表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/245

28 ー先ー

 できるだけ、安全そうな人を探して、声をかける。

「すみません。エシカル、あっち?」


 指差し確認で方向を聞く。教えてくれる者もいれば、無視する者もいる。最初の男のように胡散臭い目で見て逃げていく者もおり、人の反応は様々だった。


 外国人が少ないのかな。どうかな。


 歩いて聞いて、出口を探して進んだ。

 エシカルよりも、町の出口が見つからない。なんて迷路のような町なのだろう。メイン通りもわからない、小道ばかりなのだ。

 あまり脇道に入りたくないのだが、そこが脇道なのかもわからない。

 歩いていてイメージの悪そうなところは回避し、あえて安全そうな道を選ぶ。選んでいるつもりなのだが、それが難しい。

 汚れているわけではないが、日本のようにインフラがしっかりしているわけではない。土の道と木の家、時々茂る草。それが安全な道なのかはわからなかった。ただ、あまりに人気のないところは行くのはやめた。こちらの治安の良し悪しはわからないのだから。

 女性を狙って話しかけたいのだが、女性が少ないようにも思えた。店の中にでも入ればいそうなのだが、お金も持っていなし、外からではわからないので、入るのはやめた。


 そうやってきょろきょろと歩む中で、人にぶつかった。

「すみません」

 相手は人相の悪そうな男だ。歳は若いのだが、ガラが悪いと言うべきか。こちらではあまり見られない短髪をしていた。それがそう思わせたのかもしれない。

 こちらの人々は、皆髪が長く、男でも髪をまとめて結んでいた。しかし、この男は潔く短く髪を切っている。

 ぺこりとお辞儀をして、とっととその場を離れる。あまり関わりにはならない方が良い気がした。

 側に女性がいたので、すぐに声をかける。


「すみません。エシカル、あっち?」

「エシカル?」

「エシカル。エシカル行きたいの」

「エシカル、…」

 その後は呪文である。指差してほしいとあっちかこっちか示すと、あっち、と示してくれた。

 礼を言って離れようとした時だ。いきなり腕を掴まれたのは。

 驚いて見上げると、その相手は水をくれた男だった。探してくれていたのか、汗をかいている。

 呪文で、向こうを指差す。エシカルとは別の方向だ。

「エシカルはあっちって、聞いたんですけど」

 男は頷いた。けれど、と言わんばかりに、別の方向を差すのだ。そして空を差し、もう夜だから、と言うように首を振った。夜だから泊まれと言っているのだろうが、金がないのだ。

 なので、袖とかからは何も出ないのだとアピールする。自分は何も持っていないので、お金を出して泊まれないと。

 だが男は大したことではないように、首を振った。

 おいで、と招いてくる。ついてこないと、もう一度振り返っておいでと招く。

 ついていき、お金を払えと言われても払えないのだが。

 けれど、あと一日か二日歩かなければならないとして、人が一緒にいてくれるのは安心感が違った。今は水も食料もない。せめて水だけでも分けてもらえれば、これほど心強いことはない。

 なので、ここはこの人についていくことにした。


 入った場所は先ほどとは違う場所で、そこはご飯屋さんだった。

 大丈夫だと男は先に金を払う。すぐに肉まんのようなものが出てきて、それを食べるようにと勧めてくれた。

 礼を言って口にしたその食事は、暖かさが胃にしみて、そして懐かしい味がした。

 父親の田舎で食べる、手作りの饅頭のようだった。

 肉と白菜を入れた、肉饅頭だ。

 田舎に行くのは好きではなかったが、これを食べるのは好きだった。

 懐かしい味が、ふと涙腺を緩ませる。

 男はそれをなだめるように頭を撫でた。


 帰りたいと思う。

 自分の家に。


 帰って、田舎に行って、あの饅頭を祖母と一緒に作って、懐かしい味を噛みしめたい。


 帰りたいという気持ちは、ずっとしまってきた。

 思っても、なされるものではなかったから。


 けれど、今は思う。今までになく一番思うのだ。

 家に帰りたい。


 食べ終えて礼を言って、外へ出ようとすると、男は外にある階段へ進むように指差した。

 この建物はビルのように扉が幾つもある建物で、ビル内の通路を歩くのと同じように、建物の中を行き来できるようだった。

 二階へ進んで行く男の後をついて行くと、男は理音を気にしながら歩んで行く。

 どこへ行くのか、けれどその通路には人が多く、まるで店舗だらけの駅ビルのように思えた。

 そうして、裏側の通路に入り裏手の店に入ると、女性が迎えた。

 男はその女に何か話し、納得するように女は頷いた。しばらくして、女がついてくるようにと招いた。男はそこにとどまり、行っておいでと手を振る。

 女についていけば、男から離れていった。男は理音を見送るつもりだ。

 明日にはまた会えるのだろうか。それはわからない。けれど、それを聞くこともできない。だから小さく頭を下げた。

 遠目で男が手を振ったまま、通路を曲がると完全に見えなくなった。


「あの、私お金持ってないんですけど」

 もしかして、どこかに泊まらせてくれるのかと思い、先ほどと同じく袖には何も入っていないアピールをする。すると、女は吹き出して小さく笑った。問題ないのだと言うように、いいからついてこいと促してくる。


