99 ーメッセンジャー
「失礼します。文お持ちしました」
メッセンジャーの仕事は至って簡単。部署ごとにわけられた建物へ行き、文を渡す。
この仕事はどうやら成人前の子供のやる仕事らしく、年齢も偽ることになった。主に十二才から十五才ほどの年の子となる。
それ位の年の子供たちが行なっている仕事であればそこまで気にしなくてもいいかと思いきや、それが違った。
「リオン、部屋に入る時にあんないきなり入っちゃまずいよ。声をかけてからあちらから声をいただくまで、待たなきゃ」
「さっきこいつ、少尉に直接文渡してたぜ」
「え、ダメなの!?」
同じメッセンジャーボーイにダメ出しを受ける日々である。
扉をノックして勝手に入ってお届け物ですと言えば、はいはい言われながら印をもらえるわけではない。この国の上下関係ははっきりしており、下位の身分の者が不手際を起こせば、鞭打ちの刑などがあるらしい。
大尉のところで働いていた時も、文を渡しに行く時は口を酸っぱくして振る舞いについて言われたのだから、宮廷では尚更なのだろう。
ダメダメづくしのメッセンジャーは、宮廷の方がレベルが高い。
次から気をつけようと、子供たちの助言をしっかり聞く。
十五才の大人びたセイリンと、十三才の小生意気なハルイに指導を受けながら、理音は次の荷物を渡すべく、宅配ボックスを管理している大人から、文をお盆に乗せてもらった。
大尉に頼まれて渡しに行っていたのは、厚手の和紙のようなものだったのだが、こちらは違うらしい。薄い板に文字を書いており、文と言うよりは札である。それを糸で繋げたものであったり、ただの札であったりと種類はあるにせよ、どれも板には変わりなかった。
それを子供たちがせこせこと運んでいる。もちろん人数は三人などではなく、大勢の子供たちがテキパキと動いている。
子供たちはグループに分けられて、共同で作業を行なった。グループは三人一組で、一人抜けたこのグループに理音は割り当てられたのだ。
セイリンは十五才にしては落ち着いた男の子で、物腰の柔らかいお坊ちゃんタイプである。
漆黒の髪は綺麗にまとめられて、頭の上でお団子になっていたが、短い毛が耳元にたれていた。整った顔をしており、聡明さを感じるが、その髪で若干幼く見えた。
聞けばどこぞの偉い人のお子様らしく、成人前の勉強としてメッセンジャーをやっており、さほど身分のない大人たちからよく頭を下げられているのを見る。本人はその感じを見せず、理音に仕事を教えてくれる。
ハルイは口の悪い十三才で、理音よりも幾分身長が低い。弟のようにも思えるが、何せ口が悪いので、時折頭をげんこつしたくなる。何と言っても、減らず口が後を絶たない。
髪型はセイリンと同じように頭にお団子を作っていたが、こげ茶色をしていて、日に焼けたような肌をしており、海辺に住んでいるようだと思った。サーフィンとか親がしていそうである。
それでも、ハルイもいいとこのお坊ちゃんだとか。セイリンほどではないらしいが、それでもハルイに頭を下げてくる大人を何度か見かけた。
基本メッセンジャーの皆さんはお坊ちゃんらしいのだが、そこにはヒエラルキーがあるのだ。
つまり、親の身分によって、子供への対応が変わる。
そのヒエラルキーの中、後ろ盾のない理音だが、とある方に紹介されて入り込んでいるため、そのヒエラルキーの下層に振り分けられるはずの理音は、かろうじてそのピラミッドには入っていない。
むしろ何で後ろ盾がないくせに紹介をもらえるのかと、他の子供たちに疑問に思われている。しかし紹介の相手が相手のため、子供たちは理音を邪険に扱うこともできないのだ。
誰の紹介になっているかと言うと、まさかのハク大輔である。
まだしっかりとハク大輔が誰だかわかっていないのだが、その紹介をいただいていることになっているらしい。
次代皇帝として言われていたハク大輔はどうやらかなりの人格者で、子供たちには概ね好感を持たれている。そのハク大輔の紹介を受けている理音は、自然と目立つ存在になってしまっていた。
腫れ物扱いとは言わないが、どこか遠巻きにされるくらいには特別なのである。
おかげで何も聞かれないので、助かっているのだが。
バレてあのレイセン宮に閉じ込められることだけは、避けなければならない。
フォーエンは、理音が自分の地区から出るための条件を出してきた。
一、女とバレないこと。
一、外に出たらフォーエンのことをフォーエンと呼ばないこと。また例え会えても気安くしないこと。
一、下位の従者として働くため、どんな相手でも喧嘩を売らないこと。
一、夕暮れには仕事を終えて、必ずレイセン宮に戻ってくること。
その他色々、理音が後宮に住まう人間だと悟られないように。また、ただの下働きで問題を起こさないことを重々承知することを条件として、それは許された。
大人しく目立たず働けと、何度もしつこく言われたことは割愛しよう。
ともかく、理音はレイセン宮から出ることを許してもらえたのである。
しかし、ハルイはやはり気になるのだと、紹介の理由を聞いてきた。そこにはセイリンもいたのだが、理音の答えに、こいつは馬鹿だな。と断定された。
なぜならほとんどの質問にわからない。を返したからである。
ハク大輔の紹介をどうやって受けたか。
わかんない。
どうやって受けるに至ったか。
わかんない。
