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十三話 『野生の勘は意外にも』 -0 

【『野生の勘は意外にも』 -0 】



 噂には、聞いていた。マリーねーちゃんが何度も俺に言っていたから。


「誘拐事件の解決か……」


 被害者は、まだ若い美少女ばかり。犯行はその殆どが夕方から夜。発見が遅れて、足取りが掴めない。被害者の部屋に残った遺留品から、犯行に魔物が関わっていることは判明している


「勇者なのに、変な仕事するんだな」


 『Twin Belote』に入って、最初の仕事。それは何とも歯痒く、面倒臭そうな仕事だった。有名な勇者パーティなんだから、もっと力こそ全て! みたいな……真っ正面から強い魔物を相手にする仕事をするのだと思っていたから、拍子抜け。少しガッカリした俺を見て、世話役は励ますよう肩に手を置く。


「仕方ないだろう、全てが明るみに出るまで人か魔物かなど解らない。魔物の痕跡があっても召喚術師や、ミザリーのような者もいる」


 魔女のねーちゃんを半殺しにしたという、女騎士アリュエット。口調と態度は堅苦しいが、女性らしく香水を纏うようなお洒落もしている。薬品臭い魔女のねーちゃんやお菓子や日干しした布団の匂いが好きなマリーねーちゃんと違って、大人の女性って感じ。こうして話す分には意外と普通だ。


(っていうか、真面目? )


 ロアに命じられているのか? 新入りの俺にあれこれ世話を焼いてくれる。変人ばかりのこのパーティでは比較的、まともに思える。この場所だって元々は……彼女が所持する小さな邸宅。小さなって言っても学園寮より大きく立派。それに一部は勇者ギルトとして貸し与えているようだ。場所は病院からそう遠くなく、同じ街の中にある。卒業をした『Twin Belote』の拠点はどうやらここらしい。


「えー、結局この子が来たんですぅ? 」

「良いんじゃないかな、今回の仕事には打って付けの人材だ。それに……何処かの誰かさんのやる気を引き出してくれそうだ」


 ミザリーとマリス。この二人の所為で、俺もみんなも酷い目に遭ったんだよな。俺の表情が曇り出すのを見て、アリュエットが止めに入った。


「お前達、あまり絡むな。警戒されているだろう。少しは好かれる努力をだな……」

「ロアさんってーその子お気に入りみたいだけどぉ、きゃはは! アリュエット、その子の面倒まで任せられてるの? 勝手に本妻気取りだけど、家政婦扱いじゃないのそれって! 」

「わ、私と彼は唯のパーティメンバーだ! た、唯……互いに信頼し合っているとは思うが別にそれはそういうあれではなく崇高な繋がりというか……」


 この女騎士はあの精霊王に気があるのか。何とも分かり易い。


(しかも……アリュエットに部屋まで借りている身で、あの態度のでかさだったのかあの二人)


 パーティ内の人間関係を把握しようと耳に神経を集中させてみるけれど、やっぱり上手く聞こえない。ロアが近くに居る所為だろうか? 


「ロアさん同族贔屓ー! っていうかアリュエットまた香水変えました? 臭すぎですぅ! ロアさんの加齢臭を指摘するのが辛いからって、自分の鼻を曲げるなんて迷惑ですぅ! 」

「ロアを中年扱いするな! 確かにエルフである彼は、我々より年上ではあるが……っ! 」


 香水か。一年前に《淫蕩竜区》で出会った時は感じなかったけど、確かに少し匂いが強過ぎるかも? あまりお洒落に興味が無かったアリュエットが、吹きかける量を間違えている可能性はありそうだ。この一年で、ロアに興味を持ち始めた、好意を深めたのか?


(うーん……もっと良い情報を何か。何か聞こえないか? )


 得るもの無しで帰るなんて出来ない。女二人の口論の中、俺は彼女たちの心を探ろうと……リラックスするため息を吸う。その刹那、俺の真後ろから誰かの笑う《声》がした。


(いつの間に!? なんて奴だよ! )


 背後を取られた。逃げようとするも俺は動けない。勿論それはマリスの仕業。一週間前に影を取られたのが、まだ効いている? 身体の自由が利かない上に、マリスの自由に勝手に動かせられている。


