十四話 『タンスを開けるだけの職業』 -0
【『タンスを開けるだけの職業』 -0 】
帰宅した俺の家は、窓は破られているし鍵は開けられているし散々な物だった。病院の寝間着のままという訳にもいかないからと、服は借りられたけど……これもなんだかヒラヒラしていて動き辛い。
「なんだよこれ、何で俺の家こんなに荒れてるんだ? 」
「気をつけろ、何者かが潜んでいるかもしれない。灯り魔法も駄目だ」
「そ、そんなこと言ってもさ」
「俺に掴まっていろ……必ず守る」
空き巣に入られた気分ってこういうのなのかな。吊り橋効果って訳でも無いけど、やたらとロアが格好良く見える。俺はこの人達の粗探しに来たはずだったんだけど……
(敵にそんなこと言う……か? )
ロアは本気っぽい。今日入ったばかりのパーティメンバーにここまで気をかけるなんてロアは良い人、なのか? 他の三人が全員怪しいだけで、それを庇っているだけ? 俺は暗闇の中、三人の姿を交互に眺める。室内をほんの僅かに照らすのは……マリスの影だ。ロアが喚びだした小さな精霊を影は包んで、極々僅かな灯りを漏らす。これなら外から気付かれることなく室内を捜索することが出来そうだ。
「マリス、ミザリー状況を教えろ」
「うーん……何て言えば良いんだろうなぁ」
「獣の臭いがします。それから……」
ロアの声に、渋るマリスと鼻をヒクヒク動かすミザリー。彼女は今、嗅覚に優れた魔犬を召喚し同化しているのだ。早速室内からいくつかの臭いを嗅ぎ取っている。
「ねぇ坊や、君は前のパーティ仲間をここに連れ込んだことってある? ここ数日くらいで」
「別に荷物届けてくれたりもなかったからなぁ。鍵も無いしないと思うけど? 」
俺の回答を受け微笑を浮かべた後に、マリスはミザリーを促した。
「言ってあげてミザリー」
「はいマリス様♥ あのね、ここからあの女の臭いがするの。それもつい最近ついさっき? 」
「お前が入院中、ここに何かを隠していた……しかしお前が退院すると聞き、空き巣を装い何かを持ち出したに違いない」
「あははは、ないってないって。ここに別に盗む物なも皆が欲しがるような物もないしさ」
「そう思っているのは君だけかもよ? 」
「心当たりは無いか? パーティの仲間から変な目で見られたことは? 」
「へ、変な目……」
どうしよう、凄くある。マリーねーちゃんは言わずもがな、魔女のねーちゃんだって帰ってきてから目が怪しい。安全なのは騎士のにーちゃんくらいだけど……何故かオークレスリングの光景が頭にちらつく。返答に困る俺を見て、アリュエットは同情するような目だ。
「やはり、心当たりが……」
「下手に庇うな。本当に彼らを思うなら、これ以上罪を重ねさせるな」
ロアに至っては、弱みを握られた被害者を労る兵士みたいだ。
「い、いや本当にさ! 盗まれて困るようなもんないし!? そもそも家捜しって勇者固有のスキルだろ? ねーちゃん達その練習してたんだよきっと」
「これは酷い。犯人から精神支配をされている。長きに渡る隷属関係があったとみて間違いなさそうだ」
「きゃっ! ミザリー怖~い! 」
「おい! 勝手に事実捏造すんの止めろよっ! 」
あんたらの方が余程怖い、なんて言ったらこの場で殺されそうだ。俺は別の苦言を、まだ話の通じそうな二人へと零す。
「……あのさ、それより俺着替えたいんだけど」
「ああ。見張りなら任せておけ」
「我々がお前を保護しているのだ。安心して着替えるが良いぞ! 」
真面目すぎてこっちは話が通じなかった。ろくでもない方二人は解っていてここから出て行かない。着替えを取り出すため渋々と、俺が洋服棚に手をかけた時! 俺は室内の異変に気付いてしまう。
「着替えが無いっ! 」
「あるでは無いか」
「違うんだよ! マリーねーちゃんが買ってくれたのが全部無いんだ」
男物は全部ある。だが、彼女から貢がれ押しつけられた服全てが無くなくなっているのだ。
「連続誘拐犯が、この近くに潜伏してるってこと? 」
「服が盗まれたと言うことは、生かされている可能性もあるな」
「人海戦術だ! 使役できる限りの召喚を行いこの森一帯を洗えっ! 」
