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三話 『眠れぬ森の寝室の乙女(グッドナイトバージン)に幸あれ』 -7 

挿絵(By みてみん)

【『眠れぬ森の寝室の乙女に幸あれ』 -7 】


 俺……レイン=ニムロッドには一つ悩みがある。それは耳が良すぎることだ。耳……と言っても聴力とは少し違う。人の感情の波を、感じ取り易いのだ。祖父もそういう所があったようだけど、魔法の力も強かったからそれを無効化するのも簡単だった。問題は、俺自身に殆ど魔力がないことだ。故郷の森を離れたのだって、周りの感情に当てられることが嫌になったからに他ならない。


《き、貴様は馬鹿か!? こんな状況で戦えるかっ! 》

《嫌よ嫌よも好きの内。会場盛り上がっております! 》

《悪趣味な実況は止めろっ! 》


 どうしたものか。それは二つの状況含め。


「レー君、どうかしました? 」


 どこから話したものだろう。食事をする俺の手が止まる。こうして落ち着いて食事をするまでにも色々あったのだ。面倒だから寝てしまおうか。それは駄目だ。今度は何されるか解ったもんじゃない。人畜無害に見えるこのシスターは決して安心な相手ではない。“こんな格好”のまま無防備な姿を見せたら終わりだということ……まずはそれから思い出そうか。

 そう、魔女のキャロットねーちゃんに言われるまま街へ出かけた俺達は、良い感じの店を見つけた。値段も手頃で店先に流れ込む料理の香りも悪くない。狩りは嫌だというマリーねーちゃんも一緒だから、そこでお昼って話になったんだけど……空いてる席がカップル席しかなかったのが問題で。そんなに密着できないと涙目になるシスター。やがて彼女は「名案です! 」と俺の手を引き別の店へと俺を引っ張った。彼女は店の前に来てから、自分の手……それに気付いて慌てて遠離る。


「やっぱりレー君、こういう服似合います! お姉ちゃんが買ってあげますね」

「ええと……」


 俺は祖父がエルフだったから、耳は人より尖ってる。でも、人の血が濃いんだろうな。村では異質で成長速度は人より数歳遅いくらい。パーティでは俺が一番年下だけど、実際離れているのは一つや二つ、その位だ。それでも実年齢より幼く見えるから……こういう扱いされがちだ。そういうの、最初は新鮮だったし嬉しくもあったけど……


「似合ってます可愛いです! 」

「うわぁ……」


 何て言うか……このまま一人で外歩けない。最近この界隈では少女誘拐事件も多発しているし。自分で言うのも何だけど、なんだよこのこのロリエルフ……こんな格好させられたら女の子にしか見えない。


(背は、マリーねーちゃん越したんだけどな)


 俺の童顔が悪いのか。こうして並ぶと俺なんかやっぱり妹みたいだ。しかもねーちゃん俺を追い越そうと厚底の靴を購入してる。そんな見栄も可愛くは思うし、男嫌いの彼女に思いきり抱き締められるのは悪くはないけど、鏡に映る自分の姿は情けない。俺はその内この人に、姉妹の誓いをとか言いながら、去勢を迫られるのではないかと怖くなる。彼女が買ってくれたのは、一応弓職向けの装備。だけどそれは当たり前のように女物。


「身軽でいいですね! 」



 俺の長い髪も勝手に弄られ飾られている。これもなぁ……短くするとマリーねーちゃんの間合いが五メートルは増すから仕方なく。彼女とパーティを組んでから、切らずに伸ばしている。

「身軽は身軽だけどこれ、下半身の防御率低すぎない? スカート短い恥ずかしい」


 この人こんなんだから教会追い出されたんじゃないかな。何処かの国で、異性装は死罪って話聞いたことあるんだけど。この人実は俺のこと殺したいんじゃないか? 

 キャロットねーちゃんに怨みはないが、思い返せば……この一年、まだ平和だった。俺は後衛より中衛メインになっていたから、男装備でもマリーねーちゃんは平気だった。状況によって後衛に下がった時に、彼女がもっと後退したら前衛のへたれにーちゃんが死ぬ。そうならないためにはこの装備が大事だって解るけど……俺はまた、家でしか男物の服を着られない日々が始まるのか。


「解りました。店員さん、この硝子ケースの中の少年向け貞操帯なる物を試着させ」

「ねーちゃん、違う! そういう防御力じゃなくて……」

「お目が高いですねお客様、これはこの道のサエスドド様にもご好評の品でございまして、一度装備させたら最期! 後はご主人様お嬢様の忠実な僕でございます」

「大丈夫ですからねレー君、マリーお姉ちゃんが守ってあげますからね」


 駄目だ。マリーねーちゃんの感情が、「絶対装備させる」一色だ! 店員に「青年向けもありますか? 」なんて聞いてるし! これ騎士のにーちゃんにも買う気だどうしよう!? 自分達が鎧着ろよ! 防御上げれば良いだろ、なんで男側をロックしようとするの!?


