十六話 『どうしても許せない』 -0
【『凍えた湖に眠る』 -0 】
《やめようよ! 》
危険な橋を渡る時、いつでも繰り返される声。それは幼い日の自分の声だ。
《何だよコント、怖いのか? 僕は違うぞ! この剣を引き抜けば、僕が次の王様だって認められる。家臣が言っていたんだよ》
《城にはスパイが入り込んでるって、父さん言ってた! 人間に化けた魔物の甘言かも! だから危ないことはやめようっ!? 王様なんかなったら、一緒に遊べないよ! 》
《僕はそんな心の狭い王様にはならない! 王様命令で一緒に遊ばせてやるから安心しなよ》
悪戯好きの友に連れられ、忍び込んだ古い塔。塔の周りは湖になっていて、水位も高い。船が無ければ渡れない。泳ぐ練習をする? 彼がその話を聞いたのは冬のある日に。目的を達するための運を、あの人は持っていた。或いはそういう者に引き寄せられていた。寒さで厚く凍った水面は、子供の体重なら簡単に渡りきることが出来る。
《危ない場所ならちゃんと見張りを置くだろ? 僕を試してるんだよ父様は! 他の兄弟に先を越される前に、僕がやらなきゃいけないんだ! 》
あの時の、彼の瞳は炎のように赤く熱く輝いていた。与えられた物を受け取るだけの日々を過ごす俺と違って、純粋に夢を追う彼の姿は眩しかった。それなら俺も一つ夢を見ようか。そんな風に思ったんだ。彼が立派な王になるのなら、俺は立派な騎士になりたいと。……それも世界が変わる以前の話。彼は光を失い、世界は闇に包まれた。今となっては……どうしてこんな事になったのか。考えれば唯虚しい。俺が視線を向けた先、人の不和を喜ぶように笑う男がそこにいた。
(……マリス)
あまり思い出さないようにしていた。しかし友が引き抜いた剣と、この悪魔のような男が携える剣は……どうにも重なって見えないか? 俺が潰したのは片目だけ。しかし彼が新たに宿した光は……青と黒。
(捨てられたのか……お前)
姿を変えて、名前を変えた。与えられた全てを失った。その境遇を呪わずにはいられなかったのだとしても、どうして俺を責めない。俺ではなく俺の仲間を傷付ける!?
「一角獣って純粋なんだよ。でもそういう奴ほど暴走すると手に負えない」
それまで俺達の口論を眺めていたマリスが、突然そんな言葉を呟いた。それは何の嫌味だ、それともお前自身のことか? 言い返そうとしたところで俺は……室内の人数が減っていることに気がついた。
レインとアリュエット。互いにパーティメンバーの不在に気付いた俺とロア。
「マリス! 気付いていたのなら何故言わないっ! 」
「それは勿論聞かれなかったから。言いたくなったから言ったけどね」
犯人が、外から現れると思ったら大間違いだ。マリスは犯人の目星が付いていたかのような言い方をする。その上で、犯人に有利に働くような隙を作らせた。最も怪しい自分がここに留まることで、俺達の注意をお前に縫いつけたのだ。
「だって絶対間に合わないより、ギリギリ間に合いそうで間に合わない方が……君はとっても、傷付くだろう? 」
やはりマリスの企みは、俺に対する当てつけか! マリスに殴りかかろうとした俺の右手をキャロットが、左手を……掴んだのはマリー!?