「お兄さんと内緒話でもしよう」


 おいでおいでと彼に、手招きされれば俺の身体は俺の意思とは関係なく……内緒話が出来るまでの距離に近寄ってしまう。


「レイン君だっけ? 君はあの【黒の聖女】のためにここへ来たのかい? それともあの牛乳魔女(うしちちウィッチ)? まさかあの乳騎士喜劇(ラクトナイトコント)君のためじゃあないよね? 」

「……気になることが、あっただけだ」

「そうかい? 僕は誰が来ても大丈夫なように策を練ってある。君が来るのも予定調和だよ」


 はったり? 違う。本当にそうだと思う。はっきりした言葉は聞こえないけれど、マリスの自信と愉悦のような感情は、耳障りな鼻歌として俺の耳に届いている。


「君は君の意思でここに来た? 違うよ、僕に君は絡め取られたんだ。ようこそレイン君、『Twin Belote』へ。君が来たならこの名前も変わるかもしれないけれど」

「マリス、その位にしておけ」

「やっと来たんだ、ロア? 部屋で何してたの? あんまり遅いから呼びに行こうかと思ったよ、この子と一緒に」


 がしっと俺の両肩を、マリスは背後から掴み……俺をロアへと見せつける。何の意味があるのだろう。ロアはエルフには弱いのか? こんな風に俺を盾にする意味があるのだろうか?


「ニムロッド、アリュエットから聞いての通りの仕事だ。お前のような年頃の娘が被害に遭っている。囮役を引き受けては貰えぬか? 」

「いいよ、俺の実力……確かめて貰う意味もあるし」


 っていうか、俺は最悪犯人この人達の可能性もあると疑ってるよ。夜間の犯行なんて影を使うマリスが大活躍に魔物はミザリー……いや、冗談で言ってみたら本当にそんな気がして来た。


(でも、それなら何のために? )


 そうだ、それが一番解らない。解らないからひとまず保留。でもこの考え、そんなにおかしくないはずだ。この人達が犯人ならば、犯人が捕まることはない。それは優秀な彼らには許されない。彼らが犯人だったとしても、彼らは犯人を捕まえなければならない。そうなったら、別の人間を犯人として捕えて始末する。


(じゃあ、誰を? )


 そう考えた時、同じ特級パーティまで上り詰めた俺達が目に付いた。


「唯この人だけ何とかしてくてくれよ」

「この男が付けた傷が塞がれば、効果は消えるはずだが……」

「嫌ですわぁロアさん♪ ミザリーのマリス様はぁ……」

「そうだね、僕は相手の血液さえ持っていれば、それがこのような乾燥した物であってもこの通り」

「ミザリーのセリフ取るなんて、マリス様意地悪ぅ♥ きゃあああ! 」


 マリスが取り出したのは、布の切れ端。べったりと付着した血は乾燥しきっているけれど……見覚えのある生地だ。


「あ、あ、あああああ! 」

「マリス……お前は人の服を勝手に切ったのか? 泣いているではないかこの子が」


 マリーねーちゃんが買ってくれた服……俺の趣味では全くなかったけど、あの人があんな笑顔で買ってくれた服。


「お、おい。そんなに泣くな。服の一着二つ着くらいで」


 本格的に泣き始めた俺を見て、アリュエットが宥めに入る。ロアも溜息ながらにマリスに釘を刺す。


「……仕事はお前達だけで行け。私は用事が出来た。それからマリス……私は言ったはずだ。仲間は決して、操るな……と」

「この子をまだ、僕は仲間と認めてないから大目に見てよロア? この子がスパイしに来たんじゃないって言い切れる? 」

「目的が何であれ、元の場所より此方が良いと思わせられれば問題もなかろう」


 ここで器のでかさを示すロア。途端にマリスが小物に見えてくる。新しく装備と服を買いに行こうとロアは言ってくれるが、俺はマリスが手にした布を指差す。


「俺の服……まだ、残ってる? 新しいのじゃなくて……あれを直して欲しい」

「しかし」

「人から貰った物なんだ、簡単には捨てられないよ」

「わ、解った……すぐに仕立て屋精霊を喚んで直させよう! 」

「ろ、ロア……? 」


 俺の言葉に何を受け取ったのだろう。感涙なのか? 自らの袖で目を覆いながらロアは身を震わせている。


(やっぱ、この人も変かも)


