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二十話 『血まみれ金貨の使い道』 -0 

『血まみれ金貨の使い道』 -0 



 私の召喚術は成功し、失敗した。無角獣の助力は得たが、彼自身を引っ張り出すことが出来なかった。それは既に彼は身体を持たない存在だったから。呼び出せるのは彼の魂だけだった。それでも彼の空間の中に、ロアの精霊人形が投げ込まれたことで場所を割り出せた。私達の目の前で人型を貪り喰らう彼は、最後に悲痛な叫びを上げ消える。弱みを握る召喚者から、対価を受け取り召喚されたのだろう。そしてそれの召喚者は、今……私の目の前にいる。


「残念ね、アリュエット。ロアは来ないわ。でも感謝なさいな、私が来てやったんだから」


 彼女は何故、こんな姿になってしまったのか。一言で言うならそれは獣だ化け物だ。私が召喚した偽者とは違う。長く豊かな彼女の髪は獣の鬣へと代わり、白い肌の半分は黒ずみ毒に爛れている。管理小屋にあった角は私が喚んだ無角獣の物。今アリュエットが頭部に生やしている漆黒の角は二角獣の物? もう一本も私には見覚えがある。あれは、アリュエットの愛剣《牝牛》。彼女は、二振りの剣を用いて人工的に作られた二角獣。近付くまでは無害、管理人が倒れても命令待ちだった彼女が凶暴性を増したのは、マリスが倒れた後。あの男、どういう手か自分をトリガーとして設定しておいたわね。今の彼女は人としての理性も消し飛び、私の挑発さえ正しく理解しないまま突進、言葉も通じないっ! 防御壁を張り戦うような接戦は、私一人では勝てない。避けて何処かで時間を稼いで、《最終兵器》をぶつける方法しかないか。


「《風琴族(クオルガナ)》っ! 」


 新たに召喚するは魔法属性オーク。即時召喚型だから、召喚獣としてのランクは落ちるけど、攻撃以外のやり方ならば、ちゃんと活躍してくれる。私は懐から小瓶を取り出しほくそ笑む。


「っ、ングガァアアアアアアッ」


「目潰しは、騙し討ちの基本よねっ!? 」


 《牝牛》の攻撃は喰らえない。マリーが傍に居ない今、それは私の命取りになる。人間の頃の彼女に半殺しにされた私なのだ。完全に避けるような身体能力はない。だから風を使ってアリュエットの攻撃をずらす。砂を乗せた風が、彼女の目を掠めるよう狙ってね。

 契約済みの召喚獣の良いところはこれよ。友好度によって、お願いする言葉も短くて済む。低ランクは名前に「お願い♥ 」を滲ませた一言詠唱でこの通り! 高ランクは気難しいから、長い詠唱でご機嫌取って「お願いします本当にこの通りです貴方様を私めは必要としていてうんたらかんたら」とか兎に角まぁ面倒臭い。言葉でやるにも文字を記すにも、消費時間は長くなる。身分もあって先祖の七光りとか精霊とコネがあったり魔力量が桁違いで? 強けりゃ強いほど良いと思ってる最強パーティ様には解らないでしょうね!?


(あの変態も、そんな勘違いしてたわね)


 召喚術とは臨機応変、それが何より本当は大事。召喚コストと時間と消耗魔力。最小限の力で最大限の結果を残す。それを解っていないのは馬鹿以下よ。事実、管理人自身は大した男ではなかった。卑劣な手を用いなければ人に危害も加えられないような屑。マリーが女装なんかさせるから、あの野郎は自分を振った女の子供に変な気起こしたんでしょうね! 気持ち悪い。私と同じ事思うんじゃ無いわよあの変態っ! 胸の内で口汚く罵ってみたけれど、それで抉られるのは私の心。本当、無様だわ。


(ずっと、変わらなければ良い。今が続いていけば良い)


 私はあの変態と何も変わらなかった。失った過去を取り戻したいと、やり直したいと思う気持ちは責められない。


(アリュエット、あんたは……変わろうとした。変わり続けた)