(やばい、俺の下半身囚人生活二十四時が始まる! そんなの御免だっ! )


 ガタガタ震えながら、俺は辺りを見回した。何かねーちゃんの気が引けそうな物はないか!?


「お、俺! こっちの方が良い!! 」


 もうなりふり構っていられない。俺は別の商品陳列棚を指差し叫ぶ! 俺の声にゆっくり視線を動かす店員とマリーねーちゃん。


「だ、だめ……? 」


 氷の視線に震えつつ、俺も後ろを振り返る。その刹那……


「レー君、こういうのが好きだったの!? もう! そういうの早く言ってよ嫌だー! 私全然違う感じの選んじゃってましたね! 」

「それではお客様、この下着ですとスカートは上着はあちらの方が」

「良いですね良いですね! 流石です店員さん! 」

「おい、あれ【神域の射手(ホーリーアルシェ)】じゃねーか? 女装なんて一年ぶりじゃねーか? 可愛いなー! 念写保存しとこっと! 」

「うぉお……程ほど細く、でも程良い肉付き、白い脚! 触りたい……。【絶対領域の聖者(プロテクタント)】に二つ名変えれば良いのに……」

「お、俺は……【寝室の乙女(グッドナイトバージン)】が、良いと思うな! 」


(く、くそぉ……あの通行人達! 勝手なこと言うんだから……)


 恥ずかしさから俯く俺の傍で、店員とマリーねーちゃんがそれぞれ下着を手に取り俺に微笑みかけていた。


「レー君は、この純白フリルとリボンとレースの無垢なホワイトワイフ社のエンジェリック・ローズシリーズがいいですよね? 」

「いえいえお客様。活発な坊ちゃまにそれは些か動きづらいでしょう。ここで提案させて頂きますのが機能性通気性実用性を重視した此方のセクシャルハラスメンタル社のセクシャルバイオレンスランジェリーシリーズが」

「確かにそれもレー君みたいな無邪気可愛い子がギャップで着けていたらグッときますが、王道には王道の良さと言うものが」

「されどお客様、一見小悪魔大悪魔大魔王が如きレディが清楚な下着というのもまたギャップがございますように、このような自然美溢れるうら若き少年が布一枚下は男を誑かさんばかりの危険な装備というのもまた」

(俺、どうせなら女の人誑かしたい……いや、これ誑かしてこの結果なの? )


 もう何を言っても無駄だなと思った俺は、二人の会話を適当に聞き流し店内の椅子に腰を下ろしていた。時間にして数十分。激闘に及ぶ激闘の末、無限に続くかと思われた両者の口論は、熱い友情の握手によって締めくくられ……俺には二社の下着セットが贈られることになった。表情の凍った俺の傍、女神のように微笑むマリーねーちゃん曰く……


「私も同じシリーズ買っちゃいました! 今度、お揃いで同じの装備しましょうね! 」


 聞き流したとは言え端的なワードは俺の耳にも入って来ている。


(過激過ぎるセクシャルバイオレンスシリーズと、新妻に着せたいと評判のエンジェリック・ローズシリーズ。それをこの清楚なシスターねーちゃんが、自分の分も購入しただと!? )

 この人、これ天然なんだろうか。絶対無意識にやってるから質が悪い。そんなことと言われたら……後でクーリングオフなんか出来なくなる。


「レー君? 」


 しかも合計金額、結構凄い。これ全部ねーちゃんに払わせるわけにはいかない。男を見せろ、レイン=ニムロッド! 金なら俺だって少しは貯めている。今が使い時、きっとそのはず、そうだろう!? ねーちゃんこの一年痩せすぎて、胸がCからBになったって泣いてたじゃないか。聞こえる声だと《本当はAからA'(エープライム)だけど内緒です》って言ってたけどそこを暴いちゃ可哀想だ。俺は何も知らない、何も聞かなかった! 


