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20 ー勉強ー

「スパルタすぎる」

 教わった言葉を全て書いただけで、覚えているわけではない。ちなみにまだ、絵本の一冊も終わっていない。

 そして、今日やったことと言えば、もっぱら家の中の物の名であった。


「英語の習得と思えば…」

 絶望しか感じない。

 英語なんて、日本語訳があってもわからないと言うのに。

 まあしかし、やることが増えて困るわけではないので、これも暇つぶしの一環と思って学ぶことにした。

 実際、言葉は重要だ。

 フォーエンを見習って頑張るかと気合を入れた。今の所、時間はあるのだから。


 授業は基本的にツワが行なった。ならば部屋でいいと思うのだが、同じ本だらけの部屋に連れられて、そこで学ぶ。

 あの部屋に行くと言うことは、自分の場所、地区と命名。から出るわけで、自分の地区から出ると言うことは、服を着替えなければならなかった。

 授業は基本的に午前中で、昼になると地区に戻って食事をするのだが、たまに別の場所で食事をとって、午後まで勉強することがあった。

 その時だけ、食後にフォーエンが来る。

 ツワが教えているのに、わざわざフォーエンが教えにくるのだ。


 暇なのか、この人。


 様子を見にきているようなもので、フォーエンが来ると、二時間程度勉強が延長される。 

 昼からの時もあり、食べながら、これが何、これが何、たまにこれは何か言ってみろ。と抜き打ちのテストがあって休む暇がない。

 それでも、午後はほとんど自由だった。午後の授業がない時は、フォーエンがたまに自分の地区まで顔を出す。

 軽い休憩を兼ねているように、いつも通り隣に座ってデバイスを触って、一時いると戻っていった。

 あれから特に事件がなく、勉強に勤しむようになった。頃である。それがやってきたのは。


 午後のおやつの後の日課は、四阿でのんびり音楽を聴きながら午前の復習をする。

 最近は、復習に時間を割くことになっている。

 日記を書いたり、庭の散策をしたりもするが、主に勉強が日課になっていた。


 服はもう制服に着替えた。あの格好で一日中いるのは肩が凝るのだ。

 着慣れていないのもあるが、帯に締められる感覚も好きでない。首回りのびらびらした襟も、好ましくなかった。

 首回りに何かあると気が散るのだ。

 それは昔からで、ハイネックも苦手なので、その部類と同じく着るのが嫌だった。

 それなので、午前の授業が終わればとっとと脱ぐ。化粧も落とす。いつも通りの制服姿になって、スカートから足を伸ばした。

 足を出しているとフォーエンが、はしたないだろうが。の視線を送ってくるので、ブレザーをかけて隠している。

 着物だと地面について汚してしまいそうなので、ツワから羽織をもらったが、それは遠慮した。


 今は物の名前を覚えているところで、授業をまとめたデータを見ながら空でぶつぶつ口にしている。 

 側から見れば独り言にも思えるが、ここにはフォーエン以外寄ってこない。だから気にせずぶつぶつ呟いた。


 それを邪魔してきたのは、一人の女の子だった。

 話し声が耳に入って、理音は建物の方向へ首を回した。ツワが女の子と話している。

 若い女の子だった。理音と年が変わらないか、その下くらいの女の子だ。


 その彼女は、ツワや他の女性たちとは違う装いをしており、その後ろに女性たちを従えていた。  

 女性たちの衣装はみな同じだったが、ツワたちとは違う衣装だ。女の子付きの女官であろうか。

 女の子の偉そうな態度と、ツワたちの一歩下がった接し方は、わかりやすく上下関係があった。


 言い合っているか、女の子がずずいと出てくると、ツワが下から反論するように、女の子の行く方向を遮っている。

 つまり、橋を渡るか渡らないかをもめているようだった。

 橋を渡るならばここに来るだろう。それを止めたいとツワは必死に抵抗していたが、とうとう突破された。

 それで負けるツワではない。次の手を打つのだと、女性を渡り廊下の扉へ走らせた。


 思う。

 ああ、あれ、フォーエン呼びに行ったな。


 突如現れた彼女は、彼女の女官を従い橋を歩いてくる。

 面倒そうなのが近づいてくるようだった。


 でも、何言われても、私、理解できないし。


 一種の開き直りと、図々しさを持っている理音は、どっこいしょ、と仕方なく立ち上がった。

 身分の高い女性であるので、座ったままでは悪かろうと立ったのだ。

 立ったのはよろしかっただろうが、その姿がよろしくなかったらしい。


 四阿に入った女の子は、まず最初に、ありえないわ、なんて格好なの。らしきことを言ったと思われる。

 袖で顔を隠し、まるで汚い物を見るかのような目で物を言ってくる。そして、後ろの女官たちも同様の動作をした。

 文句って、なぜか何となくでも意味がわかるのである。

 それがなぜなのかは謎だが、喧嘩を売りにきたのはわかった。

 いちいち腹立つ顔をしてくるからだ。


 嘲笑したり侮蔑したりは、目の前でやられればすぐにわかる。

 女子らしく女子だからこそのうっとうしい、さえずりながらのクスクス笑いだ。


 ああ、これは相手にしなくていいやつだわ。


 なので、無視して地面に座り直した。


 それがかえって彼女の逆鱗に触れた。突然ぎゃーぎゃーと叫びはじめたのである。女の子だけでなく女官たちもだ。


「うるさ…」


 これはかなり面倒くさい。


 自分が話せないことを、彼女は知らないのだろうか。知っていてここまで騒がれると、さすがに厄介だ。

 怒り任せにデバイスたちを踏まれては困ると、それをリュックにつめて机の下に隠した。 

 リュックごと蹴られては困る。

 いいとこのお嬢さんが人の物を蹴るとか思いたくないが、それくらいしてきそうなほど怒鳴り散らしてくるのだ。


 まるで、カラスの喧嘩に聞こえた。

 ゴミを漁るカラスの声だ。何羽も集まってゴミを取り合う、あの声にそっくりだった。


「ねえ、めんどくさいんだけど、何の用なの?」

 一応、言ってみる。

 すると相手は、いくばくか驚いた顔をして見せた。言葉が違うと知らなかったようだ。

 それでこの剣幕ならば致し方ないだろうか。けれど彼女は引きつりながらも、嘲りを追加した。

 そうして何かを言ってくる。まあいいことは言っていないだろう。後ろで女官たちが笑ったからだ。


 相手をする必要性がなかった。

 ツワがフォーエンを呼びに行かせただろうが、彼を待つまでもない。この女の子の相手をしても仕方ないと、その場を去ることにした。

 ブルーシートをたたみはじめる。


 またそれが彼女の怒りに触れたか、更にカラスの鳴き声をしてきた。

 そうして、何かを振り下ろした。

 バシリ、と顔に痛みを感じた。ついで、肩を押されたのだ。


 急な衝撃に体重をかけ損ねた。

 ふらついた体は後方へ向き、そのままゆらりと吸い込まれるように、池に落ちた。

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