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十九話 『因縁の地は青く』 -0 

【『因縁の地は青く』 -0 】


「マリーはレインを助けろ! ロアとダイヤはその変態とアリュエットの撃退を! マリスは俺が引き受けるっ! 各自最善以上の結果を残せっ! 」


 三人の返事を背に受けながら、俺は得物を構えて彼へと挑む。この場所は、どこか。光が届かないほど深く。ここは召喚獣により作れた異空間ではあるが、そこに入った人間の身体が消えるわけではない。異界へ落ちる寸前まで、身体は此方側にあるのだ。それを本人も他者も知覚出来ないだけ。無角獣作り出した次元の狭間から、ロアが繋げた移動魔法で辿り着いた場所。


「もっと早くに思い出すと思ったんだけど、僕の買い被りすぎだったね、“コント”」


 ここは、湖の底だ。呼吸が出来るよう結界が張られている。


「“殿下”も相変わらず人が悪い。待ち合わせに人質は如何なものかとっ! 」


 この場所だったのか。記憶の中の場所とすっかり変わってしまっていたから解らなかった。


(湖を浄化する一角獣の角……湖の汚染、毒……)


 幼い頃の記憶に浮かぶ、湖の塔。湖や森が汚染され始めたのは……近くだったから。魔を封じていた剣が、この森内で引き抜かれたことに由縁すると気付いたのは、竜化を解きロアの日記を見た後だ。


「貴方は俺をこの場所でっ! 貴方を殺そうとした俺を始末したかったのですね!? 」

「君の片目くらい……いや、両目を失明させるか抉りたくなっても仕方ないよね? 僕はそれだけのことを君にされたのだから! 」


 マリスは全ての事件の傍観者。煽るくらいはしても直接手は下さない。そんな男が本気の殺意を向けてくる。それは俺に向けてだけ。


「最後に君が見る景色が、君にとって最低な物であれば良いと思う。君の大事な仲間が藻掻き苦しんでいく光景が……君が息絶える日まで脳裏に焼き付きますように、それだけが僕の願いだよ、コントっ! 」


 一撃さえ、受けてはならない。マリスの手に血を奪われたら、身体の自由が利かなくなる。


(昔のあの方には、そんな力は無かった。ならばあの、剣の仕業に違いない! )


 パワータイプの剣士ならそれも可能か。装備を調えたと言え、俺にそれが出来るかどうか。出来ないこと、俺だけでは無いな。皆に命じたことも困難だ。俺がやらねば、俺が折れたら皆の心まで折らせてしまう。俺が真っ先に、率先して終わらせるくらいしろ! それがリーダーたる務め! 俺が最終兵器出し過ぎだと思っているだろう、マリス。そうだよ、キャロットがいなければ俺の属性騙し討ち魔法剣は使えない。この一年、契約竜化は使い過ぎたと自分でも思っている。ならば、新たな最終兵器を作らねばこれからの窮地は凌げない。俺とて考えた。


「そう言えばこの()の名前、まだ教えてなかったね……《蒼白礼装(ブラッドドレス)》解除、【青の女王(メアリシアン)】! 」


 刀身が出ていた剣に、まだ魔法で鞘がかけられていた!? マリスの詠唱により、真の姿を現す《青の女王》! 


(刃が、消えた!? )


 これはどういうことだ。見えない剣を避けるなど、到底無理な話……


「忘れたかい【氷の騎士】。ここは何処? そしてこの剣は何? 考えなくても解るだろ? 」


(しまった! )


「ここはこの子が眠って居た場所、この湖自体がこの子の刃! 入った時点でお前の負けなんだよコントっ! 」


 装備を外す暇も無い。新装備を壊す覚悟で《契約竜化》を発動させるが間に合わない! マリスの抜刀により俺の周囲のみ結界は解け、俺は水に押し潰される。それどころか俺に触れた水がみるみる内に凍り始めて、マリスは目と口だけを残し、俺の動きを封じてしまう。


「お前は竜化しなければ満足に火炎魔法も使えない。捕えられたら変身も無理。後は仲間の最期を見届けた所で……僕の手でお前の目を潰してやるよ、嬉しいだろう? 仕えるべき俺から与えられる痛み(もの)なんだから」


