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161 ー捜査ー

「ごちゃごちゃしてきたなあ」


 ベッドに飛び込んで、理音はもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。日が沈むと本当に寒い。このまま雪が降ってこの街から当分出られなくなるのはごめんである。

 こんなところで殺人事件の捜査をしている余裕はないのに。


「毒はわかったよ。毒はね」

 十中八九、あの植物を使って殺したのだろう。

 そうなると、そのエンシ以外にあの植物が猛毒であることを知っている者がいるわけだ。しかも、使い方もよく理解している。


 エンシを殺した者は今回ウルバスを殺した者と同じなのだろうか。そんな疑問も出てきてしまった。エンシを邪魔と思った者がいたのだろうか。

 両手がないけれど植物を植えていた医師。植えたと言っても、本人はできないのだから、手伝っていた者がいたのだろうが。


「その人が知ってたのかなあ」

 それがどうしてエンシを殺し、ウルバスを殺すのだろう。

「うーん、わからん。わかるわけない」


 とりあえず、レイシュンはあの植物が悪用されないように、見張りをつけることにした。他にも毒なんて色々植わっていたわけだが、そこは放置である。

 また同じ犠牲者を出さないためにも、あの植物だけを見張っている。また犯人が毒を取りに来る可能性を含め、隠れて見張ることにしたのだ。


 この時期に使用された毒の元は取れないが、あの植物自体が猛毒である。別の殺し方もできるのだから、そこは同意した。あの植物は植えられたら最後、悪用しかできない。


 毒を使った者は、あの植物の毒性をよくわかっている。飲食物に混ぜて殺すのでは死に方が変わった。吐き気を伴わず心臓を止める使い方を、犯人はよく知っているのだ。

 知識のない者であれば突然死と決め付けてもおかしくない。それを狙ったのだろう。


 だが、その殺し方をするには、それなりに近付いて行わねばならない。犯人は一体どうやってウルバスの側に寄ったのか。いや、側に寄るよりも、その辺を歩いているのを見計らって殺した方が楽だろう。屋敷に侵入し殺す方がリスクが伴う。屋敷に入り込めば見つかる可能性も高いのに。


「屋敷で殺す必要でもあったのかな」

 そんなことを考えてもわかるわけがない。ウルバスの交友関係を調べてもらうしかなかった。

 医師エンシの殺しから調べた方が犯人がわかるだろうか。おそらく毒は同じもののはずだ。


「うぎー。もう私の頭じゃ無理」


 理音は悶えてベッドの上をゴロゴロ転がった。転がって足をぶつけて痛みに悶えたけれど。

「相関図が必要だよ。私に紙とペンを!」

 スマフォも何もなくなってしまった自分にメモれるものはない。ふぎいぃっと意味もなく枕に雄叫びを上げて、ない頭をフル回転させる。


 理音を狙う者が人を使い理音を殺そうとする。まずはここだ。理音たちを襲った賊を殺した者なのか、レイシュンの城で仕える者たちを騙し、理音の居場所を探してまで殺そうとした。

 この城に来て何度刺客が現れただろう。一度目は勘違いで女性に殺されそうになり、二度目はレイシュンに巻き込まれた。そして三度目は部屋を変えてもらったお陰で事なきを得た。


