七話 『特級ダンジョン放蕩竜区(ドラゴモラ)』
男色オーク注意報第二弾。
【『特級ダンジョン放蕩竜区』 -7 】
「すまん……」
「別に良いよ。俺も気になってた」
あの洞窟に、探索に行こう。俺の提案に、ニムロッドは二つ返事で頷いた。その場所は湿った風が吹く……薄暗い洞窟。その場所を、俺が手にしたランプがほのかに照らす。入り口には立ち入り禁止の文字。そして……
(放蕩竜区、ドラゴモラ……)
特級に引き上げられたダンジョンレベル。あの事故以来、ここは使用を禁じられていた。けれどニムロッドは言う。人と魔物の気配を感じると。
「にーちゃん、この一年魔法囓ってたろ? 俺もなんだ」
オークレスリングで彼が使った火矢は、魔法ではなく薬品を使った物だった。
「そしたら解って来たんだ。俺、攻撃のはそんな向いてないけど……解析系、結構才能あるかもって」
「レイン……」
「そんな、褒められたことじゃない。キャロットねーちゃんがいなくなって、俺は自分の力を制御しなきゃいけなくなった。この一年、ナイトにーちゃんも、マリーねーちゃんも……凄い感情を外に出していたから」
「……すまない、辛い思いをさせたな」
それでも同じパーティ、俺とハーツの傍にいてくれた。ニムロッドのパーティへの、俺達への気持ちの深さに俺の涙腺も緩む。
「あの時、『Twin Belote』でドス黒い感情を出していなかったの、【精霊王】だけ。あいつが現れた後、他の三人から今まで漏れて居たその気持ち悪さが消えた。あれが凄く、怖かった。だって、何も聞こえない人間なんて……俺見たこと無かった! あいつら心の声さえコントロールできるんだ。戦って、次の手が読めない相手……考えるだけでも怖い」
洞窟の封印指定、そして唯一悪意を感じ取れたかもお前を無力化。あの場の解析をされて困る理由が彼方にあった。それが事実なら……奴らは俺達の恩人などではない。奴らはこの一年で更にランクを上げていて、最高クラスの特級勇者。そして今現在この国で、特級勇者は『Twin Belote』だけ。実質的に奴ら以外の立ち入りを法で禁じたこの現状は……奴らにとって、あまりに都合が良すぎる。
「怖いか、レイン」
三人で敗退した場所に、たった二人で乗り込んでいる。怖く無いはずがない。俺も、お前も。
「むしろ燃える、だろ? にーちゃん」
ハーツの選んだ可愛らしい装備に身を包み、それでも不敵に笑う彼は立派な男だ。
「いざって時はにーちゃんの……最終兵器、待ってるぜ! 」
「小柄なお前一人なら、確かに何とかなるな」
あの日敗れた場所付近、辿り着くまでモンスターは一匹たりとも現れなかった。それでもニムロッドを信じるならば、いるはずなのだ。最奥に固まっているなら、油断は出来ない。気を引き締めなければ。
ゆっくり息を吸う俺に、ニムロッドは小声で灯りを消すよう言ってきた。
(にーちゃん、この先だ。この先から、人間の気配がする! なんか、凄い声が聞こえて……)
「きぃやああああああああああああああああ! なんなの! これっ、はぁはぁ!! 」
鼻息荒い、女の声……? 物陰から様子を窺うと、向こうは蛍光ピンクの灯りに包まれた、異空間。乙女チックな家具やら装飾が施された秘密の部屋が仕上がっていた。こんな所で読書など、目が悪くなりそうな物だが……あの女に限っては関係ないことのようだ。
(【魔獣術師】ミザリーっ!? )
夜目の利く夜行性の魔獣と同化して、本を読み漁っている?