 ロアから距離を置いた俺を見る、アリュエットの視線は鋭くなっている。このパーティ、一筋縄ではいかないようだ。


「じゃ、僕ら先に行ってるね。装備整ったら来るんだよ、ロア。手柄全部僕の物、責任全部君の物になっても良いなら構わないけど」

「あ~ん♥ 待ってマリス様ぁ! ミザリーちゃんが今、移動魔獣出しますぅ! 」

「アリュエット、お前も先に……」

「い、いや! わ、私はこの子の世話を貴方から任せられた! 置いてなど行けない! だ、第一着替えには私の力が必要だろう! 」

「む……それは、そうだな」


 アリュエットの言葉に、ロアは言い負かされてとても残念そうだ。何残念がってるんだこの人。俺この人に、気に入られるようなことした覚えないんだけど……


(同族と話せるの、楽しいのか? )


 やっぱり後三メートルほど距離を取る。大掛かりな服飾精霊の召喚を始めたロアは、明らかにMPを無駄にしている。これから仕事に行く勇者パーティのリーダーがこんなので良いのだろうか?


「直してくれれば別に今じゃなくて良い。服くらい家にあるし……仕事の前に寄って貰えれば」

「ならば送ろう。場所は何処だ? 」

「場所? ……学園近くの《神域の森(ホーリーリエス)》だけど」

「《神域の森》、だと? 」


 俺の言葉を聞いた『Twin Belote』の面々は、示し合わせたかのように此方を凝視している。


「あんな所に暮らしているのか? 」

「え、何? 」


 そんな風に言われたら、俺の方が困ってしまう。あそこは良い場所だ。静かだし、学校近いし……食べ物にも困らない。泉とか湖もあるから入浴だって簡単だ。森の治安維持と狩りを手伝うだけで、家賃も食費も掛からないから俺には暮らしやすい。卒業後も置いて貰えないかと思っていたくらいなのだが、この反応は何だろう? 


「それは都合が良かった。我々が、これから向かうつもりも……その場所だ」



【『風の噂はどうにもならない』 -0 】



 一角獣、それは乙女を愛する聖獣。この場合の乙女というのは、純潔の乙女という意味で……女だったら誰でも良いという訳ではないそうだ。


「要するに、処女厨ってことよね」

「えっと、……はい、そうです」


 歯に衣着せぬ物言いのロットちゃん。その発言は概ね当たっているので私も否定はしない。


「今回の連続誘拐事件、一角獣の仕業だとしたら……コントの言ってたことは見当違いも良いとこね。っていうかあいつら何で増えるの? 雌いるの? 」


 一角獣は孤独を好む。以前森に生息していたのも一頭だったということだ。何処からか移動し棲み着いたと考えるのが正しいだろうか? 一角獣同士交わり増えるというのなら、最低でも二頭いなければおかしい。


「そ、それはその……まだ解らないことも多い種族で。召喚についてはロットちゃんの方が詳しいですよね? 」

「んー……一回直接会う必要あるのよね。それで契約することで召喚可能になるわけだもの」


 召喚獣の生息地に直接乗り込むか、無理矢理喚び出しその場で契約を迫るかだと彼女は言う。今回の暴れ一角獣が自らここに住み着いたか、何者かに喚び出されたままなのか、それにより話は変わってくる。


「だが、犯人を一角獣にしたい人間がいるとしたら? 命令ではなく召喚獣自身の独断だと」

「まぁね……そんな聖獣なかなか喚び出せるもんじゃないわよ。ミザリーの()ッチは属性違うし無理でしょ。召喚合体するし獣臭いし、一角獣判定的にアウトよきっと」

「彼女には無理でも、【精霊王】なら解らんな。以前奴とやり合った時には、高位精霊も使役していた。あれから年数経つ。今の奴なら……」


 神獣や聖獣さえ使役出来るかもしれないと、ナイトさんは小さく呟く。


「一角獣を捕えるには、乙女を使うのが良いとされます。しかしその乙女が……ええと、聖なる乙女では無かった場合、一角獣が殺しに来るとも言われています」


 森に現れた暴れ一角獣。それがもし、今回の誘拐事件と関係しているならば……それはどういうことなのだろう。『Twin Belote』は真犯人を捕えられない理由があって、適当な人間を犯人として仕立て上げたい、そういう話になるならば……いよいよ『Twin Belote』は黒くなる。


(というより、既に彼らは黒です)