「関係ないのに多いな」

 そして今回ウルバスは皇帝の妃がレイシュンの側にいるのだと、噂を流した。

「流してどうなるの?皇帝の怒りを買うってこと?」

 毒のことで頭がいっぱいでそこを忘れていたけれど、噂をばらまいて何になると言うのだろう。


「レイシュンさんの立場を悪くしたいのかなあ。皇帝の妃が逃げ込んだってことは、」

 レイシュンと妃が通じていたことになる。つまり密通していたとなれば、事実だとした場合大問題になる。けれどレイシュンは理音がそんな人間などと露ほどにも思っていない。


「あ、でも持ち物が侍女レベルじゃないって言ってたから、皇帝の妃って噂されたらレイシュンさんも考える?」

 言いながら、頭を振る。皇帝の妃がこんなに礼節をわきまえなかったらまずかろう。どう見ても平民の所作しかできないのに、レイシュンが理音を妃と考えるわけがなかった。

 しかし、噂を流されればレイシュンも考えるかもしれない。これが周囲に信じられたらとても不名誉だ。


「口伝ての曖昧な話だけで罰せられたことがあるって、前にヘキ卿も言ってたし、妙な噂が流れてもレイシュンさんを陥れられる?そしたら意味はあるのかも」

 それは理音にとってもマイナスだ。レイシュンの名誉を考えれば、周囲は理音をさっさと捨てろと言うだろう。犯人の思惑通り理音が城から出ることになれば、あながち噂をばら撒いたことに意味はある。


「それでウルバスはお役御免で、余計なことを話される前に殺された。あれ、意外にあり得る?でも、それで毒殺?毒を城から得たってことは城に入られる人になるから、城の状況をよく知っている人にならない?」


 理音はぶつぶつ言いながら頭の中をまとめる。どうにも口に出てしまうのは紙とペンがないからだ。口に出さないと考える先で忘れてしまう頭が憎い。

 噂をばら撒き終えたウルバス。もう用済みだと、城に内通している人間にウルバスを殺させる。エンシが暗殺された時と同じ毒を使って。それを行ったのは、庭にある毒を使える者。つまり庭の植物をよく理解している者の仕業。


 レイシュンはリンネを疑ったりするだろうか?


「ウルバスってリンネさんと何か話してたし。まさかねえ」

 ちょっと話をしていたからと言って、簡単に犯人にするのも失礼だ。毒は手に入るので何とも言い難いが。

 例えリンネが犯人だとしても、フォーエンにつながるもっと強大な敵がいるはずである。


「ふぎぎぎっ!」

 足をばたつかせようにも右足は動かない。左足だけバタバタして、考えるのをやめた。レイシュンには次なるお願いを聞いてもらうしかない。この事件は他人事ではないのだ。噂で城を追い出される前に犯人を見付けなければならない。


 自分のために動いて何が悪い。こちとら巻き込まれ人生真っ只中である。何と言われようと、帰るまでの自分の命の確保は最重要事項だ。





「ここ、ここに、土の栄養植える、です」


 片言のように言葉を発した男は、理音の顔を見ることなく、地面を指差した。小石の多い、けれど耕された地面だ。


 城の庭の中でも一番端に位置する、薄暗い場所の一角で、理音は座り込んで説明するリンネを立ったまま見つめた。理音の視線に怯えるように、地面を見たきりだ。

 こんな子供相手に、なぜそこまでびくびくとしているのか。聞きはしないが、リンネがこちらを見ないことをいいことに、理音はリンネをじっくり見やる。


 浅黒い肌、潤いのない髪。身なりに興味がないのか、身なりを整える金がないのか。城の庭を一身に任されていながら、給料がそこまで低いわけがないと思う。売られた妹のためにお金を貯めているのだろうか。服装も寒くないのか、浅い茶色の着物を来ているだけで、足元は何と裸足で草履だ。足の爪には土が挟まって黒くなっている。


 ここ最近めっきり冷えてきた。冬が近付いているのではなく、もうほぼ冬になったと思っている。理音の体感から考えるに、十二月の中旬くらいの気温ではないだろうかと思われる。都内でもコートを着ている時期だ。

 風が吹くたび身震いする。かろうじて助かったと思うのは、綿の入ったブーツを履かせてもらっているところだ。地面は冷え切って底冷えする。足元が暖かいだけで、格段と体温が変わる。


 理音はレイシュンに次のお願いをして、リンネの元に行くことにした。困惑顔を隠しもしなかったレイシュンだが、理音が手っ取り早く犯人を見つけるために提案したことを、ため息混じりで受け入れてくれた。


 植物に詳しいリンネと始終一緒にいることにしたのだ。別に尻尾を掴もうと思ったわけではない。リンネの植物の知識も知りたかったし、それを誰に伝えているか確認したかっただけだ。それはレイシュンが尋ねれば簡単にわかることだろうが、犯人である誰かに悟られたくない。だから、理音は提案した。