(にーちゃん、あれ……)
ニムロッドが指差す部屋の三箇所……。まず本棚に飾られた不名誉な本二種。今、ミザリーが抱えてのたうち回っているもろくでもない本が二種。そして奴のどでかい鞄からはみ出しているのも同じく不健全な本二種。オークレスリング会場で販売されていた、召喚獣腐川さん原案が、全部で三冊ずつある。
(一年前以上の、身の危険を感じる気がする)
(うん。俺も、そう思う)
見合わせた顔は互いに青ざめ、手を取り合って震える俺とニムロッド。
「っ、にーちゃん! 」
しかしその直後、何かを感じ取った彼は俺を思いきり突き飛ばす。
「ふごっ! フゴッ! 」
「あら? 侵入者ですの? 偉いですわねぇクオイーゲチガ族長さん」
(く、クオイーゲチガ族、だと!? )
ニムロッドは、俺を庇いモンスターに捕まった。彼を片手で持ち上げるは、昼間出会ったオークの倍もある体格。鼻息はミザリーの五倍は激しく、常に口から涎を垂らして牙をヌラヌラ光らせる。知能は低く見えるが、凶暴性は特級レベル? いや、俺達の侵入に気付き、気配を完璧に隠したのだ。頭も切れると見るべきだ。
「あら、貴方達どこかで見たことがあるような……」
「他人の空似だ! 」
「そうですの? まぁどうでも良いですわ。この乙女の秘密部屋を見て無事に帰れるとは思わないことですわ」
「ど阿呆っ! 特級勇者ともあろう者が、監禁など犯罪だっ! その子を離せっ! 」
ミザリーのふざけた言葉に俺は激昂。剣を手に取り戦闘態勢へと移行する。しかし俺のことなど見えても居ないのか、族長は手にしたニムロッドに頬ずりし、歓声を上げる。
「ぐおっほ! グオッホ! 」
「うげぇ……」
嫌そうな声のニムロッド。拘束された高さから、彼からは下が見えていない。見えなくて良かった。見えていたらトラウマだ。現に俺はトラウマだ。
(な、なんだあの馬鹿でかいモノは!? )
ここに女はミザリーしかいないぞ!? なのに何故あんなにあいつの剣は元気なんだ!
「族長が反応したと言うことは、此方の子……女装少年! きゃああ! なんてグッドタイミング! 」
「まさかこのオーク共っ! 」
薄暗い洞窟……そして族長の声を聞き、集まってくる無数のオーク。俺とニムロッドを取り囲み凝視するこの目は、キャロットが召喚したそれよりギラギラ邪悪に輝いて。い、言うなれば……クオモッホ族は、勝負の勝利記念に一発という清々しさを感じるが、このクオイーゲチガ族は、縛られ身動きの取れない相手でも、平気で喜んで何発でもぶちかましそうな情欲をその目に宿している。
「この二冊も素晴らしいですけどぉ、ミザリーちゃんね、何か物足りないの。それは……オーク×女装少年が未刊だったからに違いないですわ! 早速感想受付住所に要望を送らないとです! 」
「騎士×女装少年に何の不満がある! 格好いいではないかちょっと肩幅あるし顎尖っているがいい男ではないか騎士! 」
あと心持ち、俺の実際の下半身ソードより立派に描いて貰えている。この点は凄く評価したい。だと言うのにミザリーは、俺の発言を真っ向から否定する。
「なんかこのイケメン、DT臭するのに男役に回った途端調子こいててミザリーちゃん冷めるんですの。オーク×騎士の方が私は好きですわ」
「馬鹿者っ! 俺はそこまで小さくはない! 」
「俺……? 」
「な、何でも無いっ! 」
「ふふふ、まぁいいです。それにしても……可愛らしい殿方が、こんな辱めを受けるだなんて……イケナイ気持ち! 私の征服欲をたっぷり満たしてくれますわぁ! 」
「くっ……光よっ! 」
俺は渾身の魔法を得物に宿し、刀身を激しく光らせる! クオモッホ族と同じ弱点なら、これで隙を作れるはず!
