表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

18、

この物語はフィクションです。





──『私たち、二人になっちゃった』




 僕の幼かった頃の記憶は、いつか母さんの口にした、そんな声から始まっている。

 いつの言葉だったのか、どんな場面だったのか、文脈はちっとも思い出せない。ただ、細かな震えを帯びた腕の中へ、そっと抱かれて聞いたあの声は、くぐもっていて、湿り気に満ちていて。

 なんだか潮の匂いがした。

 あの香りと声とが合わさって、僕の“ふるさと”を作っている──。今でも心から、そう思う。




 あたたかな黒潮の波間に浮かぶ、太平洋上の孤島、八丈島。僕、三根(みつね)尚人(なおと)があの島で生を受けてから、今年で十五年以上もの月日が経とうとしている。

 漁船乗りだった父さん・(たすく)と、パート勤務を転々と繰り返していた母さん・実乃里(みのり)は、もとはこの島で生まれ育った人間ではなかったそうだ。僕が産まれる何年も前に、本州から八丈島に移ってきたんだと聞かされた。その父さんは、少なくとも僕の記憶の中にはいない。そればかりか僕は、その顔さえもいまだに知らないままだ。

 物心ついた時には僕は母子家庭の一員で、家族と呼べる共同体のメンバーは僕と母さんだけだった。

──『私たち、二人になっちゃった』

 あの言葉を受けた日から、物事を覚え、自我を覚え、やがて育って島を離れる日が来るまでの間、僕の生活に二人以上の家族がいた時間は一瞬もなかった。


 きっと僕はこの先、どこでどんな人生を送ろうとも、絶海の八丈島で送ってきた日々のことを忘れられはしない。逃れることはできないだろう。

 だから、こうして記しておこうと思う。


 あの時、僕らが何のために、誰のために生き、泣き、笑っていたのかを。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