銃《キャリバー》
ヤシチと名乗った男は、横倒しになった馬車からソラリスたちを引きずり出した。ヤシチの身体を草木の塊に見せていたのは、変種のマントのようで、森を背景にするとすぐ横でもぼんやりとする。
妖精の使う隠れ身の魔法かとも疑ったが、ピクシーはヤシチの周りを飛び回って遊ぶばかりで、働いているようには見えない。
近くで見ると、ずいぶん大柄な男であった。雑兵はもちろん、並外れた体躯を持つ騎士団の中でも平均以上であろう。ソラリスの頭など腰に近い腹のあたりにくる。
馬車の骨組みを掴み、カトリーヌを片手で引き上げると、ヤシチは身を翻した。
「行くぞ」
「ま、待て!どこに」
「森の出口だ。オルドラン側だと二週間はかかる」
「そ、それはできん!使節を送って、収穫もなしにおめおめと帰国など」
ヤシチは首だけで振り向く。
「南側なら一週間だ」
「いや、その、待ってくれ!」
「なんだ」
ヤシチの目は冷たい。オルドランの者より細い眼差しは、考えを読ませなかった。
「い、急ぐのは分かる。死者にかかわずらう義理が無いことも。その上で、厚顔を承知で頼む。……侍女の埋葬を手伝ってはくれない、かの」
ヤシチはしばらくソラリスの瞳をうかがっていたが、テコでも動かない様子を察すると、馬車に戻った。
「獣に食われないために二メートルは掘る。遺品がいるなら取れ」
「め、メートル?」
「七尺程度だ。ソヨ、手伝え」
「あーいあーい、すあー」
マントをごそごそとやると、スコップが出てきた。折り畳み式の柄を伸ばし、木の根が薄い場所を選んで掘り始める。
体格相応、いやそれ以上の力を持っているようで、腰を折った身体はすぐに土煙に消えた。
「ほら、見てないで、ロープあるからこれで下りて、引き上げる!」
ソヨ、が名前のピクシーは、目を白黒させる主従にせっつき、暗い車内へと追いやった。
人というものは重い。死体は特に。二人がかりでひいこら言いながら、だいたいはカトリーヌの力で、三人の従者を引き上げた。
周囲の残骸に比べれば綺麗な亡骸が並ぶ頃には、ヤシチの身長を越える大穴ができていた。
遺髪を切り取り、調度をあさって見つけた袋の中にしまう。故郷に帰るのはこれだけだ。
ソラリスは一人一人の頬を手で包み、閉ざされたまぶたを見て泣いた。
「すまぬ……。すまぬ、マリー。ポリーヌ。バルバラ。わたしが我が儘をゆうたばかりに。わたしは……。わたしの家来たちよ。すまぬ」
金色の毛先に滴るほどの涙をこぼす。爪に土が入ったが、気にはしなかった。
止めたのはやはりヤシチである。ソラリスの襟首を引っ付かんで立たせる。
「離れろ。埋めたらすぐに発つ」
「あなた!姫様になんという!」
「カトリーヌ。よい。……埋めてくれ」
ヤシチは死体を仰向けのままに抱き抱えると、慎重に穴へと入った。礼儀は知らぬようだが、死者への敬意は持ち合わせているようであった。
三人を川の字に並べると、土をかけていく。跡には色の違う地面が残るばかりである。
「ソヨ」
「はいはい。人間って儀式が好きよねー。……土より来る子らよ。眠れる体は森に満ちて巡り、離れたる息吹きは風となり遠き国を目指せ。水は暗き記憶を流し、火は新たなる目覚めへの希望を灯すように」
「ナムアミダブツ」
ソヨは墓の上を回りながら祈りを唱える。光る鱗粉が土に到達すると、一本の茎がみるみるうちに伸び、大輪の百合を咲かせた。
神聖な光景に目を主従が伏せ、ヤシチは奇妙な呪文を唱える。
「ちょっとー。私のお葬式の邪魔しないでよー。なあにそんな変な呪文」
「俺の一族の流儀はこれだ」
「気をきかせなさいってゆってるの。宗派が違うんだから」
「いや、かまわぬ。ソヨ殿、弔いの詩、感謝するぞ」
「やーねえ。殿なんて。ピクシーにはもっと適当でいいのよ。こっちも適当にやっか」
言い終える前に、ソヨの首が回った。どこか機械的な、昆虫の警戒する仕草。
横ではヤシチもまた、上空を静かに見据えている。
何が、と言いかけて、ようやく届いたとみえる羽ばたきの音が降ってくるのを聞く。嵐の前触れのような、低い竜巻の唸り。
緑の鱗が鈍く陽光を弾き、縦に伸ばせば神殿の尖塔に届く長大な身体がくねる。広げれば日が陰る肉質の翼。尾の棘には一滴で町を殺す猛毒があるという。
「ワイバーン!」
ソラリスが若干の興奮と多くの恐慌を込めて叫んだ。
「あっちゃー。もう嗅ぎ付けてきたか。あんな図体のくせして犬並みに鼻が効くんだから。やんなっちゃうね」
「い、言うとる場合か!か、隠れ、いや逃げねば!」
「無駄だ。ワイバーンは腐肉も好むが、新鮮なものを優先する」
ヤシチが離脱を急いだのはこのためであった。練達の狩人である彼だけならば逃げ切ることもできよう。だが香水の香りを振り撒く女二人を連れては、見逃してくれるような甘い相手ではない。
「ま、魔物。魔物はいないのですか!?あの呪いを放てば」
「魔物?そんなものはいない。だが殺す方法はある」
「なーんか勘違いしてるんじゃない?あんたたちを助けて、獣をぶっ殺したのはヤシチだよ?」
あくまでのんびりした態度を崩さない小妖精。だがどうやって天を舞う大蜥蜴を倒すというのか。
竜を殺した者は伝説になる。その卓越した技量と、死を恐れぬ勇気ゆえに。そして突撃したが最後、帰ることはないがために。
一流の騎士が身命を賭してようやくに落とせる怪物なのだ。
ヤシチが背に腕を回し、何かを掴んだ。
剣かと思う。どんな業物かは知らないが、そんなもので竜が殺せるなら苦労はない。それとも魔法でも使うというのか。竜の鱗は炎も石もはじく。
マントが翻り、鉄が廻った。ヤシチが手にしたものを構える。
ソラリスも、カトリーヌも、それがなんなのか理解することが出来なかった。
長い鉄の棒、に見える。身には呪い師が書くような紋様が流れ、柄の継ぎ目と穴の空いた先端には角のような器具。握りは鉈のものに近いだろうか。全体は弩のようでもある。
だが弓が無い。矢も入りそうにない。ではなんなのか。分からない。
ヤシチが斜めに傾いた柄の底を肩に当て、革手袋をはめた手で鉄棒と柄を支えた。
「な、なんじゃ、それは」
「キャリバー50。下がっていろ」
引き金に指を当てる。呼吸が緩く、しかし深く変わった。