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75 ー選ぶー

「リオン、来なさい」


 ふいに声をかけられて、理音は顔を上げた。

 ユウリンだ。こちらの屋敷に来るのはあまりない。


「昨日は、何か騒がしかったようだね」

 何かって、何を聞いていないのだろうか。同じ屋敷内であるのに。

「泥棒が出たみたいですけど」


 結局、昨日のことはまるでなかったかのように、ユムユナは振る舞った。

 キノリも何があったのかよくわかっていなかったようで、むしろ真実を知っているのが何人いるのかもわからない。

 警備の従者も侵入者がいたと知ってはいたが、盗みに入られたと言うことを知らない者もいた。


「騒ぎがあって、鎮圧したとは聞いているんだけど?」

 鎮圧。あの三人を捕まえたわけではないのに。

 ユムユナはもみ消すつもりだろう。

「何かご用でしょうか」

 理音は特に返答せずに、ユウリンの訪問を問うた。

「大尉がお呼びだ」

 何だろう。今までそんな呼び出しなど、されたことなどないのに。

「私、何かしましたか?」

 一応聞いてみる。答えは返ってこなかったが。


「そう言えば、道で何者かに声をかけられたようだね」

「ああ、はい。ご存知だと思ってました。お知り合いですか?」

「そう切り返してくるのか?」

 そう切り返してはまずかっただろうか。どうせ知っていると思っていたし、自分に被害はなかったので言わなかっただけだ。

「私から言われる前に教えてほしいものだね」

「被害がなかったので、特に問題はなかったかと。喧嘩は売ってませんし」

「…うん。売らないでほしいものだね。リオン、君は意外と強気だな。男の従者を選ぶだけあるけれども」

「そうですね。こちらでは大人しくしてますけど。身分とかあるし」

「身分、君の国ではないのか?」

「こっちほど顕著にはないです。勿論仕事や学校での上下はありますけれど、理不尽な言われは起きないですよ。こっちと違って。いきなり声かけて来て、無礼者、なんて偉そうなことは言われません」

「…君は危険分子だな」

 不穏な言葉だった。唐突にそれを口にしてくる、その意図を探ろうとした。

 けれどユウリンは笑いを内に含んでいた。嫌味のない、受け入れた笑いだ。


「馬車に乗った者を相手にする時は気をつけるように。運悪く大尉より身分の高い方であれば不徳とされる」

「はい」

 だから逃げました。とは言わない方がいいだろう。これはしっかりとした教えだ。

「ああ言う場合、どうすれば良かったですか?大尉の不利になるような相手だと面倒なので逃げたんですけど」

「逃げた場合あとで気づかれると困る。やはり逃げてはいけない。できるだけ控えて、相手の言う通りに問われた通りに答えなさい。不当な言われであれば黙っていればいい。こちらが悪くなければそれでいいから。相手が飽きるまで我慢だ」

「わかりました」

 実際、頭を下げて相手の怒りが収まるまで待つものなのだろう。堪え性がないのでそれをしなかっただけだ。

 また次あやをつけられたら、我慢するしかない。


「ところで、そんなすぐに逃げたのかい?」

「すぐ、でもないですけど」

「相手も逃げられるとは思ってなかっただろうな」

 随分悠長なことを言って、ユウリンは小さく苦笑いした。

「どちらの方だったんですか?大尉の何か…」

 敵か、とは言えない。一体何の敵かと逆に尋ねられても答えられない。

「気にすることはない。もう済んだことだ」

 ユウリンは無論相手を口にしない。されてもどこの誰かはわからないが、彼らには理音があやをつけられる理由を持っているわけだ。


「そう言えば、シュンエイ様の元によく荷物が届いているようだ。リオンはその手伝いもしているの?」

「はい。昨日はたくさん来たみたいで。倉庫に積めました」

 その倉庫も中身はどうなっているのかわからないわけだが。

「よく、送られてくるね。シュンエイ様も大切にされている」

「そうですかね」

「…そうは思わないの?」

 ユウリンは横目で見てきた。不快と言うよりはどこか探るような問い方だ。

 むしろ問いたい。あんな物の送り方をされて、愛されていると思う娘はいるのだろうか。

「倉庫に大量にしまっちゃうくらい物送ってきても、娘が見てないですし」

 娘とか言ってしまった。ユムユナに聞かれたら雷が落ちる。

「娘に何か送りたいと思うのは、父親の親心じゃないか?」

 ユウリンは気にしなかったようだ、理音に問う。


 母親が一人暮らしをしている兄に、野菜やら混ぜれば完成の調味料を段ボール一杯に送っていた。あの姿を見れば、親心と言うか、食生活を心配してるんだろうなあ。とは思う。

 だがシュンエイに対しては、一方的に何かを送り、シュンエイ自体はそれすらも知らない。どうでもいいと思っているかもしれない。

 父親の贈り物に対して、シュンエイは一度もコメントしたことがないからだ。

 ユムユナに渡されて、興味なさそうにそれを眺めるだけ。父親が寂しいとか、そういう言葉も聞かない。

 それは、あの倉庫の中にも表れているだろう。


「大旦那様は、シュンエイ様に送ってるんですかね。彼女のことなんて何も考えないで、大旦那様が好きに送ってるようにしか思えません」

 なまじ、金があるからそう言う行動に出やすいのかもしれない。金が少なければ贈る物も厳選するだろうに。

「君は、面白い発想をするね。やはり新しいだけあるのかもしれないけれど」

「新しい?」

「入ったばかりの者である。主人をまだ主人であると思えていない。シュンエイ様の父君は、既に君の主人ではないけれど」

 忠誠心を問われるのであれば、そんなものはない。

 雇ってくれたことに感謝はあれど、おかしいと思うことはおかしいと思う。

 だが、それはどの立場も同じではないだろうか。

 例えば、フォーエンが好きな女性でも見つけてアプローチするのに、無駄に金をかけて大量に物を送ってたら、

「きっと殴るな…」

「殴る?」

「いえ、一人言です。主人が血迷ってたら一緒に迷って考えてあげれればいいなって」

 フォーエンが誰かに物を送ったりする様を見たいわけではないが、それは今後起きることなのだ。


「そいや、今の皇帝って奥さんいんですか?いっぱいに女子いるのは、知ってるんですけど」

「突然だな。皇帝陛下には妃は多くいるよ。今は何人ぐらいいるのかな。確かな数字は知らないけれど。ただまだお渡りがないのは確かだ」

「お渡り?」

「仲睦まじくされてはいないと言うことだよ」

 そう言う言い方をするわけである。アホなことを聞いた。

「一時期は、そう言う方がいらっしゃったわけだけれどね」

「そうなんです…か…?」

 初耳だった。

 前に聞いた時は、誰も選んでいないようなことを言っていたのに。

 確かにこちらを出た日と、こちらに来た日とで、どれくらいの時間が空いているのか計算できないため、結局何日ほど過ぎたのかはわかっていない。


 フォーエンが新しく皇帝となったと聞いたので、そこまで日は経っていないだろうが、それでもその間に、誰か特別な人を選んだのだろうか。

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