 そして全てを失った。あんたは馬鹿よ。気付くべきだったんだ。周りが自分が変わっても、何か一つ大事な物を。絶対に変わらない物を持っているべきだったのよ。それを無くしたら自分では無くなってしまうような、そんな大事な物を一つだけでも。


(私だって、変わった。変わったんだと思ってた)


 異界へ落ちてあんた達を憎んで、他人をどう利用するか騙すかずっと考えてたわ。復讐を、忘れるくらい目新しく楽しいことは沢山あった。それでも胸の傷を見る度に、私はあんたへの憎しみを募らせた。ミザリーよりも、あんたが嫌い。自分は綺麗な顔をして、さも正しいみたいな振りで人を傷付けるようなあんたは嫌い。だけど言うのよ、コントが言うの。私があんたを許せなかったら、あいつがマリスと和解する日も来ない。可能性なんて勝手に人に背負わせないでって……あいつの目を見ていると言えないの。あいつのために考えた。私のために、考えた。どうしたらアリュエット、貴女を許せるかって何度も何度も考えたのよ? 


「【血まみれ金貨(ブラッドスター)】、キャロット様が《最終奥義》……! 」


 私の最終奥義は皆と一味違う。アリュエットの攻撃をかわしながら、私は仕掛けを行っていた。あちこちに飛ばした五枚の金貨には、私の血が塗ってある。コインとコインを繋げれば、五芒星の魔方陣。その中央に私は立って、アリュエットを誘い込む。そろそろ目潰しの効果も薄れて来たのか攻撃も正確さが増していく。失敗は、出来ない。

 私の右手には一枚の金貨。左手には掲げた杖。杖から魔法を紡ぐフェイント、勢いの出過ぎたアリュエットでは避けられない、ならば当然ぶつかってくる! しかし彼方も考えた。


(角が消えた!? ふっ、上等! 良いわよ来なさいっ! )


 アリュエットの二本の刃は彼女の口へと移動して、牙となって襲い来る! このまま左手を食わせて、右手の金貨をあいつの口へと叩き込む。それで最終奥義は完成だ!


「馬鹿者がっ……! 」


 私が笑っていたのを知って、口汚い助っ人は私にそんな言葉を投げかけた。二角獣の真下に滑り込み、勢い良く立ち上がることで、彼女の顎に頭突きをかます。確かに普段から頭の固い男だけど、一歩間違ったら頭ごと食われてた所よ。


「近接戦闘は、俺の仕事だ。貴様だけ目立とうとしてもそうはいかんぞ」


 アリュエットが意識を飛ばしている隙に、コントは私の金貨を奪い、片手の拳を彼女の口へと突っ込んだ。「後は、お前の仕事だ! 」なんて格好付けやがってあの男。


「はいはい、詠唱展開《紅願い星(ミーティアレッド)》」


 ふて腐れながらも私が指を鳴らせば、切り札魔法が展開される。この術は対象となった被術者の、心や思考をその場に形として作り出す精神攻撃の一種。精神の抜け出たアリュエットの身体はその場に崩れ落ちる。ここで出てきた化け物でも倒してしまえば論破したも同じ事。だけど相手に物理攻撃は通じない。結界内で作った言葉がそのまま武器となり、ダメージとなる。


「出たわね、アリュエット……なんで明後日の方向見てるのよコント」

「くっ……な、何て強敵だ」


 彼の顔と台詞が合っていない。現れたアリュエットの精神体は八割裸と言って良い。頭に角が生えた他、際どい場所に獣の皮膚が残り尻からは尻尾が生えた他、後は痴女みたいなものだ。


「馬鹿じゃないのあんた、私の方がサイズはでかいわ! 」

「そ、そういう問題では無かろう! すぐ脱ぐお前と違って破壊力が凄まじい! 」

「はぁ!? ああいう鎧ガチガチ女に限ってやることやってんのよこの(どう)貞っ! どうせロアが靡かないからその辺のオークとよろしくやってたに違いないわ女騎士だもの! 」

