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一話 『魔法使いの帰還』 -7

【『魔法使いの帰還』 -7 】


 遠く、遠くに離れていく声。私……ロゼンジ=キャロットがあの時最後に聞いたのは……悔しげに撤退を命じる男の声。あれから、もう一年か。その時のことを彼らに聞けば、私はその度に小言を聞かされる。どうしてあんな大事な時に、お前は姿を消したのか! って。何回言われたって私の答えは変わらない。そんな大事な時だからこそ、大技使ったわけじゃない?

 寝台から体を起こし、書物に目を向けている私。久方ぶりの故郷の文字と文法に、私は懐かしさを感じていた。


「本当に、心配したんですよ? 」


 病み上がり? の私に向い、同室の少女は涙ぐむ。適当にあしらうわけにもいかず、私は本を閉じ彼女に向き直る。


「へいへい、あんがとねマリー」


 半泣きで抱き付いてくる【黒の聖女(ブラックマリア)】の背を、私は適当に撫で叩く。もう一年も前のことだと言うのに、この話になる度彼女はこうだ。帰国しての一週間、この会話を何度繰り返したことだろう。


「神のご加護ですね! 」


 この輝かんばかりの天使の笑みに、男共は目眩を起こすのだろうけど……私が思うのは「惜しいなぁ」の一言だ。この子はマリー=ハーツ。訳あって教会を追い出され、勇者育成専門学校なんぞに身を寄せることになったが元は名家の出。小柄で可愛らしい彼女だが、立ち振る舞い一つ一つにも品を感じる。それでいて、私のような者にもこうして普通に接してくれるのだ。その優しさを疑いはしていない。だけど……


「いやー、申し訳ないけどほら、私専門黒魔術だからそういう眩しいオーラ送らないで」

「え? 」


 二つ名こそ黒いが、基本は白も白。肌も白けりゃ髪も白銀。下着も8割白だ白。残り一割ピンクとブルー。悪い子ではないのは保証するけど、休日にはあんまり会いたくない。でも同室な上、同じパーティだから仕方ない。お前は私の恋人か! ってくらい普段から一緒に過ごしてる。昔は私も慣れてたんだけど、一年のブランクは思いの外大きく響く。


「でもあんたら、良く無事だったわね。私の移動魔法もなかったのに」

「魔法使い……これを見ろ! 」


 来たな出たな湧いたな妖怪・金髪碧眼色男。こいつは通称腐れ……いや、【氷結の騎士(ナイトフロジア)】なんて大それた二つ名がある。一応この男が、私らパーティのまとめ役。格好さえ整えれば、ぱっと見何処ぞの貴族の坊ちゃんには見えるまともな男だが、短気なためいつも失敗ばかりしている。確かそれで家を勘当されたんだったかな。まぁ、理由もわかる。こいつ本当……猪突猛進というか、性格自体はまとも通り越してまともじゃないのよ。


「俺を無視するな腐れ魔法使い! 」

「無視したくもなるわよ! この腐れ騎士、ここ女子寮よ? あと、三階! ベランダから入って来るな変質者! 」

「許可なら取った! 男が女子寮の階段を使えば不安がられるだろうが! 」

「あら素敵な位、くそ真面目。変わってないわねお元気そうで何よりよ」


 許可なんか出すなよ寮母の婆様。こいつ、外面良いからなぁ。いや、頑張ってるのは事実だし、人望あるのは良いことだけど。だからってマリーが悲鳴上げて干した下着しまってるじゃない。お前は赤面の一つでもしろよ馬鹿野郎! 無神経通り越してもうあんたホ()か! ()モなのか!!


「腐れ外道は貴様の方だ! む? 何故顔を赤らめる」

「な、何でも無いわよ」


 この様子、マリーに用事って訳じゃなさそうね。腐れ騎士から私に突きつけられた紙には、こんな記述があった。“落第パーティ認定書”なんて縁起でも無い文字列……その下にあるのは四人の名前。


《 以下四名を落第と見なし、卒業資格を取り消す。

  【氷結の騎士(ナイトフロジア)】コント=ラクトナイト

  【黒の聖女(ブラックマリア)】マリー=ハーツ

  【血塗れ金貨(ブラツドスター)】ロゼンジ=キャロット

  【神域の射手(ホーリーアルシェ)】レイン=ニムロッド

               勇者育成専門学校 学校長 》


 恥ずかしい二つ名だが、これも一応登録しなきゃならない法律になっている。好きで名乗ってるわけじゃない。ちなみにあれは、【血塗れ金貨】で(ブラッドスター)と読む。私は【|深紅のダイヤ(鉄壁カルブンクルス)】って登録したはずなのに……いつの間にやらこうなった。時々あるのよ。評判や世間の二つ名で、登録名まで変えられること。どんな雑魚モンスターからでも拾ったアイテム、コインは忘れない。パーティの金勘定を任せられていた私が、血塗れのコインもちゃんと拾っていたからって話よ。私のマメな一面を、こんな風に歪曲した奴らを許すまじ。

「おい、|乳騎士喜劇(Lacto knight conte)」


 私は騎士の名を、故意に入れ替え呼んでやる。別に八つ当たりではない、私と彼の間での……所謂挨拶のようなものだ、一年ぶりの。だと言うのに短気な男は憤慨している。

「それは止めろと言っているっ! |契約の騎士(Contract knight)と呼べ! 」

「じゃあ|夜乳伯爵(Night lacto conte)」

「ならば守銭奴キャロット! 貴様のrotは腐れの意味か腐れ毒ニンジン! 」


 ごめん、ちょっと八つ当たりは入ってたかも。だって何よこの紙! この腐れ騎士とマリーの他に、私の名前も書いてある。パーティ丸ごと落第決定とはただ事じゃない。コントが顔色を変えるのも仕方の無いこと? いや、おかしい!


