表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

銃《キャリバー》

ヤシチと名乗った男は、横倒しになった馬車からソラリスたちを引きずり出した。ヤシチの身体を草木の塊に見せていたのは、変種のマントのようで、森を背景にするとすぐ横でもぼんやりとする。

妖精の使う隠れ身の魔法かとも疑ったが、ピクシーはヤシチの周りを飛び回って遊ぶばかりで、働いているようには見えない。


近くで見ると、ずいぶん大柄な男であった。雑兵はもちろん、並外れた体躯を持つ騎士団の中でも平均以上であろう。ソラリスの頭など腰に近い腹のあたりにくる。

馬車の骨組みを掴み、カトリーヌを片手で引き上げると、ヤシチは身を翻した。


「行くぞ」


「ま、待て!どこに」


「森の出口だ。オルドラン側だと二週間はかかる」


「そ、それはできん!使節を送って、収穫もなしにおめおめと帰国など」


ヤシチは首だけで振り向く。


「南側なら一週間だ」


「いや、その、待ってくれ!」


「なんだ」


ヤシチの目は冷たい。オルドランの者より細い眼差しは、考えを読ませなかった。


「い、急ぐのは分かる。死者にかかわずらう義理が無いことも。その上で、厚顔を承知で頼む。……侍女の埋葬を手伝ってはくれない、かの」


ヤシチはしばらくソラリスの瞳をうかがっていたが、テコでも動かない様子を察すると、馬車に戻った。


「獣に食われないために二メートルは掘る。遺品がいるなら取れ」


「め、メートル?」


「七尺程度だ。ソヨ、手伝え」


「あーいあーい、すあー」


マントをごそごそとやると、スコップが出てきた。折り畳み式の柄を伸ばし、木の根が薄い場所を選んで掘り始める。

体格相応、いやそれ以上の力を持っているようで、腰を折った身体はすぐに土煙に消えた。


「ほら、見てないで、ロープあるからこれで下りて、引き上げる!」


ソヨ、が名前のピクシーは、目を白黒させる主従にせっつき、暗い車内へと追いやった。

人というものは重い。死体は特に。二人がかりでひいこら言いながら、だいたいはカトリーヌの力で、三人の従者を引き上げた。


周囲の残骸に比べれば綺麗な亡骸が並ぶ頃には、ヤシチの身長を越える大穴ができていた。


遺髪を切り取り、調度をあさって見つけた袋の中にしまう。故郷に帰るのはこれだけだ。

ソラリスは一人一人の頬を手で包み、閉ざされたまぶたを見て泣いた。


「すまぬ……。すまぬ、マリー。ポリーヌ。バルバラ。わたしが我が儘をゆうたばかりに。わたしは……。わたしの家来たちよ。すまぬ」


金色の毛先に滴るほどの涙をこぼす。爪に土が入ったが、気にはしなかった。

止めたのはやはりヤシチである。ソラリスの襟首を引っ付かんで立たせる。


「離れろ。埋めたらすぐに発つ」


「あなた!姫様になんという!」


「カトリーヌ。よい。……埋めてくれ」


ヤシチは死体を仰向けのままに抱き抱えると、慎重に穴へと入った。礼儀は知らぬようだが、死者への敬意は持ち合わせているようであった。

三人を川の字に並べると、土をかけていく。跡には色の違う地面が残るばかりである。


「ソヨ」


「はいはい。人間って儀式が好きよねー。……土より来る子らよ。眠れる体は森に満ちて巡り、離れたる息吹きは風となり遠き国を目指せ。水は暗き記憶を流し、火は新たなる目覚めへの希望を灯すように」


「ナムアミダブツ」


ソヨは墓の上を回りながら祈りを唱える。光る鱗粉が土に到達すると、一本の茎がみるみるうちに伸び、大輪の百合を咲かせた。


神聖な光景に目を主従が伏せ、ヤシチは奇妙な呪文を唱える。


「ちょっとー。私のお葬式の邪魔しないでよー。なあにそんな変な呪文」


「俺の一族の流儀はこれだ」


「気をきかせなさいってゆってるの。宗派が違うんだから」


「いや、かまわぬ。ソヨ殿、弔いの(うた)、感謝するぞ」


「やーねえ。殿なんて。ピクシーにはもっと適当でいいのよ。こっちも適当にやっか」


言い終える前に、ソヨの首が回った。どこか機械的な、昆虫の警戒する仕草。

横ではヤシチもまた、上空を静かに見据えている。

何が、と言いかけて、ようやく届いたとみえる羽ばたきの音が降ってくるのを聞く。嵐の前触れのような、低い竜巻の唸り。


緑の鱗が鈍く陽光を弾き、縦に伸ばせば神殿の尖塔に届く長大な身体がくねる。広げれば日が陰る肉質の翼。尾の棘には一滴で町を殺す猛毒があるという。


「ワイバーン!」


ソラリスが若干の興奮と多くの恐慌を込めて叫んだ。


「あっちゃー。もう嗅ぎ付けてきたか。あんな図体のくせして犬並みに鼻が効くんだから。やんなっちゃうね」


「い、言うとる場合か!か、隠れ、いや逃げねば!」


「無駄だ。ワイバーンは腐肉も好むが、新鮮なものを優先する」


ヤシチが離脱を急いだのはこのためであった。練達の狩人である彼だけならば逃げ切ることもできよう。だが香水の香りを振り撒く女二人を連れては、見逃してくれるような甘い相手ではない。


「ま、魔物。魔物はいないのですか!?あのまじないを放てば」


「魔物?そんなものはいない。だが殺す方法はある」


「なーんか勘違いしてるんじゃない?あんたたちを助けて、獣をぶっ殺したのはヤシチだよ?」


あくまでのんびりした態度を崩さない小妖精。だがどうやって天を舞う大蜥蜴を倒すというのか。

竜を殺した者は伝説になる。その卓越した技量と、死を恐れぬ勇気ゆえに。そして突撃したが最後、帰ることはないがために。

一流の騎士が身命をしてようやくに落とせる怪物なのだ。


ヤシチが背に腕を回し、何かを掴んだ。

剣かと思う。どんな業物かは知らないが、そんなもので竜が殺せるなら苦労はない。それとも魔法でも使うというのか。竜の鱗は炎も石もはじく。


マントが翻り、鉄が廻った。ヤシチが手にしたものを構える。


ソラリスも、カトリーヌも、それがなんなのか理解することが出来なかった。


長い鉄の棒、に見える。身には呪い師が書くような紋様が流れ、柄の継ぎ目と穴の空いた先端には角のような器具。握りはなたのものに近いだろうか。全体はいしゆみのようでもある。

だが弓が無い。矢も入りそうにない。ではなんなのか。分からない。


ヤシチが斜めに傾いた柄の底を肩に当て、革手袋をはめた手で鉄棒と柄を支えた。


「な、なんじゃ、それは」


「キャリバー50(フィフティ)。下がっていろ」


引き金に指を当てる。呼吸が緩く、しかし深く変わった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