「説得力がありそうでまるでない風評被害はそこまでだ! 」

《……お前は、楽しそうだな。ダイヤ》


 アリュエットは羨望と憎しみを込めた声色で私を呼ぶ。私とコントの会話が気に障ったよう。


「何よあんた。大好きなロア様と組めて? 最強パーティとして名高くて? 野郎からも大人気! お生まれもご立派なキャヴァリエレ様が何をご不満ですって? 」


 既に私の言葉で、アリュエットには数本剣が刺さっている。だが、この程度では倒れない。


《お前のような女が何故……私に無い物を持っているっ! それは本来私にあるべきものだろう!? 信頼し合える仲間、大事な人の心に愛っ! お前には勿体ない物だっ! 》

「ねぇコント、パーティは兎も角、私そんなの手に入れてるの? 」

「お、お……俺に聞くな馬鹿者っ! 」


 なるべく此方は被害を免れるよう、私は飄々とした態度で彼女と応戦。結界内で言葉が形を得、私へと降ってくる剣も余裕で避けられる。その横で、身体能力的には避けられるはずのコントの胸に、一本剣が突き刺さる。私の言葉に彼は傷付いたようだ。こういうの下手なら、結界に入らなきゃ良いのに。しかし立ち直りの速さがこの男の長所。すぐに使命を思い出す。


「アリュエット! 貴様は何故、あんな男に従っていた!? お前ほどの騎士が……」


 コントの言葉には一理ある。マリスの企み管理人の計画に、アリュエットが従う理由はない。あの根暗男に弱みでも握られてたんじゃないか、召喚獣を寄生させられ良いように使われていたと思っていたけれど……、他に理由があるのだろうか? 


「コントにーちゃん魔女のねーちゃん!こっちに角ない? あいつが持ってたはずなんだ」

「レイン! もう大丈夫なの? 」


 私達の元に、マリーに支えられた目隠しレインがやって来る。解毒は済んでいないが、体力自体に問題は無い。付きっきりで魔法を続けているマリーの方が余程辛そう。


「あいつ倒した時、そんなの無かったわ。見つかったらロアだって知らせてくれるはずぐはっ」

「ろ、ロットちゃん!? 」

「わ、私は良いからレインの回復続けなさい! 」


 いけないいけない。迂闊なこと言うんじゃなかった。自分の言葉で不安になって、言葉の剣で自爆食うとか何やってるの私。気をつけなきゃ、マリーの回復、集中を乱すことは出来ない。


「馬鹿だなぁ、鼻血くらい拭いてあげなきゃだめだろう? 」

「げっ、マリス……! 馬鹿コント! 何仕留め損なってるのよ! 」

「命を取らなかったのは俺の失態だが、ロアの監視もある。マリスは拘束されている! 今のは薄い影が喋りに来ただけだ。攻撃の手段は持たな……しまった! 」


 結界内は言葉が力。マリスの影なんかに入り込まれたら最悪も最悪よ! コントが灯り魔法で影を追い払うが、長期戦では確実に負ける。


(あっちは……!? )


 私が後方を振り向くと、夥しい数の影と精霊が戦闘中。その音が全く聞こえないのは、……それを喰らう召喚獣、アリュエットの仕業なの? ロアは精霊で対抗しているが、マリス本体を捕えたまま戦う所為で後手になる。マリスを殺して良いならすぐに済む勝負だが、その正体を知る彼は、それが出来ないのだ。


「……鼻血? ああああ、あんたまさか! 」

「ご明察♪ あんまり触りたくなかったけどね。近くに捕えられたなら、触れるよね彼の血に」


 マリスは自身の解放を望んではいない。あくまで傍観者として状況を引っかき回したいだけ。


「剣を探していたんだったな。見せてやろう。本物は……ここだっ!」


 マリスに操られ、関節を外されでもした管理人。隙を窺いロアの目を盗み、私達への距離を詰めていた。そして服をはだけるや否や、一角獣の角が現れる。直視できない程の光を放つ、角自体は神々しい。しかし下半身丸出しの中年男からそれが生えているかと思うと夕飯時には見たく無い。ショックだったのだろう、レインは目隠し布を湿らせるほど号泣している。


