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五話 『Twin Belote(ツインブロット)が許せない』 -7 

挿絵(By みてみん)


【『警備兵さん、あっちです』 -7 】



《さぁ、後半戦いよいよ開幕です! 実況は私ダイヤと》

《腐川がお送りしています》


 何故あんな偽名など名乗り、こんな事をする。正体が明るみに出ては困ると思っているのだろう? 仮面で素顔を隠し、マジシャンのよう派手なドレスに身を包み……普段の自分とは似ても似つかない姿などして。正々堂々やれないことに、一体何の意味がある。例えお前に何か企みがあっても、良くないやり方で得た成果など、無価値。意味など無いのだ、そんなこと。


(キャロット……)


 二年前の貴様は、こんな女ではなかった。マリー以上に何も喋れず、魔法以外何も信じていなかった。まだ、可愛気もあった。自分に自信が無くて、色仕掛けなんて口にも出来なかった彼女が……なんだってあんな女に。


(復讐……)


 まだ、諦めてはいない口ぶり。俺達の装備を調えたいとも言っていた。全ては復讐……そのための行動なのだとしたら、この試合にも資金集め以外の目的が隠されている? 


《後半戦になり、乳騎士選手の動きも良くなってきましたね! また、後半は武器有りになったことで技のキレも増しています! 》

《安全面をも考慮して、それぞれ武器は装備と服のみ破壊出来るよう細工が施されています。これは魔法技術の進歩を見せつける……という意味でも高く評価されるのではないでしょうか? 》

(集中しろ、集中するんだコント。外野のことなど気にするな)


 俺は自分に繰り返し言い聞かす。全く解らないことだらけだが、一つだけは理解した。この試合、勝ちさえすれば……人のことを散々コケにしてくれたあの腐れ魔法使いに痛い目を見せてやれる! 一度懲りたらもうこんな風に人を馬鹿にしようとする気も無くなるはずだ。

 会場は、なかなか広い。フロア一階全体に、試合用リングの檻と観客席とを設けてある。気になる点を上げるとすれば……観客の顔が良く見えない。歓声を聞くに、野太い声も黄色い声も響いているから男も女も居るのだろう。


「胸隠すな騎士ー! 女々しいぞー! 」

「きゃあああ! クーオ様ぁああ! もっと股間狙ってぇええ! 」

「同時開催の、股間バトルアックス当ての券買った? 私ロングソード券にした」

「私ダガー券買った! 」

(変態しかいないのかここはっ! )


 駄目だ、取り乱してはいけない。冷静になれ、コント。会場は全体的に薄暗い。このリングにもライトの当たる場所とそうでは無い場所……俺が出たコーナーの方が照明が多い……? 


(そうだ! )


 俺はオークの重い一撃を何とか片腕で受け止め……籠手に照明が当たるように振り上げる!


「グォっ」

(やはりそうだ。このオークは……)


 相手の弱点を見抜き、片手を奴の目へと伸ばす! そこに渾身の魔力を込めて……灯りを作る。


《おお! 見抜きました乳騎士っ! 同族から虐げられ洞窟へと住処を移したクオモッホ族!彼らは嗅覚に優れていますが光に弱い! 故にこのリングは地下に設営してあります! 装備の回復という手もあったでしょうに、最大MP(マジックポイント)の少ない彼が温存……装備と体の回復を後回しにし、照明魔法で起死回生の一手! 何とも燃える試合です》


 キャロットの奴、飛び上がってまで何を嬉しそうに語っているんだ。俺が勝って困るのは貴様だろうに。それともやはり俺に気が!? だとしても愛情の裏返しにしても俺への仕打ちは酷すぎないか!?


《あああ! ここで後半のメインお邪魔虫、触手スライム登場っ! 前半大活躍の彼同様、服&装備のみ溶かすテクニシャン! 》

《両者油断したところを縛られましたね。MP切れの乳騎士選手、スライムを焼き切ることは難しいか? 腕力で脱するのはパワータイプのクーオ選手の方が早そうです》

「くっ……」


 俺が勝ってても負けてても嬉しそうだなあの女! 本当に何が目的なんだ。


(“あれ”を使えば……しかし)


 俺の最後の技を、こんな情けない舞台で晒したくはない。しかもある意味反則負けだ。あの本にあったような展開だけはどうしても避けたい。このオークを倒して建物破壊すれば逃げられはする。しかし実家に損害賠償が行くと思うと……家との確執は深まる。それも出来ない。

