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173 ーバラク族ー

 ふと、ギョウエンが一点を見つめた。理音もその視線を追うと、ジャカがいる。

 リンネもジャカも冬籠りの買い物に行くと言っていたので、何かを買っているのだろう。既に荷物があるか、背中に背負っていた。


 自分の冬籠の買い物を済ませれば、ジャカは妹に買った物を渡しに行く。

 商人たちが広場を使って交易品を広げる話を聞いた時に、リンネが言った。

 この日のために商人たちは良い品を揃えておく。幾らか単価を上げても購入する人間が多いからだ。平民には購入が難しい品でも、城で働いている者には購入できる値段になっている。


 そのため冬を過ごすための服や靴、暖房用の布団や絨毯なども、普段よりおしゃれで珍しい物が出回る。

 平民にとって冬籠でも、貴族にとっては良い品を手に入れられる日でもあるのだ。

 多くの城で働く貴族以外の者は、家族のために一年で一度だけ良い品を手に入れる。それをその日の内に渡しに行くのが常だと言う。


 今日はそんなこともあって仕事は休みで、ジャカは妹のために贈り物を買いに行くと言っていたそうだ。リンネはジャカが犯人でないと思っているが、疑いが晴れるならばとジャカの行動を教えてくれた。


「ジャカさんは、これからリ・シンカの屋敷に行くのかな」

「そうかもしれません、が…」


 ギョウエンが見ている方向がジャカはなく、別の方向だったので、理音は再び視線を追う。視線の先は毛皮部族、もといバラク族で男が四人ほどいた。

「何か気になりますか?」

「毛皮ではない者も多いようですね」

「え?」


 いつでも毛皮を被っているのに、それを着ていない者たちがいるらしい。それくらい気になることでもないと思うのだが、ギョウエンは訝しがるように周囲に視線を泳がせた。

 ギョウエンは身長が高いので、特に周囲が見やすいのだろう。見渡しながら目を眇める。


「何かある感じですか?」

「…そうですね。警戒はさせた方が良さそうです」

 言ってギョウエンは、壁際に待機している警備の方向を向いた。城の広場なので警備は多い。理音にここにいるように言って、近くの警備に話しかけに行く。


 周囲はごった返しているし、テントのように屋根を作って天井から服などを吊り下げている店も多いので、警備から全体は見えないだろう。しかし、城への道は閉ざされた広場だ。バラク族が何かするにしても広場だけの騒ぎになるので、ちょっとした騒ぎにしかならないと思うのだが、ギョウエンは気になったようだ。


 理音は大人しく周囲の店を見遣った。遠目にいたジャカが何かを購入して店を離れていく。そのジャカにバラク族が声を掛けたのが見えた。ジャカは頷き、その男たちについていく。

「何か、あったのかな…」


 遠目なので、ジャカがどんな顔をしているかは見えない。しかし、ジャカはバラク族の男に囲まれて歩んでいるようだった。無理に連れて行かれているのではないだろうか。

 リ・シンカとセオビは繋がっているのだし、これからジャカはリ・シンカの屋敷に行くはずなのだから、ここでバラク族に連れられることはない気もするのだが。


 ギョウエンにここにいろと言われたが、既に足は動いていた。

 ジャカと男二人は広場から出ていく。門は開いているので許可もなく出入りできるようだ。人混みの中、彼らはどんどん進む。見失わないように広場を出ると、広場から、わっ、と騒がしい声が聞こえた。


 どこからか豚や鳥が現れて、走り回る。家畜を売っている店でもあったのか、鶏がこちらに走ってきた。

 警備の兵士が集まってくる。豚は大きいものがいるようで、集まった人たちの悲鳴が聞こえた。


 偶然か。騒ぎにしたかったのか。家畜は混雑した人混みの中を走り回った。パニックになった客たちが騒然とし始める。


「ジャカさん?」

 門から出て行ったジャカたちはどこへ行った?

