十七話 『ひとりにしては いけない』 -0
【『乙女の再来』 -0 】
俺がコントにーちゃんから受け取った本。ロアが持っていたというそれは……日記だ。その日記ははじめこそ、一人の少女の日々の小さな出来事が語られていくだけの代物で……
彼女はハーフエルフ。閉鎖的な故郷での生活に飽き、古ぼけた勇者育成学校へと趣いた。
「勇者なんて就職口に困る職目指さないで、故郷で暮らせば良いのに。皆にそう言われるわ。でも、ここに来て良かった」
そんな風に少女は綴る。人間とエルフの共存、そして自分達のようなどっち付かずの存在が互いに仲良く暮らせる場所として、彼女はこの街を愛していた。だからだろう。彼女は後に、教師として学園へと帰る。そして間もなくして……彼女は命を落とした。学校近くの森の中で。おかしいよな。だってこれ、その子の日記のはずなんだ。それが途中から……日記じゃ無くなっているんだ。普通は自分が死んだ事なんて書けないし、生前に書いたとしたらいかれている。
(この本、魔力が籠もってる……)
コテージで皆が騒ぐ中、俺は日記をどんどん読み進めた。内容は彼女の死後も続いていく。何処でどのようになんて教えられずに、両親を亡くした子供は彼女の故郷へ送られた。入れ代わりにやって来たのは彼女の弟。事の真相を探るため彼は人間の街へと潜り込むが、全く手がかりを掴めない。壁に行き詰まった彼が精霊に助言を求めたところ、精霊は姉の日記に魔法をかけた。術者が毎日魔力を送り込むことで日記は更新され、ほんの少し先の未来を綴るようにと。日記の導きに従い彼は本を増やし、さらには協力者の必要性を感じ始める。彼は名を変え何度も入学卒業を繰り返し、協力者の登場をひたすら待った。やがて日記は同じ志を持つ者、パーティを組む相手の名前も予言する。また、悪意ある協力者の存在も日記は彼に伝えていた。
「教えない方がいいんじゃないかなぁ? 下手に動かれても困るしさ。のびのびと過ごさせてあげなよ。その方が……向こうから近寄って来るものさ」
日記は続く、まだ続く。魔女の失踪そして生還。その後の危機についても少しずつだけ記されている。
(それならこれからどうなるんだ? 何をすれば良いかロアは解っているんじゃないか? )
彼は何故大人しく床拭きなんてしているのだろう。疑問に思いながら、俺は最後の記述を読み終えて……アリュエットを追いかけた。
《ひとりにしては いけない》
誰が、誰を、誰と。そこまで俺は、気付けなかったから。彼女を一人にしなかった。
*
【『ひとりにしては いけない』 -0 】
確かにこれは、犯行には便利だな。魔女のねーちゃんもこうして攫われたのか。俺は極力冷静に状況を把握しようと努める。ねーちゃんの声を聞けなかったように、俺の言葉も外へは届かない。叫んでも無駄。拘束具は影ではないからマリスの力でも無さそうだ。手足を縛るのは柔らかくそれでも強く締め付ける……毛髪のような物。魔法職か怪力系でなければこれから逃れることも出来ない。俺の場合まず無理だ。
《許せない、許せないっ……》
(ロアと同じ……同じ気持ちで、違うこと……してたんだなこの人)
ロアが傍に居ないから、彼女の心は丸聞こえ。全てがマリスの企みと、言うにはアリュエットの罪は重かった。
「俺、あんたが良い人だと思った。真面目な良い人だって。でも、違かったんだな」
「許せるわけ、ないだろう。あの人が待っていたのがお前のようなガキでっ! 男でっ! 私が惨めじゃないかっ! 」
振り乱されたアリュエットの長い髪。髪の結びも解けている。しかし彼女の髪自体が俺を縛りはしないから、別の力が働いている。
「……勘違いだ。ロアはそんな人じゃない」
「貴様にあの人の何が解るっ! 」
「普通に、この日記見れば解るじゃん。あんた、ロアが好きなのにエルフ語覚えようと思わなかったのか? あの人、俺の母さんの弟だよ。たぶん、俺の叔父さん」
以前会ったことはあるかもしれないけど、親族の名前と違うしロアは偽名を使ってる。
「あの人ハーフだろ? うちの家系寿命長い分、親戚にも知らない相手とか多いんだ。最初は従兄弟かもって思ったんけど、日記にロアが姉さんって呼んでる母さんの名前出てきた」
俺がここに入学したのは事故だと聞いた両親の死が、事件だったと親戚が口を滑らせたから。
「“人間なんかに関わるとろくな事が無い。お前も結婚するならエルフにしろ。あいつは人間なんかを選ぶから、人間の街になんか行くから殺されちまったんだ”」
魔王より魔物より、恐ろしいのは人間だ。だから決して近付くな。興味を持つな、持たれるな。母さんの実家に言ってから、耳が痛くなるほど言われた言葉。
