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1 ー東雲理音ー

 目が覚めた時、寝ぼけていて、それが自分の部屋でなければ、混乱はすると思うのだ。


 ここどこだ?

 まだ夢かな?


 頭がはっきりする前に、人を覗き込むように見ている者がいれば、あれ誰だろう?と考える。


「織姫、彦星?」

 それが、理音が目覚めた時に、最初に発した言葉だ。


 自分を覗き込むように見ているのは、男女二人。

 着物ような、けれど微妙に違うような。しかし、とりあえずイベントでもない限り着ないであろう、ある種コスプレのような格好をしている二人がいた。


 織姫彦星と言ったのは、イメージ図として上げられる織姫彦星の格好が、その二人の服によく似ていたからだ。

 男は、小さな黒い帽子みたいなものを頭にちょこんと乗せて、着物のような服を着てズボンを履いている。

 女は、頭の上にリボンこそついていないが、髪が長いようで、それを肩から前に流している。

 もちろん、女も着物のような服だ。

 びらびらとした裾は地面にくっついていて、歩いたらきっと床の汚れを拭き取る形になるだろう。

 女の方が豪華な衣装に見えるのは、織姫の格好だからだろうか。男子より女子の格好の方が小物や飾りが多いのは、当然かもしれない。

 何枚も重ね着をしていて、細かい柄や大きな花が刺繍されているように見えた。


 イベントの服にしては華美で、ずいぶんお金がかかってそうなどと守銭奴的なことを思ったりする。とは言え、男の方は単色でそこまで派手ではない。織姫彦星という対の装いならば、彦星ももう少し派手にすればよいと思うのだが。

 ただ、男は少し年がいっているように思えた。あごひげが白い。

 目の前と言っても、顔のシワまで見えるほどの近さではないので、正確な年はわからなかったが、女の方は男よりも年若く見えた。

 女は理音より年上だろうが、やけに美貌が目立つ。少し性格がきつそうに思えたのは、理音を見る目がやけに鋭く、訝しげな表情を向けていたからだろう。

 彦星は動揺するように織姫へ目線をずらした。織姫の方が理音の近くにいたのだが、彦星が後ろから織姫を見ても気づかないだろうに。けれど、彦星はおろおろと織姫と理音を交互に見るだけだ。

 そうして何か言った。言ったと思ったけれど、それが何だったのかわからなかった。

 理音にはただの音の羅列で、理解はできなかった。


 ゆっくりとまぶたをしばたかせて、理音はむくりと起き上がった。

 ぼうっとした頭で辺りを眺めて、どこか円錐状の部屋にいるのだと気づいた。

 天文台の中だろうか。

 それならば、納得のコスプレだ。

 広場で倒れて、誰かが理音を天文台まで連れてきてくれたのだろう。

 ただ、自分がいる後ろには、天井へ枝を突き刺すように大木が植わっていた。

 天井へ突き抜けているのかと思ったが、天井手前で枝がはり、まるで天井がひび割れているかのように見せた。

 その隙間に、小さな光るものがいくつも点在している。どこか星を模しているようにも見えたが、見た感じでは星の並びにはなっていなかった。

 天文台の中なのにな。と思いつつ、自分が寝転がっていたところがその大木の幹で、ベッドですらなかったことに驚かされた。

 保健室なんてないとしても、ベンチとかなかったのだろうか。

 いや、職員の休憩所にベッドくらいなかろうか。

 関係者以外立ち入り禁止か、何とも切ないところに寝かされたものだ。

 地面は土ではなかったが、芝のような草が生えている。理音の重みで草がしなだれていたが、それは理音のせいではあるまい。


「すみません。私、気を失っちゃったみたいで」

 とりあえず謝ってみる。

 どうしてとりあえずなのかは、織姫彦星がいつまでも困惑と蔑視の半々のような顔をして、理音を見ていたからだ。

 どれだけいびきとかかいてたとか、寝相の悪さが半端ではなかったとか、心配になる。

 それで、立ち上がってもう一度謝った。少々頭痛とめまいがあったが、それは何とか我慢する。

 そうしてしっかり立って織姫を見て、おや?と思った。


 喉仏がある?

 その辺の美人顔負けの眉目秀麗を持つ織姫は、どうやら男のもよう。


 女の職員いないのかしら。いや似合ってるからいいのか。つか許す。

 などと失礼なことを思って、草が付いているであろう自分のお尻をはたいた。制服のスカートに草の色は染みていないなと安心する。


「すみません。じゃあ、私はこれで」

 織姫彦星は、倒れていた理音に対して特に声をかけることもしない。

 せめて、大丈夫?くらいは言うであろうに、普通言ってくれるだろうに。それもないため、さっさと退散することにした。

 二人はいつまでも変な顔のままなので、あまり長くいたくもなかった。

 めまいでつまづきそうになったが、理音は何とか前に進む。大木の土台から下へ数段階段があって、そこをよたよたとおりると、どっちかが何かを言った。


 呪文のような何かだ。


 それで理音は振り向いた。振り向いた先の織姫が、また呪文を唱えた。

 織姫は男の声だ。間違いなく男だ。

 その顔でその姿でその声か。ちょっと何だかがっかり。

 と再度失礼なことを思う。

 化粧もしてないのに麗しい顔をされているので、どうにも勿体無さを感じる。

 いえ、男性でももちろん素敵なのでしょう。髪が長いのが気になるのだが。付け毛だろうか。


「何ですか?」

 問うと今度は織姫はだんまりだった。

 何か言ったのは何だったのだろう。首を傾げて踵を返そうとした。けれど再び呪文が唱えられる。


 もう胡散臭い。


 大体、織姫彦星の格好って一体何なのだろう。

 もちろん、天文台のイベントでもあればそんな格好をすることもあるだろうが、七月のイベント七夕はすっかり終了している。と言うよりもう季節外れだ。今はもう九月なのだから。

 九月だろうが、コスプレで客を迎える主義なのだろうか。

 いや、しかし、キャンプ場へ向かう前に会った職員の方は、コスプレなぞはしていなかった。反射望遠鏡を見せてもらいながら話を聞いていた時、職員の皆さんが制服だったり、作業着だったりしたわけなのだから。

 だとしたら、この人たちは何なのだろう。

 これからイベントがあるのだろうか。天体ショーの前に、劇でもスライドショーでもやって、その格好で説明でもしてくれるのだろうか。


 そうしてふと思った。

 自分は夕方過ぎ、空を仰いでいたのに、何故ここは明るいのだろうかと。

 電気がついているわけではない。枝が伸びた天井は濁ったガラスなのか、空は見えなかったけれども、光がさしているために明るい。その光が部屋を明るくさせていて、電気をつける必要がない。


 つまり、外はもう明るいのだ。

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