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日本建国 -護法魔王尊シリーズⅡ-  作者: でうく
第Ⅴ章.“人間”・奇稲田(クシナダ)とヤマタノオロチ
12/22

Ⅹ.にんげん

(マガ)のにおいに真先に気づいたのは天津麻羅(アマツマラ)であった。とは謂え、禍に敏感になれるのは素戔嗚(スサノヲ)を除いては高天原に()いては彼くらいしか()ない。

天津麻羅は鉄格子の()められた窓から、九州山地より遙か向う、本州の方を眺めた。

気候は西から東の方へと移ってゆく。

此処、宮崎も天候的には良くない日がずっと続いている。先日は(むし)ろ島根よりも此方の方が荒れ模様であった。


『此処って刑務所みたいだわぁ~』


伊斯許理度売(イシコリドメ)との会話の中身が未だ心の中に残っている。(しか)し何故ずっと心内に留まっているのか彼には判然としなかったし、若しかしたらずっとその事を考えているのに自分自身で気づいていないのかも知れない。

・・・禍に惹かれて仕舞う自分。不具の自分。

この結界が左様な自分を護って呉れているのだと知りつつも、(なお)外界への憧憬(あこがれ)を抑えられない。

天津麻羅のメンバーは基本的に物質的な物しか触らない。併しある意味では普通の神以上に非物質的なモノに敏感だ。

泥水啜って生きてきた者にしか、泥水の味が解らないのと同じ様に。

―――如何(どう)いった理由で(まで)かは判らなくとも結界が弛んでいる事に、天津麻羅は気がついていた。

いつもこの時季である。微かだが結界が弛んでいるのが、今回に限っては少し大きかった。

・・・・・・天津麻羅は、榊の枝を手にする。別に外に出たいからではない。この程度の弛みでも、禍にあてられて仕舞う者が出てくる事を滞在歴の永い彼は自動的に知っていた。

しゃらん・・・と軽やかな音がする。



“―――加持祈祷の加持と刀鍛冶を掛け合わせるとは、中中に洒落ていますな”



天津麻羅は全く気配を感じていない中で声を掛けられ、ビクリと震え榊を落す。落ちた処から光の波紋が拡がって、障子を破り、木を焦し、床を割いて天津麻羅の足を掴んだ。

ぐっ!

「!?」

天津麻羅はバランスを崩し、倒れた。まるで波に足を取られている様だ。片足が不自由な天津麻羅は立つ事を早早に諦め、自らを引き摺り込もうとする相手を覗き込んだ。



“併し―――刀鍛冶の『カヂ』も加持祈祷の『カヂ』も、元は同じもの―――・・・”



ゴポッ。腕を掴まれ、首を絞められる。苦しくなって顔を左右に振ると、耳許(みみもと)に水面に濡れた顔が出で現れた。


水面に反射し、天井に映された顔は天津麻羅が(かつ)て同士として協力し合った相手のものだった。



布刀玉命(フトダマノミコト)―――・・・?」



「―――やぁ。アメノマヒトツノカミ」



!身体が床を貫く。黒いヘドロの様な影が口を塞ぎ、視界を奪うと、白い指先を最後まで残してズルズルと彼を(さら)って()った。




“―――前に口説いて呉れたものだから、君を迎えに来たよ―――”




「―――!?」



珍しく自ら巫術を行使していた思兼(オモヒカネ)は、余りの神達の集合の悪さに己の術が失敗しているのではないかとさえ疑った。彼が点呼すべき相手は、嘗て天岩戸騒動で共に解決した天津麻羅(アマツマラ)伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)玉祖命(タマノオヤノミコト)天児屋命(アメノコヤネノミコト)布刀玉命(フトダマノミコト)天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)天宇受賣命(アメノウズメノミコト)の7柱であるが、その半数は彼の術に応答しない。

愈愈(いよいよ)以て顕在化し始めた高天原の異変に、思兼は逆に冷静になった。

“異常である”と明瞭(はっきり)すれば、手加減の必要など微塵も要らないからだ。

「どうだったの・・・・・・?」

宇受賣(ウズメ)はトランス情態から目を開いた思兼に、慎重な態度で尋ねた。

「天児屋命と布刀玉命に私の声が届かない。恐らく彼等は故意に私の声を遮断しているのだろう。が―――」

思兼はここにて科白(せりふ)を止める。声は妙に湿り気があり低かったが、表情は憂いを帯びていると謂うよりは感情が無かった。


「が―――?」


宇受賣が答えを催促する。


「・・・・・・天津麻羅が不明だ」


思兼は吐く息と共に声を出した。

「天津麻羅さまが・・・・・・!?」

「天津麻羅には私の霊力では結界に依って拒否されてしまう。()って、鍛冶集団天津麻羅の長に繋いだのだが長にも連絡が繋がらない。だから、正確には長が不明という事になるが」

