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73 ー帰るー

 計算をすると、今日この日が、前回と同じ日数になる。


「予定じゃ、夕方」

 こちらの日にちにして、七十一日目。

 この日の夕方、薄暗くなる頃に空に星が流れて、向こうへ帰られる。予定である。


「ずれたら、やだな」

 学校帰りから三時間。現地時間では四時前だったと思われる。

 おそらく今現在、自分の世界は既に七時で、それを過ぎると母親からメッセージが入る。夕飯はいるのかいらないのかを問うために。

 放っておくとあとで怒られるわけだ。

 時間がずれると怒られること間違いない。

 それから制服をなくすことも避けたい。そのため、今日は完全に制服を中に着て過ごすことにした。

 荷物も建物内でも持ち歩く。夕方起きるとは思っているが、万が一がある。ノートパソコンや教科書を置いていきたくない。


 今日一日。一日我慢すれば、自分の世界に戻られる。


 ただそれだけのモチベーションで、その日を耐えるのだ。


 大旦那様からの荷物を倉庫に積める作業をしながら、それがいつかと待ち構えていた。

 ここで自分が消えたら後で騒ぎになるかなと思いつつ、とにかく荷物を早く倉庫へ入れようと木箱を持ち上げる。

 いつもと同じくやけに重い木箱である。一人で運べないので、二人で組んで中へと運ぶのだ。

「今日は一段と多いなあ」

 従者の一人がぼやいた。ぼやきたくもなる。重い木箱はいつもあるが、今日は特に量が多い。

 乱暴に運べば中の荷物を壊してしまうのではないかと冷や冷やで、丁寧に作業する余り慎重に運びすぎて更に疲労が濃くなる。


「リオン、そっちの小さな荷物を運んでくれ」

「はーい」

 アスナに指示され小箱を運ぶ。小箱と言っても中身は重い。サイズは抱えられるほどで厚みもないのだが、ずっしりと重みがあった。

「何入ってんだろ。この重さ、尋常じゃない」

「小さいんだから我慢しろー」

 ぶつくさ言うと、木箱をえんやこらと運んでいる従者に笑われた。

 しかし、とは言え重い。サイズはないのに重量が違う。

 木にしては重すぎるし、重石のような重さだ。

「文鎮…。石の置物…」

「中身考えても、答えはわからんぞー」

 それはそうなのだが。だがこの重み、見た目の想像よりも質量がありすぎた。

「金属…」

 言って納得する。金属の重みだ。こちらであるとしたら、南京錠のようなずっしりとした重みのあるもの。

 それが何箱もあるわけだ。

 娘に南京錠をプレゼントとはありえないので、それはないのだが、だがそれに似た重みのある物がいくつも同じサイズの箱に入っている。

「組み立てんじゃねえか?」

 金属を組み立てる。想像がつかない。金庫でも作るのだろうか。

「ほら、さっさと運べ」

「はあい」

 大旦那様からの贈り物。それを倉庫に積める時はいつも重いものなので、この作業の後はいつもへとへとになる。

 中身くらい確認しなくてもいいのか不安になるが、飽きもせず多くの物を贈ってくるのだから、贈った相手も娘が何を欲しがっているのか気にもしていないのだろう。


「リオン、これはシュンエイ様に持っていってくれ」

 アスナが持ってきたのは更に小さな箱である。これはかなり軽い。

「これは持ってっていんですか?」

「小さいからいいだろ。大きな物は運べと言われているだけだ。着物などは箱を見ればわかるし」

「なるほど、行ってきます」

 着物はシュンエイに渡している。箱が軽い場合は調度品などではないだろうとの推測で、箱を開けてシュンエイの部屋に運んだ。今回は小さい箱なのでいいのだろう。

 重いものは中すら見ないのだが。

 その時だ。誰かがゴスンと荷物を地面に落とした。木箱の角が地面にめり込んでいる。

「おい、気をつけろ!」

「すみません!」

 二人で運び途中に一人が手を滑らしたのだろう。木箱を何とか持ち上げている。

 重いんだよな、あれ。

