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72 ー不吉ー

「リオン、今日はこの屋敷へ」

「はーい。行ってきまーす」


 今日は、あまり行かないお金持ちっぽいお屋敷である。

 ハク大輔の屋敷であろう場所だ。

 この屋敷にはまだ一度しか行ったことがないので、念のため地図を見直す。通りにウーゴの木があったはずだ。あれがどんなものだったのか、もう一度しっかり見ていたい。

「帰りに寄ってみるか」


 寄り道をするなとは言われているが、少し道を変えて覗くくらいいいだろう。彼らが何に対して恐れているのかわからないが、ナラカに会わない限りは問題なさそうだった。

 いつも通りと裏から出て、表通りに入る。

 外出していて危険なことはまだ起きてはいない。それが端を歩いて気をつけているからなのかはわからないが、背中に荷物がある限りは気をつけて歩くことに違いはなかった。 

 ノートパソコンを盗まれるのは、かなり痛い。ただでさえスマフォとタブレットをなくしているのに、この上更にノートパソコンをなくすのはごめんだ。

 さすがにもう、親から譲ってもらえるわけがない。慎重に歩むのは当然だった。


 見慣れた通り道を通って、人通りの多い大通りへと向かっていく。

 ここでは人も多いが、馬車も多かった。横を過ぎていく馬車に道を譲り、端へ寄る。そうでないと、お偉いさんが乗っている馬車は通行人も気にせずスピードを上げて通っていくので、ぶつかりそうになるのだ。

 だから、後ろから馬車の走る音が聞こえて、振り向きもせず端へ寄った。

 けれど音は過ぎず、理音の先を封じるように馬を止めたのだ。


 何だこいつ。


 思って、すぐに馬車を引く男を睨みつけた。

 馬車はそれなりに身分のありそうな、豪奢な飾りのある物だった。馬の毛並みも良く、格子の入った窓には細かに編んだ布がかけられている。


「おい、そこのお前、どこより参った者だ」

 馬を押していた男が、叱咤するように言った。

 偉そうだな。

 もうそれしか頭に浮かばなかった。いきなり人が行く道を遮り、偉そうに上から問うのである。その男は馬を引いているだけの従者に過ぎないが、主人が身分ある人間なのだろう。その身分を借りるように問うのだ。

 そして、なぜそんなことを聞かれるのかわからなかった。

 どこから来たとか、お前に何の関係があるのかと言う。


「その辺から来ましたけど。何か?」

「な、無礼な奴め!どこの家の者かと聞いている」

 家となると面倒だ。余計なことを言って、大尉に迷惑がかかるのはまずい。

 こう言う時、身分と言うものは非常に厄介で、雇われている身としてはクビにされないように相手をしなければならない。

 ただ、この馬車に乗っている人物が、大尉より身分が上から下かはわからなかった。

 相手をして大尉に迷惑をかけるか、それとも逃げるか。いきなりやってきていちゃもんをつける相手だ、大尉を陥れる輩かもしれず、あまり相手にしたくなかった。

 だとしたら、名乗る必要はない。

「名乗る家名もないその辺の者です。何か用ですか?」

 笑顔を返したつもりだ。目の前でいきり立つ男ではなく、馬車の中の人間にだが。

 こちらから見えなくても相手側からは見えているのだろう。前に馬車に乗った時、同じように布が垂れていたが、外はしっかり見えていた。

 だから、男ではなく馬車の中に言った。


 馬車の中で音がぱちりと鳴った。すぐに男が駆け寄って格子に耳を寄せる。

 何かを指示しているわけだろうが、この状態でほっといて先へ進んでやろうかと思った。話したいことがあるならばお前が出てこいと言いたいのを、ぐっと我慢する。

「もう行っていいですかね。急いでるんで」

 なので踵を返した。馬車を避けて後ろから道へと戻る。前を塞がれていて進めなかったからだ。

「ちょ、ちょっと待て!何と無礼な奴だ!まだ話は済んでおらぬ!」

 無礼はどっちだよ。余程言ってやりたいが、堪えてあえて逆側へ逃げた。何かされる前に走って逃げるためだ。刀でも出されれば端に追いやられてしまう。それを避けるために大通りに面して背を向けた。

「身分のある方が、私の様な下々の者に用などと間違いでございましょう。人違いかと思われますので、私は失礼いたします」

 からの猛ダッシュである。

 大通りを突っ切り、小道へ入ると、そのまま走り抜けた。

 面倒な相手には相手をしない。それが一番である。

 馬車で斜めに折れて停車すれば、馬を直して追うのも小道へ入るのも時間がかかる。従者は一人で、主人を置いて追ってきたりはできないはずだった。

 なので気にせず逃げたわけである。


「しかし、何だろな」

 どこより参った。である。

 どこから来たのか知っていて尋ねたのか。それとも本当に知らなくて、何か気になったことがあり声をかけてきたのか。はたまた別の理由か。

 もし大尉の家から来たのを知っていて尋ねたられていれば、もしかしたら文のことについてかもしれない。

 想像の内ではあるが、これについてはユウリンに伝えた方がいいだろうか。監視がいればそれも気づかれているから問題ないだろうか。

 しかし変なやつから声をかけられた。それに対して何かあればユウリンが対処をするだろう。

 あやをかけらる真似などした覚えはないのだから、何か要因があるはずだ。


 先ほどの馬車には会わないように小道を走る。

 迷子にならない程度に王宮の方角へ進み、知った道へと戻った。

 その途中にウーゴの木へ寄ることができた。入った道が広場に繋がっていたのだ。


 やはりウーゴは枝だけで、新芽もなにもない。

 これが葉をつけるとは思えないほど。

 木の色も薄く、ぱっと見であれば枯れていると勘違いする。

 しかしこの木が完全に枯れるとなると、この国も滅びると言う。何とも奇妙な話だった。


「フォーエンが国を安定させられれば、葉っぱも生えるのかなあ」


 その手伝いを、自分はできない。


 何か彼にできることがあればいいのに。

 囮でも何でも、側にいて助けることができるのならば。


 しかしあと数日で満期を迎える。勝手に満期だと名付けているが、帰れなくなるのはご免だった。

 予定では星が流れて、自分の生活に戻るのだ。


「流星…か」


 あの男は何と言っていただろうか。

 フォーエンの即位と同時に星が流れた。流星は不吉。

「やだな、それ」

 ぽつりと呟く。

 まるで自分が流星と共に来て、不吉を運んだようだ。


 星が流れるのは不吉などではない。

 けれど、その流星があったせいでこちらに来たと思っている。


 不吉の印。


 理音はかぶりを振る。


 フォーエンは遠い場所にいる。

 だとしたらさっさとこの場を去って、元の場所に戻るのだ。


 彼に会いたくとも、会うことはできないのだから。

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