 手を伸ばせばすぐにでもそうしてやれる。声だけならば懐かい親しみ、甘さを感じる声で彼が笑った。かつての自分は正しい事をした。今でも同じ状況ならば、俺は同じ事をする。その結果、負の解放被害を留めはしたものの、名誉を無くし……友をこんな姿に変えてしまった。


「……“マリス”、あまり俺を馬鹿にしてくれるな、俺はこのパーティのリーダーだ」

「ねぇそこの病み男、メタモルオーク族って知ってる? 」


 キャロットの弾んだ声に、マリスは俺から目を離し、彼女の方を振り返る。もう管理人とアリュエットの始末を追えたのかと不安になって。それが奴の痛恨のミス! キャロットの火炎魔法により、解放されるは俺じゃない。剣を構えたキャロットを、俺と認識したマリスは彼女へ斬りかかる。しかしそれさえ騙し討ち! 


「おーほっほっほ! 策士策に溺れるよマリス! 良い表情してくれるじゃない」

「お前、本物(キャロット)…っ!? 」


 この俺の模造剣を日々受け止め続けた女だぞ?  彼女なら、マリスの剣も受け止められる。ならば凍っていた方が本物(コント)かと、再び背後を振り向くマリスに俺は真横から一撃を加える!


「言い忘れたが教えてやる、俺のパーティーメンバーは、俺の言うことをあまり聞かない! 」


 マリスは己の血さえ武器へと変える。流血無しで戦闘不能に追い込む必要があった。


(正々堂々と行ってきた俺が、騙し討ちとは思うまい)


 俺が彼を殴打したのは剣じゃない。突入の時点で俺は、透明魔法をかけられ姿を消していた。そしてキャロットには模造剣、変身魔法を使う召喚獣メタモルオークには真剣を持たせながら、俺は機を窺っていたのだ。

 優れた剣を守る鞘もまた、強靱で無ければならない。新しい装備が軽量化した分、俺が強化したのは武器ではなく鞘の方。使い道は盾兼鈍器。完全に裏を掻かれたマリスは伸びている。因縁の地……トラウマの相手との戦いが、こんな騙し討ちで終わってしまうなんて、少し申し訳なく思う。しかしキャロットが異世界で学んだ術を俺なりに改良したのがこの戦法。敵も味方も少ない犠牲で成果を上げられるなら、それに越したことはない。彼があの剣を抜いた時……俺が卑怯な人間になれていたなら、マリスの目は、どちらも同じ色のままだっただろう。正義のための正しいやり方、それで彼を傷付けた。正義のための卑怯なやり方が、この結果に繋がったのならば……俺は彼女を否定できない。


「折角武器買ってやるって言ったのに、あんたも好きよね」

「騙し討ちには向かないだろう? あの男はどうした? 」

「私とロアで、オーク×レイン本朗読してたらすぐに隙が出来たから、ロアにボコらせたわ」


 お前の方もそんな終わり方かキャロット……仮にも凶悪犯が、こんな結末で良いのだろうか。ロアなんか十数年かけた復讐の終わりがこんな展開で、表情が固まっているではないか! たった今彼女のやり方を認めた所なのに、襲い来る脱力感はなんだろう……。だが、彼女にはまだ戦う相手が残っている。彼女なりの温存だったのか?


「ロア、あんたが止めたらあいつ美味しい思いするだけよ。アリュエットとの決着は私が付けるから、あんたはマリスと変態を見張っておいて。コント、あんたはマリーとレインを助けて。たぶん今のマリーには荷が重い」


 リーダーは俺だというのに、こうしてキャロットに指揮を勝手に代わられる。ロアも日記の記述から、彼女のやり方に可能性を感じているのか? 大人しく従う素振りを見せる。


「ラクトナイト、優秀な頭とは……見極めることだ。部下や仲間の意見も受け入れられる人間が、器の大きさを示す」

「い、言われなくても! 」


 過去に敗れた記憶から、思わず言い返してしまった俺にもロアは優しく頷き返す。


「それで言えば、お前は一人前のリーダーだ。これからも、レインを頼む」

「……ああ、任せてくれ! 」


 格の違いを感じてしまった。それでもレインは俺の仲間だ。マリスの企みを完全に打ち破るためにも、託してくれたロアのためにも、彼を絶対に死なせるものか!


