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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅵ章.神と人間、そして大蛇(おろち)
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ⅩⅣ.けぢめ

「―――汝、此が姿にて会話できゆか」

〈私を元に戻せと云っているのだ〉

奇稲田(クシナダ)はクラマの言葉を遮る。

大蛇(あれ)は私の敵だ。誰にも邪魔をさせはせまい〉

「・・・・・・其、出来ぬ相談也」

クラマは少少重い口調で断わった。

「おろち、之は素戔嗚(スサノヲ)が問題也。汝が手を下す域のものに無し」

〈私はあの大蛇に7人もの姉を喰われている。関係無い訳が無かろうが。・・・其に、あの餓鬼、真実(まこと)に危ないぞ。助っ人に入った方が良いのではないか?〉

「助太刀は()がする也」

クラマは戦いの成り行きから眼を離さぬ侭応える。

奇稲田は相手にされていない事に絶句し、怒りが(くすぶ)った。冷静さをずっと努めてはいたものの、行き場の無い感情に火が点いた。

〈私を戻せ!!〉

・・・・・・クラマは(ようや)く奇稲田の方を視、消えた表情で首を左右にゆっくりと振った。

「―――否なり」

〈何故だ。あの甘っちょろい餓鬼には大蛇は斃せない。私ならば斃せる!〉

「―――汝がその歪みし想いには山神は倒せぬ」

―――奇稲田は“山神”と聞いて微かに息を詰めた。

クラマは額の十二襞に手を()り、第三の眼を僅かに解放する。

奇稲田が暴いた時とは全く異なる、厖大(ぼうだい)な負のエネルギーの片鱗が視えた。

ぞっ・・・


「―――奇稲田、我が本名護法魔王尊。咎人に刑を与える執行人也。汝が徒に殺生すらば、我は汝を裁かねばならなくなる」


―――・・・クラマは十二襞を再び下ろし、邪眼を強く封印した。


「―――業を受ければ、汝は姉等が棲まいし黄泉には逝けぬ。さすらば、汝は二度と姉やら大切にせし者に逢えなくなる。其を事前に防ぐが、執行人が人情也」


・・・・・・クラマの情け深い声に、奇稲田の張っていた気がふと弛みそうになる。併しすぐに冷静を取り戻した。

〈なれど、私の姉が彼奴(おろち)に殺された事に変り無い。何故私は駄目であの大蛇は放っておく。職務怠慢ではないのか〉

「安心する也。我・汝が代りに今回は素戔嗚が裁く」

クラマは再び顔を上げて、素戔嗚の戦況を観察する。

「―――罪の裁きには“イエ”なる制度が適用されり」



素戔嗚が再び剣を持ち、大蛇に立ち向かってゆく。尾で払われても吹っ飛ばされても、彼はけじめをつける事を諦めない。

「こぉーのーやーーろーーー!!」



「其は、罪を犯せし者を()が者の家族が裁き、憎しみの輪廻を絶つ方法也。執行人にとっても、つらいが」


クラマは桶と柄杓を手に持つ。


「汝が為に、素戔嗚はおろち(親族)をば倒す」


―――! 奇稲田は素戔嗚に科せられた宿命に言葉が出なかった。



クラマが大蛇の(もと)までひたひたと歩き、柄杓で桶の中の水を引っ掛ける。すると大蛇はクラマに狙いを変え、彼の立つ垣目掛けて突っ込んで来た。

「クラマ―――っ!!」