 自らリンネに近付く、と。


 無論、理音に付く兵士はいる。必ず二人は理音に付いて、跡を追ってきた。一応命を狙われた身であるし、信用度も低いので、その二人は必ず付いてくるのだ。

 それを気にするつもりはない。彼らは話し掛けてこず、一定の距離をあけており、理音も話し掛けるようなことはしなかった。

 ただ外は寒いので、悪いなあ。と思うだけだ。思うだけだが。


 リンネが理音のいる棟からそう遠くない庭園にいると聞き、理音は服を着替えて行くことにした。

 長い上着は綿の入った物で、外で着るにはいいが畑仕事は向かない。しかし着ている着物は男物で、理音にとって着慣れたものだった。ひらひらの着物を着るよりずっと暖かいし、動きやすい。怪我が治っていないので力仕事はできないが、男物の着物の方が手伝いができる。


 レイシュンにお願いした中でもっとも困惑した顔をされたが、そこは全く気にしない。この寒いのに足元をひらひらさせた女物なんて着たくないし、草が生えている土の上を歩くのにきれいな服を汚すのは気が引ける。男物なら暖かいし、裾を枝にでも引っ掛ける心配をしなくていいので、男物の方が余程使い勝手がいいのだ。


 リンネは既に手を入れている土に、白い粉を混ぜた。無言だがどこか動きにぎこちなさを感じた。殺人事件の捜査に来ていると気付かれているわけではないだろう。コミュニケーションの不得意さがもたらしているように思える。


「その白い粉は何ですか?」

「か、いがらを、粉にしました」

 有機灰石を入れて土を寝かせるようだ。土は耕されて既に柔らかい。肥料も混ぜているのだろう、他の地面と違って色が明るかった。


「この辺りに貝が採れる場所があるんですか?」

「近くの川、から。取りに行って、乾かしたもの、です」

 理音が溺れた川だろうか。肥料にできるほど採れるのかは謎だが、それが土にいいことを知っている。


「あと、山で採れる、石も使います」

「石、ですか?」

 炭酸カルシウムが採れる場所があると言うことだろうか。しかし、その知識をどこで得たのだろう。おそらく石のある場所が昔は海で、サンゴなどが蓄積された箇所があるのだろうが、それが土にいいと言う知識はこちらでは常識なのだろうか。


「その知識って、こっちじゃ普通ですか?王都とかでも?」

「え、わかりません。山では、そう使うので」

「山?」

「故郷の、山、です。ここから見える、あの、山。石も、そこで採れます」

 指差したのは国境があると言う山だ。


「じゃあ、植物の育て方もそこで?」

「村の、灌木を売りに行くところで、教えてもらいました。隣国の、村」

「隣国…」

 隣国と言っても、かなり山が連なっている先にあると聞いている。隣の国に行くまでには苦労がいる。商人の出入りはあるが、それだけのはずだ。理音が首を傾げると、リンネは遠慮がちに口にした。


「山の中だと、隣も関係なくて、村と村で助け合ってる。下に降りるのは大変だから、村の中で助け合う。けど、天気の悪い日が続いて、村が流されたので、山を降りた。それからは、自分で考えてるん、です」


 災害が起きて村に被害が出た。そのため城の近くに降りてきて、新しい生活を始めたそうだ。しかし、山の恵みのない土地は実りも少なく、食事にも苦労した。その辺りなのだろう、妹が売られたのは。そしてリンネは妹がいる近くで働くために、城の庭師になったのだと言う。


「他の国では植物の知識が高いんですね。王都でもそんな知識あるのかな」

「もっと、暖かいところに行くと、植物が沢山あるって聞き、ます。隣村もずっと遠くから種をもらってました。もっともっと遠いところから、もらえるんだって、言ってました。ここは土が悪いから、育ちにくい。けど、遠い村は、もっと沢山の植物が咲く、とか。山は、硬くて穴が多いから、色々なものが育ちにくい」

