85 ーすべきことー
クビだ。これは間違いなく。
ヘキ卿、ぽかんとしていました。
「ナラカに何て言お」
まだ何も見つけていないのに、大失態である。
仮にも、皇帝になるかもしれない人だと言うのを忘れていた。
さすがのヘキ卿も怒ることだろう。
いやしかし、どう考えてもヘキ卿のやる気のなさが理解できない。
何かに困窮しているわけではないのだから、働かなくてもよいのだろうが。
それにしても、何かしらの理由があって、何かを諦めているとしか見えないのだ。
だからだろうか、
「やっぱあの人、白だよな」
ヘキ卿は、武器など集めていない。
フォーエンであれば、あんな比喩を敵に話したりしないと思うのだ。まるで相手を鼓舞するような言葉を。
自分は抗う。お前は抗わないのか?
フォーエンがどんな会話をするか、実際のところはわからない。
通訳なしの言語初心者が会話して感じた、フォーエン像である。彼がどんな話し方をして、何を語るかも想像だ。
けれど、フォーエンの性格は、何となくでもわかってきていた。
妥協を許さない、スパルタ教育を施す男だ。ヘキ卿が悩んでいれば、きっと一喝くらいするだろう。そしてその後の、害虫を見る目である。自分も勉強を疎かにすれば、その目を見ただろう。
「思いっきり見下すからな、あの人」
ため息を、空に一つ吐き出した。
クビになる前に、自分も動かなければならない。まだ見ていない場所があるだろう。
あとは妻たちがいる棟だ。あちらはどうも入りづらい。さすがに警備が多いからだ。
ヘキ卿自体は屋敷の人気のない所を選んでいるので、彼の近くに警備もいないが、妻たちは違う。子供もいるため、それを守る従者がやたらうろついていた。
裏から回って庭に入り、回廊から屋敷内に入るしかないだろう。先ほど入った裏手からであれば、人気は少なかった。
ヘキ卿がまだいるかもしれないので、庭を大きく迂回して、逆側から裏手に入ればいいはずだ。遠回りだがヘキ卿に会うよりいい。
歩きながら頭の中で計画を考えて、思うのだ。
ヘキ卿が白の場合、一体誰が、と考えるわけだが。
わかりやすく、次の候補は自動的に妻たちになった。
ヒステリックな妻、何番目の妻なのかはわからないが、彼女の父親は内大臣である。
例えばフォーエンが倒れた場合、次のハク大輔かヘキ卿が皇帝の候補となるだろうが、内大臣の娘と言うのであれば、ヘキ卿を有利にできるかもしれない。
彼女の望む皇帝の妻。それを得るために内大臣の父親も動くのだろう。
内大臣が関わっていれば、なおさら謀反は楽になるのではないだろうか。
内大臣の名に群がる者たちが、フォーエンに反旗を翻してもおかしくない。
今回は大きな謀反となる。ナラカはそう思っている。
それなりの力がある人物が動いていれば納得の話だ。
そして、武器や食料を隠すにはもってこいの場所だと思うのだ、この屋敷は。
何と言っても人が少ない。搬入した品を運んでも気づかれにくかった。
「でも、やっぱり夜かな」
夜であればうまく運べるかもしれない。ヘキ卿が物の搬入など、確認もしてないだろう。
昼間であれば屋敷内をぶらぶらしているため知られやすいが、夜であれば外に出ていることがあるかもしれない。女性に会いに行くこともあるようなのだから。
あと気になることと言ったら。
「ヘキ卿が動けないことって、何かな」
ヘキ卿が働いたとして、何が不都合になるのだろう。
彼が働いても、更に高位になるわけではないので、無駄な時間とでも言いたいのだろうか。だが、不都合となればまた別の話である。
しっかり働けば、フォーエンが怒ることもない。働かない方がフォーエンの怒りを買う。
何なのかは考えても仕方がなかった。ナラカにその辺りのことを聞こう。
そう言う時に限って、あの男は夜に来ないのである。いつものタイミングの良さはどうした。