「中身、確認した方が」

「いい。このまま運べ」

 従者たちはアスナの指示に従い、土を払うだけに留めて荷物を運んだ。

 中身をチェックしないでいいのだろうか。かなりいい音がした。高価な物であの重さならば壊れているかもしれないのに。

 運びながら中でガチガチ擦れる音がした。それを二人は気にせず倉庫に運ぶ。

「あれ、壊れてるでしょ…」

 いつも運んでいて音など耳にしたことがないのに。

 中に何が入っているかはわからないが、紙のようにな擦れる音は聞こえても、何かがぶつかり合う音は聞こえなかった。

 中身も確認しないで倉庫に入れているくらいだ。気にもしないのだろうが。

 しかし、三連続で荷物が運ばれてきたため倉庫は完全に満杯だろう。次の荷物が来ても入らない。

 その前にさっさと売りに出さなければならないはずだ。

 売りに行くにも重いだろうな。


「シュンエイ様にお荷物です」

 ユムユナに一度渡し、確認してからシュンエイに渡る。シュンエイは端近で庭を眺めては本を読むばかりだ。

 暇そうだなあ。その一言である。

 大尉からは未だ声がかからない。

 シュンエイはそのおかげか機嫌良く過ごしている。

 対してユムユナの機嫌は日に日に悪くなっているように思える。

 今もそう。リオンに何を言うでもなく、荷物を奪っていった。最近他の者に声もかけなくなってきている。苛ついているのが雰囲気でわかった。

 大旦那様から叱りの文も届いていると言う噂である。キノリ談だが。あながち間違ってはいないだろう。


 どこからか風が入って、理音の首元を揺らしていった。

 虫の音が建物の側で響いて、季節の変わり目を告げているように思えた。

「そろそろ、夕暮れか」

 どうやってこの場から消えるかは気にしていない。

 いきなり誰かの目の前から消え失せて悲鳴が上がっても、行方を消すことができれば自分はあちらに戻っているのだから、どうとでもよかった。

 とにかく、確保すべきは荷物である。

 この後は夕餉をとって警備して、もう眠るだけである。

 ただ、それだけ。


 空はゆっくりと朱に染まり、徐々に闇に包まれていく。


 残念だなと思うのは、フォーエンに会えなかったこと。

 彼に、礼を言えなかったこと。


 こちらに来て、それが叶えばいいと思っていたが、結局できなかった。

 さすがに一般人と皇帝との距離は、計れないほど遠い。

 それが当然であることも、やっと理解できたかもしれない。わかっていても、前ほどの近さを忘れることができなかった。

「帰ったら、宿題やろ」

 気持ちを切り替えなければ。

 明日は学校なのだから。

 明日の英語は出席番号順で当たる予定である。めんどくさいなあ。なんて思っていても、やはり帰ることを考えれば何てことはなかった。けれど、


「流星、どこ…」

 窓から外を見上げても闇が広がるだけ。空も曇っていて、星さえ見えない。

 これはもしや、流星が見えないとか、そう言うことだろうか。あれがないとやはり帰れないと言うことだろうか。

「勘弁して…」

 時間にして午前一時過ぎ。もう次の日へと入ってしまっている。

 いつ帰れるかと寝ずに待っているのに、一向に星が流れる様子がない。

 曇っていて星が見えないのだから、流れても見えることはないだろう。

 待っていたのに、帰られない。

 それは予想外であり、当てが外れただけでなく、気分を貶めるには十分すぎることだった。


 帰られない。


 予定は未定であり、想定だけである。けれど、前は帰られたのだ。だから同じ時を得れば帰られると思ったのに。

 何か違う要因があったのか、それはわからない。ただ違うのは星が流れないこと。

 もしかしたら、流星を見なければならないのかもしれない。曇り空で星が見えなければ次の周期で帰られるだろうか。


 再び、二ヶ月と少しの間を待たなければならないのだろうか。

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