「行きましょう、……コントさん! 」
彼女の手は震えている。それでも俺の手を止めるため……俺へと手を伸ばしてくれた。
「貴方はロットちゃんを……兄様の代わりにしていたのかもしれない。でも違うんだって、貴方は気付けたはずでしょう!? レー君は、私の……貴方の仲間です」
「本っ当、うちのリーダーには困っちゃうわ。私にリーダー譲りたくなかったら、もっとしっかりしなさいな! 今やったらあんたなんか私が五秒で沈ませるわよ? あんたは速さだけが取り柄じゃなかったかしら? 」
まだ、根に持っているのか。ちゃんと俺は距離を取って試合を開始したはずなのに。ああ……あれからだったな。こいつが魔法を本に携帯するようなったのは。そんな負けず嫌いも似ているな。俺が傷付けた友と同じ目の魔法使いは。やり直したかった、償いたかった……それは逃げか。過去を追いかけるのではない。今と向き合い戦えと、彼女達は言っている。
「……ふっ、誰が五秒だと? それは貴様のリタイア予測時間か!? 」
「あんたが立ち直るのに必要な時間よ。それ以上ぐだぐだ言うなら移動魔法でちゃっちゃか飛ばすっ! 」
自分に忠実に仕えてくれた仲間が裏切り者だった。その事実に一番ショックを受けているロア……キャロットは、そんな男にも俺と同じ時間しか与えない。
「ロア手を貸しなさいっ! あんたならあの女かレインの居場所くらいわかるでしょ!? 」
「ミザリー! 」
「はい! マリス様! 」
キャロットの怒鳴り声により、ロアは我に返ったようだ。しかし今ならまだ間に合ってしまうようで、マリスが妨害を図る。
「コント! この小屋ごと吹っ飛ばしなさいっ! 」
キャロットの言葉は真実だろう。それでもこれは同時に、「それならまだ変身まで時間がある」と思わせる騙し討ち。省略魔法を本ごと燃やし、自分がコテージを吹っ飛ばすような火力を持って炎上させる。レインの日用品は無事だろうか? そんな不安を抱きながらも俺は変身を終える。
「ロアっ! あんたも乗りなさいっ! 」
キャロットは俺の背にマリーとロアを引き上げて、俺に出発の合図を送る。
(すまない、レイン! )
火炎魔法で天井を吹き飛ばし、俺は夜空へ向かって飛び立った。
*
【『どうしても許せない』 -0 】
室内には、全員が行った魔法の痕跡が残っていた。それでも“彼女”が消えた後、彼女の作りかけの魔方陣は影も形も残らなかった。
「魔法の痕跡を消す召喚獣……」
思えば確かに変だった。小屋に入った人の影と、それを追った影の数が……足りない。話の流れではこいつら全員一緒に移動してきたようで、それじゃあコントに止められた時、小屋へ行ったのは誰だった? ここで消えたアリュエット。異様に遅い召喚魔法。そもそも最初の侵入者は鍵も内のにどうやって入ったの? 魔法で入った痕跡もないのに。全てを照らし合わせると……
「アリュエットは既に召喚魔法を完成させていた。だけどそれが終わっていない振りをして……いや、一度は失敗した振りでのやり直し? 自分に注目を集めたの」
私自身、二角獣や追跡役のオークを喚び出す時は痕跡隠しの魔法を用いた。それでもこんなに綺麗さっぱり、あの脳筋アリュエットが高等魔法を扱えるとは思えない。
「たぶん厄介なのと波長が合った。何処かで出会って召喚契約結んだって方向ね」
自分が扱えない魔法を、召喚獣によってカバーした。ここまではロアも肯定してくれる。
「そのようなものは私もミザリーも使えない。ある時からアリュエットが使い始めたのだ。普段は召喚を必要としない辺り、ミザリーの猫同様、普段は同化していたと見て良いだろう」
私達が見た、窓を破ったのがそいつ。姿を消した召喚獣をコテージへと連れ戻し、アリュエットは同化を行いレインをあの場から連れ去った。
「なるほど……段々見えてきたわ。ロア、レインの世話は彼女から申し出たこと? 」
「彼女ならば適任だろう。着替えもあると、同性の件を持ち出されては流石に私も」
「「同性の“剣”……? 」」
「何故お前達は顔を赤らめている? 」
《気にしないでやってくれ。二人の持病だ。それと言い辛いのだが、レインはあれで男だ》
私とマリーが顔を赤らめる傍ら、コントの口からレインの性別を知らされたロア。ショックの余り。この様子ではやはり彼は濡れ衣か……というか流石は【精霊王】。竜化したコントの言葉も理解している。本当に何でも出来るなちくしょう……
「本気で気付いていなかったのか……」
「以前、男だと聞いたことがあったのだが……実際に成長した姿を見ると、聞き間違えのように思えてな。パーティの皆もあれは女だと言うし、そうなのかと」
