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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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22 ー旅ー

 仕方ないと思うのだ。

 嫉妬に狂う女は、時折鬼のようになる。

 それでやられっぱなしにすることはないので、どうぞ怒ってください、その代わりその報いは受けてもらうからな。にはなるのだが。


 ただ気になるのは、フォーエンが理音に対して特に怒ることもなく、ただ笑うだけと言う。その婚約者らしきウーランにやり返したにも関わらず、理音にお咎めがないことが、どうにも気になった。

 好きな人とかではないのだろうか。

 どういう経緯で、あんなにハーレムを作っているかはわからないが、一応そういう相手がやられたら、非難の目をこちらに向けるのではないかという、素朴な疑問を持ったのだ。

 だが、フォーエンは傍観者という感じで、まるで他人事だった。

 むしろ、風呂上がりの理音を待っていたくらいだ。

 彼女の心配は、していないのだろうか。

 そう考えると、ウーランに同情的になってしまう。彼女はあんなに怒っているのに。

「親が決めた婚約者とかなのかなー」

 全てをわかるには、言葉がわからなすぎる。やはり勉強しかないと、空にため息をついた。


 その幾日か後に起きた事件は、その気持ちを強くするきっかけとなった。



「ねえ、ねえ、あれなあに?」

 子供のように服を引いて指差し尋ねる。親のごとくその名を教えてくれるので、理音は写真をとりつつ、そこに名前を書いた。


 今日はお出掛けである。


 朝からおめかしをして、いつも通りお勉強部屋に連れていかれるのかと思えば、来たことのない道へと進み、お神輿のような物に乗せられた。

 お神輿である。完全に。

 神様が乗るようなあれに乗せられて、四方男たちが位置し担がれた。

 初体験の輿は案外揺れて、思ったより高い場所となり…。つまり結構怖かった。

 長くゆらゆら揺らされて、あ、そろそろ酔う。と思った時にやっと止まったのだ。


 その輿で進んだ場所に、フォーエンはいた。そこには馬と馬車が用意されており、それに乗るように促された。

 驚いたのは、輿に乗らされた間でも、まだ城壁の外に出ていなかったことである。

 馬車に乗らされ、しばらくして門が見えて、それを数回すぎた後、大門と表現するに値する一番強固そうで巨大な門をくぐると、やっと城壁外に出たのだと気づかされた。

 閉じられた乗り物である馬車では外は見られない。窓はあるが、開けられないのだ。ここでいきなりドアを開けるほど非常識ではないのでやらないが、やりたい気持ちにもなった。

 あの城は、一体どれほどの土地を持つのだろう。

 日本の城も、お堀を回れば想像していたよりも広大であったりする。つい城だけを見がちで、土地の広大さは考えたことがあまりないのだが、ここの庭の広さもさることながら、建物も部屋の所有数もかなりのものだ。それがいくつもあるのならば、相当の広さとなるだろう。

 一度逃げようと思った時は、何と言っても迷子になるレベルだった。


 城から出ると町になり、活気のある様が見られた。

 さすがに人が多い。城の中にいるよりずっと人が多くて、やけに興奮を覚えた。

 城の中の人間は概ね女官や衛兵で、生活をする人たちと言うよりは役目だけのそれで、動きが決められていた。普段の生活とは異なる動きなのだ。

 しかし、今外にいる人々は生活をしており、当然なのだが、理音にはとても新鮮な風景にうつった。


「江戸むら~!」

 町行く人々の着物は一枚か二枚。重ね着としてもそう多くない。やはりフォーエンなどの高位の人間とは着るものが全く違う。一般庶民の服装だ。

「だよね、そうじゃなかったら、どんだけ高級志向かって言う。あ、なにあれ、なにあれ!」

 もう、なにあればかりである。


 大門を出て町になり町並みを眺めていたが、町は広いようで建物が続いた。外ははっきりと見えないために窓にかじりつくようにしているとフォーエンに叩かれるので、窓にひっついてるのはやめた。その内再び壁と門が現れて、馬車はそこをくぐった。そこを通り過ぎると、突然建物がなくなった。

 町と城は壁に囲まれており、門を隔てて世界が変わったかのように風景が変わるのだ。

 町を抜ければ道なりで、畑らしき場所が多く見られる。米などの主食を植えているのか、同じ食物が植わっているようだった。

 それを過ぎると、左右には森が続くことが多かった。さすがに町がいつまでも続くような作りではないようだ。それでも家は点在した。そうして段々さびれてくると、また復活するかのように壁に囲まれた場所にたどり着き門を過ぎ町に入る。そんな景色が続いた。