「ねーちゃんの分、俺が……払う。買って貰ってばかりは、駄目だ」


 強い決意を固めた俺が、じっと彼女を見つめれば……断ろうとしていた彼女の声も、段々聞こえなくなって……


「解りました……ではありがたく頂きますね」


 しばらく考え込んだ後、マリーねーちゃんは俺の手を握り金貨を受け取った。ほっと俺が胸をなで下ろしたその刹那……! 彼女はくるりと踵を返し、元の店に飛び込んだ。


「店員さん! やっぱりブラックアンジェラ社とサエスドド様専門デザイナー新設ブランドソドム120いちにーまるの少年用上下セットとコルセットとベビードールとガーターとニーソ下さい! 」

「流石は我が戦友殿(おきやくさま)っ! お目が高い!! 」


 こうして俺の装備の……フリルとリボン率が……もしくは拘束SM率が上昇した。防御が上がったかどうかは解らない。下着までこんな辱めを受ける日が来ようとは。


(はっきり言って、屈辱だ……)


 それでも目の前でニコニコ笑いながら食事をするシスターを見ると、強く物も言えなくなる。彼女の警戒心が無になっているのも感じるから。


「…………はぁ」


 彼女の笑顔を見ていると、不思議と俺も落ち着いて来て……大抵のことは許せてしまう。今回も俺の負けかな、諦めてランチのハンバーグを口に運んだところで……ああ、まただ。聞き覚えのある声が二つに、今度は知らない声も増えている。


《人間代表・乳騎士(ちちきしorおっぱいナイト)選手VSオーク代表クーオ選手によるオークレスリング、盛り上がって参りました! ええ、会場も! 観客、選手の違う物も! 》

《品のない発言は止せっ! 人の家名になんてルビを! 名誉毀損だぞ貴様ぁっ! 》

《両者なかなか粘ります、乳騎士選手、極々単純な回復魔法は使える模様? しかし足取りはおぼつきませんねぇ。対するクーオ選手、まだ余裕の表情! 遊んでやっている、そんな様子も窺えます。ここは踏んだ場数の違い……と言った所か》

《ここで鉄をも溶かす、されど人体には優しいスライムさんの飛び入り参加! 迸る汗! 先に全裸になった方が負け! その前に降参するのはどちらか賭けた賭けたぁあああ!  》

《巷ではオーク×女騎士プロレスが流行っておりますが、これもそれに勝るとも劣らぬ名勝負ですね実況のダイヤさん》

《ええ、実況にはイケブクロ国がロードバージニア州よりオークレスリングの第一人者、腐川(ふかわ) 好子(よしこ)先生を迎えています。ではまず先生から一言……なぜ先生はこのような種目を考案されたのですか?》

《えー私はですね、まず風評被害を受けたオーク族のイメージアップ、この点からこの競技を作りました。彼らは知性も有り個性も有り、そして性癖もある。まずこの当たり前のことから私は広めていきたいと考えております。そう……オークにも、同性愛の権利はあるのだと! 》

《深いですね……流石腐川先生! 》

《その前に俺の人権を思い出せ腐れ魔女共! 》

《あー、対戦相手の乳騎士選手、気位の高さスキルを発揮しましたね。悪くありません。前データとは違う、逆境に折れない心。これが土壇場での雄としての強さ! なかなか闇堕ちしないメンタル面の意外な強さ、これは叩き甲斐がありますね。代表選手として、決して恥ずかしくないスペックです。全くその気が無い、プライドを着込んだ騎士を鎧と共に剥いでいく心理。これもまた我々の業界では》

《おー! ここでオーク族クーオ選手のスライム投げ! かわした! 乳騎士選手かわしました!! しかし遅かった! 胸の鎧が溶けております! 破った! クーオ選手これを見逃しませんでした! 》

《野郎の半裸くらい別段恥ずかしくもないはずなのに、周りが騒ぐと恥ずかしくなる心理。その女々しさを突いたナイスなプレーでしたね。クーオ選手の世界ランクもこの試合で上がることでしょう》


「レー君? どうしたの? 向こうの通りが気になるんですか? 」


 今のパーティは好きだ。みんな感情的過ぎるから、周りの騒音を掻き消してくれる。メンバー自身が公害だとも言えるけど、そう思わない俺にとって、居心地の良い場所。人前で昼寝が出来る日が来るなんて、昔の俺には信じられないことだったんだ。


(でもなぁ……)


 魔女のねーちゃん……キャロットと、騎士のにーちゃん……コントのやり取り。あれは感情の波が激しすぎる。何処へ移動したかなんて簡単だよね。その二人の感情が、いかがわしい宿から聞こえてくるのは一体どうしたことだろう。気のせいかな、気のせいだよね。そう思いたい。いや、気のせいでなくても良いから普通に仲が良いならそれで。だけど聞こえてくる声達は、どうにも無視し難いもので。


「仕方ないなぁ……」


 どうしてこんな事になったのかは解らないけど、これでにーちゃんがトラウマ抱えるようになっても可哀想だ。


「マリーねーちゃんごめん! これ財布な! 払っといて」

「え、ちょっとレー君!? 」

「食後の運動! ちょっと狩ってくる! 」

「無益な殺生はなるべく控えて下さいね! お姉ちゃんも今行きますからちょっと待って」

「一人で大丈夫! 後、たぶん有益! 」


 第一ラウンドは終了してしまった。急がなければ。インターバルの間に何とか俺が……

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