「わ、私を馬鹿にするのか!? ロアが私を選ばないと言いたいのかっ! 」
「違うよ。俺の両親を、馬鹿にした奴の言葉だ。俺も勇者になりに来たんじゃない。母さん殺した相手を探しに来たんだ。ロアが俺を待ってたってのも、そういう意味だと思うけど」
「待て……何を言っている、それでは私は……私がしてきたことは! 」
「あんたがして来たことは罪深い。だけどキャロットねーちゃんの件以外はあんたに罪は無い」
自分の罪に震え上がったアリュエット。だけどそれが真実じゃないと俺は知っている。
「出てこいよ、真犯人。こう言う俺が、見たかったんだろ? 」
「何を、言っているんだお前……」
「気付かなかったのか? あんたの髪の結い目に小さな角が生えてる。寄生されてるんだよ召喚獣に。いや……あんたが召喚獣にされてしまってるんだ! 」
簡単な話だ。凄い魔法を使える奴が居る、そいつがいればそっちが疑わしくなるだろう。だけどそうやって目立たせるのが目的ならば、本当の目的はそれ以外に存在する。
「わ、私は……私は、犯人では無いのか!? 」
自分の無実を知らなかったアリュエット。当然だ。寄生されての犯行ならば、物理的な証拠は全て彼女の物。自身の気が狂い、衝動的に罪を犯したのだと思い込んでも無理はない。
「それ以上、余計なことを吹き込むのは止めてくれないかい? 可哀想だろ、一瞬でも自分が無実だって思い込むのは。現実は何も変わらないのに」
「……あの場から動けないんじゃなかったのか? 」
この男が現れる可能性を、考えなかったわけじゃない。より最悪の状況に、日記の最後の文の意味が解った。一人になっていけなかったのは、アリュエットでは無かったと。
「動けないよ? だから僕は最初からここにいた。君たちが僕だと思っていたのは既に、僕から分かれた影だったのさ」
「そりゃ……あんたみたいな奴が、何もないわけないよな。にーちゃんと訳ありみたいだし」
「なら解ってるよね? 僕は直接何もしやしない。犯人が本当に僕ではないことも」
犯人は僕だよ、なんて笑って言ってくれれば良いのに。マリスは俺が嫌がることばかり言う。
「恨みって言うのは時間が経てば経つにつれ、風化する物だろうか? それとも……取り返しが付かないところまで、醜く歪んでいくものか。 君はどっちだと思う? 」
俺だって、恨みを抱えてここに来た。だけどそんな俺の頭から、復讐という言葉がすっぽり抜け落ちた。俺はここで、失う以上を得た。それなら答えは決まってる。俺は真っ直ぐマリスを睨み、自分の答えを言い放つ!
「俺もみんなもねーちゃんも! 今も笑ってる。それが答えだっ! 」
「ふっ……じゃ、答え合わせにご本人登場と行こうか? 間に合うと良いね、君の仲間が」
*
【『待ち侘びた時』 -0 】
「ラクトナイトは旋回飛行、怪しげな者があれば教えろ! 他は各自五冊ずつ、最後の文章を終え! ヒントは必ず現れる! 」
ロアはパーティリーダーらしく的確な指示。他パーティのリーダーだけど、思わず返事が出そうになったわ。コントは竜化しているから本など追えない、私とマリーとロアとで十五冊を監視する。最後の文章から次第に文字が滲み始めて、新たな文章が綴られる。私が担当する五冊とも、勿論違う文章で。マリーがリボンに仕掛けたように、ロアは全ての日記に追跡魔法をかけていた……にも関わらず、レインの消息は掴めない。これは一年前私が使われたのと同じ術。私にごめんと言った彼を、同じ目に遭わせたくない。
(私一人で十分よ! だからお願い、……無事でいて)
逡巡の祈りから目を開けば、私の傍で涙を堪えるマリーが見えた。瞬きを堪えているのは、泣かないため。あの子が来てから、マリーは変わった。彼の前では“お姉さん”でいたいマリーは、強くあろうと振る舞うようになったんだ。だから私はレインが好きよ。感謝もしてる。私ではどうにも出来なかった、あの子との距離。可笑しいわよね。私があの子を守っていたはずが、守られるようになったのは……彼が現れてからだと思う。守り守られ、支え合う。小っ恥ずかしい関係も、そんなに悪くはなかったな。コントが私に示したかったパーティの姿を、完成形に近づけたのはレインの存在。二人にとってもレインの存在は大きい。文字が書き終われるまで出来ることは何もない。彼の無事を願いながら、私は滲んで行く文字に目を走らせる。
「凍えた湖に眠る、乙女の再来、待ち侘びた時、代用品、どうしても許せない……だそうよ」
「私のは……眠れぬ森の寝室の乙女に幸あれ、時が癒せないのなら、再び彼らはあの場所へ、来たるべき瞬間のため、何故彼女はオークをそこまで愛すのか? です」
