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9 ー操作ー

 織姫は理音を見下ろしたまである。感じの悪い男だ。

 なので、無視することにした。


 織姫側に置いておいたスマフォは、手元に引き寄せる。

 やけにスマフォを気にしているのはそこから音楽が流れているせいで、それは当然なのだが、奪われたくない。

 なので、お腹の上に置いた。

 それを持ったまま池へ視線を送る。鳥が舞い降りていたのだ。

 綺麗な鳥だな。


 池の中心には小島があって、そこに木が植わっている。山のように見せているのか、岩を段違いに置いており、そこに鳥が停まった。

 白鷺に似た、けれど色は黄色という白鷺、黄鷺が歩んで池に顔を覗かせる。

 絵になる。

 そう思うと、つい写真を撮りたくなるのが暇人の性だ。

 さっとスマフォをかざして、カシャリと一枚。綺麗に撮れた。


 満足した瞬間、するりと伸びてきた手は、さっと手の中の物を奪っていく。


「あっ!」

 織姫は、狙っていたスマフォを横取りすると、カバーを開いて中を確認する。

 スマフォは手帳のようなカバーに入っているため、開かないとスマフォが見えない。背中側は鏡が入っていた。

 どうやら鏡が気になるのか、それをじっと見始めたのだ。


 いや、鏡はここにあるよね。私部屋に鏡あるの見たし。

 けれど、ふと思う。スマフォカバーについている鏡の方が精巧だ。普通よりおもちゃ感のある鏡ではあるが、彼らが使う鏡よりしっかりしている。

 だからだろうか、真剣に鏡を見ていた。

 自分の顔に見惚れているわけではあるまい。多分。


「ちょっと、返して」

 理音は立ち上がって奪われたスマフォを取り返しにかかったが、織姫は気にもせずベンチに座り込んでスマフォを眺めた。

 正面から見たり、側面を見たり、回してみたり、カバーに入っていたお守りを取り出したり。

「ちょ、こら!それお守り!入れといてよ!」

 親にもらった縁結びのお守りを、こっそりスマフォカバーのポケットに入れておいたのだ。織姫がそれを見て意味がわかるわけないのだが、つい羞恥して取り上げる。

 無言でそれを見上げた織姫は、それには用はないとまたスマフォを眺め回した。

 そして、ついにホームボタンを押した。


 ちっ、気づきやがった。


 パッと光った画面に、一瞬動作が止まる。驚いたらしい。しかし、すぐに画面を撫で始める。

 なんだか見ていて面白い。

 何というか、子供が初めておもちゃを手にしたような。失礼ながら、動物園の猿がスマフォを初めて手にしたような…。に感じられた。

 少し経てば画面の光も消える。それに気づくと、またホームボタンを押した。

 いつまでもそれを繰り返す。

 そして、次の段階に気づいた。カメラ画面に切り替えたのである。

 しかし、残念ながら、カメラレンズのある裏面はカバーがあるため、白い画面がちらちら動くだけだ。

 写真を撮りたい場合、カバーを折って被写体に向けなければならないわけだが、まだそれには気づかない。

 画面を撫で続けて、ビデオにしたり写真にしたりスクエアにしたりと忙しいが、もうカメラから移動できなくなっていた。


 織姫は顔が真剣だった。

 座り込んで触り続けていると、どんどん眉と眉の間にシワが深く刻まれていく。


 面白いな。


 立ち続けるのをやめて織姫の隣に座ると、その様を見続けた。

 画面を切り替えるのはやめて、またスマフォをくるくる回し始めたのだ。

 しかし、何かしようとはしているのだろう。止める気配がない。

 サイドボタンに気づいて電源を切ったり入れたり、またホームボタンを押して画面をなでなで。

 ちょっと可哀想になって、横でスワイプして音楽を止めた。

 どうせこれが気になっていると思ったのだ。

 案の定、織姫が顔を上げた。一瞬目が合ったが、すぐにスマフォに目を落とす。


 織姫の瞳をしっかり見てしまった。

 色が紺色なのだ。不思議な色だ。髪は真っ黒なのに瞳の色は紺色で、それが美しい顔に似合う。


 女の子だったらなー。

 顔の綺麗な男は嫌いなのだ。なよっとした感じが寒気する。織姫がなよっとしているわけではないが、理音の知っている女顔の男は、大抵なよなよしていた。体も細いし、華奢で身長がないことが多い。しゃきっとしろよ。と言いたくなる。