「そんなことより何よこれ! 私達準二級までクリアしたはずでしょ? 」


 卒業試験はパスしたはずだ。“あの事故”は、その後に起きたことだもの。私はてっきり皆もう卒業したとばかり……。マリーがここに居るのは、他に行く場所がないからか、私を待っていてくれたからだと信じ込んでいた。なるほどそういう訳で、敷地内ですれ違う人すれ違う人皆が皆余所余所しいわけだ。


「貴様がどこぞをほっつき歩いている内にな……免許更新期限が来たのだ馬鹿野郎っ!! だと言うのに貴様は何だ! ギルドにも顔を出さない! 」


 コントが続いて私に寄越した紙には、“勇者免許剥奪パーティ”なる文字がある。

 協調性がなくとも性格に難があろうとも、一人で十分戦える……一級ソロクリアでも出来たなら、勇者としての拓けた未来が待っている。しかしそんな一握りの天才以外、パーティは必須科目。私達はと言えば……一人一人はそれなりに。でもだからって、一騎当千の力があるには及ばない。だからこの仕事において、連携はとても大事なこと。学生の内から私達は、ギルドで仕事を請負うものだ。勇者学校なんて三年にもなれば、実戦として任務を積んで行く。そこで活躍できれば来る勇者デビューの日も華々しく迎えられる、はずだった


(運がなかったのよねー……天才が、居すぎたんだわ同じ時代に)


 尚かつその天才様達、表向き欠点のない完璧超人。そうなりゃこっちは粗ばかり目立つってもんよ。コントは真面目すぎて融通が利かない。マリーは男性恐怖症。私はご覧の通りの性悪人間嫌い。そしてもう一人は……


「で、何でこの騎士様はこんなブチ切れてんの? 男の子の日? 学園もギルドも腐ってんだし、ちっと金でも乳でも握らせりゃ更新期限くらい試験くらいで何とかなるんじゃないの? それでさっさと卒業するなり私の代わり探せば良かったじゃない」

「男の子の……? あの、何ですかそれ」

「そんなの年中無休だろ、にーちゃんの熱血病は」


 振った話題に反応できないマリーの傍から、聞こえて来るのは別の声。見れば部屋正面に位置する木の上……そこにに小さな人影がある。


「きゃあああああ! 」

「おお、元気にしてたか少年? 」

「貴様不平等だぞ! 何故許可書のないニムロッドを怒らない! 」


 室内に飛び移ってくる少年に、コントは不満を露わにするがちょっと大人げない。


「少年とは少年であるが故、それだけで素晴らしい物なのだ。どっかの国のどっかのおっさんが言ってた。以上! 」

「異常だぞ……? 」


 コントのツッコミはとりあえず無視して、一年ぶりの私は軽く抱き締める。


「元気そうね、レイン」


 少年とは言うが、年齢はそんなに私達と変わらない。一、二歳の違いだと思ったけど、外見だけもっと離れて見える。それでもエルフとしては異常に早い成長速度。実年齢より数歳幼い位かな。以前聞いた話だと、祖父がエルフ、母親がハーフエルフで父親が人間。そんな四分の一エルフ。まぁ、何にせよ可愛い盛りの年齢だ。金髪碧眼美少年。健康的なのに細い素足も遺伝か、畜生。愛でるに限る。


「相変わらず良い脚してんじゃないあんた……」

「げへぐへへとか凄い笑い口から漏れてるし……魔女のねーちゃんは相変わらずだな。マリーねーちゃんもこの調子だし」


 魔女という言葉は嫌いだが、彼が言う分には自然と耳に心地良い。私がそれを嫌う理由も知らないのもあるし、魔法使いのねーちゃんは呼び名としても長すぎる。ねーちゃんが彼にとっての敬称だから、魔女も侮辱の意味にはならない。私にそう思わせるくらい、彼の心根が澄んでいるのもあるだろう。


「酷い、酷いよレー君! もう何も信じられないっ! 」


 私に可愛がられているレインにマリーが焼き餅を……だったら良かったのにね。マリーが涙目なのは、私と並んだレインの身長差。それが一年前より縮まったこと……それから。


「ほー、レインまで男にカウントされるようになったか。背伸びた? おー、マリー越えしたかー! 」

「匿ってロットちゃん……」

「諦めなさいマリー、レイン弓職なんだからあんたと私と後方組よ」

「レー君……今年からジョブチェンジ……しよ? 」

「マリーのパーソナルスペース、男限定で十メートルは必要だもんねぇ……」


 回復のマリー以外全員近接担当になれば、パーティが成り立たない。状況により即全滅。それじゃあ女だらけのパーティならばと組まされた先、私と彼女は出会ったのだが……そこも訳あって解散。そして今に至る。私達のパーティは、私とレインが接近戦も遠距離もこなせるバランスタイプだから、相性はそんなに悪くない。戦闘面だけで言うならば。それでも私が休日に会っても許せるのは、喧しくはないこの少年くらいなものだ。


