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射撃

大型の弩ならば、なるほどワイバーンにも痛撃を与えることはできよう。しかし肉を貫くまでだ。軽量かつ強靭な鱗は、鎧の素材として最高級なのは言うまでもなく、分厚い胸肉は内臓への衝撃の一切を拒む。


唯一竜類の弱点として知られるのは、喉の辺りにある鱗の不揃いな部位。いわゆる竜の逆鱗である。ここに槍か矢を全力で打ち込むと、脊椎まで抜けて即死する。

これがソラリスの知る対ワイバーン戦の全てである。そしてその知識から導き出す限り、己らの生きる目は万に一も無い。


 晴れ渡っていた空が雲に沈んだように蔭り、木々が怯えるようにざわめく。先ほどまで指でつまめそうだったワイバーンの姿は、地平を隠すほどに広がっている。

 カトリーヌは幼い主人を少しでも脅威から遠ざけようとかき抱くが、当の姫はこの雄大そのものの魁偉から目を離さなかった。


「これが、これが竜か」


 興奮は無い。心臓は椅子に背を預けてまどろんでいる時の調子をとっている。ただ魂だけが吸い寄せられていた。


「ソヨ。奴の顎を浮かせろ」


「妖精使いがあらいなー。あー、てすてす。”上の方に吹きだまっている風のみなさーん。気を利かしてこっちに降りてくださーい!”」


 一瞬風の音が止む。頭上高くに色の違う空気が固まったように見え、皿からあふれ出すように落ちかかった。

 ソラリスは、自身の目方が桶一杯の水ほど上がったように感じた。首を上げるのがつらい。と思うと今度は引きずられるように浮き上がる。

上空の空気塊が滝のように流れ落ち、反動で強烈な上昇流を生む。いわゆるダウンバーストと呼ばれる気象現象。その威力は大型の航空機を叩き落とすほどである。


 妖精がお願いをしただけなので、その影響は非常に局所的であったが、羽ばたきを揚力とする生物に効果は大きい。まともに打たれれば軽やかとは言えない着地を決める羽目になっただろう。

 しかし相手は獣。本能が異常の風を嫌った。風が落ちる地点の寸前で翼を最大に開帳し、ホバリング。首をもたげながら猛毒の棘付きの尾で地上を薙ぎ払い。


 その前に、ヤシチの杖の先が光った。

ワイバーンに上を取られ、夕闇のような暗さのあたりが、男の周囲に限り真昼の光量を取り戻す。ワイバーンから見れば、草木の化け物が巨大な目を見開いたように見えた事だろう。

 逆鱗が爆散する。宙に皮膚組織の結晶がばらまかれ、慣性に捕らえられた尾本体をも巻き込んで回転した。大質量の滑走がヤシチの大柄な体躯を蟻のようにひき潰す寸前、雷火を放出した反動を利用して後ろに転がる。大地が持ち上がり、森の一角が砕けた。


「ひゃあ!」


「きゃあああ!!」


 ここに至っては丸まって嵐が治まるのを待つほかない。しばらく森林の構成要素が降る音が続いたが、それもしばらくして止む。生物の起こすざわめきは、一切が黄泉に下ったかのように静まり返っていた。


 巻き上がる土の湿りを払い、恐る恐る頭を上げる。ワイバーンの咆哮が聞こえないと分かると立ち上がった。


「狩人。ヤシチよ!生きておるのか!?」


「当然だ」


「うわっ!」


 胸を張って声を張り上げたソラリスだが、思ったより近くにいたヤシチに驚いてひっくり返る。


「姫様!ヤシチ殿!驚かせないでください!」


「驚かせてなどいない」


 カトリーヌの口調は幾分柔らかくなっていた。英雄的行為を成した者に対しては、その人種に関わらず敬意をはらうのが彼女の受けた教育である。


手本にしたいような即死であった。ワイバーンの最後の記憶は、あの一つ目のような光であっただろう。いまだに獲物を追うようにくわりと開いた目。中の瞳孔がようやく開きつつあった。


ヤシチはその広大な全身を巡り、近くの地面に杭を挿していく。


「なんじゃそれは?」


「獣避けだ。獣の嫌がる音を出す」


「音?何も聞こえんがのう」


「犬笛のようなものだ」


一回りしたあと、懐から先ほどの杖を小さくしたものを取り出し、空へ向けて光る煙を打ち出した。


「狼煙か?」


その行為をそれらしい知識と結びつける。


「そうだ。二日以内に一族の隊が来る。出るぞ」


「合流は、しないのか?」


「外の者にみだりに姿を見せない。決まりだ。肉を少し取った後に発つ」


そう言うと喉のあたりから頭ほどの肉塊を取り出す。そして重装歩兵の軍勢のように並んだ牙から、三本ほど形の良いものをえぐり出した。


「急ぐぞ」


「まあ、ワイバーン含めてだいたいの獣は音と死体にビビるだろうけど、どんな世界にもアホはいるからねー。無駄に体力使う前にすたこらさっさだぜい」


ヤシチが歩き出す。主従は兵共の成れの果てを、悔いるように眺めたが、踵を返して続いた。



 

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