 今ので見失ったと、理音は外に駆け出した。


 騒ぎにしてジャカを連れて行きたかったのか?そんな必要があるか?

「ジャカさん!」


 家畜のせいで人が逃げ回る。警備の兵士たちが走り回り、周囲の騒動に奔走していた。

 ジャカの姿は見えない。騒動に乗じて姿を消してしまった。


 リ・シンカに関わりながら、バラク族に連れられることなどあるのか?


 ジャカには聞かなければならないことがあった。あの毒を、どうやって知り得たのか。

 ウルバスを殺したのがジャカだとしたら、それをリ・シンカやセオビに気付かれていないのか。

 もし気付かれたら、その毒を得ようとするのは、レイシュンだけではなくなるだろう。

 それとも、リ・シンカもセオビも、もう毒を手に入れているのか。毒の使い方を知っているのか。そうなると、今度はレイシュンが危険にさらされる。


 気づくのが遅いよ。レイシュンがあの木を処分しようとしないから、レイシュンが狙われることを考えなかった。


「ジャカさん!」


 呼びながら走る理音の背から、何かが被せられるのに気づいた時、目の前が暗転した。





 頭が痛い。


 頭痛なんてほとんど起きないし、あっても風邪を引いて高熱が出た時くらい。それなのにこちらに来てからよく頭痛に悩まされる気がする。


 最近ぽんぽん殴られ過ぎなんだよね。ただでさえバカな頭が、更にバカになる。

 これはやり返さないと、やってられない。


「いった……」

 ぼやけた視界と後頭部の鈍痛に、理音は目を眇めた。


 ジャカを探していたら、何かが頭から被された。視界がなくなったついでに、後頭部を豪打していってくれたようだ。

 ズキズキ痛む刺激を我慢して片目だけでも開くと、天井がかすかに見えた。


「大丈夫ですか?」

 聞き覚えのある声が耳に届いて、理音は安堵しながらも横に寝転がる。頭が痛過ぎて、天井を見ているとめまいがする。上を見ていられない。横になると少しだけ痛みが和らいだ。


 声の主か、そっと後頭部に冷えた物を当てがってくれる。冷んやりした感触が気持ちよかったが、触れられると疼くように痛んだ。

「いてっ」

「頭を殴られたんです。冷やした方がいい」


 人の頭をボールのように、再びである。壊れたらどうしてくれるのか。

 めまいが落ち着いてきて、理音はもう一度ゆっくりと瞼を上げた。目の前には朱鷺色の美しい着物が見える。綺麗なピンクだ。ピンクって男でも女でも似合う人は似合うよね。


 声の主、ジャカならば薄いピンクもさぞかし似合うだろう。しかし、今の所この世界で、男性で薄いピンクを着ているのは見たことがない。赤やオレンジはあったけれど、ピンクは基本女性の纏う色だ。

 だから違和感もあり、しかし、納得するところもあった。


 微かだった視界が鮮明になって、理音はやっと視線を声の主ジャカに向けた。

 栗色の髪は後ろに結ばれていたはずだが、今は腰のあたりまで伸びている。大きな瞳の長いまつ毛はそのままだが、瞼に淡いピンクのシャドウがあり、キメの細かい肌には頬紅が引かれ、唇には濃い赤の紅が引かれていた。