 俺はこのまま負けるのか……? 一人の戦いは虚しい。負けると更に、そう思う。こんな所に居ると、嫌なことを思い出す。


(仲間だと、思っていたのは俺だけか? )


 情けなくて、自分を嗤ったその時に……リングに何かが降り注ぐ! それは観客席上方。距離はあるが、その射手は確実にスライムを仕留めていく。


《これは……! 水属性のスライムに対し、火矢での攻撃! クーオ選手にも効いている! 》


 服と装備に火が燃え移り、眩しさに耐えかねたオークが装備を脱ぎ捨てる。それを見計らい、射手はリングへと降りて来た。


「はい、全裸。これで良いの? 」

「れ……レイン! 」

「もー、何やってんだよにーちゃん。戦闘以外でフォローなんかさせんなよな。ワタシ、ビッチビチノ、ロリエルフ四十八歳、合法。って受付騙してこの地下来たんだぜ? 」


 感極まって思わず名前で呼んでしまった。ハーツの悪癖が遺憾なく発揮された装備だが、彼が俺の恩人であることには違いない。


《こ、これは……その他! その他の勝利か!? いや、観客からブーイング! どちらか一人が残るまで試合は終わらない!? 》

《しかし女の子ではルール上試合が成立しませんね。ここは乳騎士選手の勝利と言うことになるのでしょうか? 》

「……脱げば良いの? 別に良いよ。俺男だし」

 なんて男らしい! ニムロッドは平然と、女物の服をヘソと白い腹まで捲ってみせる。だが彼にそんなことはさせられない!

「やめろ、お前にそんなことをさせるくらいなら俺が脱ぐ! 」

「無理すんなよにーちゃん」

「二度も助けられる、情けない男にしてくれるな」


 見つめ合う俺とニムロッド。観客全てが息を呑む試合会場、……そこに息を切らした女の声が響き渡る! 


「警備兵さん、こっちです! さっき怪しい男が、たぶん連続誘拐犯です! 私の妹をこの宿に連れ込んだんです! 早く助けて殺されるっ!! 」



【『Twin Beloteが許せない』 -7 】



 私、マリー=ハーツは気が長い方だと思う。それでも私にだって怒る時はあります。


「マリー、悪かったって。そんな怒ること無いじゃない」


 再び私達が集まったのは、日も暮れかけた寮の一室。ロットちゃんと私の部屋で、私の不機嫌はまだ続いていた。

 私の説教を受け、ちょっと拗ねてるロットちゃん。ある時を境に、彼女と私は少し距離が開いてしまった。ナイトさんとレー君とパーティを組むまで、私はこんなに怒ったりも出来なかった。こんな風に変われたことを、私は少し嬉しく思うけど……ロットちゃんはそう思っていないんだ。彼女が何をされても、彼女のために怒れなかった私が、仲間のために本気で怒れる。それは誇らしいことなのだけど。それは……二年前までの彼女がひとり、置き去りにされてしまったようなもの。彼女がいなくなった時、私は心配したし……戻って来た時には素直な気持ちを伝えたはずだ。


(でも、ロットちゃんは迷惑そう)


 私も彼女も明るくなったけど、二年前の方が……私達の距離は近かった。こうして離れていくのは寂しい。だけど、良いことなのかな? 


(ナイトさんからかう時、凄く楽しそうだから……)


 少し胸が痛むけど、彼女が笑っているのは私も嬉しい。扱いこそ酷いが、彼女も何だかんだでパーティを思っていてくれる。今回のことだって、ロットちゃんなら移動魔法で逃げられた。でも、彼女はそうしなかった。なので結局、私が連れてきた警備兵がその場を調べる騒ぎとなった。違法性はなかったとその場は収まったけど、勇者パーティがあんなことしてると露呈したら、どん底の評判が底を破って、地通り越して地獄に落ちる。そして私達の登録名も勝手に変なのにされてしまうのだ。私は今の登録名好きだから、そんな風になったらむこう半月くらいは落ち込んでしまう。


