四話 『彼女の前では言わないように』 -745+α
【『彼女の前では言わないように』 -745+α 】
私がコントと出会ったのは、二年前。マリーと二人、新しいパーティが見つからなくて、二人パーティで卒業してやるって息巻いていた頃。
「ね、聞いた? あの二人」
「ああ。【ニンジン聖女】でしょ? 」
「ミザリー様とアリュエット様に折角拾って頂いたのにねぇ? あの馬鹿女が暴走して別れちゃったんでしょ? 」
「馬鹿な奴ら! 引き立て役は引き立て役らしく大人しくしてたら良かったのに! っていうかその代役私なりたーい! 」
天才二人の足手纏い、二人の名前を合わせ……随分馬鹿にされたものだった。女騎士アリュエットに、魔獣術師ミザリー。あの二人は最初から、私達を潰すつもりで仲間に入れたのだ。
(騎士なんか、大っ嫌い。私のパーティには二度と騎士なんか入れるもんか! )
外面ばかり良くて、プライド高くて人を見下す。私達のことなんか、一度だって仲間としてみてくれたこと何てない。それどころか、同じ人間だって思われたことだって……
「くそっ……私とマリー馬鹿にする奴らは全員呪ってやる。見てなさい、今に沢山オークを召喚してあいつの家の周り徘徊させてやるっ! それで毎晩フォークダンスオークフェスティバルとか開催して不眠症で間接的に合法的に発狂死殺してやる」
「ロットちゃーん……」
指を囓りながら、私は壁に隠れて呪詛の言葉を繰り返す。そんな私をやんわり窘めるマリー。
「気持ちは凄くよく解ります。でも駄目だよ! 」
「何よあんた悔しくないの!? あんな酷いことされてっ! 」
同じ気持ちだと思っていた。だからマリーの平和面が許せない。マリーを責めても何にもならない。そう思うのに、言ってしまった。
「私は……」
何言ってるんだろう私。何も言わなきゃ良かった。一番傍にいてくれる、マリーを傷付けてしまった。
「マリー……私、ご」
慌てて謝罪の言葉を伝えかけた時……
「あら? ニンジン聖女の二人じゃない。こんな所で何してるの? 」
私達の悪評は、学園中に知れ渡っている。こっちが知らない相手でも相手は此方を知っている。違うクラスの奴らにまで、私達はこうして馬鹿にされる始末。
「ほらお前達、“四人パーティ作ってー!” 」
その言葉はトラウマだ。言われる度に、人の悪意を感じてしまう。しっかりしなきゃ、そう思っても私の肩は震え出す。
「あはははは! 知ってる知ってる! こいつらいつも二人余るんでしょ? 」
「才女二人でもフォローしきれない能無しコンビ! こんな奴らと組みたい奴なんかどこにもいないわ」
違う、そんなことない! そう思うのに、言いたいのに……言葉が出ない。悔しいのに何も言い返せないんだ。どんなに正しい事を言ったって、本当のことだって……誰にも信じて貰えないなら言葉にする、意味なんて無い。これ以上目を開けていたらきっと泣いてしまうから、私はぎゅっと目を閉じた。もし言葉一つで全てを壊せる魔法があるなら、ここで使って全てを葬り去ってやりたいと……そんな馬鹿みたいな事を思いながら息を吸ったんだ。
「ん? 何よあんた……おお、年下だけどいい男」
「何? もしかして私にデートのお誘い? どうしようかしら」
私が魔法を唱える前に、女達の声色が変わった。恐る恐る目を開ける……その瞬間、私が見たのは美少年が女に頭突きを食らわす謎のシーンだ。
「ああ、すみません。あまりにお綺麗なので勢い余ってキスに失敗しました。何分こういったことには不慣れなもので。もう一度宜しいですか? 」
いやいや、どんな失敗だよ。確実にもう一回頭突き食らわす気だろ。その場にいた誰もがそう思うほど、少年の顔は不機嫌だったしセリフは棒読みだ。女達もそれを瞬時に理解する。こいつやばい奴だ、そんな風にうなずき合って、女達はその場を走り去る。そいつらが消えたすぐ後に、私は美少年にいきなり怒鳴り散らされた。
「何故何も言い返さない! 」
「……? 」
「貴様だ! 貴様に言っているのだロゼンジ=キャロット! 」
私の名前を知っているのに、どうして私なんかを助けるの? そう聞こうと思った。だけどやっぱり言えなかった。口を開いても、声が出ない。マリー以外とはあれからまともに喋れない。マリーには言わなくて良いことまで言ってしまう。どんどん自分が嫌になる。
結局私はそいつに何も言えないまま、そこから逃げだ。だけどそれからというもの……そいつは私達を追いかけるようになった。
何て嫌な奴だろう。放って置いて欲しいのに、私になんかにまで構う。本を読む邪魔でうんざりしたわ。はた迷惑なくらいの熱い性格、明るい髪も、私とは正反対。粗探しをしてやろうといつも思ってた。そうやってずっと睨み付けている内に……私は気付いた。
(こいつ……良いところ顔しかなかったじゃないの)
粗しか、見つからなかった。てんで駄目人間。すぐ泣くし怒鳴るしうるさいし。その男への不満が日に日に増してきて、とうとう私は爆発してしまった。
「いい加減にしなさいよっ! どうして付き纏うの変態っ! 気安く名前を呼ばないで! 」
「ようやく人語を解したな」
酷いことを言ってしまったと、私が落ち込む隙も与えない。怒らせれば私が喋ると思って今までこんな事を続けていたのか?
