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さて、と芙巫女はさながら探偵になったかのように呟く。ノリノリですね。
「わたしが知っている限りだと、殺人事件を探る場合、まず行くべきは現場よね。事件は現場から始まり現場で深まり崖の上で終わるのよ!」
「終わらせるなら船の上だけどね。」
芙巫女が見ていたドラマが垣間見えた気がする。
「あら、サヤがヤル気になってくれて、わたし、とっても嬉しいわ。」
「そういうわけではないけどね。だって、手伝いに手を抜いたりしたら、ボクの貞操が危うそうだもの。」
童貞を捨てる前に、処女は捨てたくない。
「どんな動機であろうと、一人ではないというのは心強いものだわ。」
「芙巫女の心は強かだね。」
「お褒めに預かり光栄ですわ。では、採水器のある甲板に向かいましょう。」
芙巫女は足早に廊下を進む。甲板は船首側にあり、ボクの部屋は船尾側に偏る居住空間の中でも、一番船尾に近い。
50メートルちょっとある居住空間を抜けて、右舷の重い二重扉を抜ける(一人で開けるのに中々苦労する)と、そこが甲板だ。
甲板に出た軒下には4畳分ぐらいのスペースがあり、そこに採水器が鎮座していた。『KEEP OUT』と書かれたヒモでぐるぐる巻きにされている。
採水器とつながるワイヤーは軒上にあるクレーンへと繋がっている。
軒から出ると船首から船尾へと繋がる幅2メートル程度の回廊が続いていた。
手すりにもたれて海を覗くと、存外海面まで高さがある。
横を見ると、隣で芙巫女も海を覗いていた。
「海面まで5メートルといったところかしら。ねぇ、サヤ。貴方は肉眼でツキコを見ているのよね。その時の状況を詳しく教えてちょうだい。あ、採水作業を始めるところから、時系列で教えてくれえると嬉しいわ。」
「ええと、まず、ボクは1時半に自分の部屋を出て、1階の実験室に向かったんだ。そこで、採水用のボトルを用意して、甲板にいった。そしたら大賀郷さんが採水器の固定をはずそうとしていたから、ボクも手伝ったんだ。」
ロゼット式採水器は全重量300キロは下らない。
使用しない時は、船の床に六角ネジで固定することになっている。
時化てしまったとき、甲板は揺れるから結構危険なんだよね。
「大賀郷さんにボトルの取り付けをしてもらっている間、ボクは今日の採水のスケジュールを確認するために、一度、第3実験室に行った。そしたら、芙巫女がもうオペレートのスタンバイしていたよね。」
「そうね、あれが1時50分だったわ。」
「それで、ウィンチ担当の源さんに採水開始するよってマイクで伝えたあと、また甲板に戻った。で、採水開始。ウィンチが動き始めて、採水器が床を離れたときに、揺れたり回転しないように大賀郷さんと一緒にロープを引っ張って、着水させたよ。そのあとは、採水器が浮上してくるまで大賀郷さんと20分くらい甲板にいた。」
「浮上したら、そこにツキコが括り付けられていた、と。ナルホドナルホド。ねぇサヤ。」
芙巫女は人差し指を口元に当て、可愛らしく小首をかしげる。
「この事件はとてもとても複雑で難雑で煩雑だわ。」
「もう何かわかったのかい?」
「何かわかったかですって?わたしを馬鹿にしないでサヤ。誰がどうやってツキコを磔にしたかなんて、謎でもなんでもないのよ。でもね、ナゼが、わからないの。ナゼ、採水器なのか。ナゼ、磔にする必要があったのか。ナゼ、彼が、彼女が、ツキコを害さなくてはいけないのか。」
「殺人者の動機なんて、というか、他者の行動原理なんて、理解できるもの?」
「理解はできなくても、辿ることは可能だと思うわ。少なくともこの犯人はこっそりとツキコを害したかったわけではなく、死んだツキコを見せびらかしたかったのよ。そこにはナゼに答える明確な理由があったはず。それがわからないと、犯人は特定できない。難しいのは、方法じゃないわ。理由よ。」
芙巫女はボクを真っ直ぐに見据える。
「現在わたしたちがやるべきは、犯人の可能性である人間を特定することではないわ。恋しい相手の好みを探るように、よくよく観察をして事件の全容をつまびらかにすることよ。」