結
雨音が、壁越しに聞こえている。
仏間の中を見渡し、私はゆっくりと息を吐き出した。ひとまずは、何もいないようだ。
(暗い……電気は)
私は部屋の中央に垂れ下がっているはずの紐を探した。
(……、……あった!)
その紐を、引こうとしたときだった。
ドォ、……ン ガラ、ゴロゴロ……
「ひゃっ!」
雷が落ちた。かなり近くのようで、明かり取りの小さな窓から音と光が同時に炸裂した。
驚きと恐怖と緊張が私を支配していく。雷の光が目に焼き付いて、室内がやけに暗く感じた。
必死に電気紐を引くが、コチコチと音がするだけで明かりは点かない。先ほどの雷でブレーカーが落ちたのだろうか。
涙目になりながらも、じっと目を凝らして室内を見渡す。次第に暗闇に目が慣れ、物の輪郭が見えはじめる。
いつも通りの、見慣れた仏間だった。
ただひとつ気になったのは、仏壇の扉が開いていた事だ。いつもは観音開きの扉は閉められている。しかし、今はそれが開いていた。
どことなく寒気を感じながら仏壇に近づく。
「!?」
暗くて気がつかなかったが、足元に、何かある。何か小さなものを蹴飛ばしてしまった感覚があった。
恐る恐るしゃがんでその物体を拾い上げる。
小さくて、四角い。布のような手触りをしている。
私は微かに光の射す窓の下へ行き、窓を背にして手元のものを眺めた。
(!……これ……)
それは、布張りの小さな絵本だった。今年この家に来た初日に見た、気味の悪い絵本。
全くそんな気はないのに、私はゆっくりとその絵本の裏表紙を捲る。まるで、そうしなければならない理由でもあるかのように。
絵本の最後のページ、そこには相変わらず無数の目玉が描かれていた。気持ちが悪いほどぬらぬらと、私 の 方 を み て
私はその絵本を取り落とした。背後の窓から射していたわずかな光が遮られ、室内は真っ暗になる。
だが、私には後ろを振り向くだけの余裕がなかった。
広くない仏間は、暗闇に沈んで、その、中に。
いくつもの いくつもの 目玉が
天井や 壁や 床から
私 を 見 つ め て い る。
「嫌ぁあぁあぁぁぁ!!!」
私はすべてから目を逸らすように仏間を飛び出した。
ただただ何も考えずに、叫びながら走った。
開けっぱなしの玄関から靴も履かずに外に出て、ひたすら雨の中を走った。
周囲は雨で何も見えない。
激しい雨音に、私の声が掻き消されるのが分かる。
大粒の雨が顔に当たり、口や目に入ってくる。服が水を吸って重たくなっていく。
私はひたすら、村の中心を目指して走った。
砂利とアスファルトの上を走り続け、足の裏から血が流れた。それでも走り続けた。
周囲に家々が見え始めた頃、私は足を緩めた。
どこか避難できるところはないかと、辺りを見渡す。
雨の中、道の先。
私が走ってきた道の向こうに、黒い影が見える。細く長い、女の影。
それが、こちらに手を振って、わらった
私の体を鈍い光が包んだ。
それと同時に、体に衝撃が走る。
雨音に紛れて、タイヤのスリップ音と、人の声がする。
冷たい地面に投げ出された私の体から流れ出た赤黒い血が服に染み込んでいって、まるで
赤黒い服を着ているかのように
私を包んでいった