「俺は貴様の……お前の……いや、貴女の力を借りたい。き、貴女は恨みがあると聞いた」
「慣れない言葉、使うの止めたら……? 」
「そうか、助かる。ええと、では改めて……」
「何聞いたか解らないけど、止めときなさい。私の魔術……ミザリーには敵わない」
「当たり前だ。俺だって剣ではロアに勝てない」
そいつが口にしたのは、他の天才の名。確かあの二人が新しく組んだパーティの……
「やっとまともにこちらを見たな」
言われて私は目を逸らす。
「あんたも、あいつらに恨みが……? 」
「まぁ、そんなところだ。奴らは確かに強い。実力もあって、努力を惜しまないが……手段も選ばない。だから俺は奴らを認められない」
出る杭は打つ。あの連中に、人を世界を守る気なんて無い。自分の名誉を守るため、結果的に人助けになる仕事をするだけ。踏み台なんだ人間なんて。あいつ等にとっては。だから商売敵になりそうな奴らは、私達のように潰される。どんな汚い手を使っても!
(こいつも……踏みつぶされた人間なのかしら)
それにしては、明るい目をしている。完全に踏み潰されていない雑草の目。
「正々堂々勝つなんて無理よ。こっちがもっと手段選ばなくなる以外、勝ち目なんてない」
「あるさ。そのやり方を知りたかったら……キャロット! ハーツと共に俺と来い! 」
*
……あんな偉そうなこと言ってた男が、何てみっともない姿。あの頃とは真逆だわ。
「くくく……良いザマねぇ、乳騎士」
「キャロット貴様っ……やはり悪魔に魂でも売り渡したか! こんなことして何になる! 」
「絵とネタとコネと金になるっ! 」
私の言葉に、コントは絶句。観客の前では強がっていたが休憩に入り気が緩み、彼はすっかり涙目だ。これは手段であって、目的ではないのだけれど……
(コントのこういう顔見るの、楽しいのよねぇ……)
ごめんねと、胸の内でこっそり謝ったあと、私は隣の女性に手を向けた。
「紹介するわ。こっちの先生……腐川さんが、向こうで契約した召喚相手ね。腐川さん」
「ええ、解ってますよダイヤ氏」
眼鏡のズレを直しながら、契約相手が私に本を一冊手渡す。私はその本を、檻に繋がれたコントからも見えるように手に持った。
「こ、これは……! 雄オーク同士のオークレスリング……だと!? 」
表紙にはコントでも読める言語が記してある。それもそのはず、それは此方で出版する物なのだ。
「そうよ彼女は絵が上手い! 締め切りは守る! これって素晴らしい才能よね。ちなみに異世界では漫画家というジョブに就いているわ」
「マンガ……? 」
「言うなれば絵だらけの書物、異世界には膨大な書籍があったわ」
「あ、乳騎士氏、気に入ってくれました? じゃあこれサイン本! プレゼントしちゃう、布教用と普段用と棚に飾る用ね」
試合中のようにテンションが上がった腐川さんは、機嫌良くコントに本を押しつける。
「いや、あの……俺これどうすれば良いんですか? しかも違法なんじゃ……」
「うんうん、それじゃあ男の子向けにこっちもあげようね! これ結構使えるって人気なんだよ? 」
「オーク×女騎士……」
オークレスリングよりコントにとっては実用的だろう。しかし三冊同じ本を貰って反応に困っている。名前の割にしょうも無い男だな。しかし初対面の相手には敬語か、腐っても騎士。確かに私相手にも、昔は普通に対応してくれていたな。
「それは此方にダイヤ氏が戻ってから、魔法で念写コピーした物故、違法ではございません」
「異界から戻って一週間……貴様はこんな事をしていたのか? 」
「一年前のこと、聞きたがっていたわね。教えてあげる」
流石にちょっと可哀想だけど、実際身をもって体験させる以外にこいつが納得するとは思えない。現にふざけるななど怒鳴りもせずに、私の話を聞いている。コントを異界に連れて行くより契約相手呼び出す方が簡単だもの、仕方ない。