ロアの号令により、四者四様の召喚魔法を開始した!ロアは美しい精霊達。質より量を取ったのか、小型の物が多くはある。マリスは己の影に血を垂らしたナイフを当てて、影を引き裂く。引き裂かれた影はそれぞれが形を持ってその場に魔方陣を描き始める。ミザリーは繁殖力の強い虫型召喚獣を喚び、捜索と共にその人員を拡大していく作戦だ。
(すごい……! )
室内が埋め尽くされるのではという懸念を余所に、呼び出す魔方陣をそのまま移動の魔方陣に書き換えて、召喚獣を森の指定した場所に彼らは送り込む。
(こいつら、本当に何でもアリだな)
完全犯罪も余裕なんじゃ無いのか? やっぱりコントにーちゃんが考えたように、架空の犯人をでっち上げるつもりなんだろう。予め、俺の部屋を荒らしておけば良いだけだし、これだけの召喚術を使える連中だ。その辺はどうにでもなる。
「……くっ、もう少し……もう少しだ」
一方、アリュエットは他の三人ほど魔法に優れていないのか……少々手こずっている。いや、少々というのはお世辞だ。正確には全然駄目だ。まだ一匹も呼び出せていない。回復魔法と剣の腕……ヒーラーが回復しないで済む前衛は確かに貴重だけど、このパーティ内には化け物レベルが多いから、彼女ほどの人でも浮いてしまうのか。
(この人には犯行が難しそうだな)
冷酷非道な女騎士だと思っていたのに、どうにもこの人人間臭い。アリュエットを犯人リストから除外するべきか否か悩む俺の傍で、ロアの緊張気味の声が響いた。
《お前は、俺が守る! 》
「各人構えろっ! 来るぞっ! 」
一瞬だけ、一言聞こえたロアの声。それ以降は誰の声も聞こえない。お前って誰だよなんて無粋なツッコミも俺は出来ない。構えろと言いながら、ロアは俺を背に庇うのだ。あの“声”は、間違いなく俺へ向いている。
(え……、これってどういうこと? )
俺に混乱する暇も与えず、重い蹄の音と黒い影が……コテージの扉をぶち破った!
「な、なにあれ……」
初めて目にする獣だ。ふーふーと、吐き出される荒い呼吸は、獲物を前にした肉食獣の息づかい。俺が思わず震えるくらい、どう猛な目は闇にも赤く光り輝く。
「こんなの、俺ここで見たこと無い」
「二角獣か……確かに生態系としてはおかしい。この森には一角獣が棲まうという伝説がある……本来相容れぬ聖獣が同エリアで共存するなどあり得ない」
弓では間に合わないと、ロアは剣を構えている。俺もこっそり短剣を手にしたけれど、狭い室内でのことだ。俺には分が悪すぎる。魔法職が魔法を完成させるまで、時間を稼ぐのがセオリーだけど、もう少しで完成の召喚術を放棄して剣を取るかを悩み、アリュエットは苦悶の表情。結局召喚術を選んだのか「もう少しだけ耐えてくれ! 」と彼女は俺達へと叫ぶ。緊迫したこの状況……打ち破るのは誰か? 敵も味方も動けない。真っ先に動いた者がやられる。室内はそんな空気で満ちていた。数秒の沈黙、先に痺れを切らしたのは二角獣! 奴は勢いよくマリスの方へと突っ込んで……
「あはは、何こいつ。可愛いね」
(え……? )
何故かマリスの足下で仰向けになり、犬のように腹を見せていた。馬みたいな牛みたいな成りなのに、これはデレデレの犬だ。お腹を撫でて貰って嬉しそうにハッハッハッハッと呼吸をしている。
「酷いですぅマリス様ぁ! ミザリーとこの子どっちが可愛いんですか!? きゃっ、本当にこの子可愛い! 」
犬牛馬であろうと、思い人の寵愛を奪われるのは許せない! そんな我が儘ミザリーが二角獣を罵ろうと近付いた所……二角獣は甘えるような嘶きで、ベロベロとミザリーの頬を舐め出した。なんだろう、この自室カオス動物触れ合いコーナーは。とりあえず、余所でやってくれないかなぁ。自室の惨状に、俺が涙を浮かべたところ、ロアが二人に近付いた。
「お前達、それに懐かれているなら外に誘導しろ。それで……」
ロアの存在を認めた二角獣。その興奮はこれまでの比ではなく……喜びのあまり至福の表情で失禁し出した。しかも凄い量と勢い……
「あああああ! 俺の部屋ぁああああっ!! 」
「こ、この獣畜生っ! 幼子の部屋でなんという変態行為をっ! 」
泣き崩れる俺と、怒り狂うロア。反応に困った様子で召喚術を続けるアリュエット……そして悪魔二人はこの惨状にケタケタ嗤い狂っている。
「ロアっ……新手だ! 」
最も周りを見る余裕があったのは、どうやらアリュエット。新たな気配に気付いた彼女がパーティへと集中を呼びかける。
