38 ー想いー
「あー、ほんっと、アホじゃないの…」
こんな気分でフォーエンには会いたくない。
会いたくないと言っても、フォーエンが来ないので会えないのだが。
結局、あの後の事後処理があるようで、フォーエンは一度もこちらに来てはいない。
大規模な謀反はそれなりに犠牲を出し、首謀者を捕らえてもそれが全てではなく、これから更に細かい調査を行なっていくようだった。
理音暗殺未遂や、誘拐犯もその調査に入る。
今回の謀反と関係があるのかも調べていくのだ。
関係なければまた別の犯人がおり、その尻尾も掴まなければならない。
詳しくはわからなかったが、エシカル視察の写真を残したのも、その一環だった。
気になるところは全て写真に撮っておいたようだ。
記憶力のあるフォーエンではあるが、念のために撮っておいたと言うところだろう。
何かしらの証拠を得るために、王自身が偵察に行く。どこの暴れん坊だろうか。
だからこそ、相手も驚き、理音を誘拐したのかもしれない。
そんなこんなで、タブレットは彼の元だ。調べ物をするのに使いたいのだと、持っていかれた。
スマフォは手元にあるので、構わないのだが。
彼にとっても、その使い方をしてくれた方がいい。使ってほしいと思う。実際、彼も被害者なのだから。
とにかく、問題はそこではない。
彼の敵は、今回の謀反で捕まえた者以外にまだ大量にいるようで、今後も囮は続行だ。
国の安定のために必要なもので、それだけは無理にでもやらせることになるのだと断言された。
それもいい。それについても納得している。
だから問題は、もうそれだけでいいから、ここに来なくていいと言うことである。
囮だろうが、何だろうが、ここにいてそれは受け入れる。けれど、無理に近くに来なくていい。来る必要性がない。
来ないでと思う。
一度傾いたら、流れるのはきっと早い。
だから、後戻りできなくなる前に留めたいのだ。これ以上流されないように。
「私の身勝手だけどさ…」
ファーストチョイスが何で王様かな…。
恐ろしいことに初恋である。初恋が実らないわけだ。
「うわ、こわ!」
いきなりがばりと起きて、事実を消そうとした。
「初恋!?何、それ。私のタイプは優くんであってだな」
誰に言うでもなく説明して、大きくため息をついた。
認めたくないと言う気持ちと、これ以上増やしたくないという気持ちでいっぱいになる。
側から見たら挙動不審であるが、本人は至って真面目だ。
ありえない、ありえない。を連呼して、集中するためにイヤホンで音楽をかけた。
爆音で流して、音楽に集中する。
好きな歌を聞いて、気分を上げて、なのに、涙がこぼれた。
まだ、小さな好意だ。
まだ、完全に恋しているわけじゃない。
「だから大丈夫…」
「大丈夫」
「リオン!」
「はいっ!」
いきなり呼ばれて飛び起きて、理音は一瞬目の前にあったものが何だかわからなかった。
わかった瞬間に一気に仰け反って、ごろりと後ろに転げそうになった。
転げてたら大股を開いていたところだろうが、その寸前をフォーエンが手を引いたおかげで、辛うじて耐えられた。
「な、な、なに!」
目の前にいたフォーエンは、これでもかと睨んでくる。
中腰で片膝をつき、理音の腕を掴んだままだったのだ。
「リオン、…」
お怒りである。説教モードに入った。
これはつまり、いつもの、足を隠せ。である。
「あ、ああ」
忘れてた。みたいな軽い返事に、フォーエンは鋭い睨みをきかせた。
相当のお怒りだ。
いや、それよりも、いきなり目の前にいるのやめてほしい。
どうやら、音楽を聞きながら眠ってしまったようだ。
足元にブレザーをかけることなく、ずるずると足を伸ばしてだらけて寝転がり、スカートなんてほとんどめくれた状態のまま、である。
短パン履いてるから、いーじゃん。とかは言うだけ無駄だ。
気づいて正座をしてみる。
まあ、そんなのでお怒りは収まらないわけだが。
イヤホンをつけていたから、足音に気づかなかった。
フォーエンもそれに気づいたか、耳を封じているものを勝手に取ったようだ。
だから目の前にいて、理音はその顔を拝んでしまった。
寝起きの心臓に悪い起こされ方だ。
会いたくないと思った時に来るのも、また運が悪い。そしてひどい格好を見られると言う、二度の運の悪さである。
居心地悪…。
心あらず、と聞いていたのがばれたのか、フォーエンは不機嫌最高潮でツワに何か言った。
あ、やば…。
強制お着替えである。