 *


【『神の子羊』 -0 】



 この毒は回復してはいけない毒だ、かけた後に私はそれを知る。放置すれば数日保つ、しかし一度解毒魔法を試みたなら、魔法に反応し急速に毒が回り出す!


(しっかりして……死んじゃ嫌だよ、レー君っ! )


 もはや解毒は使えない。体力回復で命を繋ぐしか術が無いんだ。だけど、回復魔法をかける速度より毒が広がるのが早い。休む暇なく治療を続けているのに一向に良くはならない。少しずつ少しずつ、悪化して行く。一瞬でも手を止めれば、取り返しの付かないことになる。そんなに強い毒なのに、毒を盛られた彼は全く痛みを感じていない。媚薬成分も含まれているから傍で私を見るのも辛そう。何て恐ろしい毒。ロットちゃんが戯れに喚び出した、実在・非実在の者を演じるメタモルオークとは違う……本物の二角獣にやられたんだ。人が二角獣と目を合わせれば、彼は道を踏み外させる。理性の箍を無くしてしまうのだ。それが角にも含まれていて、角を浸した水は毒に冒される。その毒を盛られた人間は、誰であれ目にした相手に思いを募らせるようになる。視界に入った分だけ、全員に。本では知っていた知識だけれど、実際にそれを目にする機会は初めて……必死に本の記述を思い出しながら、私は彼の視界を布で覆う。


「ねーちゃん……しってる? 」


 気を紛らわせようとレー君は、私に話しかけてくる。何処で知ったのだろう、そう思ったけれど残された声が聞こえたのだろう。彼が言うに無角獣は元々は一角獣だった。生きている内に角を取られてしまった可哀想な子。彼の母親が故郷で彼を生んだ後、この街に教師として戻って来た時は、破れた恋に思いを馳せながらそれでも一角獣は喜んだんだって。


「あいつが、二角獣を喚んで……制御不能に陥った。角のない一角獣は、二角獣を食い殺す以外で母さん達を、守れなかった。一角獣は、喰いながら喰われた。死んでしまった……だからあいつが、まだ残ってた」


 何とか父親が駆けつけたものの、既に毒を飲まされた後。自爆魔法で彼女は命を絶って……父親は無角獣に食い殺された。そんなぞっとする話を、レー君は私に語る。


「あの男が、魔方陣で……喰わせたんだ。無角獣に。人を食った一角獣は、聖獣から魔物に成り下がった。使役するの、簡単なんだ。人間食わせれば良いだけだから」


 証拠隠滅にも優れてた恐ろしい召喚獣。でもそれは、ロットちゃんが喚んだ者と、同じ獣だと思えない。彼らは互いを喰らい同化した? そうして同じで違うものが誕生することになったと仮定するなら、無角獣は二角獣ベースの者と一角獣ベースの者がいる? 二匹は対……


「そうだ、一角獣っ! あの角があればっ! 」


 この毒が二角獣の毒なら、対の存在である一角獣には癒せる。希望が見えて来た途端、勝手に涙があふれ出す。まだ、何も解決していないのに。


「マリー、レインっ! 」


 もう一つ、希望が私の前に来てくれた。この場を離れられない私は彼を頼り、情報を伝える。


「コントさん……っ! 剣を取り戻して! あの角があればレー君を助けられます! 」

「装飾剣か? マリスも管理人も持っては居なかったが……アリュエットか!? 」


 慌て気味の希望は、来た道をまた戻ろうとしてからこれまで急ぎ足でレー君の傍に跪く。


「俺に解毒は出来ないが、初歩魔法は炎以外も少し囓った。これだけ水の元素が多ければ……」


 レー君の額に手を当てて、紡がれるのは簡単な氷魔法。風邪とは違うが、火照りや発熱を鎮めるには悪くない選択だった。私には回復以外に魔力を割く余裕がないからありがたかった。レー君にも気持ちだけは伝わったんだと思う。目隠しの下で、彼が嬉しそうに笑っている。


