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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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33 ー更にその後ー

 それは男物であろう、甚平のような、ズボンと上着に分かれた物だった。

 色は店の人が着る物と同じ、渋めの濃い山吹色で、頭にそれと同じ色の帽子を被せられた。


「一応聞くけど、これ侵入グッズ?」

 男はにやりと笑い、さも楽しそうに、自分も同じ服を着た。


 侵入は助かるけれど、これって店の人に大迷惑がかかるのでは…。

 店の主人の顔色は、土気色である。

 協力したくてしているわけではない。と顔が言っている。

 だが、ここでお断りするには、素晴らしく甘い誘惑だった。

 理音はしっかりと帽子を被って、準備万端とキビキビ歩く。

 どうやら城に荷物を運ぶ商人のようで、荷馬車の中には酒の樽が積まれていた。宴に使う物だろうか。


 この町に到着したその日に大きな宴会があって、フォーエンに酒が振舞われていたが、彼はほとんど口にしていなかった。

 あの大宴会をまたやる予定なのか、それともこの酒が城の標準量なのかは、定かではない。

 その荷馬車の前に男と二人で乗って、男は手綱を引いた。

 店主は男に懇願するように何かを言っていたが、男は軽く返して出発してしまった。


 ああ、ごめんなさい。

 謝るが、多分大人しくは終われないと思う。


 この荷馬車でどこまで入れるかなのだが、キッチンまで直接運ぶわけではなかろうし、行けたとしてその手前。

 そしてそこは、王がまず入ることのない、料理人のいる場所付近となる。


 フォーエンが、ご飯作るとこ近くをうろつくわけないしな。


 つまり、侵入できてもたかが知れた場所から、どうやってフォーエンのいる場所まで行くかになる。

 男は理音に、髪で顔を隠すように帽子を下げさせた。

 前髪を増やして、顔をわかりづらくする。

 何せ、塀を回りながら門兵の前で大声を上げていた。

 目を付けられているので、顔を覚えられている可能性があるからだ。

 男がやってくる意味を、さすがに理音もわかったので、大人しく言うことを聞いた。


 入る門は正門ではなく、裏門である。

 業者用のような小さな門が近づき、男はゆっくりスピードを緩める。

 門が開く前に、門兵が許可書を求めた。許可書を確認した後、門兵は何かを言った。男が笑いながら、軽くあしらう。

 男は焦る素振りを見せない。びくついていては怪しまれるので、理音も話を聞いている風に、兵へと視線を合わせた。

 それが良かったのか、そのまま門が開いて、中に入ることができたのだ。

 あっさりと通れてしまった。

 商人の荷馬車と許可書があればこんなものかと思いつつ、ただ男の怯えのない堂々とした侵入に、やはりどこか疑心があった。


 何者なんだろうか。


 男の慣れた感じを見る限り、いつでも城の中に入れる手立てがあるのだろう。

 だから今、理音がフォーエンに会うために入る協力をして、そのついでに何かをやろうと言うわけではないはずだった。

 目的があって城に中に入るのであれば、理音など連れずに、もっと手際よくできる者と入った方が安心だからだ。

 門前で大声を上げてしまう素人などと一緒に入って、危険を伴わせる必要などない。

 だから、男が何かをする心配はしていなかった。

 胡散臭いだけだ。それがとにかく大きい。

 

