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コヅクリ、コヅクリ?個造り?板前的な?と反応できない間にボクは芙巫女に押し倒された。
艶やかな微笑みと共に、肩をベッドに押し付けられた瞬間になって、ようやくボクの脳まで血が巡ったらしい。遅い!
「ええと、サヤはメスよね?わたしは今メス型だから、ちょっと準備が必要なのだけど…うーん、オス生殖器ってどうすればいいかしら…ああどうしよう。こんなにも興奮するものなのね。」
「イヤイヤコヅクリって何!?」
気の利いた冗談を言えるほど、ボクは冷静になれなかった。
「ああ、子作りという言葉は一般的ではなかったのかしら。それはごめんなさい。ええと、貴方の遺伝子をいただきたいのだけど・・・」
「いや、言い直してほしいわけでなくて。」
「あ、できた。」
「いやあやめて!その背中から出てきているウネウネした肉の触手何!?」
「…痛くしないから。ちょっとチクっとするかもしれないけど…」
芙巫女の背中から複数の触手が放射状に生える。
そのうちの一本(しかも一番太い)がボクのスカートに侵入を始めた。
「そんな優しげな笑顔は求めてない!そしてボクは男だ!」
スカートを思いっきり捲り上げて、下着を見せる。
沈黙。芙巫女の目が溢れんばかりに開かれる。が、触手が再び蠢きだす。
「うん大丈夫☆オスでもメスでもいける!」
「キャラ変わってない!?」
ボクは手足を駆使してどうにか逃れようとするが、他の触手たちがボクを絡め取ろうとする。
ああもう仕方がない。
「【加速】」
ボクは自分の血液の流れに意識を向け、ボクだけの呪文を唱える。
体中の血液をボクの脳へと局所的に集めて、知覚能力を極度に上昇させる。
ボクの見える世界が限りなく遅くなる。ついでにもう一つ呪文。
「【強化】【足】」
足にも血液を集中させて、脚力を強化。足が太くなったことで、履いていた靴や靴下が弾け飛んだ。…結構高価だったんだけどな…
ボクは群がる触手を叩き飛ばし、芙巫女から距離を取る。
ううう、血が足りなくなってきた。
一度呪文を全て解除。
「すごいわ。瞬きする間もなく、貴方が移動したように見えたわ。ヒト種にはそんな能力を持っている者もいるのね!」
楽しそうにしている芙巫女。
とりあえずのボクの貞操の危機は脱したけど、ボクがこんな能力を持っていることを知られるわけにはいかない。
果たして、このバケモノめいた彼女にボクの能力が通用するかどうかわからないが、まずは試すしかない。
なるべく殺しはしたくないんだ。
ボクは饒舌にしゃべる彼女を尻目に呪文をつぶやく。
「ヒト種の体液には不思議な力があるのね!どうやったのかしら・・・貴方の体を観察するに、一時的に体液の流動を強化させたい人体部位に集中させているように見えるわ。でもそれはつまり・・・」
反応する間もなく、芙巫女の触手がボクの首と太ももにきつく絡みついた。
「体液の流れを止めれば、あなたは力を発揮できないということだわ」
ボクの意思と反して、ボクの体は芙巫女の元へと引き寄せられる。
呼吸がうまくできなくてクラクラした。
ぐったりとしているボクに対して、鼻歌でも歌うように芙巫女はボクに向き合う。
「では、あなたの遺伝子とわたしの遺伝子を掛け合わせましょう。」
「…なんで芙巫女。キミはボクと子作りしたいんだ。こんなひどいことはないよ。」
モゾモゾと蠢いていた触手の動きが、ピタリ、と止まる。
「ひどいこと?」
「それはそれは酷いことだよ。だってキミは合意もなくボクを襲っているんだ。こんなことってない。」
芙巫女はキョトンとした目で僕を見た。
「嫌がる異性を押さえ付けてでも次世代を残すのが、生命としての至福でなくて?」
「それは違う。少なくともボクは違うと思う。子供を産むのは簡単だけど、子供を育てるにはとても時間がかかるんだ。ボクは行きずりのバケモノと子供を作る責任は負えないよ。ボクの合意も得ずに子作りするなんて、キミは間違っている。それにキミは恋がしたいと言っていたじゃないか。」
子供は好きなヒトとの間に作りたい。
好きでもない相手との間の子供は、不幸にしかならないことを、ボクは知っている。
芙巫女は不思議そうな顔をした。
「恋と子作りとは繋がっているものなの?」
「例外はあるとは思うけれど、基本的にはそうだ。君はバケモノなのかもしれないけれども、もし知らなかったのであれば、常識として覚えておいてほしいかな。」
芙巫女は、ボクの首元の触手を緩めた。
「…ヒト種というのはとても非合理的で不可思議な価値観を持っているのね。でも、わたし、そういうの好きだわ。わかりました。あなたと子作りするのはやめるわ。」
「…随分あっさりと諦めるね。」
「わたしの育ての親…博士が言っていたわ。郷に入っては郷に従う。わたしはついこの前性成熟した、生まれて間もないモノだから、ヒト種の考えをしっかり学んでから行動しなさいと。」
それをぜひ早く思い出して欲しかった。ボクは触手から完全に解放された。
「ええっと、こういうときってあなたに伝えるべき言葉があった気がするの。なんていうのだったかしら。こう、価値観の違いからら生じる摩擦が原因で、一方を不快にさせた場合にかける言葉…。」
今までのことがなかったかのように無邪気に考え込む芙巫女に毒気が抜かれる。だからボクは聞いてみた。
「ところで芙巫女。キミは生まれて間もないということだけど、いくつなの?」
「2年よ。」
その言葉に力が抜けた。生まれて2年のバケモノに、価値観の違いを理解せよというのは、なかなかの酷かもしれない。
「ごめんなさい、だよ。」
「?」
「誰かが不快に思った時にかける言葉。ごめんなさい。」
ぱああっと、彼女の表情が華やぐ。ごめんなさい、と謝る彼女は無邪気な少女そのものだった。