78 ー危ういー
ナミヤの屋敷に行く途中の大通りまでいつもと同じ道を通り、そこから脇道にそれた。
迷子にならないように小道を進み、一度入り込んでから迷子になる前に元の道に戻る。
そうやって、また別の小道に入っては戻り、ナラカの姿を探した。
闇雲に探しても、簡単に会えたりはしないだろう。そうであればナミヤやウンリュウたちがナラカを捕まえている。
だが、ちょくちょくナミヤの屋敷を探っているのだから、あの屋敷近くにいれば会えるかもしれない。それしかナラカに会う方法がなかった。
大通りに戻ってはその道にナラカがいないか探し、そうしてまた小道へ入る。それを何度も繰り返す。
どこか眠れそうなところを探しつつ、ナラカの姿を探す。
共同の井戸は見つけてあるので、水の心配はなかった。
「さすがに、そう簡単にはいかないか…」
あの屋敷で働いた分、給料というものは発生していた。
だが実際のところ、手取りで与えられたものは微々たるものである。理由はほとんど大尉に使われていたから、だ。
それが正確な答えかどうかはわからないが、もらえた物はかなり少なく、食事を何回かとることができる程度だった。
この金を使えばもう少しはもつだろう。ただし、どこかに泊まれるほどの金かどうかはわからない。
こちらの宿泊料がいくらかは知らない。知らないのもあるが、できるだけ使わない方向でいきたいのだ。もし本当に、どうしても生きていくのが難しいのならば、使わずを得ないが。
そのために残しておく。
故に、目標は三日だ。
三日の内にナラカを探したい。
もう既に日も暮れてきており、眠る場所もまだ見つかっていなかった。
門の外へ出て森の木の上ででも眠るのが一番安全な気もするのだが、これから外へ出るのは大変だった。何せ、城門は閉まっている。
どこか隠れられる場所で眠るしかない。
「人んちの屋根の上とかダメかなー」
バレなければ安全だろうに。
夜はやはりうろつきたくないのだ。どんな輩がうろついているのかわからない。ただその中にナラカが含まれるのだろうが。
大通りに近い小道で身を隠しつつ探す方がいいかもしれない。
その時だった。
「よう、さっきから何この辺うろついてんだ、にーちゃん」
肩を掴まれて理音はすぐに払いのけた。
男が二人、いかにもちんぴら風情が道をふさいだのだ。
「迷子かー?」
明らかに親切心ではなかろう。
男は小刀をちらつかせて、金を出せとせびってきた。
大通りに近くても恐喝されるのだ。時間が過ぎれば更に増えるのだろう。
小刀に対抗する物はない。今ある武器はボールペンとシャーペンのセット。カッターもあるが刀とは違う。あとは布に包んだカバンの中にノートパソコン、それから教科書だけだ。
走って逃げるのが正解か。殴って逃げるのが正解か。
どの選択をすれば正解か、それを考える前に、既にカバンを布から取っていた。
防御もできれば攻撃もできる。
頭の中で既に出来上がっていたかもしれない。
カバンから何かを取り出すふりをして、理音は近づいてきた男の顎を下から狙った。
ノートパソコンと教科書の角はさぞかし痛んだだろう。いきなりの攻撃に男は後ろに仰け反ると、そのまま勢いよく倒れた。
その隙に逃げることすらしない。後ろにいた、まだ武器を出していない男に、横から振りかぶった。攻撃がかすれて勢いが止まらず、その勢いを止めることなく二度目の攻撃が男の首に直撃する。
痛みに悶える男を尻目に、理音は一目散に走った。
ナミヤの屋敷に逃げるしかない。この辺りで知っている屋敷はあそこしかなかった。
男たちが叫びながら追ってくる。足がもつれるほど走り抜けても、男たちの方が早かった。
顎を打って舌を噛んだか、男が口許を血だらけにして近づいてくる。それが恐怖を焚き付けた。
ノートパソコンでは相手は倒せない。
「きゃっ」
髪を掴まれて地面に転げると、男は理音に小刀を振り下ろした。それがどこかに掠ったか、痛みを感じたけれどどこだとか考えている暇もない。
振られた小刀にカバンで防御して、次が振り下ろされる前にカバンを太ももへ振り抜いた。筋肉に丁度ヒットして、男はもんどりうつ。
次の男が襲ってくる前に立ち上がり、カバンをきつく握った。男は武器を持っていない。向かってきたら、カバンを頭に叩きつけるだけだった。
「お前、凶暴だなー」
聞き覚えのある声が聞こえたと同時、小刀を持っていた男が壁に叩きつけられた。
「え?」
次いで、目に入り込んできた黒い影はもう一人の男を吹っ飛ばし、それは大仰な音を立てて人の家の扉を突き抜けた。
「何やってんだ。お前」
「…ナラカ」
あまりに早い攻撃だったが、ナラカは素手だ。武器も何も持っていないのに、拳だけで男たちをのしてしまった。
「私、あんたを探してて…」
そう言って近寄ろうと思っていた。なのに足が自由にならず、かくりと力を抜いてへたり込んでしまった。
急に震えがくる。
足から手の指先まで震えて、涙が出そうになった。
平和な国からやってきた、平和を愛する市民である。
痴漢を撃退するように、カバンを振り回せば相手が逃げてくれるわけではない。
じんわりと痛んできたのは右腕だった。布が切れて血が滲んでいる。さっき掠ったのは右腕だったのだ。
街中で容易く切りつけてくる、そんな人間がいることに涙しか出ない。
「お前でも泣くのか、リオン。つか、何でこんな時間にうろついてるんだよ。家のやつらにこんな時間まで働けと言われたか?」
「クビになって」
「何だそれ」
「ナラカ、探してた。聞きたいことあるの」
「いいから立てよ。さすがに人が集まってきた」
人の家の扉を壊したせいで、家の者が悲鳴を上げている。その悲鳴に衛兵が遠くから走ってきていた。
「行くぞ、ほら」
「待って」
引っ張られて、ナラカの後ろを走る。
また助けられてしまった。そして、いてくれてよかった。
夕暮れ時のもう夜になりかけの頃に、一人うろつくべきではなかったわけだ。人の家の屋根でも、気にせず登っていればよかった。
もしかしたら、刺されていたかもしれない。
刺されて、ただこの場所で絶えたかもしれない。
この世界の危うさを、また身を以て知ることになった。