どしゃあぁぁぁっ!!―――クラマの額の十二因縁目前に大蛇の牙が迫った時。まるで砂が崩れるかの様に、延びていた手が、苔の鱗が、解け落ちる。

大蛇が荘厳な雄叫びを上げて悶え苦しむ前で、クラマはぴくりとも動かず直立していた。

「―――な、何だ」

八塩折之酒(やしおおりのさけ)なり」

ぽかんとして大蛇がもがき暴れるさまを見ている素戔嗚と櫛に、クラマは柄杓の入った桶を掲げ示した。濃厚で甘い芳香が、素戔嗚の居る距離からでも雨にも負けず香ってくる。

〈!其は、我が家で造っている・・・〉

クラマは奇稲田の声に(うなず)いた。

「・・・也。汝が父母・足名椎と手名椎に供物が神酒をば造って貰いて、我が“気”を七度練り込んでおいた。邪眼が悪気に中りしその身体、(かな)に縛って動けぬであろう」


―――修験者の姿をとった金星人は、すっかり雲間も切れた空の下、宵の明星の加護を受けて白金色に耀(かがや)いていた。


「今也。素戔嗚」

「うおぉぉぉおッ!!」

素戔嗚が高く跳び上がり、天羽々(アメノハバキリ)を大蛇に振り下ろす。だが大蛇を斬り落す瞬間、緊張に顔が少しだけ引きつり、切先に一瞬だけ躊躇いが出た。

ベキッ

・・・・・・大蛇の8つの尾の内の一つが、粉粉に刻まれ胴体から離れる。素戔嗚は反対側の岸へ着地し、ハァハァと荒い息を立てた。

・・・・・・顔色が真っ蒼である。

・・・既に死んだ馬を面白半分で投げ入れた事はあっても、実際に生き物を殺すのは初めてだ。



カ・・・キ、ン


「な・・・・・っ・・・!!」

素戔嗚は眼を見開いて、地面に落下してゆく銅を視線で追った。―――天羽々斬の剣先が、尾を斬った衝撃で欠けて仕舞ったのだ。

〈何処までも甘い考えの餓鬼め!・・・・・・覚悟が足りない〉

奇稲田の櫛は観ては居れないという様な語気の荒さで素戔嗚の失態を非難する。・・・併し、言ノ葉の最後には憂いを帯びていた。

・・・・・・クラマは静かな眼で、素戔嗚の迷い戸惑うさまを、手を出さず見つめている。

〈―――素戔嗚っ!〉

奇稲田が初めて素戔嗚の名を呼んだ。素戔嗚ははっと我に返って顔を上げる。神酒に籠められた邪気を破った大蛇が勢いを取り戻し、背後で鬼灯(ほおずき)の眼を光らせていた。

「うっ!」

―――大蛇の肉体が素戔嗚の身体に絡みつき、締め上げる。咄嗟に朽ちた剣を自らの胴を締める大蛇の首に差し向けるが、8つあるその首は夫夫(それぞれ)が違う動きをする。尾が素戔嗚の腕に巻きつき、彼は天羽々斬をその腕から落した。

「く・・・」

両腕を封じられた素戔嗚は身を捩って剥そうとするが、如何(どう)にもならない。仕舞いにその触手は素戔嗚の首に伸び、ぎりぎりと細い筋を絞め始める。

「うぁ・・・・・・っ・・・・・・」

大蛇の首や尾が次から次へと素戔嗚に群る。大蛇の大きい身体にすっぽり埋れ、素戔嗚の姿は見えなくなった。

「・・・・・・!」

〈・・・・・・!!―――おい!〉

奇稲田の櫛がクラマに語り掛ける。素戔嗚!! クラマは一歩も動く事は無かったが、柄にも無く大きな声で叫んだ。予想外に少し焦っている様にも見ゆる。

「力では克てぬ!おろちが正体・・・おろちが“核”たるものをば視、本質のみを仕留む也!()が大きし肉体は、汝が()し幻想也!!」



素戔嗚!素戔嗚!!