「忠実なる駒を得て、犯人は小屋の中にいる、影と光はどうあるべきか、まもなく彼が目を開ける」
並べて見ても、何のことやら。それでも管理者によって綴られた文章は趣が異なる。私の文章には復讐心、マリーのはどれも抽象的過ぎ、ロアのはヒントらしいヒント? 適確な回答は彼らしい。繋げてみて怪しいのは、小屋と湖……どちらもこの森にはあるけれど、どちらも確かめる時間が残っているのか心配だ。全てのヒントを頭の中に押し並べれば、何かおかしい。
「ロア、あんたの4つしかないじゃない! もう一つは何て? 」
ヒントが足りなきゃ答えも出ない。さっさとしろと睨んだ先で、男は冷静な表情。取り乱す方法を忘れてしまったのか、動揺し過ぎて表情が凍ってしまったのか疑いたくなるが、ロアは聡明な男だ。冷静であることが最も時間の無駄が少ないと理解している口調。
「これが元々の原本だ。写本は一年に一冊しか作れないがレインの年齢分だけある。写本に増えた記述全てを自動転写し網羅する」
「じゃあレー君の日記に増えた記述もここに? 」
「ああ。今の十四の記述の他に増えたのは……タンスを開けるだけの職業、だ」
「コント! 管理人室へ行きなさい! 」
私の声にコントは、目的地を定め急降下。レインは犯人と向き合っている。そのレインの日記がそう言ってるんだ、場所はあそこで間違いない。あの言葉って、私達勇者の隠語よ! その私達が改めてない場所はあの小屋だ。小屋が見えたところでコントの背から私達は飛び降りる。すかさず私が重力緩和魔法を唱え……る前に、ロアが配置していた精霊に支えられ無事に落下を終える。ここまで来たら計画も何もない。私は管理室のドアを破壊魔法でぶち破る! 私とロアに続いてマリーも室内へ。竜化を解いたコントが着替えを始める暇さえ惜しいと、ロアが着衣魔法をコントにかけた。あんな便利な魔法があるなんて。やっぱりこの男、二角獣が漏らすだけの何かを持っているな実は。
「すまない、助けられたな……」
「礼ならば後だ。捜索を始めよう」
「それ後で教え……違う、ロア。森で捜索してるっていう精霊達からは目撃情報無いのね? 」
私の言葉に、彼は頷く。魔法の痕跡、それを消されて見つけられなくとも魔法を使った事実は消えない。ここで魔法を使ったなら、手掛かりはまだ辺りを漂っているはずなのだ。
「あの剣が……消えている? 」
壁に飾られていた一角獣の装飾剣、その不在にコントが気付く。目に見えない物を探す私と対照的に、彼は目に見える物を探していた。あれが召喚獣喚び出しの鍵だった? いや、それなら一年前にアリュエットが所持していなければ。あれがここにあったというのなら……
「仕方ない……私これでMP切れっ、後はフォローしてよね! 」
「ロットちゃん、この魔方陣……一年前のっ! 」
見てたんだものね、解るわよねあんたなら。一年前に失敗させられた召喚魔法。だけどこの子は間近で見ていた。この召喚が成功したなら、道は拓ける! また失敗したら……そう思えば怖くもなる。本気でやるのって大変よね、どんな事でも。
「後は……なんて、言わないで」
「貴様だけ、楽にはさせんっ! 俺達はパーティだろう!? 」
(マリー……、コント! )
マリーが私に魔力を送り込み消耗を抑え、そんな芸当の無いコントは唯……震える私の手を掴む。それだけで、それだけなのに……信じられる。今度は必ず上手く行くって!
「来なさい《無角獣》っ! 」
存在だけは、書物で読んだ。強力な召喚獣だがその召喚、使役は困難を極める。他の召喚獣とは、勝手が異なる存在なのだ。それでも、今度こそ成功させなければならない。この場所、この状況が味方してくれると信じて魔方陣に呼びかける。
(来たっ! )
だけどあの時とは違う手応え! 微かに聞こえる、求めに応じ響く嘶き。不安と興奮に震える胸は痛いほど。目は開けているのに、視界が闇に閉ざされている。魔方陣に部屋ごと呑み込まれた? 感覚的にここは室内。無角獣が使い易いように作り替えただけなんだ。
契約無しで召喚獣を喚び出す時は、相手の弱みを握っておく必要がある。それを用意できない相手を欲する場合、その場で試練を与えられる。この暗闇が無角獣から私への試練なのだ。
(本当は、一年前は……私が失敗していたのかも。アリュエットの所為だけでもないわ)
無角獣は私の手助けはしてくれなかった。この暗闇に扮し、見ていただけ。だって私みたいな奴、貴方の好みじゃないでしょう? 憎しみに呑み込まれながら戦う私を、貴方はどんな風に見ていたのかな。
「力を貸して! 仲間を、助けたいの! 」