確かに外見だけなら騙されるか。マリーのためにレインは、もはやそれが私服のようにジャージのように女装が板に付いている。
「結局、あの写真の子ってなんだったの? あんたの昔の恋人とか? 」
「なんだ……オーク召喚プロフェッサー等喚ばれていた者が、エルフとの親交が深いクオルエフ族の召喚も試さなかったのか? 」
「その手があったか! そうよ、エルフと交流ある種族喚べば一発解決だったんだこれ!! 」
ロアに続き、今度は私がショックを受けてのたうち回る。神聖なもの呼び出すの、苦手だからすっかり頭の中から抜け落ちていた。
「私はこの学園に、勇者になりに来たのではない。復讐のため潜入した。それはあの子も同じはず」
ロアが懐から取り出すは、先程までコントが所持していたのと同じ本。今は変身全裸だからコントの装備とアイテムは、私とマリーが半分ずつ携帯している。
「何冊あるんですか、それ……」
「今は一冊足りないが……原本が一冊、その他手書きの写本が十冊、手製本で仕上げた永久保存版が他に五冊ほどある。それにこれは唯の本ではなくて……私の魔力を叩き込んだ代物だ。置かれた環境、触れた相手に左右されながら……一日一ページずつ新たに文字を綴るのだ」
「なるほど、さりげなく置き忘れたり出来るわけだわ」
手がかりを得るために、時折あの本を置き去りにしていたのだと彼は言う。彼はこれレインに読ませて、自分の正体気付かせたかったに違いない。
「成長したレインを見れば、犯人は必ず現れる。私はそう考えたのだ」
「無理矢理でも学園に留まらせたかったんですね……」
「あの子私らより入学したの遅いのに、私らとパーティ組んだ所為でいきなり実戦連れて行かれて、飛び級だったもんね」
エルフの血が入って居る者は、外見より長生きだから、基礎能力が高いと判断されればそのようなことも起こり得る。彼の基礎、技能レベルは入学時点で十分だった。
「だからって私のこと異空間に引き摺り込んで始末しようってのはやり過ぎじゃないの? 」
「あれは事故では無かったのか? 」
「事故だったら魔法の痕跡あんな綺麗に消えるかって……の」
自分で言って、言わなきゃ良かったと思ってしまった。思ったことを思ったとおりに口にしただけなのに、彼女と自分を追い詰める。あの事件は確実にアリュエットが絡んでいるのだと。
「もしあれが……ミザリーさんの力で無かったのなら」
「っていうかあの女、あんな召喚術使わないわ。マリスと組んでならやりかねないと思ったけど……あいつの影魔法もそんなに万能じゃ無いわよね? 魔方陣って言うか血を使って……」
《アリュエット一人の、犯行の可能性が……ある、のか? 》
折角皆黙っていたのに、ここで言うこと無いじゃない馬鹿コント。そうよ、その可能性が高い。あの方法なら、誘拐も殺害も完全犯罪可能なんだわ。私が運良く、奴にとっては運悪く生き延び生還してしまったために、綻びが見えて来たけれど。
「ばか……コント」
アリュエットを許せるか? なんてとんでもない宿題私に寄越しやがったのよあんた。あの女に二度殺されかけた。一度目は衝動的に、二度目は証拠隠滅見ない振り……だと思っていたのががっつり実行犯とか言われて、私だって平気な顔はしていられない。嗚呼、こんな森来なきゃ良かった。私とマリーとあの日一緒に過ごしたアリュエットは、笑ってくれていたのにね。
「……怖いわよね、人間って」
何もしなくても恨まれたり、良いことをしたはずが憎まれたり。なら悪いことをすれば好かれるか? それもそうとは限らない。そういう者を好む奴も居るけど。
「異世界で出会った人が教えてくれたこと、最初は勘違いしてた。だけど段々解って来たの」
腐術……それは人の心の隙を突く、強力な敵も無効化にする異世界産の特殊な概念。読めば思わずにやついて、MP回復だってする。逆に耐性がない者の精神力を削りもする。
「復讐を果たすまで、きっと私はそれを引きずってしまう。だから、楽しいことを見つけろってことなのよ。腐術ってそういう物だったんだわ」
現実逃避とも違う。忘れてしまえということでもない。彼女の世界に比べたら、余程ファンタジーなこの場所だって、人の悪意が渦巻くリアル。この世界にとってはあの本が、むしろファンタジーだったのよ。胸のときめきにも似た、楽しい気持ちを忘れたら、本当に暗い復讐だけを追いかける私になってしまう。
「“息抜きをしろ、時々休め。そして……今と向き合う覚悟を決めろ”。復讐に必要だったのは、私の余裕その物よ」
魔法の一つも使えない異世界の住人がくれた言葉と、私を待っていてくれた人達と、向き合い私は答えを見つけた。
「決着、付けてやるわ……アリュエット! 」