案の定、部屋に連れ込まれて、服を着替えさせられた。
どんな服着ても足は開くから意味ないのだけれど、確かに着物を着せられれば、汚れるのを気にしてだらけた着方はしない。
フォーエンの考えは間違っていないのだが。
勉強部屋に行くような服を着せられて、理音はため息をついた。
着物を着せられたことと、フォーエンが来たことで出たわけだが。フォーエンは当然だろう。と踏ん反り返って頷いた。
服のことだけで、ため息をついたわけじゃないんだけど。
それを本人に言うことはないが、もう一度息を吐いて理音は席についた。
自分の気持ちに気づいたからと言って、彼を避けても仕方ないのだが、やはり少しは緊張する。
フォーエンはタブレットを戻してきた。ついでに充電器もだ。
「あれ、もういいの?」
ちゃんと、わかったことあったのかな。
しかしもういいのだと、フォーエンはタブレットをずいっとこちらに寄せた。
「データは残しておくけどさ」
軽く開いて気づく、しっかり充電がなされているのだ。さすがである。
几帳面な男だ。
結構、真面目なんだよな、これが。
服のこともそうだが、勉強も作法も、何でもしっかり真面目にこなす。
優等生である。
お茶を出されて、会話のないその場の空気を濁すように、それをすすった。
今までそんなこと気になったことがないのに、急に気になってくるのだから、恋は不条理である。
気にせず茶でもすすってればいいのだと、自分に言い聞かせるしかない。
いつもどうしてたっけ。
頭の中で渦巻いてくると、途端に焦りだす。
ダメだ空気もたない。自分のが。
「で、終わったの!?︎」
声が裏返った。
そして、その言葉でフォーエンがわかるはずがない。
「ええと、フィニッシュ?」
英語にしてどうする。
理音はノートを見直そうと、アプリを起動する。
いや、終わったって言葉、習ったわ。
「何だっけ、ええっと。えー」
挙動不審である。
今まで習ったノートを開いて、言葉を探し始める。ふりをしていたが、本当に、終わった。の言葉を忘れてしまったので、一生懸命探す。
見つからないと、なおさら焦る。
ああ、もうやだっ。癇癪を起こしそうになる。
まだ気持ちの整理がついていないのだ。いきなり現れないでほしい。
今まで通り接しようと思っても、態度に出てしまうのではないかと気が気ではない。
「ルータ!?︎」
やっと出てきた。
その言葉にフォーエンが、バカだろお前、の目線を送ってきた。
覚えてないのかそれ、の目である。
そして息を吐く。わざとらしく。
くそう、この野郎っ。人の気も知らないで!
いやいや、この態度ですよ。人のことをバカにしくさる、この態度なのに、何を思って好きとか思っちゃったんだろ、どう言うこと。
もう、くそう。としか言うことがない。
女顔は好きじゃないんだって!
負け犬の遠吠えである。
「オウ」
まだ。の一言が返ってきた。
それもそうだろう。そんな簡単に終わるとは思っていない。
調べることなどたくさんあるだろうし、これからもしかしたら、芋ずる式に協力者が出てくるかもしれない。
終わったなんて思っていなかった。話す言葉がなくて、それを選んだだけだ。
けれど、責めているように聞こえただろうか。フォーエンはゆっくりをまぶたを下ろした。
— まだ、終わらない。—
静かに、沈んだ声。
理音を危険に晒した、引け目のある声だった。
「また宴やる!?」
宴会なんて言葉、習っていない。
宴の写真を広げて、また!を伝えてみる。囮くらい楽勝だから。の意味で、いつでもいけるからと表現してみる。
けれど、フォーエンは言った。
しばらくはやらない。
一度笑って見せたが、それはないのだとかぶりを振った。
そうして、するりと理音の髪を一房すいて、それに口付けた。
「ディヴァモニアオラニジーフォ」
— お前は、ここにいればいい。—
「って、それだっ!」
理音はその仕草からすり抜けるように、勢いよく立ち上がった。
フォーエンの驚愕の前で、あっという間に部屋を飛び出す。
あれだ。
あの勘違いする、タラシ行為だわ。
逃げていなければ、顔が赤面するところを見られていた。
ダメだわ、これ。
近づかれたら、きっと気づかれる。
「隠さなくちゃ…」
隠しきれるのか。
あんなことをいきなりやる男だ。きっと何の気にもしていない。こちらの人間なら当然の仕草かもしれない。誰にでもやる、普通の、挨拶みたいなもので。
だとしても、こちらは免疫がないわけなのだ。