「これ以上一角獣を辱めるのを止めろぉおおおお! 」


 見えてないのに器用な子ね。いや、変態の感情ばっちり感じ取ってるわけだから可哀想か。


「さぁレインん! 解毒したいのなら大人しくこの角を好きな口から咥えるが良い! 」

「んなもん喰らったら刺し殺されるじゃない! そんな所だけ一角獣に忠実な真似を……いや、あの角は毒の水を浄化するから……舐めて解毒なら生存可能? 」

「絵面が拙いっ!この変態がっ! 年齢制限が必要そうな発言はそこまでにしろっ! 」


 コントの発言は管理人に向けてのことだろうけど、若干私への意味も含んでいそうだ。降ってきた短剣が私の足に突き刺さる。これを引き抜くための言葉を考えた矢先のこと……私がすぐに動けないのを確認したのか、《最終兵器》の十字架を強く握ったマリーと目が合った。


「詠唱展開っ! 」


 綺麗に響くマリーの声。彼女の最終兵器は自己犠牲の塊! 絶対に発動させてはいけない。


「や、止めなさいマリー! 嫁入り前のお姫様がそんなの駄目よっ! 」

「《神の子羊(サクリファイサー)》! 」


 コントの命令に私が背くよう、マリーだって肝心な時は私の言葉を聞きやしない。魔法を発動させた彼女は皆から目を逸らし、管理人へと近付いていく。彼女は……レインの症状全てを肩代わりしたのだ。マリーの最終兵器を、男二人は知らないのだ。私の胸の傷を、彼女がこの魔法で取ろうとしたのを止めた私しか、知らない。それでも急に身体が良くなったレインも、様子がおかしくなったマリーを見ているコントもこれが、マリーの仕業だとはすぐ気付く。


「あなたは、人間は……お嫌いですか? 私じゃ駄目ですか? 」

「や、やめろ……こ、こっちに来るな! 」


 男はマリーに脅えている。こんな女を奴は見たことが無かったのだ。奴自身をレインが恐れたように、理解できない思考の持ち主に人は恐怖を覚える。あいつにとって、それがマリー。 そうよ、彼女は馬鹿な女。人のためなら何でも捨ててしまえる。身分も名前も心も身体も。あんたは最初からそうよ。マリスなんかのために濡れ衣被ってここへ来た。


「アリュエット……あんたが私とマリーを見捨てたんじゃない。私が、マリーを選んだの」


 見なさいよ。名誉もプライドも誰かのために捨ててしまえる。あれが正義じゃ無くて何だというの? 【黒の聖女】上等よ、信頼できるわ。白を騙って罪を犯した人間よりも! 


「危なっかしくて、見てられないでしょ? ……だから、私はあの子の仲間でいたい! 」


 不思議なもんね、あの子からはいつも素直な言葉を引きずり出される。


「う、うあああああああああああああああっっ!! 」


 新たに彼女に突き刺さる、黒くて大きな剣。余程苦しいのだろう。それを引き抜こうと必死になる余り……彼女は目に映る全ての黒を無理矢理引き抜こうとする。


「私は間違ってない私は悪くない私は正しいっ! お前達が間違ってる! 私はそんな男と違う! ロアっ! どうして私を好きになってくれないんだ!? 」


 言葉の一つ一つが刃を抜いて、それより巨大な刃に取って代わられる。自滅をするアリュエットは見ているだけでも痛々しい。泣き顔を見ても痛めつけても楽しくない。


「馬鹿ねあんた。あんたが同化しちゃってるそれが魔法を打ち消すように、あんたの周りは異空間。声は外に届いてないの。それと同じよ。あんたは思うだけ思って、何も外には漏らさない。他の連中が解ってても、ロアは気付いてすらいないわ」


 情けめいた言葉を口にしたのは、哀れみだろうか。憎しみに勝る心がまた、増えてしまった。私の言葉に彼女の精神体は消え、コントが抑えていた本体が……元の彼女の姿に戻る。《牝牛》も剣の形に戻って彼女の傍に落ちていた。しかしまだ一本……禍々しく光る黒い角、あれが彼女の頭に生えたまま。私の最終兵器で取れないならば、この角は彼女の意識とは別の物?