クビになりそうなことも伝えなければならないのに。
そうこうしている内に、数日が過ぎた。特にヘキ卿から何かあるでもなく、相変わらず掃除をするふりをして、武器や食料を探す日々である。しかし、それも長く続かない。
「リオン」
呼ばれた声に、振り向かずとも誰かわかった。
もう、お呼出しがかかった。ヘキ卿である。
「何でしょうか。ヘキ卿」
「桶に水を入れて、持っておいで」
「桶に水?」
何に使うのか。体罰とか。いやいや。さすがにそれはないだろうが、掃除を真面目にしろとお叱りを受けるのだろうか。
井戸から水を汲んで桶を運ぶ。
「どこ行った、あの人…」
確か、離れの無人の棟に進んだように思えたのだが、姿が見えない。
「リオン、こっち」
その棟の中で、ヘキ卿が手を振った。
そこは回廊に繋がった小さな棟で、部屋が幾つかあるそこは、倉庫として使われていた。
一本の廊下を挟んで部屋が連なっているのだが、人は全くいない。
そこはもう調べた。
部屋の中は使われていない調度品が置かれ、多くが埃を被っており、ここを掃除しなくていいのか掃除長に問うたからだ。ここは物置だから掃除をする必要はないと言われ、逆に怪しいとふんだ場所である。
だが、何も見つけられなかった。
部屋は格子のある窓で中が見られるのだが、埃が全く動いていなかった。人が入れば足跡も残り、埃の積もり方も変わるからだ。それがないため、ここは本当にいらない物の倉庫だと認識した。
ここに何の用なのだろう。桶の水を何に使うのだろう。
「ここ、廊下、掃除してくれる?水使ってね」
「は?はい」
「うん。よろしくね」
ヘキ卿は、それだけ言って姿を消した。
「え?それだけ?」
これはこの間の嫌がらせだろうか。人に説教する暇があれば掃除をしろと。
しかもわざわざ桶に水である。水拭きしろと言うことだ。
「何だろな…」
さすがに堪忍袋の尾が切れたと言って、それで掃除をやらせるならば、かなりちょろい罰なのだが。
ならば仕方ないと掃除を始める。
いつも扉は開いていて、袋小路に埃がたまっていた。そのせいで部屋の中もかなり汚いと思うのだが、部屋へは入れないので廊下だけを掃除するしかない。
風上から掃きだして、外へと追いやる。
埃に混じって砂が多い。あまりこちらに人が来ないので、掃除もしないのだろう。屋敷内はぴかぴかになっている場所が多いのだが、倉庫などは話が別だった。内大臣の娘がうろつく辺りは綺麗にしているのかもしれない。
「倉庫っぽいところは汚いから掃除しろってこと?」
罰が掃除くらいなら、クビにならないですみそうだ。
「よし、雑巾掛け!」
理音はとりあえず気にせずに掃除をすることにした。モップがあれば楽なのだが文句は言えない。お尻を上げて突っ走る。屋敷の廊下に比べれば距離は短く、ちょろいものである。
しかし、なぜここの掃除を指定したのかが疑問だが。それともまだ次を用意しているかもしれない。倉庫っぽいところ全部掃除しろ、ならばそこそこの嫌がらせになった。何せ、この屋敷は無駄に広い。倉庫の多さも指の数では足りなかった。
「って、わ、」
そんなことを考えながら突っ走っていると、何かに雑巾が引っかかった。勢いがそれによって止められて、お腹で地面にダイブする。
膝と顎をしこたま打った。前にも同じようなとこを打ち付けた気がする。
「いってー、何に引っかかった…?」
見やった先、雑巾が何かに引っかかって置いてきてしまったのだが、それを考えるよりもそこに何かがあるのだと感じた。
廊下の一番奥から、手前に少し行ったところ。
くぼみがある。
一つ、二つ。
この廊下の模様は碁盤目である。縦にも横にも線が続いている。
例えばキッチンの床下収納のように開くことができても、目に合わせて開け閉めができれば目立つことはなかった。
地下倉庫がある。