「ねーちゃんがいない間に、俺達留年決定だって」

「げ、この間まで準二で良くなかった?」

「そ、それが……あの後に法が変わりまして、卒業条件が二級になったんです」


 普段の敬語に戻ったマリー。私のマントに潜り込み、やっと落ち着いたのか。

 ご覧の通り私達四人は皆、性格協調性に難がある。その問題児達をまとめて作られたパーティが私達。お互い卒業のためだけに手を結んだようなもの。その後は手を切るつもりだったのだけど……私の不幸な事故により、彼らは……いや、主にコントだけが怒り狂っているらしい。


「解ったわ。いつまでもこんなん言われてたら私だって目覚めが悪い。取ります責任。取らせて頂きますわよ責任! 私もこの一年、遊んでいたわけじゃないわ! 色仕掛けか騙し討ちなら責任取れるわよ、新技仕入れてきたし」

「愚か者っっ! 金や色仕掛けけけなどで! 不正で得る勇者の名など俺は欲しくないっ! 」


 こいつこのまま行けば、十数年後に私とは違う意味で魔法使いになりそうだな。顔はまともなのに勿体ない。そんな事を思いながら、将来有望な魔法使いから振り下ろされた剣を、私は魔力を込めた杖で受け止める。


(以前より、更に素早い。怠けていたわけじゃなさそうね)


 見かけ倒しの鎧着込んだひ弱騎士。こいつは騎士とは名ばかりの、紙防御で非力な男だ。私の敵への弱体化(デバフ)魔法と、マリーの強化(バフ)魔法がなければ盾役買うのもままならない。適確な突きとスピードで敵を翻弄するタイプ。だけど思考がダダ漏れだから、冷静にガードするのも難くない。


「あんた今の世の中面倒臭いんだから、そういうの自重しなさいよ。はいはい、すぐ剣抜かない、剣しまう。そんなんだと下の剣もスピードタイプって噂が流れるわよ? 」

「一年半前っ、既に貴様が流しただろうがっ! 」


 女相手でも容赦無し。それがこの男の美徳でもあり欠点か。しかしメンタル面はやや脆い。ちょっと辛かっただけで半泣きだ。向こうで苦笑している少年の方が三倍は達観している。

「大体わかった? ねーちゃん」

「ええ、大方は」


 この中で一番まともそうなレインにも、問題点はある。今更他のパーティに移れないわけだ。


「つまり三人は、私が帰ってくるまで無免許で……報酬も労働基準スレスレレベルで酷使されていた訳ね」


 余程過酷だったのだろう。マリーも更に細くなり、洗濯物にパッドの枚数が増えていた。


「俺の食卓の侘しさを、日々記録に残しておいた。一年分だ。暗記するまで熟読せねば俺は貴様を許さない」

「私はあんたのその器の小ささが許せないけどねぇ……一応貰っておくわどうも。ふーん、綺麗な字じゃない」


 顔を背けつつ、私は女々しい騎士から食卓日記を受け取った。マリーのベランダ菜園と、レインの狩りに随分世話になったようで、日記には二人への感謝と私への恨み言が日々事細かに綴られている。


「さぁ、今日という今日こそ答えて貰おうか! 貴様はこの一年どこで一体何をしていた! 」

「そんなこと言ったって、あんたら絶対納得してくれないわよ。この一年かけてようやく異界の門を安定させて帰って来た私に何て酷い仕打ちを」

「まだ隠すか!? あれさえクリア出来ていたなら……俺達だって今頃っ……」


 あー……とうとうコントはガチ泣きだ。


「何故目を逸らす、キャロット」


 空気読めない癖に、どうしてそういう事には気付くかな!  私の異変に気付いた騎士が訝しげに私の顔を覗き込む。

「仕方ないでしょ、まだ調子よくないのよ」


 コントの奴、近付き過ぎ! 思わずかつての調子で返してしまうが、その顔を直視出来ない。私は再び顔を背ける。落ち着け、落ち着くんだ私。変な勘違いされたら末代までの恥よ。こんな涙鼻水垂らした美形相手に、そういう勘違いされて堪るもんですか! 


「キャロット……? 本当にどこか悪いのか? 」

「コント……私、こんなこと本当は言いたくないんだけど」


 駄目だ、こんなに近くでこいつの顔を見ていたら、言ってはいけない言葉が口から溢れだしてしまう。


「あ、ああ……。何だ、俺達は仲間だ、隠し事なんてお前らしくもない。どんなことでも俺は聞くぞ」

「……お、あんた……その……」」

「……お? 何だ? 」

「オーク、飼わない……?」

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