(本当だ、何か聞こえる……足音? )
コテージでの騒ぎを聞きつけた? 誰か此方に近付いてくる。ロアが居たから周りの声も聞こえなかった。彼らが来てくれていたことにも、俺は気付けていなかったんだ。
「貴様等の企み、ここまでだっ! 」
「レー君無事ですか!? 」
灯り数術により照らされた、俺の部屋。俺は着替えの途中で半裸。魔方陣を展開しているアリュエット……失禁獣に求愛されかけているロア、それから笑いを堪えるのが大変なマリスとミザリー。
(無事って……一体なんだろう)
*
【『犯人は小屋の中にいる』 -0 】
「だーかーらーっ! 何回も言ってんでしょ! 犯人はあんたらの方だって! 」
「ふざけるな! それはお前達の方だろう! 」
まだ魔方陣を作りかけたままのアリュエットが、キャロットねーちゃんと言い合っている。
「この二角獣が失禁するくらいインモラルな男なのよ【精霊王】様は。そりゃホ●か■リコンなんてのに留まらずホ●で■リコンなバ●野郎に決まってるわ! ついでにSM好きのド変態に違いないわ! 犯人はあんたねロア=ブリスっ! 」
「我らがリーダーを愚弄するか魔女っ! ロアは清廉潔白な地上最強の勇者だ! 」
「あんたみたいな前科持ちが惚れるくらいだもの、痴情最高の間違いじゃなくて? 」
そんな敵味方の口論も聞こえない振りで、部屋掃除をせっせと手伝ってくれるロア。これには部屋の隅を陣取っていたマリーねーちゃんも感激している。
「意外と良い人ですね、あの人」
「うん……」
有名パーティーのリーダーが二角獣の粗相の後始末など……屈辱だろうに顔色一つ変えずに床掃除を行う。そんなロアは確かにある意味格好いい。
「俺の服、ねーちゃん達も知らないの? 」
「私達がレー君訪ねに来た時、一角獣の退治を任されたんです。それで様子を見に来たら、窓を破って逃げた影がありまして」
「犯人は現場に戻る説を採用し、この付近を見張っていたわけだ」
「そっかー……」
互いに互いを犯人だと思い込み、犯人にしたがっているこの状況。にーちゃんやねーちゃん達が、そんなことする人じゃないのは俺が誰より知っている。だけど時間的に『Twin Belote』にはアリバイがあるのも俺は知っている。
「犯人はマリスじゃないのか? 影を使えばどうにでもなる」
「うわー傷付くなぁ。そんな風に証拠もないのに人に濡れ衣着せようとする奴が、特級勇者だなんてギルドも学園も腐ったなぁ」
「暗殺未遂を繰り返しているパーティがちやほやされるくらいだからな」
ネガティブ入ってたコントにーちゃんも、この部屋の異空間さに嫌気が差したのか、マリスと毒舌言い合う位に回復している。マリーねーちゃんも立ち直っているようでほっとした。
(でも、なんか……複雑)
二人の立ち直りに、俺は何も出来なかったんだよな。そう考えると俺は無力だ。
「ふん、知ったか乙ですぅ! マリス様が影を割いて使う時、マリス様はその場から動けないんですの! おほほほほ! 」
「敵に手の内明かすのは駄目だよミザリー? でも彼女の言う通りさ。捜索に影を割いている僕は、こうしてこの場から一歩も動けない。この部屋を荒らしたのが僕ならば、僕は皆とここに来ることなんか出来なかったし、そっちの魔女がオークから逃げ回らせたという時間もずっと僕は本拠地待機してなきゃおかしいんだよ」
「ミザリー、お前は手伝えるのだから、ロアの床掃除を手伝え! 」
「え? 嫌ですぅ。私がこの子撫でてなきゃ、この場の何人か惨殺されちゃいますの」
ミザリーと同じ理由で俺は掃除を手伝えない。コントにーちゃんが連れて来た、三角獣なる召喚獣が俺の膝で眠って居て動けないのだ。苦行過ぎる。
「にーちゃん、代わって」
「すまないレイン……俺のMPはそいつによってすり減らされた。これ以上膝枕を強いられては俺はHPと命を犠牲にしなければならなくなる。どうか、耐えてくれ」
「なんかこいつ、太ももの間に顔入れて来てくすぐったいんだよ」
「くっ……すまない、不甲斐ない俺を許してくれレイン」
「わ、私が代わりましょうか? 」
マリーねーちゃんの申し出に、三角獣は目を覚まし……ねーちゃんの手を蹄でパァアアンと打ち払う。女はお断りだ。そんな強い意思を感じた。