 泊まらしてくれたりしたら助かるけれど、警察とかに保護されてるわけじゃないしな。


 問題ないのか、あるのか、それの判断がつきかねる。


 食事をさせてもらった男にはありがたく思うが、男がいなくなると、やはり不安になった。

 一緒に行ってくれるのではなかったのか。エシカルに行くのではなかったのか。女だから別の場所に泊まらせてくれるのか。

 彼女についていかなければならない、その意図がわからなかった。

 しかし、彼女はその不安を払拭するように、笑顔を返し、部屋に連れた。

 小さな部屋にベッドが一つだ。他には何もない、寝るためだけの部屋。女はそこを使えとその部屋を出ていった。

 全てジェスチャーなので言ったかどうかはわからないが、そのように思えた。


 ここは宿屋か何かなのだろう。

 ただベッドで眠れるのはありがたい。足は既に棒で、だるくなっている。


 ベッドに座り込むと大きくため息をついた。

 傷んだ足を見るのに靴を脱ぎ捨てると、それを見る前に寝転んだ。

 起き上がりたくない。けれど、身も汚いままベッドに寝転ぶのも嫌なので、むくりと起き上がった。とは言え、荷物も何もないので着替えもできない。服も洗う場所すらなかった。洗っても着替える物もないので、無理なのだが。

 服を脱いで寝転がるしかないだろう。そう思って羽織っていた衣を脱ごうとすると、女が桶と湯を持ってきてくれた。

 お風呂の代わりらしい。

 人が一人入れる大きさで、数回に分けてお湯を持ってきてくれた。

 タオルはないのだが、お湯があるだけありがたかった。一息ついて、服を脱ぐことにした。


 盗まれるものと言ったら時計くらいで、無論、服を盗まれたら困るが、そこまで気にするものは持っていない。

 だが入り口に鍵はないので、念のため用心しながら風呂に入った。念のためだ。

 正直、こちらの治安がどのようなレベルなのかがわからない。


 道を歩んでいて思ったのだが、自分がよそ者とわかりやすいのか、やたら視線を感じたのだ。だから、声をかける人も女性ばかりにしていたのだが、道ゆく男たちはちらちらと人の顔を見ていた。

 それで、町を出て、人気のないところで休もうと思ったのだ。


「考えすぎかな」

 治安がいい国なんて、自分のいる時代ですらそんなに多くはない。

 それを考えると、こういった江戸時代よりももっと時代の古そうな国にいると、治安なんてものが存在するのかつい考えてしまう。

 ちなみに、これは初めて行った海外旅行で、親が財布を盗まれたと言う、過去からの経験に基づく警戒心である。疑心暗鬼になるのは、その経験のせいと言ってもいい。

 何せこちらは道の作りが酷すぎだ。整備されていない上に、道案内もない。都内の駅前でも想像すれば、あちらはどこにでも案内がある。

 あれと比べるのは酷だろうか。


 髪を先に洗い湯に浸かると、傷が痛んだ。顎も頭も手も足も、どこもかしこもしみる。

 固まった血がとけて、湯に血が滲んだ。

 石鹸すらない場所で消毒などできるわけがないが、埃と汚れを洗い落とせただけよしとする。

 けれど、血がまた流れてきた。


「拭くものないんだよな」

 ティッシュなるものは全くない。ただ森で拾っておいた葉っぱがあった。

 もうしわくちゃでしなびていたが、ティッシュがわりに何枚か取っておいたのだ。

 未来が見えないと、こういうこともしなければならない。

 サバイバルだ。

 体を拭くものもなかったが、仕方ないので帯を洗って、それで体を拭いた。眠っている間外に干しておけば乾くだろうか。


 案外、何とかなってるな。

 自分の適応力に時々笑いが出てきそうになる。

 神経が図太いと、思ったより順応が早いらしい。


 あと、一日、あと、二日。

 そう思って進むしかないのだから、今無事にいることを考えれば、運がいいのだと気楽に思っていればいいだろうか。


 エシカルに戻れたら、フォーエンはそこにいるだろうか。王都に帰ってしまっているだろうか。

 そうしたら、それこそどうするか。


 最悪を考える。


 心づもりをしていれば、そうなっても、心に余裕が持てるからだ。

 そう考えて心を保つしかなかった。期待をして裏切られるのはつらい。


 とりあえず眠ってそれからまた、できることを考えよう。

 そう思って、眠ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