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 そろそろお開きの時間になったらしい。年齢に関係なく、楽しい時間は短く感じるものだなぁ、としみじみ。


 坂上先生が締めの挨拶をしたあと、流れ解散となった。

 坂上先生とシモさんは意気揚々と部屋を出て行く。きっと、船員さんたちと別のパーティがあるのだろう。こう、エタノールな感じの。


 月子が時計を見ながらボクに近づいてきた。


「星見に行かない?船員さんが甲板の電気を消してくれるって。1分20秒後ってところかしら。」

「いいね。行こうか。」


 星は好きだ。何度眺めても飽きない。特に航海中の星見は最高だ。

 陸から遠く離れた海の上では人工的な光はほとんど届かない。

 陸の上で星を見るときとは異なり、ネオンやライトに照らされて掻き消えてしまうような小さな光や、たくさんの星の河を見ることができる。贅沢な時間だ。


 月子と二階の甲板に向かう。強い海風に扇がれながら、髪をかきあげ見上げると、雲ひとつない夜空がひろがっていた。月子と横に並び、船壁に体をもたれかかる。


 その距離、目測80センチ。


 この距離がもう少し縮めることができれば、なんて。思ってもいないことを考える。

 今のボクにそんな資格はない。


「…さやはさ、付き合っている人いたっけ?」


 こちらを伺うように、月子が尋ねてくる。常夜灯の影になってその表情は見えない。


「今のところ、いないよ。」


 年齢=うんたらかんたら歴だ、とまでは教えないでおく。


「好きな人は?」

「いる。」

「そっか。」


 常夜灯が消え、月子もボクも天を仰いだ。

 暗闇に目が慣れてくると、宝石箱をひっくり返したような、キラキラとした輝きが目の前の夜空にひろがっていた。

 白いだけでない。オレンジ、赤、うっすらとした緑色。色とりどりの星が降ってくるようだ。

「…なにかあった?」


 こんなセリフしか思い浮かばない自分に辟易しつつも、口を開く。


「…なんで?」

「泣きそうだよ。」

「そんなことないよ。」


 月子は顔の筋肉だけでニッコリと微笑んだ。


 ボクの思考が停止した。ボクの意思とは関係なく、腕が彼女の背中に伸びる。

 しかし、腕は背中を通り過ぎて、頭部に触れる。ぽんぽんと、軽く叩くように。


「天下の財閥お嬢様をこんなにも悩ませるとはなかなかな大物ですな。」

「…ありがと。」

「親友ですから。」


 ふふん、と少し得意げに言ってみる。月子は苦笑していたが、まあよしとする。


 月子は自分に厳しい。何か悩み事があっても自力でどうにか解決しなくてはならないという意識が強い。ボクができることはそっと見守ってあげることだけなのだ。


 そう。僕にできることはそっと見守ってあげることだけだと思っていた。


 でも、本当にそうだったんだろうか。


 たとえば、ボクが月子の持っている悩みを聞いてあげたり。


 たとえば、ボクが月子へと自分の煮え切らない思いを伝えてみたり。


 たとえば、たとえば、たとえば。


 ボクは、このときに、ナニカデキタノデハナカロウカ。


 そう、無残な月子の死に顔を見る前に。


 *


「えーっと、まとめるぞ?樫立が末吉を発見したのは、深夜2時の採水作業中。海水中から引き上げられる採水器に、キリストよろしく末吉の死体が括り付けられていた、と。樫立と一緒に甲板にいた大賀郷妹も末吉の死体を目撃。採水作業中には底土がオペレーターとして第3実験室にいた。大賀郷は月子を探しに行って、居住区画にいた。あってるか?」


 現在、午前3時。シモさんによって、学生が食堂に集められ、事情聴取となった。


「大賀郷はなんで月子を探してたんだ?」

「採水のメインオペレーターが月子だったんだ。時間になっても実験室に来ないから部屋を見に行ったんだヨ。」

「そして、部屋にはいなかった、と。あ、お前ら、末吉の部屋に入るのは禁止だからな。ま、死体がある部屋になんて、誰もはいらねぇか。」


 シモさんが手元のファイルにさらさらと何かを書いていく。自分の生徒が亡くなったというのに酷く手慣れているようだった。


「…坂上先生はどうしたのよ?」


 鼻声になりながら、大賀郷さんがシモさんに尋ねる。


「上先生には、学長とか、末吉の親御さんとか、各方面と連絡をとってもらってる。…よし、お前ら今日は解散。明日以降の実験は中止。2日後には陸に戻るから自由行動してくれ。」


 シモさんはファイルを閉じて、手を払うように動かす。

 ボクはぐったりとする体に鞭を打って部屋をあとにした。

 そのまま、ふらふらと自分の居住スペースに入り、ベッドに転がる。土足だけど構うもんか。

 不思議と涙は出なかった。

 月子の死に顔を見た瞬間から、ボクの気持ちは凍り付いたらしい。


 ただただ、ボクの脳内は無音だった。

 今なら悟りを開けるのかもしれない。赤ずきんルックだけど。


「悟りを開けるかもしれない、だなんて煩悩を持っている時点で、脳内は無音ではないのでなくて?」


 ボクの横に、芙巫女が添い寝していた。

 吐息がボクの首筋に触れる。

 思いっきり飛び起きて、ベッドの天板に頭をぶつける。痛い。


「なんでこんなところにいるの!」

「サヤにお願いしたいことがあって。」


 芙巫女の右手がボクの顔の横に置かれる。

 芙巫女の左手が下腹部に置かれる。

 芙巫女の顔がボクの耳元に寄せられた。


「わたしと子作りしましょ?」

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