 長く進むと、町と言うよりは、村になってきたようだった。壁に囲まれた町ではなく、小さな集落が続くようになると、坂道、所謂山道が増えた。


 どこまで行くの?と問うて答えは返ってこないので、理音は絵で地図を描いた。フォーエンは当然のように地図を差し出して、町の名を教えてくれた。

「今、この町?次ここ?」


 行く先はかなり遠いらしい。近くに川があるか、記されていた。写真を撮らせてもらって呼び名を書いておく。そういうやり取りも、最近は当たり前になっていた。むしろ撮れと言ってくる。

 フォーエンはデバイスにしっかり慣れてしまい、いつの間にか中のアプリも触れるようになっていた。無論インターネットが使えないため、利用できないアプリも多いのだが、使えるアプリは全て何のアプリか教えてある。

 中のアプリを教えていると言うことは、パスワードも教えたと言うことだ。

 フォーエンは、あのパスワード画面が何なのか興味が尽きず、よく眺めていたのである。

 ある程度、あれが鍵であると想像していたことだろう。パスワード入力を間違えれば震えてやり直しさせられるのだし、それは最初のうちに理解していたに違いない。

 パスワードを教えてやると、納得の顔をした。


 数日過ごすことで、フォーエンの性格や態度などはわかるようになってきた。

 彼は理解度が高く、記憶力が並外れている。理音が言葉を覚えるよりもはるかに先に、フォーエンが日本語を覚えるだろう。

 理音がOKやらありがとうやら、よく出す挨拶のような常用語は、すでに彼が覚えていた。だから、わかったやらOKと言えば、理音が理解したと認識する。おやすみなさいもばいばいも、当然のように理解しているのだ。

 かと言って彼は、その言葉を話そうとしなかった。それがわざとだとわかったのは、昨夜のことなのだが。


 ツワにありがとうを伝えた時に、フォーエンは別の言葉を返した。

 何度も言うので覚えろと思ったのだが、それが何の意味を持つのかわからなかった。そうして彼が言った言葉が、

『ありがとう、ニーアルエ』だった。

 だから問うたのだ、じゃあ、おはようは?

 それも聞き返すことなく、理音に返す。

 軽い挨拶を彼は理解している。記憶している。理音に教えられるほど、わかっている。そして、教えられた言葉を使わずに日本語を使うと修正される。彼の方が覚えてしまっている。

 頭いいんだ。この人。そして勘がいい。察する力がある。

 理音に合わせて日本語を使わないのは、理音に言葉を覚えさせるためだ。だから彼は理音の言葉は使わない。問われて答えられても、必ず自国の言葉を使った。


「フォーエンて優秀だよねー。優秀」

「ユーシュー?」

「そー。優秀」

 絵では表現しにくい。

 子供向けの言葉カードほしくなる。そうすれば、イラストで表現された言葉を覚えやすいのに。

「英語のアプリじゃ、絵がないしな」

 せめてもう少し絵が上手ければ、お絵描きアプリも活用できたろうに。

 そこを悩んでも仕方がない。移動距離が長いので充電器を取り出すと、太陽光に当たるように馬車の窓に引っ掛けた。

 フォーエンがすぐに問う。

 うん、今説明します。


 言葉もわからずに何かを説明すると言うのは、とても力がいることだ。と今日日思い知った。

 イラストがあれば何とかなるとしても、ここに存在しない事柄を人に教えるのは、難易度が高い。

 充電器を差したり抜いたり、バッテリー量を確認したり、太陽の絵を描いたりと、納得してくれるまで説明する。

 ここで適当にするのはフェアではない。フェアとか思っているのは理音だけだろうが、彼から色々なことを教えられ、世話になっている身としては、衣食住提供主に理由なく拒否をするのはやめようと思ったわけだ。

 そして、拒否をしないことが、お互いにとって都合がよいと言うこともある。

 なので一生懸命教えた。赤色ランプが充電中で、消えれば充電が完了したことまで教え込んだ。理解してもらえた。


「充電が切れちゃうと、使えなくなっちゃうからね」

 頷くフォーエンに、理音も頷く。

 この人、どこまで自分の日本語を理解しているのか。自分の言語能力の低さのせいで、同じ言葉ばかり使う常態が、彼にわかりやすく覚えさせている気もするが。


 そうして自分も学んだ。

 馬車は長時間乗るものではない。

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