ココロ
「ねぇ」
僕が立ち尽くしているとこに、僕の半分ほどの身の丈の子が、袖をひっぱる。
こんな子が隣にいるのも忘れて、僕は何を思ってたんだろう。
「おにいちゃん?」
何の反応も示さなかった僕は、二度目でようやく微笑みかけた。
「心ってどこにあるの?」
子供はふと、突然拍子抜けするようなことを聞いてくる。
「そんなのどこにあるのか、分かっちゃダメだよ」
「どうして?」
あどけなく、屈託のない表情が僕を惑わす。
「なんでだろうね?」
「教えてよぉ!」
意地悪をされていると思っているのか、焦らされてると感じているのか、頬をパンパンに膨らました。
その表情が僕をまた、惑わす。
「あの……」
今度訊ねてきたのは若い女の子。
「どうしたの?」
「心は何であるんですか?」
特に感情の込もっていない瞳で、覗き込んできた。
やはり、笑みがこぼれた。
「何であるかわからなくても、あったほうがいいでしょ?」
「なきゃ、だめなの?」
彼女はさっきとは違って、悲しそうで、苦しそうで、切なそうで、泣きそうな表情が浮かんだ。
「なきゃ、今の君は無いんだよ」
でも、僕は笑った。
「すいません」
「はいは〜い」
満面の笑みで振り返ると、絶望の淵にいる中年男性がいた。
「なんでしょう?」
「心は、なんであるのでしょうか?」
人生の終わりと言わんばかりの暗い顔。
「人を傷つけて、癒すためにあるんですよ」
「私の場合、傷つくだけです」
笑顔を絶やさず、付け足す。
「そういう時は身近な心に助けてもらうんです」
キョトンとして、一瞬置き、何か言いたげな顔をした彼。
「どこかでお会いしたことありますか?」
「なんですか、おばあちゃん?」
ゴホ、ゴホ、と咳き込む老人。
「心、ゴホッゴホ……なんであるのかのぅ……」
やはり笑顔で、
「生きて、死ぬのを実感するためにあるんです。人生を歩むためにあるんです。痛みを分かち合うためにあるんです」
言った。
「どこに、あるの?」
咳は治まっていた。
「ここに、あります」
心臓に手を当て、刻む鼓動を手に宿す。
「嘘だぁ。ママ、体の中にはないって言ってたよ!」
いつのまにか、老人は、少女になっていた。
「心臓は、心じゃありませんよ。心は自分です」
首を傾げる苦しそうな少女。
「心は自分でも、自分は心じゃない。心はどこにあるの、自分が持ってる。じゃあ自分の中にある、それでいいんじゃない?」
まだ、よく理解できなさそうな彼女。
「それが嫌なら、心をとりだしてみればいい。自分の中の心が無くなるわけじゃないけど」
笑顔はまだ、一度も途切れていない。
空を見上げて、リズミカルに。
「大切な人が出来たとき、自分とその人で、心二つ。心は欲張りだからもっと欲しい。二人の心が重なったら、きっと出来るよ、三つ目の心」
もう、息をするのがつらくなってきている女性。
「心があるから、命があるんだ。命があるから、心があるんだ。命は心なんだ」
老婆は、息絶えた。
「ね?」
笑顔を向けると、彼女はいなかった。
「はじめ、一人だったのに」
歌いだした、僕。
「だれかがいるからあったんだ、心があるからあったんだ。
だれからともなくできてきて、心は順に消えていく。
だれかといるのが恐ろしく、心を閉ざして目を閉じた。
だれかに呼ばれて起こされて、心の意味を手にしたんだ。
なのにだれもいなくて、
何もつらくなかったのに、
今は前と違って、
苦しく、泣いた
これが……ココロ」
そして、歌は聴こえなくなった。