「にーちゃん……本物の、【氷の騎士】だ……」

「情けない氷で悪い。行ってくる」


 私も疲れたなんて言っていられない。二人の会話を少し見ただけで、何故か私のMPが全回復になっている。これが、ロットちゃんの広めた《腐術》……? よく解らないけど、二人が剣を取り戻してくれるまで耐えるんだ! 私も、レー君も……それまで、頑張らなきゃ。


「ねーちゃんっ、後ろっ! 」


 僅か一瞬、私の纏う空気の緩み。それを見逃さなかった者がいる。遅れて向けられた敵意を感じたレー君が、私に危機を呼びかけた!


「大丈夫よ、レー君……だいじょうぶだから」


 私は回復を掛け続ける。私の回復に力も時間も割いたり出来ない。治療を妨害したい奴は、私から狙ってくるだろう。兄様か、管理人の男か……どちらかは解らないけど近付いてきている。多少の暴力は、慣れてるから全然平気。痛くなんかない、本当だよ。


「やめろミザリーっ! この人はマリスの妹だ! 」

「え……」


 ここで聞くと思わなかった名前に、私の口から漏れた声。それと同じ響きが背後から。どんな召喚獣と同化し現れたか解らない。


(私達と同じ手で、伏兵を送り込んできていた!? )


 ミザリーは移動魔法を扱える。姿を消す召喚獣と同化することで潜伏も可能。そうだ、あの男が何の策も残さず倒れるはずがない。兄様が何故、ミザリーの好意をそのまま甘んじて受けていたのか。それは、“保険”だ。自分が倒れた際、怒り狂う獣を野放しにするため!

 私が返事をする前に怖くて彼女を振り返れない私の頬を、掠める風の音。攻撃停止が間に合わないと判断したレー君が、目隠しのまま矢を放った……? いや、あれは利き腕の服に忍ばせた十字弓(クロスボウ)。彼が己の腕だけ燃やし武器を取り出した所で、瞬時に展開されて弓の形になったのだ。これは全ての武器を失った時のため、彼が纏った《最終兵器》。彼はミザリーの感情の強さから、居場所を見極め撃ったのだ。


「仕留めたぞ、ミザリー……」


 やっと後方を見ることが出来た私は、至近距離から矢を喰らい吹き飛ばされた少女を見つける。急所は外れているが、前回のよう矢数で拘束する事は出来なかった。命には別状が無いので後回しになるが、全てが片付いたら回復をかけよう。そんな私の考えをきっと君は知っていたんだ。起き上がろうとしたものの、すぐに傷口から回る睡魔に襲われて、ミザリーはその場に倒れ込む。レー君の最終兵器《眠り娘(ジュリエッタ)》は地味だけど、確実に仕事をしている。そして彼も。


「レー君、動いちゃ駄目です! 」

「何言ってんだよ、マリーねーちゃん。見てただろ今の。俺はまだ、大丈夫。俺達……パーティなんだ。あの二人だけじゃ駄目だ。唯助けて貰うの待ってるなんて、俺は嫌だよ」


 今の戦闘で、自身の身体が何処までやれるのか、彼は見極めたというのだろうか? 確かに私がいれば彼はまだ動ける。二人より四人の方が成功率も上がるだろう。それでも私は彼に付きっきりの足手纏い、彼は視界を閉ざさなければ戦えない。止めなければ……


「俺だけでも行く。付いて来なくて良いよ、こんな格好でも俺は……ねーちゃんの嫌いな男だ」


 彼の言葉に、私は最悪《最終兵器》の行使を考える。それでも時間が無いのは本当だ。待っているだけより戦いに加わる方が合理的……ではある。私自身の魔力が枯れる前に、終わらせなければならないならば……こうして思い悩む時間さえ、無駄な時間と言って良い。


「レー君は……大事な、仲間です! 私も行きます、一人にしません」

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