 完全に理音の好みの話なのだが。

 まあしかし、この手の顔は他の女子からは好かれることだろう。理音がなよってきもいと思っている男たちは、友人たちには概ね反応がいい。少数派は理音の方だと、最近気づいた。

 その女顔の織姫が、もう一度理音を見つめた。

 否、睨みつけた。

 何で睨むのかと思ったが、スマフォをずいっと差し出してきたのだ。

 それで気づく。音楽をかけてほしいのだ。


 それで睨んでくる辺りが織姫だ。感じの悪さが半端ない。


 しかし、ここで無視してもしつこく睨んできそうなので、仕方なく再生を押す。

 すると、どうやったのかわからないと、画面なでなでを繰り返すのだ。


 言葉は通じない。通じないとわかったからこそ、言葉を発していない織姫は、目で語る。


 睨むなよ。


 わからない。と目で問うてくる。

 その目が、お願いします教えてください。ではなく、教えろよこら。にしか思えないのだが、間違いではないだろう。

 ゆっくりとやり方を教えてやると、器用にそれを繰り返し、そうになった。けれどそれはとてもぎこちなく、なでになでて、けれどやはりできないようで、むしろ理音が悲しくなった。


「もう、こっちでやってみなよ」

 仕方がないので、スマフォを取り上げてタブレットを渡す。それでもう一度同じことをして音楽を流すと、スマフォに注がれていた視線はタブレットに注がれ、再度触れた方法でやっと音楽が止まった。

「できた。できた」

 軽く拍手すると、ぴくりと眉を動かした。

 機嫌を損ねたようだ。

 けれど、すぐにタブレットに集中した。

 やり方が完全に理解できたのだろう。何度も繰り返して、音楽を再生できるようになった。そうしてそれに飽きたのか、今度は与えたタブレットをくるくる回し始める。


「ちょっと、それ落とさないでよ?」

 言っても織姫には言葉が通じないのだが、言いたくなる。

 つるりと手を滑らして、池にポシャンだけは勘弁だ。


 キーボードとタブレットを開け閉め開け閉め、キーボードが外れるとわかると、キーボードをくるくる回す。

 壊すのではないかと冷や汗ものだ。


 織姫の探求は尽きない。やはりスマフォがいいと、理音の手からそれを奪った。ちゃっかりとタブレットは自分の膝の上である。

 どうしても、スマフォでやりたいのだろう。

 音楽を再生することに集中して、それを何度も試してできることがわかると、更に次なることをし始める。次の曲に移動したり、戻したり、音を上げたり下げたりだ。

 聞きたい音楽が再生されては、すぐ止められる。

「何がしたいのよ…」

 完全におもちゃだ。

 織姫は、新しいおもちゃに夢中である。

 なので、タブレットとキーボードは取り上げた。

 キーボードにタブレットをかませてつなげるのをじっと見つめてきたが、それは奪おうとしてこなかった。

 スマフォは手放す気がないようだが。


 音楽を聞かせてもらえないので、タブレットで音楽を流す。

 何かすれば気になるのか、ちらりと確認は忘れない。

 好奇心旺盛なことである。


 音楽を聞ききながら、理音はやはり暇だと、再びリュックを枕にしてうとうとし始めた。

 すると、隣で、バシャシャシャシャー。

 連写だ。

 いつの間にかカメラになっている。

 織姫、眉間のシワを深く刻み、もう一度、バシャシャシャシャー。


 やめろ。


「充電なくなるなー…」


 ため息しか出ない。

 本人は至って真面目だ。


 まあ、それも当然なのだろうが。

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