織の者が一名、行方が知れず捜しておるが、あの子は自分から外へ出る様な子ではない―――・・・なれば、天照の手の者か人間が、あの子を手に懸けたに違い無い!!」

再びヒステリックになり、素戔嗚と奇稲田の双方を指さして叫ぶ。

「・・・っ、哀れな・・・・・・」

奇稲田こそ被害者だ。7人の姉の行方は、結局知れぬ侭である。色色反論したい事はあったが、口喧嘩など今は望んでいない。必死に抑えて其でも出て来て仕舞った言ノ葉が其であった。


「俟たれよ」


クラマは落ち着いて重みのある声で放つ。

「八十神より殺されたと汝が云いし人が子の居る場へ案内(あない)せよ、淡島。()が子が黄泉へ運ばれるか否かを決めしは、此が護法魔王尊也」

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