18、
この物語はフィクションです。
──『私たち、二人になっちゃった』
僕の幼かった頃の記憶は、いつか母さんの口にした、そんな声から始まっている。
いつの言葉だったのか、どんな場面だったのか、文脈はちっとも思い出せない。ただ、細かな震えを帯びた腕の中へ、そっと抱かれて聞いたあの声は、くぐもっていて、湿り気に満ちていて。
なんだか潮の匂いがした。
あの香りと声とが合わさって、僕の“ふるさと”を作っている──。今でも心から、そう思う。
あたたかな黒潮の波間に浮かぶ、太平洋上の孤島、八丈島。僕、三根尚人があの島で生を受けてから、今年で十五年以上もの月日が経とうとしている。
漁船乗りだった父さん・祐と、パート勤務を転々と繰り返していた母さん・実乃里は、もとはこの島で生まれ育った人間ではなかったそうだ。僕が産まれる何年も前に、本州から八丈島に移ってきたんだと聞かされた。その父さんは、少なくとも僕の記憶の中にはいない。そればかりか僕は、その顔さえもいまだに知らないままだ。
物心ついた時には僕は母子家庭の一員で、家族と呼べる共同体のメンバーは僕と母さんだけだった。
──『私たち、二人になっちゃった』
あの言葉を受けた日から、物事を覚え、自我を覚え、やがて育って島を離れる日が来るまでの間、僕の生活に二人以上の家族がいた時間は一瞬もなかった。
きっと僕はこの先、どこでどんな人生を送ろうとも、絶海の八丈島で送ってきた日々のことを忘れられはしない。逃れることはできないだろう。
だから、こうして記しておこうと思う。
あの時、僕らが何のために、誰のために生き、泣き、笑っていたのかを。