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高尾山の申し子

作者: 市川まさみ

 昔かどうかはわからないけれど、あるところにプライド 高男という男がいました。

  彼は「俺ってなんでもできちゃうんだよね~(低い声)」系の男子で、何の疑いもなく心の底から自分に出来ないことなどないと信じていました。


 確かに、小学生の頃の彼は体が大きく、勉強も得意な本物の「なんでもできちゃう系男子」でした。彼が生まれつき持っていた謎のプライドは、小学校での6年間で肥大化し、化け物と呼べるほどの変貌を遂げました。

 しかし、小学生の時なんでも出来たからといってその状態がずっと続く訳がありません。中学校では勉強のレベルが上がり、小学生の頃は高男を含めに数人しか迎えてなかった成長期が、6年間ずっと豆のような体つきだった男子達にも訪れます。




 中学生になったなんでもできちゃう系男子は少しずつ、全部平均系男子へと変わっていきました。

 ところが、中学生になって2回目の夏を終える頃、「すべて上から1/4男子」になったところで高男は自分が上から1/4男子であることに気付きます。

 しかし、彼の持つ化け物のようなプライドのせいで、彼は自分が下から3/4男子である状況を正しく理解することは出来ませんでした。

 自然な成り行きの結果であり不可解なことなど何一つありませんでしたが、彼は何かがおかしいと考えます。

 彼にとって自分が「なんでもできちゃう系男子」であることは疑う余地のない真実でした。

 彼は迷うことなく原因を自分の外に求めます。

 そして彼は一つの結論に達しました。

 それは、中学生というものは、死ぬほど努力する生き物なのだ、というものです。

 自分が既に全人類の中で一番優れている存在だと疑っていなかった彼が他の理由を考えつくことはできませんでした。

 周りが死ぬほど努力していると信じたプライド高男はプライドにかけて死ぬほど努力します。


 そうして、プライド高男は中学でもなんでもできちゃう系男子となりました。

 そして一度折られかけたプライドは前よりもさらに大きくなって復活し、高男は細胞レベルで高いプライドを持つようになりました。




 死ぬほどの努力を続け高校生になった彼は高すぎるプライドに釣り合う男になっていました。

 運動、勉学、芸術全において死ぬほどの努力をして成果を出し続け、絵に描いたような文武両道を成し遂げました。彼は自分のことをもはや太陽すら越えた存在だと思っていました。

 高校三年生になり、大学へ進学するための受験勉強を始めた彼は、当然のように最高学府を目指します。

 迷いなどあるはずがありませんでした。

 しかし、何故か成績が上がりません。彼は特に不思議には思いませんでした。中学生の時も同じようなことを経験していたからです。彼は塾に通うことにしました。通う塾を1つから2つ、2つから5つへ増やしました。

 それでも、彼の成績は上がる気配すらありません。それどころか、少し下がっているような気さえしてきます。不思議なことではありません。最高学府を目指す人たちはほとんど全員が必死で勉強をしていて、高男よりも頭が良かったのです。

 しかし遺伝子にプライドが染み込み、自身の才能を疑うという概念を持っていなかった彼はまた、何かがおかしいと考えます。その時の彼は彼のできる最大限の努力をしていました。身近な所から原因を探していきましたが、原因の欠片も見つかりませんでした。


 なかなか原因を特定できない彼は、この世界規模のミステリーの謎を解くため、Google先生に助けを求めることにしました。

 Google先生は、高男が認めた彼と並ぶ世界でも数少ない存在「神セブン」のうちの一柱です。

 Google先生が調べものの準備をしている間、珍しく高男は興奮していました。世界に名を轟かすことは彼が25歳までにやりたい十二個の偉業の一つでしたし、地球外生命体が関わっていた場合はUFOで「神セブン」の一柱であるオリオン座のベテルギウスまで連れて行ってもらって挨拶をしようと考えていました。さらには、もし原因が見つけられなかった時は、それ自体が宇宙の実在の否定、もしくは神の存在の証明といった人生の最終目標を達成するための重要な手がかりになるはずだと、高男は確信していました。

 最近では自意識を持つようになり、高男の不甲斐なさに強い不満を持っていた彼のプライドも、待ちきれないというようにその大きな体を揺らしています。

 先ほどまで焼けつくような光を高男の部屋へと注いでいたしぶとい6月の西日も、そのほとんどが地面に飲み込まれ、ほんの僅かな部分と大きな夕焼け雲を残すのみとなっています。


 Google先生の準備が整い、ゆっくりと2回深呼吸をしたあと、目を閉じて昂った気持ちを落ち着ちつかせ、自分へなのか、あるいは他の誰かへ向かってなのか「行くぞ」と声に出す。ふと、窓の外へ目を向けると、夕日がちょうど、消えていくところだった。世界の真実を知るための扉に手をかけて、そしてそっと、優しく(いたわ)るように力を入れる。




 瞬間、この世のものとは思えない、残酷なまでに美しい光景が高男の視界に広がっていった。




 壮大、神聖、清遠、そんな言葉は釣り合わない。

 あたたかな陽の光はどこかとても遠い場所からすべてを理解しているように優しく存在し、永遠に続く蒼い空は限りなく澄んでいて、その濃淡・色彩は一瞬たりとも変化を止めることはない。足元の雲に流れる川の水の色は今までに見たことのあるどんな空よりも透明度が高く、柔い陽の光を反射して輝いている。スカートの中はとても望めそうもないやる気のない陽気な風が運んできた微かなラベンダーの香りが、現実感を引き連れて鼻腔へと入ってくる。

 地球上のどんな人間も感じることのないだろう心地よさが、自分の存在を実感させる。


 ここが天国であることは、誰にも言われずとも分かった。


 いつからあったのか、気付くと少し離れた高い場所に銀色の立派なプレートアーマーが虹を背にこちらを向いて立っていた。

 妙に大きくて輝いているそれは一つの傷もついていないくせに、首の隙間には折れた剣が挟まっていた。一切の汚れも、歪みもないそいつは、口もないくせに何かを言おうとしいてる気がした。



 気が付くと、床にうつ伏せで倒れていた。幸せな夢を見ていたようだ。起き上がり、500mlペットボトルに半分ほど残っていた水を飲み干して意識を覚醒させる。ああ、思い出した。謎解きの最中だったな

 意識と共に右肩の痛みがはっきりしてくる。変に体重がかかっていたみたいだ

 パソコンの電源はもう切れてる。

 3時間以上寝てたらしい。受験勉強だからって寝ないのはやっぱダメか。無謀な挑戦だったなと苦笑する

 パソコンの電源をつけて、イスに座って伸びをする

 視線が上に向いたことで目に入ってきた時計の針は、少し前に仲良く頂点を回ったようだ

 モニターの電源を入れると、すぐにデスクトップ画面が表示された。深呼吸をする。肺の奥の、さらにその下に溜まった膿のような何かを吐き出すように。興奮という感情を忘れたように心臓は落ち着いてる。


 興奮してるのは俺だけなのかな


 誰もいない部屋でそう思った。

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