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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅴ章.“人間”・奇稲田(クシナダ)とヤマタノオロチ
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Ⅺ.新しき贄

―――オオナムチにつらく当っていた雨は、(やが)てしくしくと啜り泣く様な音に変る。

オオナムチの遺体は雨水に綺麗に洗い流され、まるで今にも起きてきそうであった。白人(しらひと)が閉じて呉れた瞼の御蔭で、只眠っている様に視える。

・・・・・・其処に、着流し姿に髪を結わない粗末な格好をした女性が()って来た。(しか)しその服装の(こだわ)らなさが、逆に色気を惹き立てた。

何処と無く、天照(アマテラス)と似ていた。

「・・・・・・叉、罪無き人間の子が贄とされ、(マガ)に呑まれてゆく」

・・・・・・女はオオナムチを抱き、弔いに連れ帰る。

そういえば、遠い昔に贈られた子供も、この位の年齢であった。

想い出せば今でも怒りに唇が震える。我が義妹の惨酷さと八十神の身勝手さが彼女の中で重なった。

同時にこうなる迄救う事の出来なかった己を責める。

「天照・・・・・・」

・・・・・・思わず、嫌いな義妹の名が口から漏れ出る。


八十神達を赦しはしない。世界で最も嫌いな義妹と同じ仕打をした彼等に、鉄鎚を。そして生贄以上の地獄を。




ゴウゥッ!!

最早(もはや)雨の域ではなく瀧となって放出される水に、素戔嗚(スサノヲ)達は足を取られていた。突如頭上から大量の土砂が降って来るものだから、素戔嗚もクラマも汚泥塗れで動けず立ち尽している。


どばどばどばどば・・・


「痛ってってってって!!重ぇよ莫迦(ばか)!!」

「素戔嗚、話が違う也・・・・・・」

素戔嗚がどばどば波打って落ちて来る土砂の律動に合わせて(うるさ)く騒ぎ、その隣でクラマが只管(ひたすら)耐え忍ぶ。まるで修験者の様だが、錫杖を持った格好が格好なものでもうそのものだと受け取ってもよいと思う。

「知るかよ莫迦!俺だってこんな大雨経験した事ねーっつぅの!!」

「よくよく云う也。我地球到着(じつ)より(マガ)だんご落されし」

クラマもようよう引き摺る性格ではある。冥想でもしていたかの様に固く閉じていた眼を薄く開き、恨めしそうに流し眼で素戔嗚を軽く睨んだ。素戔嗚はぅ・・・と怖気づく。

「だ・・・だからあれは悪かったって云ってんだろ!」

素戔嗚が僅かに素直になると、クラマは微かに微笑んだ。其が目的だったのだと気づき、素戔嗚はばつが悪くなって舌打をした。まだまだ、彼の天邪鬼は更生の余地があるらしい。

「てかオマエ!何一人避難してやがんだッ!!威勢のいい事云っといて、ばっくれてんじゃねーぞ!!」

素戔嗚は天井川の上空をびしっ!と指さしぎゃんぎゃん騒いだ。奇稲田(クシナダ)は彼等と共に黙って土砂に打たれていたのではなく、土砂の流れる口許(くちもと)に立って景色を見下ろしていた。最初は彼女も彼等と共に下に居たのだが、服が汚れる前に土砂の合間を縫い、駆け上がったのだった。

「何を云っている。之だから戦い方を知らない甘ちゃんは。そんな処で呆けていると濁流に呑み込まれるぞ」

はぁ!?素戔嗚は中指を立てて凄んでみせた。

パキッ

直後、河口で何かが割れる音がした。クラマが両の眼を開く。素戔嗚が怯んだ顔をした。

奇稲田が宙へ跳び上がり、優雅に舞った。


ゴオオオオオオォォォォォッ!!

石を積み上げた堤防が決壊し、斐伊川と定義していた川幅の壁が上空から崩れ墜ちる。只の石の塊と化した其は当然だが真下に立つクラマと素戔嗚の(もと)に振って来る。其処を流れていた大量の血色の土砂と一緒に。

「―――でも、まぁ」

とん、と奇稲田が着地する。

「御前達は躱す必要も無いものな。流石(さすが)不死身の金星人と餓鬼」

いや、咳き込んでますが。濁流と共に奇稲田の立つ岸まで流れ着いて来たクラマと素戔嗚は、くるくると眼を回していた。

「んな訳ねぇだろーが・・・」

「おや、先の勢いは何処へ往ったのだか・・・まぁ、御前は見当違いな方向へ足掻きを見せていたから解るけれども、この金星人は一体何だ?微動だにせず鷹揚に構えているから何やら手が有るのかと思ったのに、本当に単に死なないだけか」

奇稲田が面白そうに(わら)う。哂い(なが)らも岸に辿り着いた二柱を引き揚げて()った。素戔嗚は酸素を吸って元気に戻ったが、クラマは泥水を飲んだのか臥せっている。

「あいつ、水さえも珍しがってちびちび飲む位だからこういうのに慣れてないんだろ・・・」

「へぇ」

奇稲田は含み哂いをしながらクラマの背を見る。クラマは正坐の体勢で片手を着いて水を吐いていたが、後ろにも眼がついているのかすぐに奇稲田の視線に気づき


「・・・おろちが、来ようぞ」


と云った。

直後




ガァアアアアゥォオオオオオオォォォゥ!!




ゴゥウウンンンン!!川底を突き破って出で現れたは、龍。8つの頭に8本の尾、頭には夫夫(それぞれ)既に喰らいし人形(ひとがた)の姿が在り、泥や砂で少しだけ濁った透明の腹は、犠牲となった彼等の血で真紅に染まっていた。



高志国(こしのくに)八岐大蛇(ヤマタノオロチ)――――!!)