「ロットちゃん……何であんなことしたんですか? 」

「私は実況。こいつは選手。ただのバイトよバイト。主催は別だって」

「……ナイトさんのことは別に良いんです。でもレー君までこんな目に遭わせて! 」

「にーちゃん、元気出せよ」

「俺の味方は、お前だけだな……ふふ、ふふふ」

「あーあ、コントがすっかり参ってるわ」


 レー君に代わって全裸になろうとした男気はどこへやら。幽霊のように啜り泣くナイトさん……年下のレー君に頭をポンポン撫でられている。髪や目の色も近いし、ああしていると兄弟みたい。形容しがたい温かな気持ちで、私は二人のやり取りに癒される。そんな私を見たロットちゃんは、これぞ私の企みよと言わんばかりのあくどい笑顔で私に薄い冊子をちらつかせるに至った。


「一応目的があったのよ、私にも。趣味のためだけではないわ。ねぇマリー、私が異界で出会った腐川さんのことは話したわね」

「はい、人型召喚獣ですね。人型召喚獣規約により、この人格、人権を尊重した使役が求められます。異界間取引は禁止ですが、契約者が召喚された国で対価を消費する分には合法です」


 ロットちゃんが異世界イケブクロという所で契約した召喚獣。タイプは確か知識情報型。

 攻撃防御型なら、武器の持ち込みも許可されるし、解毒&治療可能なタイプの毒や病気の持ち込みも可。知識情報型は此方で意味を成さない安全な媒体と許可された物なら持ち込める。


「勿論召喚ゲートで危険物の確認は行われるわ。召喚型規則に則り、それぞれ許可されたアイテム装備でつまり、此方の世界では何の意味も成さない、彼女のデジカメ撮影は許可されると言うことね」

「でじ……かめ? 異界での魔法具のようなものですか? 」

「そんなところよ」


 使役ゲートにもレベルがあり、術者自身の能力に合わせた魔方陣を展開するのが一般的だ。術者の能力に見合わない者を召喚しようものなら制御不能に陥り、パンデミックが引き起こされる危険性もある。召喚魔法を使う者と回復魔法の使い手がセットで組むのは、互いに監視をし合うという側面からでも必要なこと。私のような白魔術の使い手にも、光の召喚術を扱う者はいる。それが制御不能に陥ったとき、対抗できるのは対属性の召喚が可能な黒魔術の使い手だろう。


「これが腐川さんの特殊スキル《瞬間過激撮影(ベストショット)》! 」

「ぎ、ぎゃあああ! き、貴様何をっ! 」

「先生の装備自体奪われたところで危険性はないわ。彼女が保存した情報が契約により私に伝わる。そして私が受け取った情報を、魔術光沢紙に念写しプリントする」


 ロットちゃんの懐からは沢山の艶やかな紙が現れる。そこに映し出されたのは、私が駆けつける以前の会場の様子。ナイトさんは装備を溶かされ半裸だったり、縛られて涙目だったり……そう言えば会場では物販もあった。


「俺の肖像権はどうなった」

「あんたにも心ばかりの変装させてあげたじゃないの」

「目穴だけ開いた目隠しのマスクだな。……あんなもので俺だとバレないものなのか!? 」


 ナイトさんの恥ずかしい姿が収められた《写真》を手に、ロットちゃんはうっとりしている。


「ちなみにマリーあんたの趣味はこれと私は見抜いたわ! 」


 お裾分け、そう言われて彼女からプレゼントされたのは……ナイトさんが女の子と見紛うようなレー君の肩に両手を置いたシーンの一枚。脱ぎかけたレー君を諫める図だが、無駄に格好付けたナイトさんの表情の所為で、これからキスでもするんじゃないかという懸念を感じられる一枚だった。


「ふふふ……男嫌いのマリーでもときめいたようね! 」


 その一枚から目が離せない。顔を真っ赤にして狼狽える私を見、ロットちゃんは満足そうに頷いた。


「コントがオークに迫られてる一枚に並んで、なかなか良い売れ行きだったわよ。そしてこれが腐川先生の新作ね。会場でやりきれなかった分の先生の妄想を私が念写し印刷したわ」