「穴?」

「山には、穴が沢山、あるんです。落ちて死ぬことも、ある。隣村が流れたのもの、そのせいで」


 温泉が沸く山だ。温泉が溜まる場所があるのかは知らないが、温水が流れる。水が地下を流れているのならば、水が炭酸カルシウムを溶かし、鍾乳洞を作っているかもしれない。炭酸カルシウムが出るような山ならば、そもそも地盤が柔らかい可能性がある。

 城が隆起した場所にあることを鑑みれば、断層が走っているだろうし、地震も多いのかもしれない。地震でゆるい地盤に雨が降れば崖崩れくらい起きる。雪崩のように土砂が流れて、村が流されたのだ。


「山で温泉って出るんですか?」

「出るとこも、ありました。でも土地が死んでいるから、近くに住まない。温泉出るところは、バラク族の村が近いから、そっちには寄らないようにしてる」


 バラク族とは、レイシュンが警戒していた一族だ。武道大会で優勝した部族長を持つ、浅黒い肌を持った一族たち。国境を跨いで住んでいるのだから、確かにあの山に住んでいるのだろう。

 彼らは狩猟民族で山の中も走る。縄張り意識も強く、気性も荒いらしい。触らぬ神に祟りなし。リンネの村は温泉に近付くことはなかった。そう、温泉があったのに近付かなかったのだ。勿体無いなあ、と思いつつ、そこで攻撃されてはたまったものではないので、近寄らないに越したことはないと思い直した。


「隣国に跨いで住んでるんですよね、バラク族」

「そうです。昔、玉が採れるからと移住してきた」

「玉?宝石ですか」

「はい。その石も、きっと山で採れたものです」


 指差されて納得する。示されたのは、レイシュンが町で買ってくれた紅茶色の石だ。光を入れるとオレンジに見えるが、暗い場所で見ると紅茶色になる。この石は鉱石ではないのだが、石に見えるのだから玉と呼ぶのだろう。


 これはアンバーだ。樹液が固まって化石化した有機物である。紅茶色やグリーン、イエローのアンバーは大きさの割にとても軽い。よく採れるのか、市井で売っているのでそこまで高価ではない。だが、それなりに金になるのだろう。

 温泉もあって宝石が採れるなら、バラク族が異民族として考えるに、それだけでもレイシュンにとっては問題の種かもしれない。


「暖かいところから流れてきたから、肌が黒い」

「ってことは、植物に詳しいんですか?」

「そうかも、しれないです」


 穴があった。リンネ以外にも植物に詳しい者がいる。穴も穴だ。大穴だろうが、レイシュンはそれを知らないのだろうか。レイシュンはバラク族を調べているはずなのに。

 いや、と頭の中でかぶりを振る。それはとりあえず置いておく。気になることは山なりだ。


「リンネさん、この城の庭師なら、どの植物が何の効力があるのか知ってるんですよね」

「知って、ま、す」

 理音の問いに、ふいにリンネは顔色をわかりやすく青くした。いかにも何かしたと言う顔をする。


 それって、どちらだろう。

 毒を使ったのか、毒があることを放置していることか。


「実は喉に痛みがあって、喉に効く植物ってありますか?」

 あからさまにリンネは安堵した顔を向けた。もちろんありますと言って。


 植物そのものを食して効果を得るものはリンネも渡すことが可能なのだろう。簡単な調合はできるが、複雑な調合はできないのだと、リンネは言う。それは医師の役割だが、この城にいる医師もある程度の知識しかない。複雑な調合はできないのだ。その方法はエンシで止まっている。


 だが、誰かは必ずその知識を得ているはずだった。


「喉の薬、ジャカ持ってます」

 リンネは安心したのか、いそいそと理音に来るように促した。


 ジャカかー。とは言えない。さすがにジャカは理音を覚えているだろう。レイシュンからお嫁さん紹介をされたわけなのだし、そこは全否定するしかないと心に決める。


 どちらにしても、ジャカからも話を聞きたかったのだ。あの植物に近付く者がいなかったか、さり気なく聞きたい。

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