十五話 『忠実なる駒を得て』 -738-α
【『忠実なる駒を得て』 -738-α 】
学園内の女勇者で、私の相手になる者は居ない。女の中で一番になっても意味は無い。私は一番の勇者になる。そのためなら男相手でも打ち負かせるだけの技量が必要。下から倒していくのは意味が無い。最初から頭を叩けば分かり易いし一発だ。そいつ一人を倒せば良いだけだから。
(ロア=ブリス……)
完全無欠のその男。いつか打ち負かしてやると、私は隙を窺っていた。窺っていた……。窺っていたのだが……何だこの男は!
授業と生徒に勝負を吹っ掛けられる以外は、木の上で昼寝をするような生温さっ! 学園最強ならば、寝る間も惜しんで修行をしていると思ったのになんだこの体たらくはっ!
怒りに駆られ、勝負を挑みに行こうとした私が見たのは、眠たそうに目を擦り……その場を立ち去る彼の後ろ姿。昼寝中、抱えていた本を木の上に忘れるような抜けっぷり。それが誰の物か解っていて、何も言わぬは目覚めが悪い。私は急いで木を登り、遠離っていく彼へと叫んだ。
「あ、あの! これ……」
「む……? ああ、すまない。助かった。ええと」
「あ、アリュエット=キャヴァリエレ! アリュエットです、私は……」
「感謝する、アリュエット」
大切なものなのだ。そう言って受け取る彼の表情に、私は惹かれてしまった。だからだろう、私は変なことを口走る。
「あ、貴方は何故、パーティを作らないのだ!? 貴方は強いのかもしれない! でも仲間が居ればもっと貴方は強くなる。もっと多くのことが出来るはずです! 」
私をパーティに入れてくれ、そんな言葉にも等しいセリフ。私にはもうパーティがいるのに、彼と組みたいと思ってしまった。彼が応じてくれるなら、今のパーティを捨てようとすら、思った。そんな私の浅ましさを見透かすように、彼は低く呟いたのだ。
「私は大切な人一人守れなかった。パーティなど、不要だ」
【精霊王】ロア。仲間など不要と言う彼は、ソロパーティで次々偉業を成し遂げる。だけどちょっと抜けていて、大事だという本を時々無くしてしまう可愛い一面もある。
いつからだろう?弱みや隙を見つけるために見ていたのに、いつの間にか彼を見ていたくて勝負の情報収集を建前にする自分に気がついた。
(あいつは……マリス=スパイト? )
あの者は、あまり良い噂を聞かない。噂を頭ごなしに信じはしないが、ここへ来る前に家の者から言われた言葉も気がかりだ。
(“悪意”という男には、関わるな……)
おそらく偽名だ。正体を隠しこの場に来ている。奴の目的は不明だが、関わるのは私の家にとって良くないこと。つまりは国絡み。何故あの男がロアに近付くかは解らない。それでも見なかったことにしろ。それが何より……
(それが、正義……? )
我が家の平穏。キャヴァリエレ家の存続、反映だけを私は願い動けば良い。守ることは割り切ること、そして見捨てること。その線引きを、誤らないこと。もう、ロアに近付くのも止めた方が良い。他に適当な強さの男を倒せば良いだけ、質で駄目なら数で良い。千人程度打ち負かせば箔も付こう。そう思うのにどうしてだろう、彼を見ることを止められないのだ。
「やぁ! 今日もロアの観察? 」
「うわああっ! 」
近付いてはならない男は、突然私の前へと現れた。そいつは悪意なんて可愛い物では無かった。そいつは悪魔だ。悪魔が現れた。悪魔は人の姿をして、それでも人にあらざる言葉を紡ぐ。
「ロアはね、この場所で人を待っているんだ。良かったね、心配してたんでしょ? 彼はパーティを作ることにしたんだ。これで怪我も少なくなるし……君はこんなストーキングをしなくて済むよね? あー、でも無理かー。ロアが組みたい子って、君と同じパーティにいるんだ。君が解散するか人数減らして合流でもしなきゃ、どうにもならない話だなぁ」
ロアが、組みたい……相手? そいつは誰だ? このマリスの言い方からして私ではない。ロアは自身の回復も出来る……ならばマリーでもあるまい。ミザリーか、ダイヤか? バランスとして、どちらか二人に絞られる。だが、マリスは言った。解散するか、人数を減らすかと。
(不要なマリーを追い出せば……私はロアと同じパーティになれる? )
何故魔法職をロアが必要とするかは解らない。それでも同じパーティになってから、私の方が親しくなればいい話。第一、前に私がロアの魅力について語ったところ、ミザリーもダイヤもロアは好みではないと言っていた。
奴の接触には目的があったのか? マリスが私の前に姿を現したのと時を同じくして、マリーの男性恐怖症が悪化した。女の間での評判もどんどん悪くなっていく。このまま組んでいては私達パーティの方まで弊害を受けかねない所まで。
「ミザリーちゃんはぁ、ああいう評判の悪い子、パーティにいると困るんですぅ」
ミザリーが何か嗾けたのだろうとは思ったが、証拠はない。ダイヤの方もそれ故歯痒い思いをしているようだ。
「誰かがマリーに根も葉もない噂流してんのよ! マリーがいた修道院が隠れ売春宿だったとか! それでそれ本気にしたクソ野郎共が汚い金握らせようと近付いてくるんだわっ! あーもうっ! 金に靡くのは私の方だって印象づけてやってんのに、どうして私の方に来ないのよ」
「汚い金が欲しいのか? 」
「違うわよ、私なら簡単に撃退できるって言ってんの」
友のために汚名も被るか。そうだな、お前に友と呼ばれる者は幸いだろう。しかし……
(ミザリーかダイヤか)
ロアがどちらを好むか考えて、人間的にまだダイヤの方がロアも興味を持つだろう。ならばロアが待っていた者というのは……ダイヤなのか?