 そう言って、ロットちゃんは私達に二冊ずつ薄い冊子を配り始める。それを開いて私は絶句、レー君は苦笑い、ナイトさんはツッコミマシーンと化した。


「うわー、さっきのシーン随分脚色されてるな。ぶはっ、俺にーちゃんにキスなんかされてる笑える。なんだよにーちゃん、俺で反応するのかよ」

「……ま、間違ってますロットちゃん! レー君の一人称は僕じゃなくて俺です。確かにこんな事になった時だけ僕っ子になるのも可愛いけど、こんな風に恥じらって嫌がってるレー君にこんな酷いことするなんてナイトさん見損ないました! 私が来なければこんな事になっていたんですね!? けだものっ! 鬼畜っ! 」

「誤解だハーツ! ニムロッド! これはフィクションだ! 腐った魔女共の妄想だ! 俺はニムロッドを抱き締めてまではいないぞ……ち、ちょっと待て! 何だこれは! 先程のオーク漫画とやらのと似た展開……い、一線を越えて居るでは無いか馬鹿者っ! こんな公衆の面前で!? ムードもへったくれもない場所は俺も嫌だ! 」

「大丈夫。オーク×騎士ファン向けのも印刷したわ。こっちではあんたが掘られてるから安心なさい」

「不安しかないっ! 二冊の本で俺の顔つき体つきがまるで違っているではないか! 」

「にーちゃんの下半身ソード、こっちとこっちで大きさ形状違うんだけど。あ、前に見た時のは結構むぐっ! 」

「早まるなニムロッド。この悪しき本が予言書になりたくなければ早まるな。どうか俺を犯罪者にしてくれるな最愛なる我が友よ」


 プライバシーをにこやかに害そうとしていたレー君の口を、ナイトさんが慌てて手で塞ぐ。そんな彼らのやり取りを、ロットちゃんはにやつきながら、私は口を両手で覆いながら思わず凝視。


「そこは先生の描き分けスキルの為せる技よ。しかしどっちも売れ行き良いわ。さっきから通販メールが届いて止まない」

「言われてみれば先程から、配達魔獣に郵便魔獣がひっきりなしに来ているな」


 注文書に記された宛先は、この部屋の住所と違う。ロットちゃんは別の住所からこれを転送させている。足がつかないように、念には念を……? それって、そこまでしなきゃいけない相手と、一戦交える気でいるから?


「さぁ、レインにマリー! 私とコントが稼いだ金よ! 値段は気にせず、最強装備を決めなさい! 」


 高笑いと共に、ロットちゃんは部屋に紙幣と金貨をばらまいた。何処に収納していたのだろう。保管魔法も一年前よりレベルがかなり上達している。ナイトさんには悪いけど、洋服と下着で散財してしまった私とレー君にはちょっと嬉しい。


「ねーちゃん、俺この弓欲しい! この駒鳥工房(アトリエロビン)の奴、凄く質が良いんだ! 」

「私の防具はシャルエット修道院産のが良いです! 防具用コルセットはお揃いが良いですね、レー君? これにしちゃいますか? 」


 装備カタログ武器カタログに、各々欲しい物を書き込んで行く。その傍らでナイトさんが「俺は半裸のままだというのに」と涙ぐんでいた所、ロットちゃんが明るい声で近寄った。

「良かったわねコント。マリーとレインの装備を買ってもまだ余る。あんたの分も新しいの買ったわよ? 」

「お、俺の鎧を溶かしておいて、儲からなければそのままのつもりだったのか? 」

「結果オーライって奴よ。まぁ、これも見なさい」


 荷物の他にコントさんが受け取ったのは数枚の写真。彼から私達へと回されて来た写真には、物販を買い漁る小さな女の子の姿。素早い動きでかなりの戦利品を入手。特徴的なのは目深く被ったフードから……はみ出した獣の耳。


「観客の中に見つけたの。ビーストウィザード略して【魔獣術師(ヴィザード)】ミザリー=キャット」

「ミザリ=キャット……『|Twin Belote(ツインブロツト)』の魔女か? 」


 その名を聞いて、私は震えが止まらない。『|Twin Belote(ツインブロツト)』……天才四人組の最強パーティ。昔私とロットちゃんと組んだ二人が移籍したところ。


「随分嫌な名前名乗るよな、あいつら。何回かしか会ったことないけど嫌いな臭いだ」


 嫌な名前聞いてしまったと、レー君も苦い顔つき。Beloteとは、トランプで切り札王と女王のペアを言う。王と女王しかいないパーティ。最強を自負する嫌味な奴ら。去年彼らは卒業し、第一線で戦果を上げている。そんなミザリーが、どうしてあんな試合を見に来たの?