 やっぱりな。と言う感想は、口から漏れていたかもしれない。

 ジャカは一度瞼を下ろして、悲しげに微笑んだ。


 髪はカツラで、リ・シンカと共にウルバスに会っていた女性は、女装したジャカだった。すっぴんでも美人なのだから、化粧をして女性の服を着れば楽々女性に変身である。

 若そうな幼いような顔が化粧で世紀の美女だ。ウルバスでなくてもメロメロになると思う。


 綺麗過ぎて、こんな状況でなければまじまじ見たくなるレベルだったが、そんな話をしている余裕はなさそうだ。

「ここは、どこですかね?」

「バラク族の村。族長であるセオビの館です」

 セオビに会うのに女装となると、あまり詳しく聞きたくない話である。

 リンネから情報を得ていたことを思い出して、理音は頭痛ひどさにぎゅっと目をつぶった。

 リンネの情報は、想像しなくても分かるような話だった。


 たまにジャカがいなくなると、甘い匂いをさせて戻ってくると言う。

 休みになると妹に会いに行くので、泊まった先で匂いがつくのだろうと、リンネは意味も考えずに言った。 

 なぜそれが甘い匂いがつく理由になるのかと思ったが、リンネはいい家にいれば女性の部屋はいい匂いがすると思っているらしい。その基準がリンネの妹だったことに、何とも言えない顔をしてしまった。


 それって香を焚くような状況ってことでしょ?

 ジャカが妹に会いに行って香臭かったら、別の女と会ってることになると思うのだが。リンネの常識が自分よりずれていることはわかった。奉公に出ているジャカの妹が香を焚くような状況であれば、ジャカが一緒にいるわけはないだろうと突っ込みたい。


 そうして、今目の前にいるジャカを見て、理由がわかった。部屋には甘い匂いが立ち込めており、その匂いがなおさらめまいを誘う。

 セオビがまとっていた香りだ。


「くそあまい…」

「え?」

「いえ、何でもないです。状況を確認させてもらっていいですか」


 理音はゆっくりと起き上がると、今自分が置かれている状況を確認した。

 とりあえず服は今までの男物の服を着ている。脱がされた形跡はない。男色と言っていたので、脱がされたら興味も失うだろうが、まあそれはおいておこう。

 眠っていた場所は天蓋のあるベッドで、やけに広い。キングサイズのダブルベッドだ。余裕で四人は眠れる。

 そんなところで起きたくないわ。寒気しかしないと、理音は痛む頭を押さえてジャカを見遣った。


 目の前にいる美女には聞きたいことがある。しかし、そんなことを言っている暇があるだろうか。大体、今何時だ。あれからどれくらい経っているのだろうか。

 部屋はベッドで三分の一は使っている。あとはテーブルと椅子、チェストくらいで、ソファーもない。ただの寝室だ。窓はあるが閉まっていて、外は見えない。


「逃げられるような状況ですかね」

「部屋の外には出られますが、この館から出られるかはわかりません」

 ジャカは落ち着いた様子で、申し訳なさそうに瞼を頰に下ろした。


「王都から来た薬師を、セオビは手に入れようと思っていたようです」

「王都から来た薬師…?」

 それはもちろん自分だろうが、理由がわからない。

「王都の伝手を欲しがったようです。王都への道を介する者と繋がっていたようですが、それも何者だったか分からなくなったみたいで」

「どう言うことですか?」

「協力をしていた相手が殺されたそうです。リ・シンカと言う貴族も手を貸していたようですが、最近連絡が断たれたとか」


 そのせいで、セオビとリ・シンカが仲違いをしているらしい。そのためジャカは、リ・シンカからセオビのところへ行くなと注意があったようだ。

 しかし、その話を聞くと、その協力していた相手とは、もしかしなくても自分を襲った者たちのことではないだろうか。連絡を経ったと言うのならば、大元の犯人とは繋がっていないようだが。


「けど、それで王都からの薬師ってだけで誘拐してくるなんて」

 それに意味があったのだろうか。理音が眉を傾げると、ジャカは具合の悪そうな顔をして、ぽそりと呟いた。

「セオビは男色なので」

 自分は女なんだが。そう言いそうになるのを飲み込む。


 ギョウエンから気を付けろと言われたのは、これだったのだろうか。しかし、ジャカと自分を比べて、同じカテゴリーで扱われるとは思わなかったのだが。

 一度会っただけで好みもないだろう。しかし、レイシュンは理音をわざとセオビに会わせたのだから、人質に使いやすいと思わせたかったのかもしれない。

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