(彼“も”)

宇受賣は口には出さなかったが、彼等の他にも失踪者が存在する事を汲み取った。思兼は決して隠し立てはしない―――が、(あえ)て云うタイプでもない。ウェットな感情を避ける彼は感傷の必ず絡む深い話に態態(わざわざ)自ら立ち入る様な事はしなかった。宇受賣がその口で問い詰める事は思いの外簡単な事で、彼女も付き合いが浅い内は何度もそう()って責めてきたが、その度に彼は己の内に潜む悲愴を言語化できずに苦しんだ。感情に訴えれば訴える程、彼の鋭利な頭脳は鉛の如く鈍くなる。

思兼は屹度(きっと)苦しんでいる。口にせぬだけで失踪者二柱の安否を気遣っている。血が通わない訳ではないのだ―――昔と違い。


「―――君達にはいつも通りの生活を送って貰いたい。黙って知らぬ振りをしていれば、(いず)れ各各勅命を天照大御神より受ける事になるだろう。その時に(すべ)てが判る。



その前に余計な動きをすれば、彼等の二の舞・三の舞を演ずる事となる」




―――吐き出される様に地に墜とされ、天津麻羅はよろよろと起き上がった。

天地無用の肉体が頭から落ちた事に()って世界がひっくり返った様な感覚と頭・首に掛けての鈍痛に、半ば抱え込む様にして両手で後背部を覆った。

生理的な涙でぼやける視界で周囲の景色をぼんやりと見回す。


「此処は―――?」


其処は森の中であった。併し、樹の一本一本には異様なほど丹念に注連縄が締められている。空は青い。だが、神以上に永い年月を生きているかも知れない樹樹達が空を蔽って、明りとなるには至らなかった。あれほど鮮やかに晴れているのに、その存在は非常に遠く手を伸ばしても届きそうにない。

その景色など知らぬ筈が、その景色によく似た樹樹の乱立する別の景色が瞼の裏にて其処に重ねて映し、天津麻羅は其が眩暈だと捉えた。樹の多さに酔い、汗がするすると白い頬や顎を伝って頸へと流れる。

・・・何より此処は、何故か、一刻も早く去りたい程に居心地が悪かった。


天津麻羅は急に弱気になり、立ち上がろうと足を前に曳いた。併し、意思の途中の距離迄しか足はついて来る事無く、残りの距離は重い違和の感覚に誤魔化され、



じゃらっ



・・・慣れかけて消去したその金属音に天津麻羅は過敏な悲鳴を上げた。その悲鳴に自身が驚き恐る恐る、その正体を見る。


―――振り返ると



「―――之は・・・・・・」



―――片足が鎖で繋がれている。



二重に己の姿が視え、天津麻羅は再び眩暈を感じる。

併しその眩暈に天津麻羅は苦しんだ。重ねて視える己の姿は今の自分より二回りも小さい。足の首元をがっちりとくわえ込む枷は昔と同じで、その場処とこの森は連動して眩暈と重なっている。



―――昔?



「―――やぁ」


―――現在の知り合いに呼び掛けられ、天津麻羅は現実に引き戻される。

彼を呼んだのは布刀玉命(フトダマノミコト)であった。


「布刀玉命―――・・・」


天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)と呼んでくださいませ、御願いだから。

併し天布刀玉命は、先程の様に彼の名を呼んで呉れる事はしなかった。天児屋(アメノコヤネ)以外の者は見る事の無い表情が、僅かだが今日は少しだけ用役を果していた。口角を上げ微笑っていたが、其は挨拶や世辞ではなく侮蔑と悪意に()る嘲笑である事を、微塵も隠そうとはしていなかった。



「―――いい(ざま)だね」



科白が天津麻羅の脳内に反響(こだま)する。一番痛いのは心であり眼帯の奥の視神経であった。



布刀玉は天津麻羅に近づいてゆき、残酷な子供の手つきで彼の眼帯を外した。切る事も無く放置されていた長めの前髪が小さな手で払われ、空洞の眼窩が露わにされる。


―――・・・寒気がする程涼しい片眼に、繋がれた片足。障碍が残り金斗雲の助けが必要になった事実が、過去に全く同じ情況に出遭った事の証拠となる。




「―――にんげん」




―――天津麻羅は碧い、陸奥(みちのく)の眼を、観念した様に強く閉じた。



―――如何して忘れていたのだろう。無謀な願いを叫んだ事を。



鍛冶集団に置かせて貰ったその理由を。外に憬れる事が罪であったこの存在を。




自分は最初から、高天原の(なかま)にはなれなかったのだ

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