 過去にやってきたことが、信頼と実績の悪行。公正な目で見ようとしても、ついつい彼らを疑う自分を抑えきれない。


「実は私、それ前々から疑問なのよね。例えばその乙女が同性愛者だった場合どこまでセーフとかその辺一角獣基準ではどうなの? 後、捕獲に用いた後にその乙女がうぉっしゃー! 心置きなく男に走るぜ! とか男遊びした場合どうなの? 当時生娘ならセーフ? やっぱり許せなくて殺しに来るわけ? 」

「貴様は己の知的好奇心のために、そういう実験をするのは止めておけ。いつやらかすかと思って俺は不安だ」

「へいへい、解ったわよ。実験したくなったら自分で試すからいいですーって! 」

「や、止めておけ! 万が一でも殺されたら大変だろう!? 」

「二人とも、そんなに騒いだら隠れてる意味なくなりますよ!? 」


 私が苦言を漏らしたところ、ロットちゃんとナイトさんは互いの口を手で塞ぎ、「お前が悪い」と睨み合う。仲が良いのか悪いのか。レー君とナイトさんよりも、この二人の方が男友達やってるみたい。何故か顔を赤らめた私を見、二人は呆れた様子で手を離す。


(ど、どうして私……あの時のことなんか思い出すの! 駄目よマリー! おかしいわ! )


 普段の二人が口喧嘩をしていても、仲が良いなーくらいで見守っていたのに。薬で男になったロットちゃんを見てから私はおかしい。単体でもドキドキするし、二人並んでるとその倍私はドキドキしてしまう。やらなくちゃいけないことがあるのに、私は何を考えているの!? 自分を心の中で罵っても、口からは勝手な言葉が転がり落ちて行くばかり。


「ロットちゃん……あの、ナイトさんと……男ロットちゃんの本って、いつ発売するの? 」

「マリー……あんたもつくづく業深いジャンルを好むわねぇ。仕方ない……確かに男の私はイケてるわ。マリー……私とあんたの仲よ、腐川先生に頼んでおくわ。で、ちなみにあんた的にはどっちが下が良いの? 」

「あのね、どっちも読みたい。それとは別に男ロットちゃん×レー君とか、オーク×男ロットちゃんも気になるの……」

「ほぉー、なかなかの雑食カオス! 見かけによらず勇者ねあんた! 気に入ったわ! 」

「貴様は良いのかそれで!? 」

「それでマリーの笑顔が買えるなら安いものっ! というかBL耐性が付いて、それ要員としてのコントが間合いに入っても平気になってるからパーティとしては喜ぶべきよ」

「貴様が薄情なのか友情に厚いのか、もう俺には解らん。……それよりも、ハーツ。俺はこのままここで待っていて良いのか? 」

「そうねー……そろそろ私が一匹消して、代わりにあんたを消した場所に飛ばして、そこからコテージに戻って貰うべき? マリーはどう思う? 」

「そうですねまだ、もう少し……誰かがあそこに入った後の方が良いです。それまでは意見を出し合いましょう」


 私達は、あの影を追う振りで、近場に身を潜めている。此方は三人、男一人に女が二人。一人をあの場に残すというのは得策ではなかった。だから私は、追おうとした二人を止めた。


(皆で残るか、皆で追うか)


 もしあれが、此方の人数を把握している者ならばこう考える。此方は全員で行動を共にする、それか二手に分かれても、男一人か女二人に分かれるだろう。その際、戦闘面ではどちらも不得手が生じると。


「私達は三人であれを追う。彼方もそう考えるなら……」

「レインの部屋にまずい物がある。私達をそこから引き離したかった」

「はい、そういうことになります」


 あの場で持ち出すことが不可能だった。安全に逃げ切るために、囮を使った可能性はある。


「なるほどね、相手が逃げることを命令されただけの召喚獣なら……私が追わせた三匹のオークから、逃げる役目を演じ続けているはず」


 その逃亡者は、細かい命令は理解できないか、それが私達かどうかまで確認できない程度の存在。計画を練ったのが人間でも、協力者は人間ではない可能性が高い。


「犯人は、俺達を翻弄し……あの場所から離した隙に、あそこで何か用事を済ませる都合があった。最低でも敵も二組……それか、召喚術を使う者」

「もしくは純粋に、私達を二手に分けたかった。それで私達の誰かに用があったって可能性もあるわね」

「心当たりは……この本、か」


 ナイトさんが手にした本を開き、はぁと重いため息を吐く。それは、何て物を手にしてしまったのだという後悔からか。


「おそらくこれはロアの持ち物。病室に見舞いに来たときに忘れていったのだ。挟まっていた写真は全部で十三枚。誘拐事件の被害者は、ギルドの情報で確認できる限りで十二人……この一年間、毎月一人ずつ被害に遭っている」