「ねーちゃん……泣くなよ」
「ご、ごめんねレー君……助けてあげられない、弱くて足手纏いのお姉ちゃんを許してね」
「やーいやーい、役立たずー」
「ここぞとばかりにねーちゃん虐めるな! 」
動きが封じられていても、マリスは依然として不貞不貞しい態度。この場で自分が袋叩きに遭う可能性を全く想定していない。それが愚行ではなく計算なのだと彼に思わせる、判断材料が残っているのか。
「レイン……この本を読めるか? 」
「これ、ロアが読んでた本? 」
コントにーちゃんが俺の前へと出したのは、病室でロアが読んでいた本だ。ぱらぱらと中を覗けば、女の子らしい口調と文体、これは誰かの日記を活字として製本した複写物。その日記の間間に、何枚もの写真が挟まっていて……一枚だけ色あせた年代物が混ぜてある。彼女の顔は俺によく似ていて、俺が貸し与えられた服とよく似たドレスを身に纏う。驚きを隠せない俺の前からにーちゃんは写真を抜き取って、ロアの方へと突きつける。
「俺達は何の証拠もなく彼らを疑っているのではない。この本に……こんな写真が挟まっていた。次の標的は……レインだったのでは無いか? 違うか、ロア? 」
「俺ではない。だが、犯人がレインを狙っているのは間違いない。故に此方で保護をしようと考えた。俺は犯人の正体を知っている。レインを囮にすれば、必ず奴は現れるとも……! 」
平然と床拭きをしていたロア、その表情がみるみる内に怒りで歪む。
(あっ……)
《許せない許せない許せない》
ロアが、感情制御能力を失っている? 事件の犯人に対する憎しみを彼は隠すこともなく外へと解き放つ。その凄まじい感情に触れた恐怖に俺は震え上がる。俺を見たロアの悲しそうな目……それを見て、俺は知る。ロアは俺に怖がられたくなくて、隠匿魔法を使っていたのだ。
「お前達を一年留年させたのは、俺の目的のためだ。どうしても、一年待つ必要があった。……レインが当時の彼女と似た背格好になるまでに」
「そのために、あんたはパーティのろくでもない計画を黙殺したってわけ!? 人一人殺されかけてんのよこっちは! 」
「殺されたのだ、此方はっ! 」
苦情の宛先を、アリュエットからロアに切り替えたキャロットねーちゃん。その発言をロアは一喝して黙らせる。
「訳ありか? ……詳しい話は事件が終わった後に聞こう。まずは事件解決に向けて……」
「何寝惚けた事言ってんのよ乳騎士喜劇! 」
いや、簡単に黙るような人ではなかった。共闘してでも事件解決を優先すべきというコントにーちゃんの言葉に、真っ向から彼女は噛み付く。
「二人とも、喧嘩してる場合じゃないですよ! 」
そこにマリーねーちゃんまで絡んで行って、これは長くなりそうだ。どうしたものかと悩む俺は、こっそり外へ出て行く影に気がついた。膝に乗っていた三角獣はすっかり眠り込んでいる。そっと離れる分には気付かれなさそう。
「アリュエット? 」
何故彼女は抜け出すような真似をするのか気になって、俺も彼女を追って外へ出た。俺が付いて来るのに気付いていたのか、彼女は足を止めている。
「これでは埒が明かない。私は先に捜索に向かう。時間を無駄にし、救える者も救えなくては意味が無い。お前はどうする? 」
「俺も行く! 俺が居れば何とかなるんだろ? 」
ロアは言っていた。俺の外見は囮になると。それなら俺が行かなければ話にならない。揉めている皆も俺達の行動に気付はすぐに追いかけて来る。状況は一気に動いて行くはずだ。動向を求める俺の言葉に、アリュエットはほっとした風息を吐く。
「ああ、助かるよ」
「そう言えば、さっきは何を召喚してたんだ? 魔法は終わった? 」
「……ああ、そのことか。それならもうそこに居るよ」
「え? 」
不意に、足下が消える。落ちていく感覚の中、俺は気付いた。アリュエットが召喚したのは……魔方陣を喰う魔物! 彼女は俺を誘き寄せ、違う場所に移動させるため……証拠隠滅の魔物を使役したのだ。
(一年前の、犯人も……この人が!? )
マリス、ミザリーだけじゃない。見過ごしただけじゃ無いんだ。この人は、証拠隠滅にまで関わっていた。
(でも何故、どうして!? )
そう考えた時、思い出すのはロアの態度と……それに嫉妬をしていたアリュエット。
(犯人は……犯人はっ! )