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 なんでボクと子作りしようとしたのかを芙巫女に尋ねたところ、一番、簡単に組みしやすそうだったから、という理由だった。

 男子として納得がいかない。

 ちなみに、大賀郷さんとか月子の方が小柄で襲いやすいでしょうと尋ねたが、その二人はヒト種の一般的性格から離れていそうだったため、次世代を残すには不適と考えたらしい。

 それ要約すると、性格が面倒くさそうってことだろうか。

 ツンデレとお嬢様。まあ、否定はしづらい。


 それにしても、と芙巫女は言葉を続ける。


「貴方はわたしの形質に対して、恐れを抱かないのね。」

「どういう意味?」

「だって、わたしのコレを初めて見たヒト種は、誰もが怯えたわよ。」


 芙巫女は自分の体中から生える触手を動かす。

 腸のようにぬらぬらとした桃色の肉は、芙巫女の乱れた衣服を直していた。


「今でこそわたしの親だと豪語する博士だって、最初に出会った時は腰を抜かしたもの。」

「驚かなかったのは・・・ボクもヒトではないからだよ。」


 自分以外にもバケモノを知っているがために、驚愕よりも危機管理意識が勝った次第だ。


「芙巫女は勘違いをしているようだけど、ボクのこの能力もヒトあらざるものがもつモノだ。…【強化ウクレプニェ】」


 ボクは右腕に血液を集中させる。すると、暴力的な太さに腕が成長した。

 ついでに、芙巫女を片手で抱き上げる。

 きゃっと、存外可愛らしい悲鳴をあげる。


「ボクはね、半吸血鬼なんだ。ええと、吸血鬼ってわかる?」

「バカにしないで。生まれて間もないけれど、書物で手に入れられる知識量だけは、大抵ヒト種にも引けを取らない自信があるわ。血液を代謝エネルギーとする不死の存在でしょう。…あら、ということは、貴方は死なないのかしら。」

「限りなく死ににくいのは確かだね。」


 一度腕を切断してしまったことがあるが、特に問題がなかったことがある。

 あのときはしみじみとボクはヒトではなくなったのだろうと感じたものだ。


「失血量が多かったり、心臓を潰されたら死んじゃうんじゃないかなぁ。」

「あら、ならわたしより、貴方の方がよっぽどバケモノね。わたしの今の体はヒト種に限りなく近づけた有機体だもの。ヒト種が死ぬことをされたら、普通に死ぬわ。」

「今の体、ということは本来の体があるわけ?」

「あるわよ。」


 芙巫女の体表面が文字通り、ゆっくりと液状に溶け始めた。

 肌色の液体が芙巫女の体の上をするすると滑る。

 あ、目玉がビー玉みたいに地面に転がった。ボクのSAN値がガクッと下がった。


「もう溶けなくて、いい、わかった。」

「ん?まだ途中なのだけれど…」


 彼女の液状の体組織が体に吸収されていき人型に戻った。とんだグロ映像である。


「正直助かったわ。本来の姿の不定形に戻ってしまうと、ヒト種の形質に戻すのに時間がかかるの。」

「もう2度としなくていいよ。…芙巫女は、バケモノとしての具体的な名前はあるの?…スライム?」

「そんな架空の生物と一緒にしないでほしいわ。ただそうね…わたしの性質を生物学的に言うならば…プランクトンといったところかしら。」


 プランクトン。浮遊生物。

 水中に生息しており、水の流れに逆らうことができない程度の遊泳力しかもたない生物の総称。

 つまりは、水にぷかぷかと浮いて生きる生物たちのことだ。


「生まれてから、物心ついた時には海の中でふわふわと漂っていたわ。そこで、クラゲが泳いでいたからクラゲを観察して、クラゲに変態したわ。そのままぼーっと泳いでいたら、沿岸についちゃって。陸に上がるとクラゲって、溶けちゃうのね。慌てて陸で生きられるように形質変換させていたところ、博士に拾われたの。本当は本来の姿や、クラゲみたいなもう少し単純な生物種のまま、海にいる方が体の維持が楽なのだけど、博士からヒト種のことを教えてもらって、ヒト種に興味を持って今の形に至るといったところね。ただ、ヒト種に近い有機体なった頃に、自分が性成熟したことに気づいて…慌てて生物種としての至上命題の達成を目指したのよ。」