実際におろちの姿を眼にするのは、奇稲田も之が初めてだ。


8つの谷、8つの峰に跨る巨大な怪物―――・・・想像を超える大きさに思わず圧倒されたが、奇稲田は


「・・・ふっふっふ。あっはっはっは」


と声高らかに哂い飛ばすと



「・・・之が、姉さま達の仇か」



―――・・・冷静な哂いの中に、苛烈な怒りの焔を燃やす。(おもむろ)に、(えびら)に手を伸ばし矢を取った。彼女の顔には、歪んだ笑みが残った侭だ。



「―――()んで貰おう」




「―――僕は、“弟”が世界で一番嫌いなんだ」



―――抵抗しない天津麻羅(アマツマラ)に、布刀玉(フトダマ)は囁いた。空洞の眼窩は掻き出されて、再び血の涙を流していた。声も出さず、碧の眼から涙も流さず、只、切なげに眉をひそめ、憐れむ様に“神”を見上げている。

「・・・・・・耐える事しか知らない」

布刀玉は天津麻羅の両足の上に坐ると、無造作にその頬を張った。天津麻羅は赤く腫れた頬を押える事もせず、唇の端に血を滲ませる。

「守れるものも無いくせに、被害者意識だけは一人前で、立ち向かおうとはしないくせに、権利ばかりを主張する。・・・御前みたいなね」

・・・・・・天津麻羅は目を閉じて、・・・・・・済みませぬ。と掠れた声を張り詰めた息と共に吐いた。

布刀玉はもう一度天津麻羅の頬を張った。天津麻羅は背を樹の幹にぶつけ鈍い音を立てて倒れるが、布刀玉が髪を掴んで引き上げる為ずるずると上に引き摺られた。

「・・・僕はね、その弟が如何(どう)()ったら地獄を見、身も心も業火に焼かれ、果てるのかをずっと考えていたんだよ。自らが奪い、犠牲としたものに気がつかず、足許(あしもと)に在る其を踏み躙って(なお)被害者面をするおめでたい弟が、どんな顔で啼くんだろうってね」

足の鎖がじゃらりと鳴る。布刀玉は天津麻羅の耳に柔かな唇を近づけると、何事か囁く。其を聞いた天津麻羅はびくんと背筋を震わせ驚愕の表情を見せた。


「―――如何遣ったら、見られるかな」


布刀玉は幼さの残るあどけない顔に、見た事の無い無邪気な笑みを浮べる。


「・・・・・・ニンゲンは莫迦だね・・・愉快だよ。迷いとやらがありありと視ゆる。まともな霊力を持たないくせに、精気も(マガ)も何でも吸収して、善悪どちらにも染まりゆく。どちらにもいとも簡単に染まる程、ニンゲンの基礎は弱い。少し(こちら)が操作して遣れば、思い通りに木偶が作れる」

布刀玉は天津麻羅の懐に這入(はい)り込み、立てた彼の膝頭に掌を置いた。もう片方の手の指先で彼を繋ぐ足枷の鎖を玩ぶと、じゃらじゃらと音がし、その音を重ねるに連れ彼の表情はみるみる蒼白くなった。

「やっ・・・やめてくだされ・・・・・・!」

天津麻羅が堪え切れずに懇願する。堰き止めていた碧の眼にも涙が溢れ、紅い涙と共に細い線となって顎を伝い始めた。

「いけませぬ、そんな事・・・・・・!私は確かに神ではない―――死に損ねた贄であった処を金屋子(カナヤコ)さま救われた毛人(えみし)にございます―――が、貴方は神、その様な事をされては―――!」

「―――そうだよ。其くらい抵抗して呉れないと、絶望の与え甲斐が無いじゃないか」

―――涙が止る様な衝撃だった。・・・御前も、彼奴もね。そうして布刀玉は天津麻羅の損じられた足に榊の枝を突き立てた。

「あ――――!!」

只耐える理由を失った天津麻羅が叫び声を上げる。この時、更に眩暈が酷くなった。思わず気を失った様に頭が地面に落下する。痛みの感覚に溺れそうになる意識を繋ぎ留めていたのは、やはり今の自分に重なる踵骨(アキレス)腱を切られた小さな足だった。


―――ああ,之は



「凄い禍の量だ・・・・・・」



布刀玉は突き立てた枝を抜く。傷口からは血が噴き出し、膿や、其に伴った異臭が一斉に拡散される。だが、布刀玉の装束は真っ新な侭で、碧の眼を血の反射で紫に染める天津麻羅とは対を成して清らかであった。

天津麻羅は過去を辿り(なが)ら、他人事の様にその光景を見つめている。

「アマテラスは、御前をどの様にして捧げたのかな」

―――布刀玉が追い討ちを掛ける。天津麻羅は眩んだ様に表情を歪め、その顔を布刀玉が上向かせた。

・・・その顔は神の思い通りに絶望に支配されていたが、誰を恨む事も無く、己の境遇を悔いる事無く、とても潔いものであった。

「―――アマテラスが毛人(おまえ)の穢い存在に気がつかないとでも思ったかい?御前を天津麻羅から抜き出して天岩戸に参加させたのも、(すべ)て今日のこの日の為だよ。


金錬人(かねりと)、御前はこの忌わしき()から遁れる事は叶わない」


―――どんなに神を自称しようとも、他者から呼ばれる事は無く、ヒトである証明に他ならないこの名からは、最期迄




布刀玉の指が天津麻羅の残された碧い眼に伸びる。




「もう片方の眼を寄越せ、金錬人」

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