(ダイヤには、何がある……? ダイヤにあって、私に無い物……)
考えても見つからない。圧倒的に私の勝利で大勝利。私は何一つ劣ったところがない。唯一負けていると認めても良いのが、友達思いかそうではないか。その一点だけだろう。
(ロアは、友情に厚い者が好きなのか? )
悶々とした日々を過ごす私の神経を、逆撫でするようなダイヤの言葉。立派な勇者になりたい、そう思ってここへ来て……私は醜く歪んでいった。言われなくても解っている。全てを守るはずが、家だけを守ると言い始め……今や恋の妄執に踊らされ、家のことさえ省みずこうしてマリスの傀儡だ。
「良いこと教えてあげようか? ロアはね……ちょっとだけ先のことが解るんだ」
罪を犯したことに苦悩する、私に寄り添う黒い影。悪意は遅すぎる情報を私の耳に挟み込む。
「ロアが待っている人は、あの魔女と同じパーティになる。だからあの子が欲しかった。でもあの子に嫌われちゃった以上、その計画は台無しだ。勿論、君の所為だよアリュエット? 」
「何故だっ! 貴様は何故私を苦しめるっ! どうして私に近付いた!? 私は貴様を見て見ぬ振りでっ、見逃してきた! 近付かなかった、それなのに……どうして、私の平穏を、貴様は……粉々に、したのだ……」
醜く顔を歪め泣き濡れる私に、奴は満足そうに笑って見せた。
「僕、【騎士】って生き物嫌いなんだ、それだけ。楽しかったよ、アリュエット。でもあいつがそんな風に苦しむ様は、これの何倍楽しいんだろうなぁ! あはははは! 今から楽しみで仕方が無いよ」
こいつはっ! この男は……自分の楽しみのためだけに、人を傷付ける! 勇者なんて名ばかりだ! こいつは誰一人救うつもりなどありはしない! マリスの正体は解った。マリスが恨む相手も解った。何故この男が彼に殺されかけたのか。何故マリーを苦しめたのか。それら全てが繋がっていく。
「貴様さえっ、いなければっ!! 」
「同じ罪を繰り返すの? 愚かだね」
衝動的に振り上げた剣。今回ばかりは正解だ! こいつを斬れば卒業など必要ないまま私は勇者になれる! 全ての罪を、洗い流せる程の偉業を達せられる。こいつさえ、始末できれば。
「それにその剣は、僕を斬れない」
なんて、残酷な言葉だろう。私が与えられた剣は、仲間との絆を断ち切り……滅ぼした。なのに悪の一つも斬れない剣。諸悪の根源を前にしながら、私はこの上なく無力。
「そ、そんなっ……そんな、馬鹿な話がっ! 」
王家から賜った剣が、斬れない相手。それは、王家に縁の人物だからに他ならない。怨恨の化身の幻などではなく、この人はまだ生きて居るのだ。
(マリスに、近付くな……)
それは、こう言う意味だった。どんな理不尽な命令であっても、キャヴァリエレ家の者なら従わなければならなくなる。その忠告を無視し、ロアに惹かれた私が馬鹿だった。
(魔は……ラクトナイト家の者が既に祓った。ここに残されたのは、人間としての彼だけだ)
勘当された騎士は、主を救った。主の命を。しかし世界に飛び散った……負の力は人を今も苦しめる。だが、マリス自身は違う。片目を失い、地位を失い人として醜く歪んでしまった。彼自身の性格は、魔法でも剣でも直せない。
「ねぇ、キャヴァリエレ。君がその名を名乗る以上は、君は僕の傀儡だ。僕の配下になるなら君を僕のパーティに入れてあげても良い。どうする? 僕は先日ロアを無事にスカウト出来たわけだけど? 」
(馬鹿だった……? )
何を勝手に過去にしている。私は……私は馬鹿だ。今尚、馬鹿な女である。男と対等の、それ以上の勇者になりたいと誓った思いは何処だろう。こんな小さな恋心、たった一つに振り回されて、私は友さえ手にかけた。友のため汚名を被る女に、酷い仕打ちを。ダイヤは……もし悪く言われるのが私であっても、マリーの時同様助けてくれたに違いないのに。
罪を犯した私は、ダイヤを傷付けた私は……そこまでして選んだ物を、信じて縋らなければ壊れてしまう。あんな女より、私のロアは素晴らしくて! 優れていて……あの人に惹かれた私は何一つ間違っていなかったんだって、思わなければ……私は生きてはいられない。
「……マリスっ……さま。どうか、私を……私めを、貴方のお側に……置いて下さいっ! 」
「うわぁ、あのプライド高い女騎士が、一介の勇者見習いなんかに跪いたりしちゃうんだ? 情けないね、惨めだねぇ? とっても無様で可愛いよ」
「な、なんとでも……仰って下さい。私は……貴方の」
「いやー、何年ぶりかな。こんなに笑わせて貰ったの。……いいよ、入れてあげる」
落ちて来た獲物を嘲うよう、マリスは美しく恐ろしい微笑みで私を迎えてくれた。
「ようこそ『Twin Belote』へ。良かったねアリュエット。愛しのロアと同じパーティになれて」