 子作りですね。


「そのプランクトンな芙巫女は、ヒト種の何に興味を持ったというんだい。」

「あら、それは貴方も指摘してくれたじゃない。」


 芙巫女はニンマリとあどけなく微笑む。


「恋愛よ!博士にはヒト種として義務教育期間で学ぶことはすべて教えてもらったわ。その合間に様々な娯楽作品にも触れたのだけど、その中でも恋愛小説、恋愛映画、恋愛ドラマ!こんなにも心を揺さぶるものはなかったわ。だって、自分以外の他人に対して、自分のありとあらゆるものを捧げられるほどに傾倒するのよ。それが相手から見返りがあろうとなかろうと。しかも、自分が生命の危機に陥っていたとしても、相手のことを想うの。生物種として理解しがたいけど、その複雑怪奇さが素敵だわ!自分を凌駕する他人!わたしはそんな相手に出会いたい。そんな相手に触れてみたい。そんな相手に尽くしたい。そんな相手に甘えたい。そんな相手に、わたしは恋をしたいの!」


 芙巫女は少し申し訳なさそうに言葉を続ける。


「まさか、生物種としての活動から掛け離れた情動である『恋愛』が子孫を残すための手段だとは思わなかったのよ。だってとても非生産的なんですもの。」


 芙巫女が触れた恋愛作品群の中に、18禁はなかったらしい。


「次からは恋した相手と子作りするわ!」


 そうしてください。


「…ところで、サヤ。ヒト種でないよしみで教えていただきたいのだけど、恋ってどうやったらできるの?」


 乙女発言が出てきたぞ。


「恋する方法だなんて、ボクは知らない。恋はするものでなくて、させられるものだよ。それに、…少なくとも、知人が亡くなった直後に恋なんて出来ないんではないかな。普通は。」


 ボクも芙巫女も普通じゃないかもしれないけれど。


「あらなんで?たまたま同種…貴方の場合は半分かもしれないけど…が自分の側で死んだだけでしょう。他者の死は自身の生命活動や恋愛活動とは大きな影響を及ぼさないのではなくて?」

「他者とは言っても、知人だったり、友人だったりするわけだ。そんな相手ともう2度とコミュニケーションを取ることができない。その関係性の喪失というのは、得てして人間にダメージを与えるものなんだよ。それに今回の月子の件、どう考えても自然死じゃないだろう。」


 月子は採水器に縄で磔にされていた。

 少なくとも、事故死や病死ではない。事件だ。

 しかも事件現場は限られた空間で区切られた船内。周りは大海原である。つまり…


「殺人者が同乗している状態で、通常の精神状態でいられる訳がないじゃないか。恋する余裕なんてないよ。」

「それは困るわ!」


 芙巫女は両手を頬に当てて絶叫した。


「博士に頼み込んで、ありとあらゆる実験を手伝って、自分の体組織の提供までして、ようやく漕ぎ着けた博士以外のヒト種の男女の観察をできる貴重で希少な機会を失うなんて、とんだ損失!サヤ。月子の事件…犯人を突き止めましょう。」

「いやだ。」

「なんで!」


 当たり前じゃないか。


「それは先生や警察の仕事だよ。バケモノの仕事じゃあない。」

「でも下船するまで警察が来られるわけではないのでしょ。それはつまり、わたしのヒト種観察の時間がなくなってしまう!」

「ボクには関係ない。」

「いいえ、関係あるわ。貴方はツキコに恋しているもの。」


 何を言い出すんだ。


「ボクは恋なんてしてない。そもそも恋人がいる相手を好きなんて、まったくもって無意味な徒労をボクはしないよ。」

「いいえ、なんて言おうとあなたはツキコに恋していた。騙されないわよ。だって、ツキコのこと抱き締めようとしていたもの!」

「見てたの!?」

「ちなみにハルカもサカシタもいました。」

「デバガメだらけだ!」

「本当はあの時、貴方達二人に今どんな気持ちかを聞きに行こうと思ったのだけど、サカシタに止められたわ!」

「シモ様グッジョブ。」

「抱き締めようとした、ということは恋しいということでしょう?数々の恋愛小説にそんなシチュエーションがあったわ。それに、わたしは読んだわ。恋人を殺した相手に復讐する話…ツキコへの恋心は復讐にすら至らないほど軽いものだったの!?」

「それはフィクションだよ。それに別に月子は友人。彼女のことはLIKEだったけどLOVEではなかった。ボクの心に愛するヒトはいるけれど、それは月子ではないよ。」

「ふぅん。そんなことを言うのね。ならこうよ!」


 芙巫女の周囲で蠢いていた触手が素早くボクの体に絡みつき、腕を水平に広げた芙巫女のもとへ引き寄せられる。

 はたから見ると、情熱的な恋人同士の抱擁だ。

 芙巫女の慎ましやかでやわらかな二つの膨らみを押し付けられるが、残念ながら喜びよりも恐怖が先立ち、鳥肌が全身に広がる。

 ついでに触手から分泌される粘液もボクの体に広がる。

 呪文を唱える間も無く、触手達がボクの血流を止めた。

 一際太い触手が再びボクのスカートへ狙いを定める。


「さあ、私と一緒に犯人探しをするのと、貴方の唯一の穴に種付けされるのと、どっちがいい?」


 ボクは自分の穴を守った。

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