8 ー織姫ー
ただ、日々をぼうっと過ごす。
その時間の無駄さ加減と生産性のなさに、うんざりする。
皆既月蝕から数日、理音は暇を持て余していた。
理音の想像通り衣食住に不自由はなく、入りたかった風呂にも入れさせてもらえた。
湯殿はなく、湯の入った桶をいただいたのだが、それでも十分だ。
頭を洗って体を洗って、ついでにブラウスも下着も洗う。
支給される服は、寝巻き用の浴衣と普段着るであろう着物二種類で、下着の類がなかった。
なので、持っていたTシャツは寝巻きに、ブラウスとパーカーを交互に着ることにしたのだ。デニムとスカートも交互に着ている。中の短パンを洗うときはデニム、ある時はスカートと二着の服をうまく使って過ごしている。
普段着るのであろう着物は、正直暑苦しくて着る気が起きなかった。そして、着方がよくわからなかったのだ。
着物なんて高価なものは着られない気持ちもある。
初め、女性たちが着させてくれようとしたのだが、やはりどこか怯えが見えて、丁重にお断りした。
だから服は自分の手持ちだった。それをとやかく、言われてもわからないが、無理に着物に着替えさせられることはなかった。
そうして、池のほとりにある四阿で時間を過ごした。
アプリで勉強をしたり、星見アプリを見たり、音楽を聞いたり。たまに意味もなくブラウザを開いたり、メッセージを送ってみたりと、無駄なことも何度もやった。
しかしそれができないことを確認して、それでも同じことを繰り返すのだ。
虚しさに、ただため息をつく。
それに飽きて、散歩へ行く。
数日のうちで場所は全て把握した。行ける場所限定だが、それでも時間はつぶせた。
親の田舎に行って、やることなくぶらぶらして時間を過ごす。あれに似ている。
とは言え、田舎に行ったら食事の用意や食後の片付けなどやらされるのが常なのだ。それに比べれば、こちらの方がずっと暇だ。
「田舎の方がマシだな…」
ため息を大きく吐いて、理音は四阿へ行くとベンチに座り込んだ。机を背にして寄りかかると、池の方へ足を投げ出した。
タブレットを取り出すと、日記アプリを起動して文字を入力する。
実は、毎日日記を書いているのだ。
ただの暇つぶしなのだが、それでもここに来て一体何日経ったのか、目に見えてわかるようにしようと思った。
ここにいれば、自分がどれくらいここで時間を持て余し、無駄にし、歳を経ているのかわからなくなるのが怖かったのだ。
今日はここに行った、何時頃何をした、簡単でもやったことを記録する。
写真も撮って、時にはムービーを撮った。
庭は広いので花の成長も見られるし、気は紛れる。
だから、いつも通りタブレットを取り出して、日記を書くことにした。
先ほどまで、東側の渡り廊下の付近を探索していたのだ。東側と言うのは、建物を中心として考えた方向だ。イラスト用のアプリで地図を作るのに方向が必要だったから、東西南北を決めた。
小学生の夏休みの宿題でもやっている気分だ。
それでも、これは効果的に心の安らぎとなった。
集中して時間を費やすことは、思ったよりも気持ちに余裕を与えてくれるらしい。
スマフォで音楽をかけると、理音はリュックを枕にしてしな垂れた。四阿の屋根のせいで空が見えない。なのでベンチから降りると、持って来ていたシートを地面に敷いて、ベンチにリュックを置くと、それに頭を乗せた。
これなら空が眺められる。
伸ばした足は池にはみ出たが、下から怪物が現れて、足をぱくりと噛んだりしないだろう。
側から見たら何とだらけた姿かと思われるだろうが、周りに人はいない。全く気にすることはなかった。
理音を呼びに来るのは食事の時だけで、食事の時間にはまだ早い。
空は青空だった。大月小月も今日はよく見える。小月の方が少し霞んで見えるので、やはり小月の方が遠い場所に位置しているようだった。
天気が良ければ充電が可能だ。
持っていたソーラーパネルの充電器を出して、太陽に当てる。こちらの恒星でも十分に充電ができるので助かった。
これでタブレットもスマフォも使えなければ、暇すぎてうつ病にでもなったかもしれない。タブレットとスマフォがあるおかげで、ある程度暇をつぶすことができているのだから。
今朝の出来事を日記に記して、タブレットをたたむとやることがなくて、ついうとうとした。気温も暖かで、過ごしやすい気候なのだ。
眠りに入るたびに夢ならいいと思い、そうでなかったと目覚めるのはつらいのだが。
そうやって音楽を耳にしながら意識を手放そうとした時に、近くで足音がした。
橋を渡ると足音が響きやすい。コツコツと音を立てて歩んで来るのが聞こえて、理音は目を開けた。
この場所につながる橋の上を、一人歩む者がいる。
織姫だ。
今日は、彦星豪華バージョンの服を着ている。
彼を見るのは久しぶりだが、着ている服は前とはやはり違った。
首元はしっかりと締められており、苦しくないのか勝手に心配になる。
襟元は何重なのか、柄の違う縁がいくつか見えて、やはり暑くないのか心配になる。
帯は着物のそれとは違って、今日は太めのベルトのように見えた。金具が多い。そこからべろりと舌が垂れるように長い飾りがある。それの柄がまた豪華であり、歩くのに常に蹴りつけるようになってしまうので、どうしても邪魔でないのか心配になった。
橋の手前で女性が数人いたが一緒には来ないようだ。まるでお付きのようだった。
女性たちはしおらしくそこで待っている。
織姫は近くまで寄ると、一歩あけてぴたりと立ち止まった。そうして、理音を見やった。
人を上から見下ろすのが好きな男である。
理音はリュックを枕にしたまま、織姫を仰いだ。
織姫は、別段何かを言うわけではない。ただ見下ろして目を眇めた。