「ほー……最近って聞いてたけど割と最近じゃないわね、それって」

「連続誘拐事件と言われ始めたのは、数ヶ月前からなんです。遺体が見つからないから誘拐ということになっていますが、……初期は失踪事件と言われていて」

「それがどうして誘拐事件になったわけ? 」


 自分が失踪したのと同じ頃から、一年間未解決の事件。ロットちゃんは気になるようだ。私はナイトさんと目を合わせ、知り得る限りの情報共有を図る。


「被害者の外見的特徴と、生活環境が共通していました」

「被害者は皆、俺達の後輩だ。勇者育成学校に通う者……当然その殆どが寮生。パーティにも学園にも一言も残さず失踪するなどあり得ない。上級モンスターの相手は無理かもしれんが、一般人相手ならば十分に、撃退できる実力はある。魔に魅入られたにしろ、そんなことが立て続けに続くのもおかしい」

「そこでギルドの中でも最高の勇者パーティ『Twin Belote』が、学園から調査を依頼されました。その彼らが、事件は誘拐事件であるという発表したんです」

「この本は、情報ファイルか何かだろう」


 本に挟まれていた写真の裏……そこにはそれぞれ被害者の情報が走り書きしてある。ロアが手に入れた情報の確認のためそれを持ち歩いていた? それにしては大事な情報の管理があまりにお粗末だ。


「私達にわざと、置いて行ったってのがまだ納得出来るわね」

「挑戦……でしょうか? 解決して見せろと」


 出来なければ……俺達の誰かを犯人に仕立て上げる、それが計画? 過去の面倒事の口封じも兼ねて……。ロットちゃんは『Twin Belote』の悪事による被害者だけど、一年間のアリバイがない。ナイトさんと私はマリスに脅されている。状況によっては、濡れ衣を着ることだって受け入れてしまうだろう。


(レー君はそこまで解ってて、自分が『Twin Belote』に行こうとしたんだ)


 彼が一番、彼らが手を出しにくい相手。『Twin Belote』との接点もないに等しい。彼方も扱い辛いはず。暗くなる私の表情を見て、ロットちゃんは違うことを考えている。私の見解を聞いた彼女は、頭をボリボリ掻いた後……面倒臭そうにこう言った。


「そうかしら? ……私が思うに……ロアはホ()よ」

「え?」

「もしくは()リコンよ」


 呆然としている私とナイトさんを余所に、ロットちゃんは腕を組みながら神妙に頷いている。自分の考えに確かな確信を抱いているみたい……


「これ予告状でしょ? それでこの写真の日付、レインの親族か他人の空似かしらないけど、こんな古ぼけた写真持ち歩く位の変態よ。瓜二つのレインが気になってしょうがないのも頷ける! 」

「そ、それが何故ホ()だの()リコンになるのだ」

「あんた、アリュエットがあんだけロアに色目使ってるってのに、落ちないなんてあの男そりゃあ完全にホ()()リコンに決まってるでしょ」


 強く気高く美しい、そんな女騎士に好意を抱かれながら、全く関係が進展しないのはおかしい。ロットちゃんはそう力説する。


「た、確かにそうかも! 」

「ハーツ……お前まで。いや、二人がそう言うならそうなのか? 」

「ホ()なら良いわ、新刊のネタとして提供するだけだもの。問題は()リコンだった場合よ」

「どちらも危険に聞こえるが……具体的にはどうなんだ? 」

「前者なら自分の性癖の修正を図り、似た年頃の異性を攫った。後者なら……未だに彼を可愛い女の子だと思って傍に置いている。正体が判明した時、裏切られたって逆上する可能性はあるわ、真面目で頭が固い勘違い野郎に多いのよそういうの」


 アリュエットのことを重ねるように、ロットちゃんはロアの人物像を推測し出す。


「あの、自分大好きなアリュエットが惚れるような相手よ、自分と全く別の相手と言うよりは、自分に似たところがあるか、その上位互換版。全てが自分を上回る相手……それならあの男はあのパーティで、最も危険な存在かも」