「……さっきぶりね、無角獣」


 虚ろな瞳で起き上がる、彼女ではない者に手を貸し私は言った。まだ確かめたいことがある。確証を得なければ、マリーのことも心配だ。まずはそう……十数年前に喚び出された二角獣、その角の行方は何処か。それから“彼”に尋ねよう。


「何時やったか知らないけど、二年も組んでりゃ隙はある。アリュエットの《牝牛》をマリスが《二角獣》とすり替えたのよね? そしてその剣を使った彼女は心身を蝕まれた」


 私の言葉に、無角獣は深く頷く。思うに残るもう一本は小屋に飾られていた《一角獣》。あれの正体が《二角獣》で本物は……あの変態に同化されてしまった下半身ソードだ。

 《二角獣》の毒を無効化する《一角獣》の角。その二本の角を所有するあの男は、角の魔力でアリュエットを操る術を手に入れて、犯罪の片棒を担がせる。マリスの奴は管理人に、「全てを知っているけど、見逃す代わりに楽しませろ」とでも言ったんでしょう、目に浮かぶわ。というか状況的に、その操作を教えたのがマリスだとしか思えない。


「捜査を続ける内、彼女はロアが犯人だと思い始め、惚れた相手の罪を隠そうと必死になった」


 エルフの血の入った少女ばかりが攫われる。ロアが置き忘れた日記に挟まった少女の写真に何処か似た被害者達。それから“彼女”と瓜二つの……レインの存在。推測したのは、大事な女性の身代わりを求めての犯行。ロアの罪を隠蔽しながら、別の犯人の仕業としてレインも始末したい。それが彼女の考えだ。


「そして何時しか、彼女自身が犯人となっていた」


 マリスからアリュエットの変化を聞いた管理人は、始末をアリュエットにさせることにしたのだ。どうやって攫ったかは解らないのに、生け贄を捧げる場面だけは記憶に残し、彼女に罪の記憶を植え付ける。やる事やって不要になったら無角獣の生け贄にする。そしてしばらくの間、無角獣は魔法を喰らう魔法を授ける。一年前、まだ犠牲者がいなかった頃私が連れ攫われたのは残っていたんだ“レインの父親”を喰った時の魔力が彼に。


「一年前、この者がお前を消そうとしたのは複数の意思によるものだ」


 マリスがそれを望んだ。アリュエットも己の汚点を消したかった。唆されたのだろう。そしてその罪悪感からまた……あの時のようロアへの依存が増したのだ。ロアも日記で私の命が無事なことを知っていたから見過ごした。ミザリーは唯の私怨で便乗、そんなものか。


「あの時点で、アリュエットの剣は《二角獣》だった。よく生きてたわね私」

「効かないさ。お前は奴が好む心根を持つ。だから私も不安になった。お前は大事な時に……、あの子を助けてくれるかと」


 無角獣の言葉は厳しい。一年前の私は、レインを助けただろうか? パーティでは表面上、一番可愛い可愛い言ってた相手。だけどお互い壁を挟んだ距離でいた。卒業したなら多分、忘れていただろう。興味ないと捨て置いたに違いない。私は暫し振り返り、三人の方を向く。互いが互いのために必死になれる。それがコントの、私達が目指したパーティの在り方。足を引っ張り合うとマリスなら言うのかも。でも時に、その思いが良い方向へ転がれば……私達は立派な勇者になれる。私は良い目が出るように、小細工するのが仕事だろう。


「人間……どん底まで落ちないと、大事な物って見えて来ないものなのかもね。あんたの企みかどうかは知らないけど、ドキドキしつつも助けたくなったわよ」


 変態に迫られるレインは可愛い。可哀想だけど申し訳ないけど可愛い。このギリギリの寸前の所で助けたくなる感じ。あわよくば、コントに助けさせたくなる。


「変な話してると、いつの間にか本音が出てて参ったわ。下ネタ最強説? 」


 嘘ばかり吐いて、人を遠ざけ嫌ってきたはずなのに。本当におかしいわ。帰って来て良かったと、思う自分がいるなんて。待ってくれる人が……いたなんて。


「レインは強い男よ。私の力を頼らない。だから私もそんな彼を立てたいわ。でも親馬鹿が二人いるのよ。私より先にマリーが行くしコントが向かう。私はそんな二人を助けるとは思う。そうやって、問題だらけの私達が……噛み合ったのが今のパーティ。まだね、パーティの名前もないの。だけどいつか決まるって私は思う」