「ロットちゃんが帰って来たのを知って、また……邪魔しに? 」

「違うわマリー。ほほほ、あのクソアマもああ見えて女だったって訳ね」

「貴様は因縁の相手の弱みを握るため、あれを? 」


「そうよ! 異世界で学びし腐術(ふじゅつ)をもって、我が崇高なる復讐は次ステージへ進むのよ! 」


 ああ、あれって本当にお小遣い稼ぎと、ナイトさんへの歪んだ愛じゃなかったんだ。驚く私の傍で、ロットちゃんは熱く頷いている。


「魔女や女騎士なんて奴らはね、基本プライドの鬼で、男に馬鹿にされるのが嫌なのよ。だから実力で対等以上を求める。そういう生き物には大小様々なれど、必ず隙があるものよ」

「それが……この本? 」

「ええ。現実問題、魔女や女騎士が力を付けたところで、結局性別って壁は越えられない。やっぱりどっかで女だって思われるし馬鹿にもされるし、そこの乳騎士みたいに人の胸ばっか見てくる馬鹿もいる」


 ロットちゃんの言うこと、少し私にも解る。私は魔法使いでも騎士でもないけど、一生私は私って言う檻から逃げられないんだろうなって……時々思うの。だからこんな風にその抜け道を探すロットちゃんのこういう所、私は好きだ。恐らくそれは、私以外にも……


「き、貴様が見せて来ているのだろう! 」

「私は使えるものは使う。同じ土俵で勝負はしない。だけど絶対いつか負かしてやる! そういう思いで立ってるわ」


 ナイトさんも、彼女を嫌ってはいない。私、知ってる。本気で余裕がない時以外、ナイトさんはロットちゃんを“魔女”とは絶対言わないんだ。彼は彼女を腐れ“魔法使い”と言う。魔女と呼ばれることを、ロットちゃんが嫌っているのに気付いているんだ。そして、ロットちゃんが自分を“魔術師”と名乗らないのは……ミザリー=キャットの所為。


「この世界に、マジックアイテム《薄い本》は存在しない。今の所供給者は私オンリー! 私が絶対正義の唯一神! しかし人の嗜好は千差万別。私の供給だけでは満足出来なくなったあのクソアマは、やがて自分だけの楽園を作り上げたくなるはずよ! 」

「それはつまり……キャットが同パーティのマリスとロアをそういう目で見るようになるということか? 」

「そもそも嫌いな人間とそんな長くパーティなんか組めないでしょ。あんな性格破綻者共が長続きしてる以上、損得利害関係以外の何かが働いているはずよ。下心とか好意とか。……何急に黙ったりしてんのよあんたら」

「な、何でもないぞ! 」

「う、うん。なんでもないの! ね、レー君? 」

「誤魔化すの下手だなにーちゃん、ねーちゃん」


 笑いを隠せない私とナイトさんを見て、笑い転げるレー君。レー君の様子から私達の考えを察したロットちゃんは大げさに溜息を吐いたが、少し照れている。


(そうだよね、そうだよね! )


 私達だって、まともなパーティとは言えない。だけどまた、こうして四人で一緒にいられる。利害関係以外の何かがきっと、ここにも……ロットちゃんの中にもあるんだ。じゃなきゃ、あんな言葉は出てこない。


「こ、こら! 急にベタベタしないでよもう! 」

「えへへ、ごめんなさい」


 口では文句を言いながら、ロットちゃんは抱き付く私を振り払わない。


「ま、まぁ兎に角よ。考えてもご覧なさい。今をときめく大人気勇者パーティに……男同士の恋愛を妄想して楽しむような魔女がいたとしたらっ!! しかも同パーティの野郎二人は顔も良い! これは身内で妄想したくなるに決まっているわ! そして同性愛者は国や地域によっては悪魔や魔王との繋がりを持っていると疑われて処刑されることもある」

「貴様……そういう完全犯罪を企んでいるのか? 戒律の厳しい土地にクオモッホ族のオークをわんさか召喚してその討伐を奴らに誘導を」


 それはやり過ぎだろうと苦言を漏らすナイトさん。ロットちゃんも生返事でそれには頷く。


「そうなったらその日はクラッカーとか鳴らして騒ぎたいけど、私がオーク召喚したのバレたら面倒じゃない。それじゃめでたく私は魔王側で就活しなきゃいけなくなるわ。嫌なのよねーあちらさんってそういう所もブラックだからさ。福利厚生あんまりしっかりしてない所多いから。長寿多いし年金制度も破綻してるのよ。勧誘の時だけ新聞三ヶ月分とかマジカルラップとか魔界ローズの香り洗剤付けてくれるけど」

