76 ー疑いー
軽く興味本位で聞いたのに、案外がっつりと心に沈むものを感じた。
聞いておいて、勝手にショックを受けている。帰ろうと思っているのに、フォーエンに相手ができたと知って、自分は傷ついている。
笑えるな。
そう一人思った。
「一時期って、何かあったんですか?」
気を取り直して、ユウリンに問う。
理音が狙われたように、もしもその人も狙われて何かあったのならば、フォーエンはどれほど心を痛めただろう。
理音が襲われた時のように、ひどく悔やんだに違いない。囮である理音を憂いるよりもはるかに強く、嘆いたのだろうか。
「私のような者には真実はわからないけれど、その宮殿に住まわれていた方は、突然行方がわからなくなったと言う話だよ」
「突然、行方…。行方?」
それって、何だか思い当たる。
「そう。それまで二月ほどは皇帝陛下の隣に座しておられた。けれど先の謀反粛清の際お姿をお見かけした後、とんと表に現われなくなってしまった。何事かはわからないけれど、元々その方がどこからいらしたかも不明の方であったために、ただ語られなくなったんだ」
粛清の後。
わかりやすく時期を教えてくれるものである。
「あー、それってー、別に奥さんじゃないんじゃー」
「皇帝陛下が初めてお側に連れられた方だ。宮も奥の雅やかな場所で、その昔皇后もお住まいになられたと言う豪華な宮に。簡単なお相手が住まわれる場所ではない」
そんな場所に、暗殺者が入り込むわけである。
どこから突っ込んでいいのかわからない。
「よく通われていたと言う話は、私でも耳にしたよ。とても大切にされていたのだろう。常に厳しいお顔をされていた皇帝陛下が、その方が隣におられた時に限り良くお笑いになっていたようだ。姿を消された後、皇帝陛下のご心痛は如何ばかりなものであったか」
フォーエンの場合、笑っていたよりは馬鹿にしていたの方が合っているだろう。
そして通っていたのは、スマフォとタブレットを触るためである。
また随分飛躍した話になっている。それが彼らの狙いだったのだろうが。
「まー、もーいないわけですもんね。きっとまたみつくろ、見つけていい人を、きっと、そしたら今度こそ、ほんとにいい奥さんが、ね!敵とかいないといいですけどね!安全じゃないと、怖いから!」
実際、いいとこの娘さんがあの場所で暗殺者に狙われたら、ぶっさりやられてしまうと思うのだ。理音も同じであるが。
フォーエンの隣に座ると言うことは、そう言うことである。
安全になるまで彼は努力し続けるのだろうが、それまではやはり命の保証がなかった。
「王宮へ働きに行けば、君にも皇帝陛下に見初められる可能性はあるんだが」
キノリも言っていた、選ばれるかも、かも話だ。
既に言葉を理解している自分に、それはもう起きない。ユウリンが言っている意味は違うが、そうでなければもう奥へ入ることはないだろう。
それにである、
「美人の隣は美人がいいですよね。絵にならないと、やっぱり」
フォーエンに似合う女性はそういないだろう。
それでいて、暗殺にも毅然と立ち向かえる強い女性である。あの多くの女性たちの中から、見つけられればいいのだが。
「皇帝陛下に見初められるのことは、大変栄誉あることだ。例えどんな身分であろうと、ご寵愛を受けることができれば、男子を儲けることもできる。それに、この国はまだ皇帝陛下をお助けできるほど、正しい道を進んではいない。だからこそ皇帝陛下を支えて下さる方がお側にいていただければ、その御心も晴れやかになることとなる」
「…ユウリンさんて、皇帝大好きなんですか」
意外な、真剣な言葉だ。
謀反の話はどこへいったやら。これが演技であれば相当である。
「大好きとは、皇帝陛下を尊敬してまでのことだ。御歳十九でありながら、あの決断力と行動力は計り知れず、即位後の人事の的確さは頭が下がった。あの方は歴代の皇帝の中でも異質な力を持つ方だよ」
「そうなんですか」
そんなすごいのか。確かに頭はいいだろうと思っていたが。
しかも、大尉の手下であるユウリンにそれだけ褒められると、何だかくすぐったい。自分のことのように嬉しくなる。ナラカが言うには大尉も皇帝派なのだから、ユウリンがそうであっても当然なのだが。