・・・クラマのいつに無い声は、素戔嗚の遠い意識下でぽわんぽわんと(こだま)していた。まるで深海の底で、水面からの声を聞いているかの様に。


クラマが八塩折之酒(やしおおりのさけ)の残りを大蛇に浴びせる。・・・そうする事に()って、奇稲田にも漸く視え始めた。大蛇の“正体”というものが。



ブクブク。 。 。。 。。 。



―――素戔嗚の姿が透けて視ゆる。彼は大量の水を飲んでいた。彼の腕を押えるは土石、彼に纏わりつくは渦を巻く水の流れ、辺りに散乱するは鱗の如き砂や礫。併し(いず)れも、金星の照らす青天の下に、最早衰えが視え始めている。

(―――・・・ああ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)というのは)

奇稲田は龍の面影を残す斐伊川に、何らかの悟りを啓いた気がした。どの悪霊祓いよりも腑に落ちた様に想える。自分では気づかない“己への憑き物”が落されたのかも知れない。

(―――生贄と云うは、父さま、母さま―――・・・)

贄を捧げれば救われるという考えは、自然を畏れる(ばかり)に人間の抱いた、都合のいい幻想に過ぎぬやも知れぬ


・・・後は、この餓鬼が幻想を突破するだけだ




ブクブク。 。 。。。




―――黄泉で伊弉冉(イザナミ)に包まれた時の様な、羊水の如き心地良さに、素戔嗚は暫くの間眼を開ける事を躊躇った。記憶の方は明瞭(はっきり)としている。


一瞬の油断で大蛇に背後を取られた事。・・・・・・天羽々斬の剣先が欠けた理由。大蛇に怖気づいたのではない。自分に怖気づいていた。天照(アマテラス)が懇意にしていた機織女は、間接的には自分が殺した事に変りは無いが、彼女の死に立ち会ってはいなく殺した手の感触も、殺したという意識も芽生えなかった。

併しいざ現実に突きつけられると、自らの手で裁く覚悟も無く、なのに意識も伴わず命を既に平気で奪っている。


今回の大蛇退治は、俺に対する罰なのか?―――クラマ


・・・素戔嗚がうっすらと眼を開けると、水柱の様な半透明の面を隔てた向うにクラマが居た。

クラマの珍しくよく通る大きな声が、水面を震わせ素戔嗚に語り掛けている。


「―――討ち果せし事(ばかり)がイエの裁きとは限らぬ!」


―――クラマはいつでも、抜け道というものを塞がずにいる。

他の神と同様、潔白である事を善しとしつつも、(きよ)き川に魚は棲めぬ事を知っている。他の神は素戔嗚の素行の悪さを早くから諦め、最早存在しない者として彼を見ぬ振りをしてきた。今回大蛇退治に出されたのも、(てい)のいい高天原からの追放だったのかも知れない。だが、クラマはそうとは想っていなく、厳しい試練を与え(なが)らも最も平和的な解決へ導いてきた。一方的に否定したり、見捨てたり、犠牲にしたりする事をこの魔王尊は決してしない。


(つま)り、皆が傷つかずにいられる方法をこの金星人は用意しているのだ。



『幻想を破る()し』



クラマは大蛇を“倒せ”とは云ったが“討て”とは云っていない。打ち果さなくとも、力で勝てなくとも、倒せる方法は()るんじゃないのか。


素戔嗚は強く眼を瞑った。一瞬してすぐ再び眼を開ける。水が眼に沁みてぼんやりとしか視えていなかった世界が、短い時間だが明瞭(はっきり)と視える。―――一つだけ、自分に絡みつかない大蛇の尾が在った。

「・・・・・・・・・!!」



・・・・・・尾には、一本の大剣が埋め込まれている。



「・・・・・っ!」

素戔嗚はぐるんと水中で回転し、潜水で大蛇の胎内を移動する。天羽々(アメノハバキリ)の何倍もの長さある剣の許へ泳ぎ、ぐっ、と柄を掴んだ。



「・・・・・・“核”ってのはっ」



素戔嗚は如何にも重いその剣を力いっぱい抜く。よろけつつも刃を上に向け、内から大蛇の腹膜狙って大きく一振りした。




「・・・・・・之かよっっ!!」

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