 理音の視線に、男はにやりと笑う。

 理音が考えていることなど、お見通しだと言うように。だが気にもせず、男は荷馬車を進めると、建物付近にそれを止めた。

 男は降りると、荷物を下ろすぞと、軽やかに樽を持ち上げた。


 あ、私もやるんだよね。うん、わかってる。

 かと言って、そう簡単に持てる物ではない。

 大樽である。

 男が一つ下ろして、それを扉の前まで持っていけと指示された。

「が、頑張る!」

 思ったが、まず持ち上がらない。

 男はけらけら笑ってくれた。いや、笑ってる余裕ないんですけど。

 仕方ないので、ごろりと転がすことにした。これなら何とか運べるだろう。男もそれでいいと頷いた。どうやら転がすのが正解らしい。元々こう運ぶもののようだった。


 段差にあっち、こっちし、押しすぎるとどこへ行くかわからないので、適度に押して、適度に進める。

 運動会の大玉転がしみたいだ。

 転がしきった樽を扉の前まで運ぶと、元の安定した方向に戻そうとしたが重くてできず、城から出てきた人に任せた。

 それを何回も繰り返し、全てを運び終える頃には、既に息が上がっていた。思ったより重労働だ。

 城の人間は和やかに何かを話すと、男が笑顔で答える。知り合いのように見えた。

 男の手招きに建物に入ると、樽だらけの倉庫の奥にあるベンチに座らされて、白湯をいただいた。

 その間も男は城の人間と談笑している。やはり知り合いだろう。会話が弾んでいる。

 黙ってヒヤリングしていると、エーゲーの言葉が聞こえた。


 エーゲーがどうこう。

 フォーエンの話をしていても、その内容を理解することはできない。

 樽の置いてある場所を満遍なく指差すので、樽の中の酒を平らげたと言っているのかもしれない。

 城の人間が肩を竦ませて苦笑いだ。まるで困っているかのように。男はすかさず笑う。

 まだ、フォーエンはここにいるのか。そんな希望を持ち始めた。


 話の途中男がどこかを指差すと、相手は構わないのだと言うように、笑顔で頷いた。

「エーゲー、…」

 短髪の男の言葉に、理音は顔を上げた。

 来いと促されて、白湯の入っていた器を置いて男へついていく。

 お手洗いに行くのだと指差した。特にトイレに行きたいわけではないのだが、しかし男はそこを経由すると、庭の奥の塀を指差す。

 いきなりドンと背を押されて、その後ろから男は走り出した。理音も慌てて走り出す。

 ひらりと、三メートル近い壁を忍者のように壁を蹴って上ると、理音に手を伸ばさせ、そのまま引いた。

 あっという間である。


 やっぱり、この人おかしい。一体どこの隠密だ。


 塀を越えて、男は理音の腕を引いたまま走った。

 草木の生い茂る庭は誰の目もない。そこを走り抜けて辺りを素早く見回すと、渡り廊下を越え、更に建物に入った。

 入ったのは建物の下、縁の下である。そこを屈みながら進み、すいすいと先へ入っていく。


 慣れすぎである。

 一抹の不安どころではない。


 この男、間違いなく、何度もここに入り込んでいる。

 迷うことなく建物内に入り、兵士の居場所もわかっているのか、確認する場所に迷いがない。

 いつの間にかに奥へと入り込み、理音の入ったことのある場所まで、楽々来てしまった。


 人気があるか、男は理音に動かないよう指示をする。

 その仕草すらも、全てが普通ではない。

 奥へ入るほど、警備が厳重になっていくのに、見つかる気がしなかった。

 そうして、更に先へと進まんとした時、人の声が聞こえて、理音はそちらを振り向いた。 

 男はもう先へ行き、早く来いと手招きしている。

 けれど、理音は振り向いたまま、声がある方へと踵を返した。


「フォーエン!」


 聞いたことのある声を、間違いたりしない。


 走り出した先には、廊下を歩むフォーエンの姿があった。

 走り寄る理音に、周りにいた男たちが刀に手を伸ばす。

 理音は帽子を投げ捨てて、フォーエンへと走り寄る。

 それを邪魔するように、男たちが立ちはだかった。


 振り抜く刀に、斬られる、そう思った。

 けれど、怒鳴るような呪文が届いた。

 動きの止まる男たちの代わりに、違う姿が見えて、理音は喜び任せに飛びついた。


「フォーエン!会えたー!」

 理音を呼ぶ声と、背中にきつく巻かれた腕に安心して、理音は顔を綻ばせた。

「ただいまー。やっと会えた」

 フォーエンは気の抜けた笑顔に脱力したか、理音の肩に顔を埋めた。

 何か言ったが、名前しか聞き取れなかった。

 ついで、現実に戻されたように、ばっと理音の体を引き剥がす。

 焦るように、フォーエンは男たちに指示をした。そのあと、さっさと奥へと姿を消してしまったのだ。


 あれ。

 

 一瞬のハグからの暗転、放置である。


 あれ?


 フォーエンと一緒にいたコウユウが、建物へ入るようにと促した。

 警備を整えるか、警戒するように兵士たちが辺りを走り回る。


 あれれ?


 理音の手助けをしていた男は、既に姿がなかった。

 今の間にさっさと逃げたのか、まだ建物内にいるのかわからないが、多分前者だろう。

 兵士たちが奔走し始めて、にわかに城の中が騒がしくなったのだ。


 女が一人、城の中に入り込んだことは事件だろう。

 しかし、それを問われることなく、コウユウは当たり前のように、理音をあの閉じ込められた空間へと連れた。

 ツワが泣きそうな顔で走り寄る。無事であったことを喜ぶように、顔を綻ばせた。

 その顔見て、やっと戻ってこれたのだと、心から安堵した。

 のだけれど、


 あれから結局、すぐに王都へ戻った。

 エシカルでやることは全てが終わっていたのか、理音が部屋で落ち着こうとした時には、ばたばたと帰りの準備が始まり、馬車に詰め込まれたのだ。


 馬車の中で、理音は一人。


 フォーエンも一緒に王都へ戻っているはずだが、馬車は別々で、王都へ戻ってもそのまま、フォーエンに会うことはなかった。

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