表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/245

39 ーかわいいー

「あー、もー」

 あんな言葉や仕草一つに、心を惑わされることになるとは。


「はー、もー」

 心に仮面が必要だ。


 例え、ここで生きていくことになっても、天と地ほどの立場が離れている。

 そして自分は彼にとって、利用できる相手だ。そこを勘違いしてはならない。


 そして、この想いは小さなものだ。

 ちょっと気づいて、そうかもと考えた程度である。きっとそうだ。


 だから、違うと否定してもいい。そうすれば、あの男の仕草もきっと気にならない。


 そうでなければならない。



 人の心知らず。

 フォーエンは、次の日から勉強を見にやってきた。


 しかし、何でこんな機嫌悪いんだ。この人…。

 別の場所で食事をいただくことになった時に、あ、フォーエン来るんだろうな。と心構えをしていたわけだが。


 現れた男は、来た時から眉間にシワを寄せていた。

 剣呑であるよりは、殺伐であろうか。やさぐれていると言うべきであろうか。

 フォーエンは人をじろりと睨みつけて、席についた。からの勉強である。機嫌の悪さを隠しもせず、新しい本をばしりと机に置いた。

 今やっている絵本だって終わっていないわけだが、ぱらりとめくりそれを眺めて、…閉じてみた。

 それでフォーエンの怒りを助長させたわけだが。


「だって、これ絵がないじゃん。絵本でいいよ。まだいいよ」

 今やっているイラストだらけの絵本のような本を抱きしめて、これがいいとアピールしてみるのだが、フォーエンはそれを奪い取って、その上に新しい本を置いた。

 それの意味は、二冊やれとのことである。

「絵本だってままならないのにっ!?」

 いいからやれ。と、どすんとその本に、指を突き刺してくれた。


 広げた本は、みみずののたくった字が続く。文字は全く読めないので、みみずがいっぱい書かれてる本にしか見えなかった。フォーエンは指差しながら、みみずの字を上からゆっくりと読んでいく。

 一文はそこまで長いわけではなく、わかる単語とわからない単語が混ざるので、わからない単語を問う形になった。


 これは教える方が大変だろうに。

 よりによって、道徳観の本である。


 物事の動作を認識した後の感情を教えるわけで、教える方も教わる方も、感性が同じでなければ通じないのだ。

 例えば、理音がかわいいと表現するものには、本当に本来一般的にかわいいと思われるものから、ゲテモノのようなものまでかわいいと表現されることがある。おぞましいものを見たと言う表現の中で、え、かわいいじゃん。なんて言葉が出てきたら、話が別物になってしまうのだ。

 語録の少ない理音はなおさら、いいね。や、かわいい。やばい。きもい。などの口語のような言葉で表現してしまうため、繊細な言葉で表現されると意味が全て同じものになってしまうと言う、フォーエンからしたらとんでもない国語力のなさが浮き彫りになる分野であったのだ。


「しまった。かなあ。やばい。でよくない?」

 やばい。を言った途端、フォーエンはくるくると教科書を丸めると、想定通り頭を殴ってきた。

 やばい、ばかりだろうが。と言いたいらしい。

 フォーエンはやばいとかわいいは覚えたようだ。


「え、じゃあ、何かなー」

 物の名を教えるようにはいかない。一つの文ですら理解に時間がかかる。イラストがないので想像すらできない。

 それが進みを悪くさせているわけだが、理音の表現力の少なさも多少問題だった。

 そして不機嫌なフォーエンは、迷わず教科書で理音の頭を殴ってくる。


「いてっ」

 辞書なしで言葉を覚えることの難しさを痛感するわけだが、今日は教師の不機嫌さが増しているので、別の意味でも難しい。

 最初から機嫌が悪かったわけではあるが。

 その理由はわからない。

 ただ、今日は殴る気満々である。ついには絵本を丸めたままで、授業を進め始めた。

 フォーエンは理音の言葉に理解を深めているので、この授業はフォーエンが行なった方が正しく教え込めるのであろうが、理音は一抹の不安を抱えた。


「ねえ、時間、大丈夫?」

 である。


 時計をちら見して思った。もう夕方近い。

 いつもなら一時間、長くて二時間のフォーエンの授業なのに、今日はもう四時間ちょっと。

 休憩なしのぶっ続け授業であるが、彼はこれでも政治を担う者。しかも謀反で城はごたごた騒ぎであるわけで、それもまだ終わっていないと先日言っていたのに、こんなところで勉強を教えている暇があるのか、今更気になってきたのだが。