「何故そう思う? 」

「私を諦めなかった三人よ? 卒業したって逃げられる気がしない。解散なんて無理そうよ」


 すぐに私は嘘を吐く。照れ隠しだとはバレたみたいね。彼は穏やかに笑ってくれた。


「あの子を、救ってくれると……信じるに足りるか、試したことを詫びる」


 一年前、私を引き摺り込んだのは二角獣、異界に落としたのは無角獣。言い方によっては助けてくれたとも言える。


「応えてくれて、ありがとう《一角獣》」


 私が差し出した手に彼は一瞬笑った後に応え、アリュエットの角は姿を消した。代わりに意識を取り戻したのは……


「お、お前……何を! 」


 手が触れているのがそんなに怖いかアリュエット。慌てて手を引っ込める彼女を私は笑う。


「私はあんたを殺さない。それが私の復讐よ、アリュエット。私ね、とっても忙しいの。あんたなんかに構ってられる時間が無いのよ。やりたいことを追いかけるので大変なのよ」


 復讐の先に何もないなら、今あるものを捨ててまでそれを行う意味は無い。その先に楽しみを求めたいなら、今楽しむ心を殺す必要も無い。


「さてと……あっちは大丈夫かしら? 」

「ダイヤっ! 此方の剣も突然分離した! マリーの容態も安定し始めたぞ! 」


 聞こえてくるのはコントの声だ。

 マリーの様子が気になり、仲間の元へ向かった私を呼び止める声。勿論相手はアリュエット。


「ダイヤっ……その……わ、私はっ! 」

「あれを見なさいアリュエット」


 起き上がったマリーを支えるコント。レインの回復を喜び男泣きのまま抱擁をするロア。マリスとミザリーは見当たらないから、隙を見て逃げ出したのだろう。


「あのマリーが……男に触れても平気。あのロアが……感極まって……泣くなんて」

「うちの馬鹿騎士は、あんたん所の変態に両目差し出す気だったのよ。だけど私が嫌だった」


 人は変われる、良くも悪くも。私が変わった時も、あの三人は変わらずに私を迎えてくれた。私達の違いは、たぶんそれだけ。コントがパーティに理想を求めたのは、アリュエットがロアを盲信したのと同じ事。マリスの復讐を妨害した私は、アリュエットを殺せない。まだ、許したのではないけれど、私は一歩彼女に踏み出した。


「私があんたを殺そうとする時、それを止めるようなパーティに育てなさい。性悪ミザリーと変態マリスの躾け、あんたとロアでちゃんとするのよ! それが私があんたを許す条件の一つ。もう一つは……これ。読み終えるまで私はあんたと話すことは無いわ」

「あ、あの二人を!? 待てこれ全部読むのか!? その辺の百科事典より分厚いぞ!? 」


 私は収納マントから、これまで作った全ての本を彼女の前へと積み上げた。


「ああ、そうだったわ。これが本当の私のラストスキルよ」


 捨て犬みたいな目で私を見上げる彼女の頭に触れて、私は平和的切り札魔法を発動! それを喰らったアリュエットは奇声を発し緩む口を手で隠す。口からは涎が垂れているし指の間からは貴族令嬢らしかぬ下卑た笑いが漏れ出した。


「何をしたの、ねーちゃん……」

「レインに危害を加えないように、腐川先生に描いて貰った急ごしらえの『ロア×レイン』本のデータをあいつの頭に叩き込んだのよ。三日は帰って来られないわ」

「それは……無事と言えるのだろうか? 」

「さぁね、帰ってきたら話せるようになるんじゃないの? 語りたくて仕方ないはずだから」

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