メッセンジャーの子供たちは、同じ寮に住み食堂で食事を取り仕事に来るのだが、そこで理音が別の場所で住まうことを許されたことも怪しまれていた。
それについてもわかんない。を連発したので、馬鹿だろとしか思われない状況へと陥ったのだ。
更に常識的なことがわからないものだから、ハルイは理音の馬鹿さ加減に呆れていた。セイリンは優しく教えてくれるのだが、内心怪しんでいるかもしれない。
ともかく、実際全てがフォーエンの手によるものだとは言えない。ボロを出さないように慎重に行いたいところだが、至らぬ点だらけで間違ってばかりであった。
「ほら、リオン、ここ行ってこいよ。間違って偉い人に渡すなよ」
「はーい。行ってきまーす」
「僕も行くよ。荷物多いから」
持っていたのはノートサイズの木箱二つと、布に巻かれた木札の計三つである。
木箱を持ち上げて、盆に乗った布をその上に置いて運ぼうとしたら、セイリンが声をかけてくれた。
ハルイは甘やかすなと言ってきたが、セイリンは二つの荷物を取ってくれる。
「大荷物の場合落とすと危ないし、人にぶつかってもまずいから」
「そっか。気をつける。ありがとう」
荷物はさほど重い物ではないので、気にせず運びたくなるのだが、やはりそこは宮廷で、お偉い方がいるわけである。
そんなのにぶつかって荷物を落とせば、やはりよろしくないのだ。
偉そうにして、よく吠えるアホは多い。そういう相手に対して、理音は喧嘩を売り易い。
一度売りそうになって、セイリンに助けてもらったことがあるため、セイリンは気にしているのである。
「リオン、短気だから」
「ね」
「ね。って。ここにいる人たちの中には、僕たちより身分があるってこと、よく知っておかないとダメだよ。悪くすれば、打ち首だってあるんだから」
「そういう常識が、信じられないんだよね。倫理に欠けてるって言うか、気に入らなかったら死刑みたいな、人としての最低限の人権がない。人は皆平等の精神は遠いよね」
人民の人民のための人民による政治である。そんなこと習いました。あの時代よりずっと後退した考え方は、理音に理解できない。
「リオンは、不思議なことを言うよね。そこが、ハク大輔の紹介を得た理由みたいだ」
「ハク大輔は知らないけど、自分の常識が別だと驚くでしょ。文化の違いって面白いけど、それが納得できるかはまた別って話。世界には色んな考え方を持ってる人がいて、生活も全く違っていて、それを吸収して国が成長したりもするし、人も変わったりする。この国はまだ発展途上国だろうし、思想が凝り固まってるから、これから新しい風でも吹いて、皇帝がいい国作ってくれればいいよねえ」
「不思議なことばかり言う」
セイリンは、困ったように苦笑いをした。
海外よりまずは自国のこと、である今のこの国の現状では、理音の考え方はマイノリティでしかない。
そりゃそうだよな。内戦ばかりなら。まずは自国の安定が最優先だ。
内大臣の謀反から日も経ち、落ち着きを取り戻しているけれど、建物を直す大工たちの物音はまだ聞こえてくる。
人が多く亡くなったこともあって、行われるはずだったフォーエンのお誕生日の宴は延期されたままだ。
本人はお誕生日などどうでもいいと言い張るので、誕生日がいつだったか教えてもらっていないのだが、せめて内輪でもお祝いができればいいのに、などと考えてしまう。
「皇帝の宴っていつやれるのかなー」
「あと一月は無理だと思うけれど。それより理音、皇帝陛下を口に出す時は、陛下か皇帝陛下と言った方がいい。皇帝、なんて言うもんじゃないよ。僕たちであれば、皇帝陛下と言う。陛下と言われるのは、皇帝陛下に直々にお会いなされる方々ばかりだから」
皇帝の呼び方まで種類があるのか。感心しつつ、セイリンに礼を言う。
そばにいて気づくことがあればすぐに教えてくれて、セイリンにはとても助かっているのだ。なんていい子なのかしらと頭を撫でたくなる衝動にかられる。我慢するが。
「さ、荷物を置いて、まずは扉を叩くんだよ。お声がかかるまで待つように」
言われた通りに扉をノックし、呼ばれるまで待つ。入れと言われても、まず用件を言ってから。では持ってこいと命令を受け、指示された場所にまで荷物を持って行った。めんどい。
少なからず不満を持って、荷物部屋に戻る途中だった。廊下にいた人々が足を止めて頭を下げ始めたのだ。
あの図は誰か偉い人が通る図である。セイリンが脇によけて頭を下げたので、理音もそれを真似た。
歩んでくるのは他の者たちとは違う着物を着ているようで、頭を下げながら目端にうつった着物の色が鮮明に見えた。
ここではみな似たような服を着るはずなのに、その男たちだけ着物が違う。それだけでかなり高位であるのはわかった。
知っている人間かどうかはわからないが、知っていても知らないふりをする予定である。
向こうから声をかけてきたら仕方がないが、基本は会釈だけで止めるつもりだった。
フォーエンがその人に話していればそうなるだろうし、話していなければそれで済ませた方がいいのだろう。
それをフォーエンに聞いておけばよかったのだが、すっかり忘れていた。
目の前を過ぎて行くお偉いさんは、理音に声をかけることなく通り過ぎようとした。その顔をどうにか見ようかと上目づかいで目にして、それがありえないと思うと同時に、声に出してそれを問うた。
「要くん…?」