 しかし、フォーエンはいいから覚えろと、遠慮なく殴ってくる。

 軽くだが、もう何度殴られていることか。


「フォーエンの時間があるならいいけど」

 時間、はまだ習っていないので言葉にしにくいが、時計を見せてこんな時間だよ、と言ってみる。ここで時計は見たことがないので、これで通じるかは謎である。

 しかし、フォーエンは別の興味を持った。

 それが何なのか、今までわかっていなかったようなのだ。


 理音のお高い時計。自動巻の月齢と星座早見表、日の出日の入りなどの多くの情報が記された、優れものの時計である。

 学校の友人に、ごちゃごちゃしてて見づらい。などと文句を言われた時計であるが、この時計の素晴らしさを語るには、天文部でなければわかってもらえないので、そこは黙っておいた。

 天文部員からは、何て物を持っているのか!褒める意味で羨ましがられた時計である。

 これを買うためにバイトをし、貯金をはたいてまで手に入れた、価値のある時計であった。

 その時計にフォーエンが興味津々であれば、もう説明するしかない。

 嬉々として、それを腕から取って説明に入った。

 しかし、

「かわいいでしょう!」

 から入ったのが、まずかったらしい。

 その時計はシルバーのメタルタイプのベルトであり、文字盤は夜空をイメージしているため、黒から紺へのグラデーションで染められている。

 そこに星空が描かれているわけで、かわいいと言うよりは、せめて綺麗。

 何せ夜空である、かわいいと言う表現はかなり違う。

 これがかわいいのか?と問うてきたのは当然であろう。


「え、すごいかわいくない?もう、絶対これ買うって決めてたの。かわいいんだよ、ここに月と太陽がね…」

 と何度もかわいいを連呼し、フォーエンの頭を抱えさせた。


 感性が違う。フォーエンがきっと思ったであろう言葉である。


「あとねあとね、ここに流星もあってね。かわいいでしょうー」

 理音の時計自慢はつきない。


 当初の、時間気にしないでいいの?を忘れて説明に入り、やっと終えて満足した頃には、フォーエンはやはり頭を抱えていた。

 時計と言うものについては、理解を得られたと思う。

 月は一つであるが、描かれているものが太陽と月で、時間を計るものであると言うこともわかっただろう。

 ただ、こちらの時間と、理音の世界との時間が微妙に違うことは、理解してもらえなかった。

 とりあえず、それが時を数えるものであって、ただの装飾ではないと理解してくれたのである。かわいいはともかく。

 言葉の壁は高く広い。


 その日は、フォーエンの不機嫌の意味もわからないまま、授業を終えて部屋へ戻った。

 結局その後の食事も共にして、午後夕食前まで全てを勉強に削ぐことになったわけだが。


 フォーエン、大丈夫なのかな。

 時間は気にすることはないと、あしらわれた。それより、とっとと言葉を覚えろと言わんばかりに、教科書を力強く指差していった。

 勉強は頑張るのだが、あれだけ機嫌が悪く教えてきたので、よほど教えるのが面倒だったとしか思えないのだが。

 なのに、午後つきっきりとは。

「迷惑、だよね…」

 少しずつ教えの段階は上がっているとは言え、覚えの悪い生徒である。そう容易いものではなかった。

 囮としても、そこそこ命令が聞けるように、言葉を話せていないとならないのだろう。力が入るのは当然だった。


 理音はほっと息をつく。


 今日は、大丈夫だった。


 何もなかったのだと安堵したのは、フォーエンがいなくなった後のことだ。

「うん、大丈夫だな」

 あの男が、予想外のことをしてこなければ、問題ない。

 やはり、経験不足からの、勘違いということもある。

 そうではないとわかってはいるのだが、そこは無視して、何もないように振舞わなければならない。

 しかしどうして、あの男が不機嫌だったのかがわからない。

「何か、あったのかな」

 聞いてもむすっとするだけである。教えてもらえないので、問うのはやめた。そこまで踏み込む必要はないだろう。


 こちらから一線を引いた方がいいと思ったのは、囮告白の件からだ。

 自分ができること、なすことをすればよいと思った。そのための囮なのだから。

 無理に踏み込むんで、これ以上泥沼にはまりたくない。

 傷つきたくないと言うよりは、相手に面倒を増やしたくないだけだ。踏み込めば必ず煩わしい思いをさせる。それがわかっていた。

 役に立てるならば、役に立ちたいとも思ってしまっているのが悪いのだけれど。

 早く言葉を覚えなきゃ、と思う。それから、早く内政が安定してもらえれば。それが追加されたが、そうしたら、外へ出るのだ。


 そう決心して、盛大なため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