「連続誘拐犯の犯行は夜が多いって聞きました」


 被害者は、エルフの血が入って居る者が多かった。だから私はレー君が心配で情報を集めていたのだ。写真を見る限り、狙われたのは肌は白く髪は金髪……エルフとの混血美少女ばかり。この一帯は勇者になりたくて集まる者が多い。純血のエルフがわざわざ人間なんかが作った学校に入りたいとは思わない。だからここに来るのはエルフでも大多数が混血エルフだ。故郷を追われた者、迫害から名声を求める者、他人を見返そうとする者……理由は様々だ。しかし共通して言えるのは、見習い勇者達を簡単に攫えるような者が相手だということ。決して油断出来る相手ではない。


「さっき逃げた召喚獣はマリスの影で、レー君を揺するネタを見つけるため家捜ししてたか、帰ってきたレー君を攫うつもりだったのかも? 」


 本当はそのつもり、だけど私達の気配に気付いて誤魔化す作戦に出たとかで……。一度そんな風に考えると、彼らが完全に黒だと思えて来る。証拠なんてない、疑っちゃ駄目。そう言い聞かせてもドロドロとした物が、私の内に溢れ出す。


「では、レインは自分で奴らの元へ向かったのではなく、今もロアに追われているのか!? 」

「マリー、追跡リボンは!? 」

「それが……病院で処分されたのか、そこから反応が消えているんです」

「確かに、病室では貸し出された服を着ていたな」

「追跡不可のダンジョンに入ったわけではないだろうし……汚れて捨てられたのかしらねぇ」


 こんなことなら、彼の武器に追跡魔法をかけておけば良かった。悔しがる私にナイトさんは「本人にかけるという発想はないんだな」なんておかしな事を言う。


「それじゃあ私が犯罪やってるみたいじゃないですか! 」

「自覚が無いのか……」

「当人同士が満足してるなら諦めましょう、コント。そういうプレイなのよやっぱり」

「ロットちゃん!? ご、誤解です! 私とレー君は別に何も……。と、兎に角服のことは『Twin Belote』に弁償させます! 絶対に許さない!! 」

「おーおー、マリーのレイン(の外見)への執着は凄いわね。まぁいいわ、そのレインの危機よ。奴らの手に渡る前に助けなきゃ! 」

「お前達に任せて良いのかは不安だが、このままにはしておけないのは俺も同意する。レインは俺の身代わりになったのだ……俺が助けなければ! 」


 この本が犯人? の狙いなら……私達がいつまでも固まっているのは良くないかも。


「ロットちゃん! 来ました! 」


 すっかり暗くなった森の中、レー君の部屋に入ろうとする者が現れた。


「複数人とは、やるじゃない……迂闊に動けないわね。仕方ない……私も本気を出さなきゃいけないようね」


 ロットちゃんが、真剣な顔。女の子のままなのに、そんな顔をされると何だかドキドキしてしまう。彼女が大見得を切った時は……彼女は絶対引き下がらないし諦めない。だから、きっと大丈夫。私にそう信じさせてくれる。ロットちゃんは親指を食い破り、そこから流れ出る血を使って宙に魔方陣を記す。いつものような本を使った短縮魔法じゃない。これは本当に本気の魔法!? 


「おお……」


 魔方陣から召喚された漆黒の獣を見て、ナイトさんも感嘆の息を吐いている。私も同じく。これは強そう! 頭には大きな二本の角の黒い馬? 顔こそ馬にも似ているが、全体的には馬よりも、牛にも近い。体当たりでもされようものなら、並の人間では即死だろう。興奮しているのか鼻息は荒く、今にも駆け出そうと蹄は地を蹴り抉る。


「この子は《二角獣(バイコーン)》。その名の通り両性愛者な()イよ」

「貴様はいい加減まともな奴を使役しろ!! MP消費して馬鹿な真似をするなっ! 」


 ナイトさんが叫んだ姿を見、二角獣は良い標的を見つけたと、勢いよく彼へと襲い掛かった。それを助けるでもなくロットちゃんは解説を続ける。手を貸さなくても大丈夫と判断したよう。


「性癖も一角獣とは異なっていて、性的に経験豊富な人間を好む傍ら、一途なタイプとか生娘とか童貞を見るとつい喰い殺したくなるみたいよ」


 流石の身のこなしで二角獣のタックルをかわしたナイトさんだけど、これって闘牛みたいに見える。二角獣はどんどん興奮してナイトさんを目がけて走り出す!