「……貴様はそんな基準で勇者ギルドに属しているのか? 」

「あんたもロアとマリスにしてやられたんでしょ? 名誉に傷を付けられた。なのに正々堂々とか甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ乳騎士喜劇! 」


 たぶん、総合的にロットちゃんのほうがナイトさんの名誉をズタボロにしている気がする。それでもナイトさんは真っ直ぐな人だから、目から鱗のような顔。こういう人が詐欺とか引っかかるんだろうな。


「名誉の傷は、名誉で返せ! それが男ってもんよラクトナイト! 」

「し、しかし」

「傷一つ無い完全無欠の勇者様なんて、格好の獲物じゃない! きっと皆何処かで思ってるのよ。あいつらも俺達と同じ人間なんだ、何か情けないところがある。そう思って心の中で安心したい! わかる……? これはある意味人々のためなのよ!! 」

「そ、そんな馬鹿な……」

「相手を対等な舞台に引き摺り下ろして殴り合う! これが本当の正々堂々! そういうものではなくて!? ぶっちゃけあいつ等と私らなんてはなから同じ場所に立っていないの。階段の下から正々堂々とか抜かしても間抜けなだけよ。こっちがそこまで駆け上がるか、引き摺り下ろすしか本当の戦いは出来ない! 」

「……少し、考えさせてくれ」


 ナイトさんはロットちゃんの言葉に揺れてはいる。だけど、すぐに判断を下せない。沈んだ顔で考え込むよう窓から外へと退散。それを見て……レー君も窓辺から腰を浮かせた。


「俺はにーちゃんとねーちゃん達、三人が同じ考えになった方で行くよ。誰か一人でも違うことを思ったなら俺はその人の側に付く」


 仲間はずれは作らない。そう言い残して扉から外へと降りるレー君を……ナイトさんは下で待ってくれている。女装時に、木から飛び降りるのは流石に恥ずかしいのだろう。

 二人の影が遠離り、姿が見えなくなった頃……ロットちゃんが私に言った。


「私がこんな話するの……変だと思う? 」

「ううん。……何か、あったの? 」


 一年前まで、ロットちゃんはナイトさんに感化されていた。良い方向に、だったと思う。それが戻って来た今は、ナイトさんとは別のやり方という気持ちが強まっている。正々堂々頑張っても何にもならないと、思い込むようになってしまった。ロットちゃんはその訳を、私に話そうとしている。


「あの日の召喚魔法、失敗したんじゃないのよ本当は」

「え……? 」

「失敗、させられたの。私がまた目立つようなことをしたら、きっと潰そうとしてくるはずよ」


 憎々しげに語られる、その言葉。向かう先は……『Twin Belote』? 


「魔法の痕跡、今度こそきっちり暴いてやる」

「どうしてそれ、ナイトさんに言わなかったの!? 」


 ロットちゃんの召喚魔法を書き換え、別の物を召喚した者がいる。それがロットちゃんを召喚ゲートに引き摺り込んで亡き者にしようとした。これは犯罪だ。召喚術師として最低最悪の、殺人未遂! その途中でロットちゃんが抵抗し、次元を歪めて……命からがら違う世界へと逃げた。


(ロットちゃんがいなければ……)


 私達はあの場で死んでいたかもしれない。その私達が生き延びたのは……


(『Twin Belote』……)


「どうせ有耶無耶にされて終わりよ。正しい事、本当のことを言ったからって、それが認められるとは限らない。私もマリーも、知ってることでしょ? 」


 自身の胸の真ん中を……トンと指さし彼女は笑う。塞いでも、塞ぎきれない傷のこと……私が誰より知っている。


「ロットちゃん……」

「コントが……あいつと違うって保証は、どこにもないわ。私を信じてくれないなら、私もあいつを信じられない」


 ああ、戦っているのだ彼女は……過去と自分と。そして、敗北を欲している。


(ナイトさんは、あの人と違うんだって……信じたいんだよね? )

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