「何っ!? 」
隙が、出来ない。俺の浅はかさを嘲うような笑みを浮かべるミザリー&クオイーゲチガ族。
「クオイーゲチガ族は灯りに集まる習性がある。だって獲物は灯りを持って住処に侵入してきます。彼らの目は視力はないに等しく、これは光を認識するためだけの器官! でもその分得物の性別を見分ける嗅覚はクオモッホ族の比ではありませんわ」
勝ち誇ったミザリーの語り。その油断の中に、突破口は隠されていないか? 俺は聞き漏らさないように神経を尖らせる。その結果、聞こえてきたのは突破口……? いや、最悪の情報だった。
「そして最大の特徴は……滅びの一派クオモッホ族とは事なり、オーク特有の繁殖能力を進化させた選ばれし存在! そう! 彼らの男根は、魔法の力を帯びたマジカルステッキ! 挿入した相手の遺伝情報を書き換え、体を作り替え……異種族の雄との間に子を作れる素晴らしい種族なのです! 魔物による犠牲、女性の地位向上や少子化の進む現代社会の人口低下! 世界にイノベーションを起こす素晴らしい進化の世界! 人類とクオイーゲチガ族のハーフを作って研究し、この能力を人類に獲得させれば、人間の未来は明るいですわ! 」
「普通に魔王とか悪魔に頼めば似たようなこと出来そうなのだが」
「人の叡智によって引き起こされることだから、素晴らしいのですわ」
腐川さんから貰った女騎士本の、性別入れ替わっただけ展開じゃないか最悪だ! 確かにあの本はちょっとは興奮したが、俺はプライド高い女騎士より高飛車な女魔法使いの方が……いや何を考えているんだ俺っ! やましい心は捨てろ! 上手く立ち回れ。馬鹿なことを考えていると自分達がとんでもないことになってしまうぞ!? この女、俺とニムロッドを研究母体として利用するとか、そんな悪魔に等しいセリフを今にも言い出す流れじゃないか。
「去勢しろ滅べそんな種族! 今すぐ俺が滅ぼしてやるっ! 」
こんなピンチ、あって堪るか。俺の最終兵器で洞窟もろとも押し潰してやる……が、異種族の、雄。あれを……あれをやっても攻撃までのタイムラグで、襲われる危険性が……
「に、にーちゃん! 」
「ま、待て! レインを離せっ! 」
「駄目ですよぉ、可愛いお坊ちゃん! こっちの族長さんは今はお父様、貴方は養子設定と族長さんにお伝えしたんです! 止めて下さいお父様って可愛くお強請りしないと悪戯されてしまいますわよぉ? 」
「うっ…………嫌、やめてよぉ……お父、様……? 」
ピンクの薄明かりに照らされた寝台に、押さえつけられたニムロッド。プライドで命が買えるかと、為す術もなくミザリーのシナリオ通りのセリフを紡ぐ。しかし……
「グァアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオアッー!!! 」
「う、嘘吐きぃいいいい! 」
更に鼻息を荒くした族長が、いそいそと己の装備を脱ぎ捨てて行く! 今の言葉がミザリーの、命令解除の合言葉として設定されていたようだ。
「引っかかりましたわね! 馬鹿可愛いですわよ美少年っ! 女装少年にそんな可愛くお強請りされて我慢できるクオイーゲチガ族なんていませんのよ! 」
「ええいっ! やむを得ん! 」
使うべき時は今だ! 服に手をかけ、俺が最終奥義を出そうと決めたところ……背後からポンと何者かに肩を叩かれた。
「グオオオ? オオオオ? 」
「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!! 」
わかんない! でもたぶんこのオーク、“自分から脱ぐなんて積極的だね? さ、じゃあ俺等もやろうか? ”みたいなこと言ってる気がする!! 震えで狙いが定まらない。慌てて剣を振り回すも、相手の数が多すぎる! 一年前の方がまだ格好いいピンチだった。今年の本当、なんなのこれ!? 昨日からこんな事件ばっかり多すぎない!? 俺の貞操の冒険は、こんな所で終わってしまうのか!?
涙目の俺が、オークに押し倒されたところで……ミザリーの高笑いが響く。……もう、お終いだ。俺はもう下半身出血多量の直腸破裂で死ぬ、史上最低不名誉勇者になるんだ。……いっそ、良いのかもしれない。汚名を晴らせないまま、家名に泥を……塗りたくって死ぬんだ。俺の死後もあいつらに迷惑を……かけて、やる。
(……いや)
聞こえる。高笑い……響いたあれは、谺ではない。声の違いに気付いたミザリーは、もう嗤うことを止めている。
「だ、誰っ!? 」
「召喚獣・腐川が格言。“淑女は正しく楽しく二次元で! ”」
「そ、そのダサい黒マント……まさか!? 」
「三次元妄想は御法度よミザリー! 仮に妄想することがあっても、実在の人物に迷惑をかけない! それが基本中の基本の大前提っ! 」
洞窟内に谺する、偉そうな女の名乗り。お前の行動と発言は矛盾しているとしか思えないが、それを頼もしく思うほど、俺は追い詰められていた。
「手紙、ありがたくなく受け取らせて貰ったわ! 」