「余計な物を喚び出すなっ! 現在進行形で俺達が襲われているだろうがっ! というか何故俺だけが襲われるっ! まさかお前達……マリスに何か!? 俺はそういう衝撃の事実は知りたくないっ! 知りたくないぞっ! というかそんなプライバシーを暴く獣を召喚するな馬鹿者がっ! 」

「解る解る。私みたいな男おちょくる女が実は生娘とかそういうの求めてる層の支持率って話よね? あ、でもほら私はマリーとキスとかしたから不純ポイントが上がって大丈夫みたい」

「それなら男の貴様と……く、口を合わせた俺が殺されかける道理は無かろうっ!? 」

「正確には同性じゃないから許されないそうです。安心して下さいナイトさん、微妙に私達も、この子の後ろ足に足の指を踏まれています」


 一応私とロットちゃんの名誉は保たれた。ナイトさんに頭突きをしながらも、私達の足をぐりぐり踏んで来る。二角獣の重さから、私達の足指HP(ヒットポイント)は危険数値! 足の痛みに耐えかねたロットちゃんが、防御壁を足に築いてくれる。ナイトさんにもだ。


「この二角獣がベッロベロに懐く奴が居たら、そいつが犯人よ。どうせロリエルフ沢山攫って何もしない変態がいるわけないわ。そいつボコっとけばとりあえず事件解決するはずよ」

「あ、アバウト過ぎるぞキャロットっ! くっ! 貴様等……」

「仕方ないわね……いでよ《三角獣(ターコーン)》。この子は一角獣の性癖の意味で対を為す存在で、童貞にしか興味が無い聖獣……というか性獣で残念ながら牝馬よ」

「本当に雌なのか!? 牝馬なのにこんなに立派な角があるのか!? 何故か真ん中の角だけ異様に長いのは何なのだ!? 仕様か!? 」

「仕様ね。両脇の角がやけに丸いのも仕様よ」

「貴様! 阿呆な魔法でMP全てを使い切るなっ! もう残り0ではないかっ! 」


 ナイトさんに言われて私も気付く! 足の指が痛い。防御壁を保つ魔力も失って……ということは、追跡に向けていたオーク三匹の召喚も解けてしまったと言うことだ! これまで彼女が抱えていたオチ君の姿もなくなっている。


「安心なさいな、その子はあんたには味方。ほら、二角獣も手出しが出来ず困っているわ」

「止めろ……やめてくれ、俺に膝枕を強いるのはやめてくれ……股間に顔を埋めるな」


 三角獣にベロッベロに懐かれてしまったナイトさんはガチ泣きしながら此方に助けを求めている。男泣きというような格好良さは皆無だ。しかしこの召喚には意味があった。三角獣の登場により、この場は不利だと二角獣は判断したよう。近場の獲物を求めてコテージ内へと向かっていった。


「よっしゃ! 聖獣召喚は荷が重いのよ。喚び出せても命令聞かせるのは私には無理だわ」

「制御不能のあんな危ない物を野放しにしたのか貴様は! 」

「何言ってんの。頭脳プレイでしょ? 思惑通り侵入者を襲わせられたんだもの。さて、身の安全のためにこの辺であんたDT卒業しとく? 」

「断る。この三角獣に殺されそうだ。そしてさりげなくあの薬を取り出すな! 」


 ロットちゃんの甘い誘いを即行拒否するナイトさん。でもちょっと顔が赤い。そんな彼の反応に、彼に抱きかかえられていた三角獣は悲しそうに嘶いた。


「残念そうですね、三角獣さん……」

「その子ねー……自分で卒業させておいて“この非童貞めっ! ”って惨殺するところまで含めての趣味と性癖らしいのよ」

「危なかった……よくやった俺……本当によくやった」


 蒼白の面持ちで、ナイトさんは自分を褒めている。そうして気を落ち着かせる内、彼はあることに気がついたようだった。


「待て! つまり暴れ一角獣とは……」


 彼が私達に何かを伝えようとした時に、コテージから叫び声が上がった。その声を、知らない私達では無い。


「今の声、レー君!? 」

「待てっ! まだ、コテージに向かっていく奴が居る! 」

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