「一年前……奇しくも私は彼女の住処へ落ちた。その時彼女は修羅場中だったわ」
「し、シュラ……? 」
「彼女は私の恩人よ。二度と帰れないかもしれない異界の地で……復讐を諦めなければならなくなった私に、生きる希望を与えてくれた! そう、彼女は私に一冊の本と……世界の真理を教えてくれた」
「宗教か何かか? 」
「違うわよ馬鹿っ! 此方へ帰る目処が立つまでの衣食住を約束して貰った代わりに、私は彼女の仕事を手伝ったのよ。アシスタントとして必要に駆られてね……オークの召喚も彼女の本棚にあった本でその時覚えたわ。最初は一匹召喚するのがやっとだったのに、今では三十匹まで余裕よ」
「喚ぶな囲うな並べるなっ! 何故こいつ等全員息が荒い!? そして俺ばかりを見ているんだ! 」
「そして彼らとの交流の中、男にしか興味が無いという滅びのオーク一族……クオモッホ族という存在を知ったの」
「貴様はそろそろ本気で、真っ当な同性愛者に怒られろ」
段々疲れてきたのだろうか、コントのツッコミにもキレがなくなって来ている。舌打ちと一緒に、私は召喚したオーク達を帰らせる。
「ダイヤ殿のご助力で、リアルなオークは描けるようになりました。定番の女騎士物で女騎士御殿が建つ程稼がせて頂いだので、これからは好きな物を描こうと思いましたが故……」
「でもね。彼方ではこれ以上の市場開拓が難しいと言うことだったの。だから私は彼女にこちらの言語を教え、私経由で広める契約を提案。代わりに私は彼女の画風を伝授された」
「異界間の金銭取引は成り立たないはずだが」
「残念ながらオーク同士の本の売れ行きは微妙だったのよ。心理描写の掘り下げとか頑張ったんだけどね……少女マンガでやれとか散々言われたわ」
「やはり美しい物が汚される、そこに興奮する罪深くも愛らしい人間の心理が潜んでいるのですなぁ。というわけで私は正統派のイケメン騎士が見てみたいと」
「資料提供って奴よね。こうして彼女の創作が捗るようなネタを返す。私は唯単純に楽しいし、金になる。……ってな訳であんたに白羽の矢が立ったの。私の知り合いで簡単に連れ出せそうなの、あんたくらいじゃない」
私達の話を聞き流しながら発揮される速読スキルにより、コントの顔が青ざめて行く。礼の本の顛末さえ解れば後は片方を自分に当てはめれば良いだけ。ようやく羞恥心以外に危機感を覚えてくれたようだ。
「ま、……まさか俺はそんなよくわからない理由のために、人の尊厳と純潔を失いかけているのか? 」
負けても裸になるだけ。恥ずかしいがそれ以外はないと言い聞かせていたのだろうか。狼狽える彼は、普段からは想像出来ないほどそそる顔つきだ。
「やーね、野犬に舐められたような物じゃない。オークはノーカウントよね? 」
「貴様が同じ目に遭っても同じセリフを言えるのか? 」
「あら素敵。同じ目に遭わせて下さるの? 私はあんた相手でも構わないけど? 」
「人をからかうな魔女っ! 」
「そうねぇ……」
私はマントを外し、胸元を涼しげにしてやった。慌てて視線を下に逸らしたコントだが、定期的に気になる様子。この男を乳騎士乳騎士私が言うのはこのためだ。
「じゃあ取引よ、乳騎士さん♪ 触らせてあげる」
「……は? 」
「あんたが勝ったら私の胸、五分十分、いいえ何なら一日でも。私を好きにさせてあげる」
「……」
返事はなく、コントはもう私に何も返さない。でもここまでやられたのだ。私達のリーダーは、黙ってやられるだけの男ではない。
「ダイヤ氏、あのような約束は流石に」
「券の売れ行きがオークばっかり売れてて問題なのよ、先生」
券は全部で三種類。クーオ、乳騎士、それ以外。今の所コントはそれ以外にすら負けている。
「興行主として、盛り上がる試合をさせるのも仕事よね? 」