何だかまたわけがわからなくなってきた。
一体、誰が敵になるのだろう。
「て言うか、まだ十九だったのか」
「そうだよ。ご生誕祭は近く行われるはずだけれど」
「お誕生日すぐなんですか?宴みたいのやるんでしょうか」
「そうだろうね」
「宴かー。それじゃ食べ物食べらんないのかなー。折角の自分の誕生日のお祝いなのに、好きな物食べれないと可哀想ですよね」
「…君は、面白いことを心配するね」
「だって、目の前に料理あるのに食べちゃいけないとか。意味わかんないですよ!別に食べて飲んでいーじゃん。お酒ばっか飲んで、へべれけになるよりずっといーのに」
「へべれけ…になるほどは飲まれないと思うが」
酔っている姿は見たことない。顔が赤くなることも。
けれど、よく盃を口にしていたと思うのだ。飲む振りでもしていたのかもしれないが。
「失礼致します。リオンを連れて参りました」
今更ながら、大尉が自分に何の用なのか。入ったことのない一部屋で、大尉は振り向いた。
大尉に会ったことなど数回で、どんな性格かは知らないが、とりあえず表情はなかった。
怒られる雰囲気はなかったが、あまり良い内容には思えない。そう思ったのは、少なからずその部屋に大尉以外いなかったからだ。
聞かれて悪いことを言われるのだろうか。
「リオン、昨夜の話は聞いているか?」
昨夜の、それを聞けばわかると頷く。
「何があったのかは、詳しく知っているのか?」
咎めるような言い方ではない。ただやはり大尉は無表情で、手にしていた扇子をパチリと鳴らした。
「自分が聞いたのは、侵入者が盗み途中に逃亡したと言うことだけです」
それをなぜ、大尉が直々に自分に聞くのだろう。ユムユナに聞けばいいのに。
「何か盗まれたか?」
「いえ…」
そう言われて、ふと思った。
あの台車はどうなったのだろう。
そのまま倉庫に戻したのだろうか。それすらも聞いていない。
盗みを働く途中で逃げたのだから、あの後倉庫に戻したのか、確認すればよかった。
「昨夜の騒ぎはこちらにも届いた。屋敷を破壊した者がいたそうな」
その言葉に詰まりそうになる。自分がガラスを割ったとは言えない。
「随分と派手に盗みを働くものだと呆れていた。しかも二度も。それについて何か知らぬか?」
「どう言う意味ですか?」
大尉は表情が変わらない。視線はまっすぐ、理音の瞳を見て離さない。
もしかして疑われているのだろうか。実際、窓を壊したのは自分だが。
「昨夜、お前を見かけた衛兵がいると言うことだ」
やっべー。である。
もう、申し開きがないとはこのことだ。
「私が疑われているのでしょうか」
あえて問うと、大尉は無言で返した。その静寂が恐ろしい。
大尉に真実を言うべきか。
言って信じてもらえずとも言った方がいいのか、判断がつかなかった。
ただ黙っていても、埒があかないのもわかっていた。大尉はただ黙り、理音の言葉を待つだけだ。
「昨夜は、寝付けなかったので散歩を。その時に物を落とす音が聞こえたのでそちらに。シュンエイ様のお父様より送られてきた物をしまっている倉庫に男が五人、台車に荷物を積んでいました。内一人は名の知らぬ従者で、もう一人がアスナと言う従者でした。無言で台車に荷物を積んでおり、初めから計画していたものかと。ただ錠の鍵はアスナが持っており、盗みを働けばすぐに犯人だと気づかれるでしょう。そうでなくても罰は受けるはず。なので彼らと共に逃げると思いました。しかしアスナと従者は屋敷に戻り、そこで声を上げても彼らを犯人とはできないため、また大声を上げて目をつけられるのはまずいと思い、咄嗟に石を使って窓を二度割りました。男三人は台車を置いて逃げ、台車に乗せた荷物をどうしたかは確認してません。また、ユムユナ様は多分、それをご存知かと。侵入者がありながら、私ともう一人の従者に警備は良いとおっしゃられ、大尉にはご迷惑をおかけすることはないようにと」
ユムユナと大尉が繋がっていないのは、そこでわかる。
大尉が自分を疑っているのならば、真実を言うしかなかった。それを信じられるかはともかく、他に手はない。
大尉は静かに話を聞いたが、その後何かを考えるように黙りこくった。
どう出てくるかは理音にはわからない。




